青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
大変お待たせしました。どうぞご覧くださいませ。
「円城君、打ちました! これは大きな当たり! 左中間に伸びてゆきます」
実況の言う左中間とは、左翼手(レフト)と中堅手(センター)の間の意味である。
外野手の間をも抜けて、フェンス際に打球が飛ぶ。間違いなく長打コースである。
レフト麻生とセンター東条が、フェンスに当たって跳ね返ったボールを追う。円城は一塁を回っていた。
──二塁は間に合いそうにない。やられた…!
御幸は、立ち上がってボールの行方を見つめていた。
降谷も、思わず振り返り、外野手の動きと打球の行方を目で追う。
「打った円城君は二塁でストップ。ノーアウト、ランナー二塁となりました。九回の裏、巨摩大藤巻の反撃です」
青道側スタンドで見守る吉川春乃は、激しく息を呑んだ。彼女は青道野球部のマネージャーであり、沢村栄純と降谷曉のクラスメイトでもある。
「降谷君、何とか抑えて」
祈るようにメガホンを握りしめる。
吉川は、家族から可愛がられて育った。だが一歩家の外に出れば、単に若い女の子というだけで贔屓をされたくはなかった。
家族には、女の子として可愛がられた。それは幸運にも、ほぼ無条件の親からの愛情であった。
しかし同じような無条件の愛情を、家族以外に求めるわけにはいかないのは分かっていた。親は愛情を注ぐと同時に、その事もちゃんと教えてくれたのである。
親同様の無条件の慈しみを、他の人達には求めるべきでないし、また、求めたくもなかった。
あえて男子スポーツのサポート役に回ることにしたのは、野球が好きだからもあるが、脇役となることで自分を鍛錬したかったからもある。
最初のうちは失敗ばかりで上手くいかなかった。先輩マネージャーには迷惑を掛けたものだ。
だが、当時同じ一年生の沢村栄純のひたむきに頑張る姿を見て、自分も負けずにやってみようと決意を新たにしたのである。
その沢村も野球部の他のメンバーも、吉川が女の子だからといって、ことさらに気遣ったり、反対にセクハラじみた真似をしてくることは一切なかった。
吉川としては、それが嬉しくもあり、ありがたくもあった。
ただ、自ら志願した役割を果たすのみ。それが青道野球部の女子マネージャーである。
「降谷君、信じてるよ! あなたならできる!」
吉川は、声の限りに叫んだ。スタンド席からは遠いマウンド上には届くまいが。
精一杯の応援だった。
「九回の裏、青道はピンチを迎えました。ピッチャー降谷君、この回を抑えきれるでしょうか」
甲子園までは応援に来られなかった人々にも、実況の声は届く。東京で、北海道で、この試合を見守る多くの人々がいる。
──次は六番本郷か。これは厄介だぜ。
御幸も降谷を信じていた。それでも、今がピンチなのも事実だ。
ピンチになっても冷静に。それは、どのポジションであっても必要な胆力だが、特にキャッチャーには必須の能力である。それもあっての女房役だ。古来からそう決まっている。
本郷がネクストバッターサークルから立ち上がり、打席に入った。
やはりいつ見ても無愛想な顔をしている。女房役の円城がツーベースヒットを打った今も、それは変わらなかった。
それでもバットを握る手には、今までにない力の入りようが見て取れた。もう最終回だからというだけではない、のだろう。
──降谷、お前はバッターに集中しろ。ランナーは俺に任せろ。まさか三盗はあるまい、この俺を相手に。しかも円城は、別にそんなに俊足でもない。
と言っても足が遅いわけではない。この甲子園の舞台で、特に突出した足の速さを誇る選手ではないというだけだ。
御幸の思いが通じたのか、降谷はサインに力強くうなずいた。九回になって二塁打を打たれたこと、ノーアウトでランナーが二塁にいることにも、激しくは動揺せず、立ち直りを見せた。
──さあ、ここからが正念場だ、降谷。
降谷が投球モーションを取る。
轟音とでも言うべき音を立てて、ボールはミットに収まった。
甲子園の電光掲示板には、153キロの表示が光る。
観客席には、どよめきが走る。
「凄い…! 球威だけなら、間違いなくこの大会ナンバーワンだ」
観客席からは、そんな声も聞こえる。
──降谷、いいぞ。自信を持って投げろ。
「ちくしょう!」
本郷の声がはっきりと、御幸の耳に聞こえた。こういうところで、自分の本心を隠さないのだな、と御幸は思う。
本郷はバッターとしても優れてはいるが、それでも今の降谷の球には手が出なかったのだろう。そのように、御幸は判断した。
──問題はコントロール。さすがにノーアウトで一二塁は避けたいぜ。いくら下位打線が相手でもな。
本郷はバットを短く持ち替えた。
──ほう、長打は捨てたか。本郷は、降谷の球を、ロングヒットにできるほど打てるとは考えていないってことだな。
捨てたのは長打だけでなく、打者としてのプライドもだろう。
──だが、円城は二塁に進んでくれたんだ。後に続かないわけにはいかねえよな。
と、本郷の内心を御幸は推察した。
──シングルヒットでも、ランナーをホームに帰せる可能性はある。外野手が上手く処理してくれたらいいが、そうでなければ。
こうして甲子園に来るまで共に闘い、練習を重ねてきた仲間だ。バックの守備を信じてはいたが、何事にも絶対はない。
ランナーが特に鈍足でもない限り、シングルヒットでも二塁ランナーがホームに帰ることがよくあるのは知られている。
「さあ、巨摩大藤巻、一打同点のチャンスです。このピンチを切り抜けられるか、青道バッテリー」
と、実況は言う。しかもまだノーアウトである。遠く東京で見守る人々もハラハラしていた。
ノーアウト、ランナー二塁。
まさに一打同点のチャンスであった。
続く
もし何かミスなどありましたら、やんわりご指摘お願いいたします。
感想などもお待ちしております。