青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
お待たせいたしました。どうぞご覧ください。
打席に立つのは、青道のリードオフマン倉持。轟の三球目は。
「ストライク!」
──くそ。アウトコースにボールかと思ったが。ギリギリでストライクに入ったか。
と、倉持。
ここで、この試合を観客席から見ている人物がいた。小型の双眼鏡を手に、細かいところまで見えるようにしていた。
「今のはアウトコース。おそらくは、バッターからはボールになるかと見えたんだろうけど、ムービングボールは軌道が安定しない。時として、投げた本人にもどこに行くか分からないことがある。ボールからギリギリでストライクゾーンに入ったんだと思う」
これは、準決勝で惜しくも青道に破れた巨摩大藤巻の正捕手、円城の言である。となりに座る本郷は、いつものように不機嫌そうな顔をしていた。
「どっちみち、この程度のピッチャーを攻略できないようじゃ、青道もそこまでってことだ」
俺たちが負けたのは事実だけどな、と不承不承(ふしょうぶしょう)付け加えて。
円城はうなずいて、さらに続ける。
「デッドボールを恐れてか、バッターの倉持選手はホームベースから離れて立っている。当然、この位置からだとアウトコースは見えにくい。俺ならバッターがあの位置に立つ限り、徹底的にアウトコースを攻めさせる。ま、上手くストライクゾーンに入ってくれれば、の話だけどね」
「はっ、ノーコンピッチャーが。ピッチャーは野手の片手間にできるもんじゃねえよ」
「うちや青道と違って新興チームだからね。層が厚くないんだろう。それは仕方ない」
本郷は、それには答えなかった。黙ったまま、まるでにらみつけるように青道の試合を見つめていた。
薬師の面々は、そんな昨年夏の覇権チームのバッテリーの思いなど気がつきようもなかった。
秋葉は、
──アウトコースぎわに投げさせたらバッターからは見えにくいだろうけど、雷市のコントロールじゃストライクゾーンを外れやすくもなる。いいや、雷市、ここはど真ん中になってもいい。とにかくストライクゾーンを狙って投げてくれ。
と、念じつつ四球目のサインを出した。
「ボール!」
今度は外れた。やはりアウトコースである。
──また、アウトコースだ。しかし今度は大きく外れたな。ちくしょう、こうなったらホームベース寄りに立つしかねえか。
倉持は、瞬時迷ったが動かなかった。
──いや、このまま待ってやる。アウトコース、ストライクゾーンに来たら叩く!
あらためてバットをかまえ直す。
──轟の球は沢村より速い。140キロ前半って、ナベが言ってたよな。だけど速さだけなら、そこまで大した球じゃない。球がアウトコースストライクゾーンに来てから動いても打てる。
そう考えて、倉持はその場に立ったまま、五球目を待った。
──五球目は、ど真ん中狙って投げていい。甘く入ってもいい。こいつにフォアボールを選ばれるとやっかいだ。
秋葉はサインを出す。ど真ん中は投手にとって、ストライクゾーンの中で一番投げやすい位置だが、バッターからも最も打ちやすい球となる。
轟のストレートがムービングボールであり、大きく軌道を変えて打者を撹乱すると分かっているからこそのリードである。
薬師内野陣が、轟に声を掛ける。
「雷市、打たせていいぞ!」
と、ファーストに入っている真田が。
「ハハハハ! 青道打線、恐れるに足らず!」
と、それはミッシーマと呼ばれる、今は三塁に入っている控え投手の三島が。
「カハハハハ!」
轟も大声で豪快な笑い声を上げる。
──何が青道打線、恐れるに足らず、だよ。
倉持は舌打ちしたい気分だった。
──だけど、こいつらは本当に野球を楽しそうにやるよな。この甲子園でも怖じ気づくことなく。これがこいつらの強さの秘訣かもな。
そんな倉持に、
「チー様、今度も決めてください! チー様の足を見せてやりましょう! さあ、ドンと行って、ドンと行ってつあかさい!」
と、ブルペンにいる沢村の声援が飛んだ。
お前はうるせぇよ、先発なんだからちゃんと肩を温めてろ、と言いたくもなったが、同時に、
──今日の先発は沢村だ。先に点を取ってやりてえよな。何より、三塁手をマウンドに立たせるなんて舐めたまねされたままじゃ、こっちの気が済まねえ。
むろん、それが投手層の薄い新興チームゆえの苦肉の策だとは倉持も分かっている。分かっているが、そんな先発にいいようにされてたまるかという気持ちも大いに湧いてくるのだ。
五球目。
真ん中近くの甘い球に見えた。
倉持は打った。
ゴロが二塁に転がってゆく。
──ちっ。芯を外した。打たされたか。
それでも望みを捨てずに懸命に一塁へ走る。滑り込まずに走り抜ける。
「アウト!」
だが倉持の俊足でも間に合わなかった。
「ワンアウトか」
まだベンチにいる御幸がつぶやく。
ネクストバッターサークルから、小湊春市が立ち上がり打席に向かう。
その小湊を、片岡監督が呼び止める。
「無理に打つ必要はない。よく球を見るんだ。焦るな」
「はい、分かりました」
──倉持先輩も、フォアボールを狙ってはいたんだと思うけど…。
その内心の思いは口には出さなかった。言わなくても、きっと監督も他のみんなも気がついているだろう、と思う。
小湊は青道側の大きな声援を受けて打席に立った。
──雷市、とにかくストライクゾーンに来ればいい。どのコースでも、甘く入ってもかまわない。ストライクゾーンを狙って投げろ。頼んだぞ。
巧打者の小湊を打席に迎えて、薬師の正捕手はサインを出しつつ念じた。
──頼んだぜ、雷市。
小湊のほうは。
──栄純くん以上のスピードと変化のムービングボールか。でも、栄純くんのコントロールは日増しに良くなってきてるけどね。
さらに轟には下半身にバネがあり、打者から見ると下から浮き上がって見えるような力強い球を投げる。
その上、ムービングである。甲子園でも、打者の目が慣れないうちは、ある程度通用してきた。
──でも僕らは、これで二試合目だからね。確かに秋季大会決勝戦では意表を突かれて驚いたけど。
小湊は片岡監督に言われたとおりに、よく選んだ。
二球目。
二球目もボールだった。
続く
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