青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
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一方、こちらは青道。彼らは、今、甲子園のほぼとなりと言っていいくらいに近くにある、近代的なホテルに泊まっていた。
元々は旅館だったが改装され、新しい洋風のホテルに生まれ変わったのである。薬師チームの面々が宿泊先に選んだ、少し寂れた和風旅館とは大きく違っていた。
彼らは今、ホテルの大広間に集まっていた。大広間にはいくつもの丸テーブルがあり、それぞれの丸テーブルの周りにある椅子に、各々が腰掛けていた。今は各自談笑し、和(なご)やかで落ち着いた雰囲気である。
大浴場でゆっくりした者もいれば、各部屋の浴室で汚れと疲れを落とした者もいる。
現代のスポーツの世界では当たり前の疲労回復方法になった、熱い湯と冷水を交互に浴びる交代浴の簡易版をやっていた。
正式な交代浴は、疲労回復効果は高いが体への負担も大きいからだ。
大浴場の湯船の湯はぬるめなので、十分から十五分ほど湯船に浸かり、最後に一分の冷水シャワー。
ホテルの各部屋の個室風呂の場合は──御幸は大浴場に入らず、本当に久しぶりに、家庭用のような小ぶりの風呂に入っていた──熱すぎない湯船にやはり十五分ほど浸かった後に、冷水シャワーを1分だけ浴びる。
このような感じで、疲労回復とくつろぎを両立させていた。
御幸も他の青道野球部の面々も、薬師チームがトロン鉱石を使った人工温泉に浸かって、疲れを回復させているのは知らない。
トロン鉱石は、ドイツのみならず日本の厚生労働省からも効能を認められている薬石なのである。薬師側としては、未だ他に漏らしていない秘密兵器だ。
「次は薬師か。やっぱり真田をどう攻略するか、だよな」
と、倉持。風呂に入ってさっぱりした顔をしている。ここにいる全員が、そんな顔をしていた。
髪は大浴場の着替え場で乾かしてきた。選手たちは青道野球部のジャージを着て、湯冷めして体を冷やさないようにしていた。
「しかしいい湯だった。さら湯だけど、青道の浴場より広々として、なんか上等そうなタイル使って良い感じだよな。また夜も入るとするか」
倉持のその言葉に、
「俺は部屋の風呂でいい。そのほうがくつろげる」
と、御幸は答えた。ホテルの部屋は二人部屋であり、御幸は沢村と同室になっていた。
集団生活に慣れていない、自宅通いの選手ばかりのチームは一人一部屋にする場合も多いが、青道の場合は二人で一つの部屋を使わせていた。
「真田さん、連日の登板なのに元気ですよね!」
と、これは沢村が。沢村自身も、見るからに元気いっぱいの様子を見せている。
大浴場では、
「ここがホテルの風呂か〜良いですね〜」
などと言い、素っ裸で歩き回っていたため、
「おいおい、体を冷やすなよ」
と、金丸から注意されたのだ。
御幸は、それを聞いて苦笑したものだ。
ここでも、沢村の問い掛けに、
「ああ、筋トレに力入れて持久力を高めたって、インタビューには答えていたな」
と、余裕ありげに答える。この余裕は決して、薬師のエース真田を、薬師チームそのものを甘く見るからではない。御幸の普段の鍛錬の賜物である、自信の表(あらわ)れなのである。
「投手層が厚いこちらは有利だけど、やっぱり油断はできないからね」
と、いつも相手チームのデータ分析をしてくれるナベ、こと渡辺が言う。
「ま、秋季大会決勝戦では、急に登板した轟選手にも驚かされたけどな」
御幸のその言葉を聞いた渡辺は、
「轟選手、甲子園でも何回か登板してるからデータは取っておいたよ。それぞれのスマートフォンにデータ送信したから見ておいて」
「ナベ、助かるぜ」
キャプテン御幸のねぎらいの言葉に、渡辺はうなずいて、
「ざっくり言うと、いつもかなりの荒れ球でフォアボールが多いんだけど、ストレートには力がある上に手元で伸びる感じがするから、油断はできないって感じかな。思わず振らされる、そんな感じみたいだね」
と、説明してくれた。
「なるほど、秋季大会の時の感触と同じだな」
──あの時は、体調が万全ではなかった。それは言い訳にならねえが、今度は出てきたら打ってやる。急造投手に負けていられねえよ。投手は、そんな甘いもんじゃない。そうだろ? 沢村、降谷、それにノリ。
「キャップ、今度も薬師に勝ちましょう! 今度は体も快調だし、きっと必ずかっ飛ばせますよ!」
と、沢村が広間中に響くような大声で、御幸を励ます。
──沢村なりに、俺を気遣ってくれてるんだな。
御幸はそう思った。
「ああ、あの時はみんなに心配掛けた。けど、もう大丈夫だからな。お前も、秋季大会で勝った相手だからって気を緩めんなよ」
「緩めたりしません! この沢村、常に全力投球。いかなるチームが相手でも、全国制覇チームを相手にするように投げるのです!」
「よしよし」
若干苦笑ぎみに御幸は、答えた。
「しかし先発が誰になるかはまだ分かんねえな。沢村か降谷か」
轟の投球を無理に打とうとして利き手を傷めなければ、秋季大会決勝戦で先発した川上(ノリ)も本来はもっと好投できていたはずだった。
そう御幸は思う。いや、御幸だけでなく、青道ナイン全員の気持ちでもある。
しかしこの甲子園での先発には、技術よりも心臓の強さが要求される。
──だがノリは、控えには必要なピッチャーだ。先発がどちらでも、ノリがいてくれたら安心だからな。
「川上(ノリ)先輩が控えていてくださると、俺も安心して投げられます!」
沢村が、また大声で言った。
「う、うん…ありがとう」
川上自身は、後輩のその声をありがたく思う様子を見せつつも、少し引いていた。
「まだ、お前が先発とは決まってないぞ」
心の準備はしておけとは言ったけどさ、と付け加えて御幸が。
そこへ、片岡監督が入ってきた。
「明日の薬師戦だが」
監督は開口一番、こう言った。一同、シンと静まり返る。
「先発は沢村だ」
意外でもない、片岡監督の指名だった。
続く
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