青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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第16話 甲子園の怪物

 東京に、北海道に、実況の声は届く。

 

「さあ、ノーアウト、ランナー二塁。六番バッターの本郷君、カウントはツーストライク、ワンボールです。青道バッテリーは、どのように攻めるでしょうか。いよいよ目が離せなくなりました」

 

「御幸先輩! ナイスリードです! いい感じに追い詰めましたよ!」

 

 と、沢村の大きな元気な声が、御幸にも聞こえる。

 

 当然、本郷にも聞こえるということだ。

 

「うるせぇよ…」

 

 さすがにそんなに大きな声ではないが、キャッチャーとしてかまえる御幸にも、かすかに聞こえはした。

 

──相手が冷静さを失うほど、こちらには有利になる。とは言え、まさか沢村の応援に、そんな効果があるとはな。

 

 御幸は、思わず苦笑してしまう。まだ、そんなに余裕はない。青道側にも余裕はないのだ、が、しかし。

 

──ピッチャーとしてはまだまだだが、お前は俺たちにいつだって元気をくれているよ、沢村。

 

「降谷、お前の力を見せろ! お前がエースだ! 力でねじ伏せろ!」

 

 沢村の声援は降谷にも飛んだ。御幸から降谷の表情も見える。

 

──まんざらでもなさそうだな。いいライバルだよ、お前たちは。

 

「降谷君、行けー!」

 

「降谷君、頑張れー!」

 

 バックネット裏の観客席からも声援が。

 

──必ず打ち取るぜ、降谷。

 

 降谷はうなずいた。

 

──次は、このコースに。

 

 御幸はサインを出した。降谷は投球フォームに入る。

 

 球を投げる。

 

 円城はよりリードを大きくしたが、走りはしなかった。

 

──エンドランは無い、か。

 

 ここまでは読みどおりだ、と御幸は思う。巨摩大藤巻のこれまでのやり方を想起するなら、足を使った攻撃野球も当然考えられた。

 

 エンドランを仕掛けてくる可能性も、充分に考えられるチームではあるのだが。

 

──バットを短くし、円城捕手が俺のリードを読んでも、それでもなお、本郷が降谷の球を打てる確信は持てなかったわけだ。

 

 そして。

 

──降谷、来い。お前の力の見せどころだ!

 

 降谷の投球は。

 

 インコースに来た。

 

──蓮司が言っていたとおりだ…!

 

 本郷は、バットを振った。短く持ったバットを。思い切り、踏み込んで。

 

──何としても、蓮司を進塁させる! できればホームに。いや、必ずホームに!

 

 緊張の一瞬である。球場全体が、固唾を呑んで見守る。それぞれのチームの応援席からの、盛大なブラスバンドの演奏や応援の声が響く。

 

──やった…!

 

 御幸は、会心の笑みを浮かべた。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 降谷の豪速球は、インコースのボールの位置に決まった。空振りである。甲子園の電光掲示板には、

 

「154キロ! なんと154キロです。まさに怪物、降谷投手!」

 

 実況のその声は、フィールドにいる選手たちには聞こえはしないが、球場の盛大な拍手と、降谷に掛けられるねぎらいの声は、ここ甲子園に、大きく響き渡っていた。

 

──降谷、よくやった。よく俺を信じてくれたな。

 

──御幸先輩のおかげで、僕はこうしてピッチャーとして活躍できるようになった。北海道では、誰も僕の球を受けられなかった。御幸先輩は、僕の球を受け止めてくれた。

 

 降谷は帽子を脱ぎ、額の汗をアンダーシャツの袖口でぬぐう。

 

──だから僕は、御幸先輩を信頼する。御幸先輩を信じて打たれたのなら、何一つとして悔いはない。

 

「ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう…」

 

 本郷は、バッターボックスにうずくまり、うめき声を上げ続けていた。本郷が、なかなか立ち上がらないので、

 

「おい、君」

 

 主審が声を掛ける。

 

「ちくしょう!」

 

 本郷は、立ち上がり、手にしていた金属バットを地面に叩きつけた。

 

「君!」

 

 主審の注意の声の調子が、強く厳しくなる。

 

「正宗!」

 

 二塁ベースから、円城が声を掛ける。

 

 はっと何かに気がついたように、本郷は顔を上げた。

 

「正宗、済まない…!」

 

 本郷は黙った。黙って、自分が叩きつけた金属バットを拾い上げる。そっと、この男にしては意外なほど丁寧に。

 

「謝るなよ、蓮司」

 

 そう言ったのが、御幸の耳にもはっきりと聞こえた。

 

 本郷は、バッターボックスから歩み去った。ほんの少しだけ、肩を落としているように見えた。

 

──よし、本郷は打ち取った。これでようやくワンアウトだ。降谷、まだ油断はできない。最後の最後まで気は抜くなよ。

 

 御幸の思いが通じたのか、降谷はうなずいた。御幸からの返球を受け止め、セットポジションから二塁ランナーを見据える。

 

──絶対にホームには行かせない。

 

 降谷は決意を新たにした。だがまだワンアウトだ。確かに油断は禁物だった。

 

──巨摩大藤巻は、下位打線でも油断はできない。次は七番。どう攻める? 御幸先輩は、どんなサインを出すだろう?

 

 その七番打者がバッターボックスに入った。右投げ左打ち。バッターとしては理想的なスタイルだ。とりわけ、右投げの投手が相手である場合には。

 

──まだワンアウトだ。意表を突いてエンドラン。それもあり得るな。俺たちも本郷から、そうやって小技で一点をもぎ取ったんだからな。

 

 御幸はベンチを見た。片岡監督のほうを。監督からのサインはない。司令塔ポジションのキャッチャーであり、キャプテンでもある御幸に一任してくれているのだ。御幸は、そう見て取った。

 

──正直、プレッシャーも感じるぜ。だが、そんな事言ってられねえな。

 

 二塁ランナーの円城を見る。二塁ベースから、そんなに離れてはいなかった。

 

──送りバンドで、ツーアウトにしてもランナーを三塁に進める。それもあり得るが。

 

 本郷が空振りの三振におわったことで、球場にはやや落ち着きが戻ってきた。先ほどまでの青道への一方的応援は、ややテンションを下げていた。

 

 とは言え、優勝候補の一角である青道と、昨年夏の覇者、巨摩大藤巻との対戦であり、勝負が決まる九回の表だ。緊張感は高まり、皆がじっと成り行きを見守っているのを感じる。

 

──負けられねえぜ、降谷。

 

──はい、御幸先輩。

 

 御幸は、サインを出した。

 

続く

 






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