青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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第10話 チャンスとピンチ

 本郷は、投球した。

 

「ストライク!」

 

 切れ味の良い縦のスライダーを初球から、投げてきた。

 

「はは、まだ衰えちゃいねぇな」

 

 空振りである。

 

──初球から打ち取られるよりはマシか。まだチャンスはある。

 

 守備は、内野は定位置。外野はやや深めである。

 

──なるほどな。もう内野を深くは守らせなくなったか。

 

 今回の指示も円城なのか? おそらくそうだろうと御幸は思った。逐一注視していたわけではないが、相手チームの監督はサインを出していない、はずだ。

 

 御幸は片岡監督の方を見る。

 

──ヒッティング。打て、か。

 

 御幸は本郷を見る。

 

──そう簡単に行くとは思えないが、ここで追加点が取れれば…

 

「ボール!」

 

 次は外れた。わざとなのか、違うのか。

 

──何とか、本郷の球筋を見られた、か。

 

 先ほどのスライダーは高めからきれいに落ち、今のストレートはきれいに低めに決まった。

 

──高低に揺さぶりを掛けてる、か。この配球は円城のものか。データ通りってわけだ。

 

 高低の揺さぶりがそこまで極端に苦手であるわけではないが、本郷ほどの投手にやられると打ちにくいのは事実だ。

 

 改めてバットをかまえ直す。

 

 沢村の声援が聴こえた。

 

「さあ、キャップ、ここはチャンスです! あなたの出番、まさにスポットライトチャンス、なんです!」

 

 スポットライトチャンス、って何だよ? と御幸は苦笑したい思いに駆られた。

 

──だけどあいつの声援は、俺達を元気づけてくれてるよな。まあ、投球練習もちゃんとして欲しいけど…

 

 そこで御幸は、

 

──低めは捨てろ。甘い球が来たら狙い打て。

 

 と、指示した片岡監督の言葉を思い出す。

 

──ランナー、一塁。まだワンアウト。長打を避けるために、アウトコースに来るか。アウトコース、高めに来た甘い球。

 

 御幸は、四番である自分への期待に満ちた、青道スタンドとベンチの声援を聴きながら、狙い球を絞(しぼ)った。

 

──このチャンスをものにしたい。

 

 次はアウトコース寄りの高めだった。ストレート。だが、球速はやや衰えている。ストライクゾーンぎりぎりではなく、入り方も少し甘い。

 

──だが、スプリット、かも知れない。引っ掛けさせられるか? しかし…

 

 御幸は打った。

 

「四番、御幸君、打ちました!」

 

 と、実況。遠く、東京の御幸の実家のあたりにも、その声は届いていた。

 

 ライナー性の当たりである。御幸はバットを投げ捨てて走り出す。

 

──白洲、行け! 俺も行く!

 

 白洲は、むろん二塁へと全速力で走る。

 

「二遊間を抜けた!」

 

と、実況。

 

「やった! やりましたよ、キャップ!」

 

 沢村のひと際大きな声援が聞こえる。

 

──お前は投球練習に集中しろよ。ブルペンにいてくれるキャッチャー小野もあきれてるぞ。

 

 ちらりと、脳裏にそんな思いが浮かぶ。今は、それどころではないのに。

 

「ワンアウト、一二塁となりました! 巨摩大藤巻、まだまだピンチが続きます」

 

 その実況の声が聞こえたはずはないが、本郷はいらだちのあまり、グラブを外してマウンド上に叩きつけた。

 

「クソッ!」

 

 その様子を見て、巨摩大藤巻の正捕手は思わず立ち上がる。

 

「正宗…」

 

 円城は心配そうに、長年バッテリーを組んできたエースピッチャーを見た。

 

──どうする? またタイムを要求するか? でも正宗は嫌がるだろう。あいつは、このピンチに動揺していると、そう思われたくないんだ。俺には、あいつの考えはよく分かる。こんな時、あいつが何を望むのかも。

 

 ネクストバッターサークルから、五番の前園がバッターボックスに入った。円城は、再び守備位置にかがみ込み、ミットをかまえた。

 

 タイムは無しだ。お前を信じる、正宗。と円城は思う。

 

──お前はこんな時、決して気遣われたくないんだ。俺にはお前の事が分かっている。中学の頃からずっと、バッテリーを組んできたんだもんな。お前の事は分かっているつもりだ。

 

 そうだ、本郷の事は、分かっているけれど分かっていない。と、円城は思う。捕手としてどうすればいいかは分かっている、つもりだ。

 

 だが、それは結局、捕手としての立場からであり、エースナンバーを背負って、マウンドに一人立つ男の気持ちそのものではない。

 

 本郷は、グラブを自分で拾い上げた。物に、それも球児が大切にするべき野球道具に八つ当たりするような態度は、観客に心象が良くないだろうとは本郷にも分かっている。  

 

 甲子園球場にざわめきが走っていた。本郷はグラブをはめ直し、息を深く吸い込んでまた吐き出した。

 

──後で監督(アイツ)にも注意されるだろう。だが知ったことか。

 

 円城に向かって手を振る。大丈夫だ、という印だ。

 

──タイムなんかいらねえぞ。青道(アイツら)に弱っていると見られてたまるかよ。

 

──正宗、分かっている。俺はお前を信じているぞ。

 

 次の打者、五番の前園。しばらく不調で打率が下がっていたが、地力のあるバッターで、当たれば長打力もある。再び五番に復帰していた。

 

「当たれば、か。当たらなきゃどうしようもねえだろ」

 

 本郷は、第一球を投げるモーションを取る。

 

「当てさせるかよ!」

 

 第一球。スプリットから入った。

 

 空振り。だが、実に豪快な空振りである。

 

──ここで長打は避けたい。慎重にいこう。

 

──ここで、こいつに打たれるようじゃ、俺も落ちたもんだ。だが、打たせはしない。

 

「ゾノさん! さあ行きましょう、畳(たた)み掛けて! ここぞ五番の意地を見せる時です!」

 

 一塁ランナーとなった御幸は、苦笑してため息をついた。

 

「お前は、投球練習に集中しろっての」

 

 さらに二塁の白洲と、バッターボックスの前園を見る。外野も内野も定位置。

 

──ひょっとしたら、延長になるかも知れねえからな。

 

 御幸は、決して甘く見てはいなかった。最悪の事態も、すでに考えていたのである。

 

続く






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