青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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第12話 巨摩大藤巻の五番

「9回表、巨摩大藤巻の攻撃は、五番、キャッチャー、円城くん。背番号二」

 

 ウグイス嬢の声が高らかに、甲子園に響き渡る。

 

 嫌が応にも盛り上がる。

 

「九回表となりました。この回、巨摩大藤巻は追いつくことができるか? 青道は守り切れるか? 注目の五番円城君からの打席です」

 

 実況は、そのように試合を見守る人々の心に訴えかける。

 

「降谷くん、頑張って。御幸先輩も!」

 

 沢村の故郷の村では、幼なじみの少女の若菜が遠い甲子園に向けて、聞こえはしない声援を送る。

 

「何とか、守り抜いて!」

 

 一方、巨摩大藤巻の円城の方は、当然そうはさせじと食い下がる。

 

 一球目、ファウル。

 

 三塁線ぎわの勢いのあるファウルであり、フェアになっていたなら長打は免れなかったところだ。

 

「くそっ」

 

 その声は、御幸の耳にもはっきりと聴こえた。

 

──こいつ、すげえな。降谷の球にもちゃんと当ててきやがる。

 

 甲子園の電光掲示板は、153キロを表示していた。にも関わらず、である。

 

──さすがは巨摩大藤巻の五番だぜ。油断はできねえぞ、降谷。

 

──油断しませんよ、御幸先輩。一球一球、御幸先輩のリードを信じて投げます。僕は、必ず、勝利を勝ち取ります。

 

 甲子園球場に大歓声が轟く。

 

「降谷ー! 頑張れ! 五番を打ち取れ!」

 

「円城、行け行け! ここから逆転だ!」

 

──俺の失点だ。必ず俺のバッドで取り返す。このまま、終わらせない…!

 

 巨摩大藤巻のネクストバッターサークルには、本郷が入っている。降谷ほどではないが、打つ方もそれなりだと、青道のメンバーは聞いていた。

 

──はは、巨摩大藤巻の『それなり』は、それなり程度じゃねぇぜ。ここは、締めて掛からねえとな。

 

 御幸は、バッターボックスに立つ円城を、マウンド上の降谷を見る。

 

──とは言え、この緊張感たまんねえな。甲子園の大舞台、ここまで来たんだ。思う存分、野球を楽しまなきゃ損だぜ、降谷。

 

──御幸先輩、僕も野球を楽しんでいますよ。苦しい事も、辛い事も、野球を楽しむためなら乗り越えられるんです。僕はやっぱり、巨摩大藤巻ではなく青道に来てよかった。あなたと、バッテリーを組めてよかった。

 

 勝利を目指す。負ければ悔しい。それでもなお、勝つ事に、結果にのみ執着しないからこそ、青道メンバーは野球を楽しめたのだ。

 

 巨摩大藤巻の面々は違っていた。彼らは結果を出すことに執着していた。監督によって執着するように仕向けられた、とも言える。

 

──野球が楽しいなんて思ったことはなかった。それでも俺は、正宗、お前と一緒に野球をやれてよかった。

 

 改めてバッドをかまえ直す。

 

──正宗、お前と出会えてよかった。

 

 二球目はボールだった。三球目。

 

「ボール!」

 

──縦のスライダーか。こいつの持ち球は正宗と同じだ。だが、大層な荒れ球だな。コントロールの良い正宗とは違う。

 

 円城の口元に、わずかに余裕の笑みが浮かぶ。

 

──だが、打ちづらい。簡単に打てる相手ではない。それに、フォアボールでは駄目だ。俺が打たなければ。

 

 ボールが先行した。だが御幸は落ち着いたままだった。

 

──多少、荒れ球でもいい。それもお前の持ち味だ。豪速球投手の荒れ球ほど、打者から見て怖いもんはないからな。

 

 実際、円城はほんの少しだけ腰が引けていた。本郷よりも、さらに球威のある豪速球で、北海道にはこんな球を投げられる高校生はいないはずだった。

 

 いや、全国の強豪が競い合うこの甲子園においても、なお降谷の怪物ぶりは際立っていた。

 

──そうだ、ひょっとしたらこいつは、うちの控えになっていたかも知れない。そうしたらどんなにか、うちだけでなく東北海道の大きな戦力になっただろうか。

 

 だが降谷は東京に行った。地元のシニアでは、彼の球を受けられるキャッチャーはいなかったからだと聞いた。しかし巨摩大藤巻に入学していれば。そうすれば。

 

 それは言っても仕方のないことだ。だが円城には、割り切れない思いがある。

 

 そもそも高校野球とは、どうあるべきか? という考え方が一般にある。

 

 特に、各都道府県の代表が集う甲子園において、その地方を代表して戦うのならば、その地方にいる、その地方で育った選手がチームにいるべきではないか? と、そんな考え方がある。

 

 私立高が金にあかせて各地から有望な選手を集め、勝つためだけにまとめて寮に入れて育成する。そんなふうに思い、快く思わない人々もいる。

 

 沢村がそうであったように、地方で埋もれそうな有望選手にチャンスを与え、恵まれた環境で育成する一面もある。

 

 降谷も、そう考えたから青道に一般入試でやって来た。スカウトされなかったのは、中学生ながらにあまりにも球威のある彼の球を受けられるキャッチャーがいなかったため、活躍する機会がなかったからだ。

 

 しかし、誰もが青道のようなやり方を是としているわけではない。

 

 本郷も円城も、是とはしていない側の人間だった。特に地元の東北海道から、降谷ほどの選手が出ていったとなればなおさらだ。

 

──いや、今はそんな事はどうでもいい。とにかく打たなければ。何としてでも、守備の失態はバットで取り返す。

 

「ボール!」

 

 四球目もボールだった。

 

 円城の心中に、苦い焦りが迫る。

 

──フォアボールでは駄目だ。ああ、クソッ!

 

 一方、御幸は、

 

──降谷、ボールが先行しても荒れ球になってもかまわない。気持ちで負けるな。

 

 最悪、五番は四球で出塁させても仕方ないと御幸は思っていた。次の本郷も手強いバッターではあるし、無死でむざむざランナーを出したくはないとは思う。

 

 それでも、いや、だからこそ、今ここで降谷に思い切りの良さをなくして欲しくはなかった。

 

──次のバッター本郷の事は考えなくていい。今は目の前にいるバッターに集中しろ。

 

 御幸は、ここでリードをする。

 

──高め、ボールから落ちるスプリット。

 

 これまで低めに投げさせてきたが、あえて無理にストライクゾーンを狙わせず、四球になるのを覚悟での思い切ったリードだった。

 

 降谷はうなずく。

 

──御幸先輩を信じて投げる。信じて投げて、打たれたのなら、それでもかまわない。

 

 降谷は投球モーションに入った。通常、ボールが先行してしまうと、ストライクゾーンを狙わねばならないために、バッテリーの選択肢は狭まる。

 

 バッター側からすれば狙い球を絞りやすくなる。そこを逆手に取ったわけである。

 

──次も低めか?

 

 円城は投球を待った。降谷のストレートほどの球が、低めに決まれば打つのは難しい。まして長打にするのは困難を極める。

 

──だが、決まらない。ボールが先行している。次に外せば一塁に出る。それは避けたいはずだ。

 

 ノーコンが事実上のエースになったら、捕手は大変だな。円城は皮肉げにそう思った。

 

──俺ならどうする? 次はどう投げさせる?

 

 その時には、頭の中は澄み切り、余計な事は一切考えなくなっていた。

 

──俺なら、どうリードする?

 

 降谷は投げた。

 

──低めに目が慣れたところで高めに。俺はボール球に手を出していないのだから、球筋が見えているのは分かっているはずだ。だから高低で揺さぶる。狙い球を絞らせないためにも、ここであえてストライクゾーンは狙わない。その代わり…

 

 円城はバットを振った。

 

続く

 






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