青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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大変お待たせしました。どうぞご覧くださいませ。




第13話 チャンスの後にピンチあり

「円城君、打ちました! これは大きな当たり! 左中間に伸びてゆきます」

 

 実況の言う左中間とは、左翼手(レフト)と中堅手(センター)の間の意味である。

 

 外野手の間をも抜けて、フェンス際に打球が飛ぶ。間違いなく長打コースである。

 

 レフト麻生とセンター東条が、フェンスに当たって跳ね返ったボールを追う。円城は一塁を回っていた。

 

──二塁は間に合いそうにない。やられた…!

 

 御幸は、立ち上がってボールの行方を見つめていた。

 

 降谷も、思わず振り返り、外野手の動きと打球の行方を目で追う。

 

「打った円城君は二塁でストップ。ノーアウト、ランナー二塁となりました。九回の裏、巨摩大藤巻の反撃です」

 

 青道側スタンドで見守る吉川春乃は、激しく息を呑んだ。彼女は青道野球部のマネージャーであり、沢村栄純と降谷曉のクラスメイトでもある。

 

「降谷君、何とか抑えて」

 

 祈るようにメガホンを握りしめる。

 

 吉川は、家族から可愛がられて育った。だが一歩家の外に出れば、単に若い女の子というだけで贔屓をされたくはなかった。

 

 家族には、女の子として可愛がられた。それは幸運にも、ほぼ無条件の親からの愛情であった。

 

 しかし同じような無条件の愛情を、家族以外に求めるわけにはいかないのは分かっていた。親は愛情を注ぐと同時に、その事もちゃんと教えてくれたのである。

 

 親同様の無条件の慈しみを、他の人達には求めるべきでないし、また、求めたくもなかった。

 

 あえて男子スポーツのサポート役に回ることにしたのは、野球が好きだからもあるが、脇役となることで自分を鍛錬したかったからもある。

 

 最初のうちは失敗ばかりで上手くいかなかった。先輩マネージャーには迷惑を掛けたものだ。

 

 だが、当時同じ一年生の沢村栄純のひたむきに頑張る姿を見て、自分も負けずにやってみようと決意を新たにしたのである。

 

 その沢村も野球部の他のメンバーも、吉川が女の子だからといって、ことさらに気遣ったり、反対にセクハラじみた真似をしてくることは一切なかった。

 

 吉川としては、それが嬉しくもあり、ありがたくもあった。

 

 ただ、自ら志願した役割を果たすのみ。それが青道野球部の女子マネージャーである。

 

「降谷君、信じてるよ! あなたならできる!」

 

 吉川は、声の限りに叫んだ。スタンド席からは遠いマウンド上には届くまいが。

 

 精一杯の応援だった。

 

「九回の裏、青道はピンチを迎えました。ピッチャー降谷君、この回を抑えきれるでしょうか」

 

 甲子園までは応援に来られなかった人々にも、実況の声は届く。東京で、北海道で、この試合を見守る多くの人々がいる。

 

──次は六番本郷か。これは厄介だぜ。

 

 御幸も降谷を信じていた。それでも、今がピンチなのも事実だ。

 

 ピンチになっても冷静に。それは、どのポジションであっても必要な胆力だが、特にキャッチャーには必須の能力である。それもあっての女房役だ。古来からそう決まっている。

 

 本郷がネクストバッターサークルから立ち上がり、打席に入った。

 

 やはりいつ見ても無愛想な顔をしている。女房役の円城がツーベースヒットを打った今も、それは変わらなかった。

 

 それでもバットを握る手には、今までにない力の入りようが見て取れた。もう最終回だからというだけではない、のだろう。

 

──降谷、お前はバッターに集中しろ。ランナーは俺に任せろ。まさか三盗はあるまい、この俺を相手に。しかも円城は、別にそんなに俊足でもない。

 

 と言っても足が遅いわけではない。この甲子園の舞台で、特に突出した足の速さを誇る選手ではないというだけだ。

 

 御幸の思いが通じたのか、降谷はサインに力強くうなずいた。九回になって二塁打を打たれたこと、ノーアウトでランナーが二塁にいることにも、激しくは動揺せず、立ち直りを見せた。

 

──さあ、ここからが正念場だ、降谷。

 

 降谷が投球モーションを取る。

 

 轟音とでも言うべき音を立てて、ボールはミットに収まった。

 

 甲子園の電光掲示板には、153キロの表示が光る。

 

 観客席には、どよめきが走る。

 

「凄い…! 球威だけなら、間違いなくこの大会ナンバーワンだ」

 

 観客席からは、そんな声も聞こえる。

 

──降谷、いいぞ。自信を持って投げろ。

 

「ちくしょう!」

 

 本郷の声がはっきりと、御幸の耳に聞こえた。こういうところで、自分の本心を隠さないのだな、と御幸は思う。

 

 本郷はバッターとしても優れてはいるが、それでも今の降谷の球には手が出なかったのだろう。そのように、御幸は判断した。

 

──問題はコントロール。さすがにノーアウトで一二塁は避けたいぜ。いくら下位打線が相手でもな。

 

 本郷はバットを短く持ち替えた。

 

──ほう、長打は捨てたか。本郷は、降谷の球を、ロングヒットにできるほど打てるとは考えていないってことだな。

 

 捨てたのは長打だけでなく、打者としてのプライドもだろう。

 

──だが、円城は二塁に進んでくれたんだ。後に続かないわけにはいかねえよな。

 

 と、本郷の内心を御幸は推察した。

 

──シングルヒットでも、ランナーをホームに帰せる可能性はある。外野手が上手く処理してくれたらいいが、そうでなければ。

 

 こうして甲子園に来るまで共に闘い、練習を重ねてきた仲間だ。バックの守備を信じてはいたが、何事にも絶対はない。

 

 ランナーが特に鈍足でもない限り、シングルヒットでも二塁ランナーがホームに帰ることがよくあるのは知られている。

 

「さあ、巨摩大藤巻、一打同点のチャンスです。このピンチを切り抜けられるか、青道バッテリー」

 

 と、実況は言う。しかもまだノーアウトである。遠く東京で見守る人々もハラハラしていた。

 

 ノーアウト、ランナー二塁。

 

 まさに一打同点のチャンスであった。

 

 

続く






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