青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
大変お待たせいたしました。待っていてくださった方々には感謝いたします。
何とぞ、よろしくお願いいたします。
「降谷ー! 頑張れー!」
「何とかここで抑えろー!」
バックネット裏の観客席から声援が聞こえる。
バックネット裏とは、キャッチャーや主審の背後にあるバックネット(防球ネット)の、さらに後方にある観客席のことである。
この位置からはバッターやキャッチャーの様子もよく見え、球場全体の守備位置も見渡せるため、観客席の中でも言わば特等席である。
降谷や本郷の豪速球がミットに収まる轟音がはっきりと聞こえるのも、このバックネット裏の観客席である。
ある時点から、甲子園での高校野球の試合には、最前列に小中学生を無料招待して観戦させるようになった。
──はは、この本郷の態度は教育上よろしくないよな。はは。
御幸は思わず笑ってしまう。そんな場合ではないのは、分かっているのだが、
「青道チーム、応援してるよー! 巨摩大藤巻の六番を打ち取ってくれー!」
──俺たち(青道)への応援か。本郷のあの態度のせいで、観客や高校野球ファンを敵に回しちまったのか?
大人たちから高校球児らしさを押し付けられるのが嫌だという気持ちは、御幸にも分からないではなかった。
御幸自身、必ずしもいわゆる高校球児らしい、大人たちから見て可愛げと健気(けなげ)さのある選手だとは自分の事を思わない。
だが、モノには限度というものがある。
──降谷も決して愛想良くインタビューに答えられる奴じゃないが…どこか違う。
「降谷君ー! 本郷を抑えろよー! もう巨摩大藤巻に打たせるなー!」
また、降谷に向かって声援が飛ぶ。
──先ほど円城に打たれたのは、俺のリードを読まれたせいだ。さすがは巨摩大藤巻の正捕手というべきか。
だが、打たれた責任を、多くの人はピッチャーに求める。キャッチャーのリードや配球のせいだとしても、大抵の人にはそれは分からない。
──それも込みでの女房役なんだよな。目立たず陰で支え、功績のほとんどが亭主のモノになるなら、批判される事もほとんど無いってな。
だが、近頃の『女房役』は、表に出るようになってきたように思う。
野球の世界でももちろん、御幸はキャプテンであり四番を打つから、当然良くも悪くも注目は集まる。
──俺のシングルヒットは得点につながらなかったからな。あそこで二塁打を打っていれば、あるいは白洲を本塁に帰すこともできたかも知れねえが。
だからここは降谷だけの責任ではないのだ、と御幸は思う。
──二点入ってりゃ、もう少し楽にさせてやれたんだがな。
だが、バックネット裏からの降谷への応援を、本郷は気に掛けていないように見えた。
相変わらず、不遜とも傲慢とも言える態度と表情だ。それを隠そうともしない。
──反感持たれるのは承知の上ってわけか。ま、ここでうろたえたり、言い訳をするようじゃな。
御幸は思った。感心するのが半分、あきれた思いがもう半分である。
──俺がバッテリーを組んでいたなら、さすがにこんな態度は止めるだろう。だが、よそのチームの事だからな。
この様子を、円城も二塁ベース近くで見守っていた。この位置では、バックネット裏からの青道への声援ははっきりとは聞こえない。だが、球場の雰囲気は、明らかに青道寄りになってきていると感じていた。
──俺は誰が何と言おうとも、正宗を信じている。他の奴らが何を言おうとも、俺はお前について行って支えてやる。
円城は、そこで打席に立つ本郷に向けて手を上げて合図した。
──俺のミスで得点されたんだ。何とか二塁までは進塁できた。頼む…。
巨摩大藤巻側の応援席からは、本郷に向けて盛大な激励の声が届いている。
──仮にこの応援も聞こえなくなって、観客席にいる全員がお前の敵に回ったのだとしても、それでも俺はお前の味方だ。
円城の心中は、打席にいる本郷にも伝わったかどうか。ただ、本郷は常に身内からの、何よりも円城からの揺るぎない支持を確信してはいた。
それは、ある種の『甘え』であるとも言えただろう。
──さて、ワンストライク、ワンボールだ。次はどうするか? このまま、ストレートで押すか?
降谷からは、御幸のリードを円城に読まれて二塁打を打たれた今もなお、揺るぎない信頼を感じ取ることができた。
──この信頼を裏切るわけにはいかねえな。…よし。
次のボール。三球目。
「ストライク!」
縦に落ちるカーブ。本郷にとっても、決め球となる変化球である。期せずして、本郷の持ち球は降谷と同じなのだが、その同じ変化球をストレートに混ぜて巧みに使われ、本郷としては悔しさもいや増すようだ。
空振りした後の、その様子は、御幸だけでなく、見ている誰の目にも明らかだった。
「くそっ!」
大きな声で叫び、足で地面を蹴った。
──やれやれ。高校球児にあるまじき行い、そんなふうに言われそうだよな。ま、こっちからすると、打者が降谷の球に押されてるのが丸分かりだから、ある意味ではありがてえ反応だとも言えるんだが。
──正宗、焦らなくていい。よく球を見るんだ。相手は強気のリードをよくやる。おそらく、次はインコースに来る。
さすがに二塁ベースの近くからは、どこにどんな球を降谷が投げたかまでは、細かくは見て取れない。
だが、本郷の動きと御幸の構えを見て、アウトコース寄りだとは判断できた。
──左右の揺さぶり。インコースは当たれば長打になりやすいが、正宗はバットを短く持ってきている。それに、降谷の豪速球をインコースに投げられたら、打者はよりいっそうその球威を感じる。まあ、荒れ球なのも脅威を与えるには利点になる場合もあるんだよな。さすがにわざとぶつけはしないだろうが…
こんな時、取り決めておいたサインが役に立つ。
円城は本郷に向けてサインを出した。傍(はた)から見ると、単に帽子をかぶり直したようにしか見えないだろう。
──次はインコースだ。おそらくは、ボールになるリスクを辞さずにストレートを投げてくる。
本郷は、金属バットの先で地面を軽く叩いた。
了解の印であった。
続く
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