青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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第29話 一緒に来たかった

──高い!

 

 轟の三球目は、インコースの高めである。しかも。

 

──くそっ! 危ねえ!

 

 御幸は、左打席のさらに左側に飛びのく。

 

「ボール!」

 

 主審の声が響く。

 

 マウンドの轟は帽子を取り、御幸に向かって頭を下げた。

 

「すみません…」

 

 と、小さな、しかし御幸に聞こえる声で、キャッチャーの秋葉も謝ってみせる。一応、御幸のほうが学年が上なので敬語だ。

 

 御幸は苦笑した。

 

「はは、四番には容赦なくってわけか」

 

 これまた小さな、しかし秋葉には聞こえるくらいの声で。

 

「おいおい、またかよ! 危ねえじゃねえか!」

 

 青道ベンチからは、抗議の声が。

 

 また、とは言うまでもなく、秋季大会決勝戦での事である。

 

 御幸は、あらためてヘルメットをかぶり直す。

 

──ぶつけるのを恐れているって話だったが、話が違うぜ。だがナベの責任じゃない。轟は、俺には挑戦的に投げてくる。

 

 バットをかまえて、ニヤリと笑った。

 

──はは、そうこなくちゃな。それでこそ、薬師だ。とは言え、デッドボールは勘弁だぜ。

 

 御幸がまだ二年生の頃、すでに正捕手ではあったものの、今のように四番でキャプテンの重責までも背負うことなく、今よりは気楽に野球をしていた。

 

 その時、三年生でエースだった丹波が頭部へのデッドボールで負傷し、甲子園出場を賭けた稲実との決勝戦でも、ついに本調子には戻れなかったのを思い出す。

 

──丹波さんが無事だったら、あの決勝戦で稲実に勝てたのかな。今でも、そう思っちまう。哲さんたちと一緒に、甲子園に来られたんだろうか。傑出した四番バッターの哲さんを中心にした、あの頃の青道の強力打線で、甲子園で活躍できたんだろうか。

 

 御幸は頭を軽く振って、過去への愛着を振り払う。今はそれどころではない。

 

 それに、哲さんこと結城キャプテン世代も、大学野球を中心に、今はそれぞれの道を歩んでいるのだ。

 

 後輩に、今さら同情されたくはないだろう。御幸は、そう思いもする。

 

──そうだ。丹波さんが悪いんじゃない。だけど俺は、そうはなりたくねえ。

 

 カウントは、ツーストライク、ワンボール。投手有利である。

 

──とは言え、轟の球はストレートのクセ球しかねえからな。外れる時は分かりやすく外れる。攻略する手はあるぜ。

 

 一方で薬師のキャッチャーの秋葉は。

 

──この四番を打ち取ったら、流れはきっとこっちに来る。頼んだぞ、雷市。

 

 と、強く念じていた。

 

 注目の四球目。

 

──ボール? 少し高いな。だが良い位置に来ている。

 

 御幸は瞬間に判断した。

 

──打つ! 高めだ。遠くへ飛べ!

 

 御幸は大きく打ち上げた。打球はライト方向に伸びてゆく。

 

 青道応援席から、大きな歓声があがる。

 

「大きいです! ライトへ伸びてゆきます!」

 

 実況の声は、そう告げていた。

 

 薬師のライト位置を守る選手はフェンス際まで下がる。

 

──頼む、取ってくれ!

 

 と、秋葉。

 

「くそっ。入るな、入るなよ」

 

 ファーストを守る真田も外野を振り返り、ライト方向を真剣に見つめていた。

 

 薬師の右翼手は、必死の思いで打球を追い、走る。フェンスにその右肩が付いた。

 

──入るな…!

 

 右翼手は念じた。

 

「取った、取りました! 御幸君の打球、今一歩伸びず。ライトフライに終わりました!」

 

 実況は、そう告げた。

 

「ああ、くそ。伸びが足りなかったか」

 

 小湊は二塁残塁のまま、青道の攻撃は終わった。

 

「惜しかったな」

 

 御幸が、ベンチに帰ると、白洲にそう言われた。

 

「あと少しだったが、まあ取られちまったもんは仕方ない。今度は守備だ。点は取らせねえぜ」

 

「ああ」

 

 薬師と交代で、今度は青道が守備に付く。一回の裏、先発は沢村である。

 

──正直、不安がないと言えば嘘になるが…。だが、秋季大会の決勝戦でも薬師相手に好投したんだ。甲子園でも、舞台負けせずにやれよ、沢村。

 

 御幸は、内心で後輩に声を掛ける。口に出しては、

 

「沢村、慎重にな。一球一球、気を抜くなよ」

 

と告げる。

 

「はい! 分かっております、キャップ!」

 

 と、ブルペンから駆けてきた沢村。

 

「よし、じゃあ行くぜ」

 

「はい!」

 

 青道ナインが、それぞれの守備位置に付く。

 

 沢村は甲子園のマウンドに上がった。今日が初めてでは、すでにない。とは言え、ドキドキするような高揚感が今も胸を満たす。

 

──リーダー、いや、結城キャプテンの時代に、ここに来たかったな。先輩たち、あんなに甲子園に来たがってたのに。

 

「でも、その分、俺たちがやってやるぜ!」

 

 沢村は持ち味の、外野にまで響き渡る大声で叫んだ。彼は、センター方向を向いて、両手を大きく頭上で広げた。ちょうど大の字になって立っている。

 

「さあ皆さん、いよいよこの大甲子園で準決勝まで参りました。これまでもいろんなことがありましたが、この沢村、ここで一世一代の投球をお見せしたいと思います!」

 

──おいおい。口上はさっさと終わらせろよ…。薬師の一番バッターが待ってるぞ。

 

 と、御幸。

 

 薬師の一番バッターは、キャッチャーの秋葉である。キャッチャーが一番になるのは、比較的珍しい打順と言えるだろう。

 

「この甲子園でもガンガン打たせていくんで、バックの皆さん、何とぞよろしくお願いいたします!」

 

「おう!」

 

「よし、打たせていけ!」

 

「栄純くん、その調子!」

 

「よし! 俺んとこ来い!」

 

 外野からも内野からも、応える声が沢村に向かって。

 

 こうして、『沢村伝説』は甲子園で幕を開けた。

 

 

続く






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