青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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第22話 東京VS東京 薬師サイド

 青道と並んで、もう一校の東京代表、薬師高校。その野球部のナインと監督が、甲子園から徒歩20分ほどの旅館に滞在していた。

 

 彼らは午前中に試合を終え、今は青道VS巨摩大藤巻の試合もテレビで観戦し終わり、午後三時半。一息ついたところである。

 

 薬師のチームメイトのうち二人は、甲子園で直に観戦してビデオも撮ってくれている。その報告も聞かねばならない。

 

「また青道とやるのか」

 

 薬師のエース、真田は感慨深くつぶやいた。半ばは独り言であり、半ばは仲間にも聞こえるように。

 

 今、彼らは、旅館の大きな畳敷きの広間に集まっていた。

 

 通常は宴会などが行われる広間だが、今は薬師高校野球部御一行様と書かれた立て札が、入り口のふすまの前に立つ。

 

 大きな長方形の濃い茶色の木製の机、その周りに座り心地の良い藍色の座布団が並び、薬師の面々はそこにあぐらをかいて座っていた。全員が、この旅館の備え付けの浴衣を、部活用のジャージの上に着ていた。

 

「ナーダ先輩、ここまで来たら優勝も狙えますよ!」

 

 と、轟雷市(とどろき らいち)。薬師チームの監督の一人息子で、一年生の頃から、押しも押されぬ薬師の主砲たる四番バッターだ。今は新二年生。正確には四月からだが、春のセンバツでは、三月でも四月からの学年で呼ぶ伝統がある。

 

「そうだ、倒す男リストの一人、降谷曉(さとる)と勝負する! 青道はきっと、俺たち相手にも降谷を登板させる!」

 

 と、ミッシーマと呼ばれる、三島選手が叫ぶ。雷市と同じく新二年生だ。

 

「青道の投手の中で、一番うちと相性が悪いのは、やっぱり降谷投手だよな。ま、他も油断はできないが」

 

 と、真田。

 

 秋季大会決勝戦では、川上や沢村も力投していたし、薬師としても手強さは感じたものの、やはり最後を締めたのは降谷であった。

 

 何より今の薬師ナインの頭には、今日の巨摩大藤巻との試合で勝利投手となった降谷の姿が強く印象づけられている。

 

「カハハッー、降谷曉、かっと飛ばしてぇ!」

 

 雷市は、広間全体に響くような声で雄叫びを上げた。外の通路やとなりの広間にも聞こえるのではないかと思えたが、真田は制止しなかった。

 

 どうせ宴会になれば、となりからも笑い声や酔っぱらいの歌声が聞こえてくるような場所だ。よほどでない限りは、大目に見てもらえるだろう、と。

 

 ここで轟監督が口を開く。

 

「はは、決勝戦で負けたのに、選抜で運良く甲子園に出られたなんて言う奴はもういない。そもそも決勝戦での試合内容が良くなきゃ、選ばれてなんかいなかったんだからな。もう準決勝だ。ここまで勝ち上がってきたんだ、やるなら上を目指そうぜ」

 

「次はまた、青道と当たるんですよね」

 

 と、真田。東京の秋季大会の決勝戦と同じだ、と思う。薬師エースの心中に、複雑な思いが湧き上がる。

 

──あの時、青道の御幸捕手は怪我を押して試合に出ていた。俺たちは誰一人それに気がつかなかった。自分たちのことだけで頭がいっぱいだったんだ。

 

 だが内心の思いとは裏腹に、真田は口に出しては、こう言った。

 

「決勝で負けた時、甲子園は一度はあきらめましたが、選抜されて、ここまで来られてよかったです」

 

「巨摩大藤巻と青道もそうだが、強豪同士でつぶし合ってくれて運が良かった面はある。だが、それだけじゃねえ、その運を引き込んだのは俺たちだ」

 

 この場にいる選手たちは、監督のその言葉にうなずいた。

 

「せっかく大舞台に来たんだ。こうなったら、とことん甲子園で野球をやるのを楽しめ。何でもそうだ、楽しまなきゃ損だぜ」

 

 青道の方針とも似ているようだが、薬師には新興チームゆえの勢いと自由闊達さがある。それは轟親子が存在するゆえの、薬師のチームカラーでもある。

 

「野球を楽しめないなんて考えられないな。楽しくなかったらやっていませんでしたよ」

 

 と、真田。非常に勝敗とストイックさにこだわる、伝統ある強豪校の関係者が聞いたら怒り出しそうな発言である。そのような伝統校では、青道の片岡監督のような方針は、持たない場合もあるからだ。

 

 だが真田の発言は、薬師ナイン全員の偽らざる気持ちである。

 

 轟監督は、笑った。いつものクセの、彼のトレードマークのような、少し皮肉っぽい、余裕ありげな笑い方だ。

 

「どんな強豪が相手でも、胸を借りるとか、負けても恥にならないなんて後ろ向きな考えじゃなくてな、やるなら勝つつもりでぶつかるんだ。俺もそのつもりで采配する。負ければ悔しいし涙が出ることもある。それでも野球は良い、野球は楽しい、野球をやっていてよかったと、そう言えるようになれってな、俺は雷市にもそう言ってきたし、お前らにもそう言い続けるぜ」

 

「勝敗を考えて真剣にやると楽しめないなんて話も聞きますけど、理解できないんですよね」

 

 と、真田。

 

「もっとも、俺はこのチームに来られて、運が良かったからもありますけど」

 

「楽しむ事と真剣にやるのは両立する。青道の奴らだって、そうやってんだ。俺たちも当然、そうするし、そうさせるぜ」

 

「そうだ、野球は楽しい! ナーダ先輩とも一緒に甲子園に来られてよかった! あ、もちろん、他のみんなとも! 怪物降谷曉、決勝戦で好投してた沢村栄純、変化球とコントロールの川上憲史も、まとめてかっ飛ばしてぇ!」

 

 真田は、二年生の二人だけでなく、川上も呼び捨てにされるのを聞いて、

 

「川上投手は、三年生だから、一応雷市にとっては先輩だぞ」

 

と、一瞬言いたくなったが、言わないでおくことにした。

 

──どうせ、試合になれば先輩も後輩もない。互いに、とことんやり合うだけだからな。

 

 ここでキャッチャーの秋葉が口を出す。

 

「真田先輩、疲れは取れましたか?」

 

 連日の登板をやり遂げてきたエースに、キャッチャーとして言葉を掛けずにはいられなかったのだろう。

 

「ああ、大丈夫だ。ここに戻ってきてすぐに風呂に入って、冷水シャワーも浴びたら、だいぶよくなった」

 

 と、真田は答えた。

 

 この旅館の大浴場には、ドイツから取り寄せた、トロン鉱石という特別な鉱石が使われており、保温性と疲労回復や、腰痛・神経痛などに効果があると言われている。

 

 仮に投手が肩や腰や足を痛めていたとしても、ある程度は回復させる効果も期待できた。

 

「この風呂があるから、この旅館に決めたんだ」

 

 と、轟監督。

 

 古代ローマ時代から、皇帝や貴族が戦(いくさ)の疲れを癒やすために入った温泉があり、その貴重な鉱石が、この旅館の大浴場には使われているのである。

 

「ヨーロッパにも、信玄の隠し湯みたいなのがあるんですね」

 

 真田の言葉に、

 

「隠されちゃいなかったらしいがな」

 

と、監督は答える。

 

「もう一回、入ってこようかな」

 

 と、真田が言うと、

 

「この風呂は一回十五分、一日五回までですよ」

 

と、秋葉が念のために注意してくれた。

 

「ああ、五回も入らなくていいか。今入って、また夜に入るよ」

 

「真田先輩、くれぐれも入り過ぎて湯あたりとか、しないでくださいよ」

 

「ああ、分かってる」

 

 真田は立ち上がり、広間を出て行った。

 

 残された薬師ナインを前に監督は、

 

「よし、偵察がビデオと偵察メモを持って帰ってきたら、青道チームの巨摩大藤巻との試合を見直すぜ。明日は休みで試合は明後日だが、今のうちによぅく見とけ」

 

と告げる。

 

 そう言うと、それまではゆっくりしようと、轟監督は畳に仰(あお)向けに寝転がった。

 

続く






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