青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
──何とかして、御幸先輩の、監督の、他のチームメイトの期待に応えたい。次はクリーンナップ。でも僕は負けたくない。
──巨摩大藤巻にも、栄純にも負けたくない。
降谷は内心で闘志をたぎらせた。打席には三番打者が入る。いよいよクリーンナップだ。
──いや、そうじゃない。この試合、必ず勝ちたい……!
降谷は御幸のサインを見た。
「内角ストレート」
降谷は、サインにうなずく。
「御幸先輩のサインを信じて投げる。僕が上手く投げれば必ず打ち取れる」
またしても轟音を立てて、ミットに投球が収まった。甲子園の電光掲示板に、152キロの表示が出る。まさに、超高校級と言うに相応しい数値である。観客席からのどよめきが走る。
判定はストライク。
打者は見逃した。わざと球筋を見極めようとしたのか、手が出なかったのか。
──どうやら、手が出なかったようだな。
御幸は、そう見て取った。
──巨摩大藤巻のエース本郷も、ものすごい豪速球を投げる投手だ。だけどお前だって負けてはいない、降谷。
御幸の内心の思いが降谷に伝わったのか、降谷は静かにうなずく。
「巨摩大藤巻は……俺たちは負けない」
三番のバッターがつぶやくのが、御幸の耳に入った。
──今はもう七回。どちらもまだ点は取れていない。このクリーンナップをしのげば、勝利が見えてくる。降谷、俺達でやるんだ。
クリーンナップの三番打者は、ホームベースから遠からず近からずの位置に立っている。
ある時点で、ストライクゾーンが下に広がるルール改正が行われた。それを利用して、ストライクゾーンぎりぎりに低めに投げられた球は、打者にとっては打ちにくく、打てたとしてもヒットにはなりにくい。まして長打にするのは困難である。
しかもアウトコースにもギリギリの球なら、なおさらだ。
今はまだワンナウト。ランナーは得点圏の二塁にいる。
「低めに、思い切りストレートを投げて来い」
御幸はサインを出した。本郷が相手では、一点もやりたくはない。それが、御幸だけでなく青道ナインの偽らざる本音である。
だが、ここで攻めの気持ちを忘れてはかえって勢いを無くし、相手チームに付け込まれるだろう。
御幸は思い切ったリードをした。降谷の球威はすごいが、残念ながらコントロールはそこまででもない。上手くアウトローに決まればいいが、ボールが先行してしまうかも知れなかった。
だが御幸は決断した。
「もう先にストライクを取れたんだ。思い切り投げろ」
降谷はサインにうなづく。
二球目。
「ボール!」
主審のコールはボールだった。だがそこまで大きく外しているわけではない。
甲子園の電光掲示板に、152キロの表示が出る。観客席には、またしてもどよめき、感嘆の声。
──ボールだと見極めたか。手が出なかったのか。
御幸は思案する。何と言っても南北海道を代表する強豪校のクリーンナップなのだ。降谷の実力を信頼してはいるが、言うまでもなく油断はできない。
「いい球が来ているぞ! その調子だ」
御幸は、マウンド上の投手に球を投げ返した。大声で、今や事実上のエースとなった後輩に呼び掛ける。
カウントは、1-1。
ワンナウト、ランナーは一塁。
相手のエースは本郷である。
今は甲子園にいる。
これで緊張するなと言うほうが無理だが、降谷は落ち着いているように見えた。
信頼。
──そうだ、俺たちの間には、堅い信頼がある。
降谷の持ち球は、ストレートとスプリット、そして縦に落ちるスライダー。
それは、相手チームエースの本郷の持ち球と同じである。
ストレートの速さは。
「154キロ!」
「凄いな、まさに超高校級、本格派だ!」
観客席に、またもどよめきが走る。
──ついに154が出せたか。その調子だ。降谷、ここは事実上のエースとしてお前に任せたぞ。
今回は上手くアウトローにストレートが決まった。カウントは2-1。三番打者が、舌打ちをするのが聞こえた。
御幸は次のサインを出す。
「次は揺さぶりのために、インコースに来ると読んでいるはずだ。その裏をつき、アウトコースの高めから落ちるスプリットで仕留める」
降谷は、サインにうなずいた。
実況は全国の観戦者、視聴者に向かって叫ぶ。
「空振りの三振!」
スタンドの応援席から、ベンチから、ひときわ大きな声援が飛んだ。
「降谷、よくやった!」
「ツーアウトだ!」
「ちくしょう、あいつ一人で目立ちやがって」
沢村は、チームの勝利が近づくのを喜びつつも悔しそうにもしていた。降谷とは共に力を合わせて戦うチームメイトだが、同時にエースの座を競うライバルでもある。
正捕手御幸にとって、より重要な投手となるのを競うライバルでもある。
御幸自身は、チームのどのベンチ入り投手に対しても、別け隔てなく公平に接している。
だが沢村は、御幸にとって一番頼りになる投手になるのを、堂々のエースナンバーを背負う日を夢見てきた。
いや、それは夢ではない。明確な目標である。
「御幸、見ていろ。必ず、降谷以上に、お前にとって頼りになるピッチャーになってやる」
沢村は、心のなかで御幸に宣言した。
続く
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