青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
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──高い!
轟の三球目は、インコースの高めである。しかも。
──くそっ! 危ねえ!
御幸は、左打席のさらに左側に飛びのく。
「ボール!」
主審の声が響く。
マウンドの轟は帽子を取り、御幸に向かって頭を下げた。
「すみません…」
と、小さな、しかし御幸に聞こえる声で、キャッチャーの秋葉も謝ってみせる。一応、御幸のほうが学年が上なので敬語だ。
御幸は苦笑した。
「はは、四番には容赦なくってわけか」
これまた小さな、しかし秋葉には聞こえるくらいの声で。
「おいおい、またかよ! 危ねえじゃねえか!」
青道ベンチからは、抗議の声が。
また、とは言うまでもなく、秋季大会決勝戦での事である。
御幸は、あらためてヘルメットをかぶり直す。
──ぶつけるのを恐れているって話だったが、話が違うぜ。だがナベの責任じゃない。轟は、俺には挑戦的に投げてくる。
バットをかまえて、ニヤリと笑った。
──はは、そうこなくちゃな。それでこそ、薬師だ。とは言え、デッドボールは勘弁だぜ。
御幸がまだ二年生の頃、すでに正捕手ではあったものの、今のように四番でキャプテンの重責までも背負うことなく、今よりは気楽に野球をしていた。
その時、三年生でエースだった丹波が頭部へのデッドボールで負傷し、甲子園出場を賭けた稲実との決勝戦でも、ついに本調子には戻れなかったのを思い出す。
──丹波さんが無事だったら、あの決勝戦で稲実に勝てたのかな。今でも、そう思っちまう。哲さんたちと一緒に、甲子園に来られたんだろうか。傑出した四番バッターの哲さんを中心にした、あの頃の青道の強力打線で、甲子園で活躍できたんだろうか。
御幸は頭を軽く振って、過去への愛着を振り払う。今はそれどころではない。
それに、哲さんこと結城キャプテン世代も、大学野球を中心に、今はそれぞれの道を歩んでいるのだ。
後輩に、今さら同情されたくはないだろう。御幸は、そう思いもする。
──そうだ。丹波さんが悪いんじゃない。だけど俺は、そうはなりたくねえ。
カウントは、ツーストライク、ワンボール。投手有利である。
──とは言え、轟の球はストレートのクセ球しかねえからな。外れる時は分かりやすく外れる。攻略する手はあるぜ。
一方で薬師のキャッチャーの秋葉は。
──この四番を打ち取ったら、流れはきっとこっちに来る。頼んだぞ、雷市。
と、強く念じていた。
注目の四球目。
──ボール? 少し高いな。だが良い位置に来ている。
御幸は瞬間に判断した。
──打つ! 高めだ。遠くへ飛べ!
御幸は大きく打ち上げた。打球はライト方向に伸びてゆく。
青道応援席から、大きな歓声があがる。
「大きいです! ライトへ伸びてゆきます!」
実況の声は、そう告げていた。
薬師のライト位置を守る選手はフェンス際まで下がる。
──頼む、取ってくれ!
と、秋葉。
「くそっ。入るな、入るなよ」
ファーストを守る真田も外野を振り返り、ライト方向を真剣に見つめていた。
薬師の右翼手は、必死の思いで打球を追い、走る。フェンスにその右肩が付いた。
──入るな…!
右翼手は念じた。
「取った、取りました! 御幸君の打球、今一歩伸びず。ライトフライに終わりました!」
実況は、そう告げた。
「ああ、くそ。伸びが足りなかったか」
小湊は二塁残塁のまま、青道の攻撃は終わった。
「惜しかったな」
御幸が、ベンチに帰ると、白洲にそう言われた。
「あと少しだったが、まあ取られちまったもんは仕方ない。今度は守備だ。点は取らせねえぜ」
「ああ」
薬師と交代で、今度は青道が守備に付く。一回の裏、先発は沢村である。
──正直、不安がないと言えば嘘になるが…。だが、秋季大会の決勝戦でも薬師相手に好投したんだ。甲子園でも、舞台負けせずにやれよ、沢村。
御幸は、内心で後輩に声を掛ける。口に出しては、
「沢村、慎重にな。一球一球、気を抜くなよ」
と告げる。
「はい! 分かっております、キャップ!」
と、ブルペンから駆けてきた沢村。
「よし、じゃあ行くぜ」
「はい!」
青道ナインが、それぞれの守備位置に付く。
沢村は甲子園のマウンドに上がった。今日が初めてでは、すでにない。とは言え、ドキドキするような高揚感が今も胸を満たす。
──リーダー、いや、結城キャプテンの時代に、ここに来たかったな。先輩たち、あんなに甲子園に来たがってたのに。
「でも、その分、俺たちがやってやるぜ!」
沢村は持ち味の、外野にまで響き渡る大声で叫んだ。彼は、センター方向を向いて、両手を大きく頭上で広げた。ちょうど大の字になって立っている。
「さあ皆さん、いよいよこの大甲子園で準決勝まで参りました。これまでもいろんなことがありましたが、この沢村、ここで一世一代の投球をお見せしたいと思います!」
──おいおい。口上はさっさと終わらせろよ…。薬師の一番バッターが待ってるぞ。
と、御幸。
薬師の一番バッターは、キャッチャーの秋葉である。キャッチャーが一番になるのは、比較的珍しい打順と言えるだろう。
「この甲子園でもガンガン打たせていくんで、バックの皆さん、何とぞよろしくお願いいたします!」
「おう!」
「よし、打たせていけ!」
「栄純くん、その調子!」
「よし! 俺んとこ来い!」
外野からも内野からも、応える声が沢村に向かって。
こうして、『沢村伝説』は甲子園で幕を開けた。
続く
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