青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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どうぞご覧ください。




第32話 最後までここにいる

 ムービングボールの球筋を見極めるのは難しい。しかし三島は引っ掛からなかった。

 

「ボール!」

 

 球審の声が響く。

 

 御幸は、

 

──よし、これでいい。まだカウントには余裕がある。良い感じに球は走ってるし、制球力も発揮できている。いいぞ、沢村。その調子だ。

 

そう考えつつ、球を沢村に投げ返す。

 

──このバッテリー、決め球にはチェンジアップが来ることが多い。チェンジアップに狙いを定めるか。

 

 三島は、そう考えた。特に相手投手の決め球をきれいに打つのは、相手にとってダメージが大きいものだ。

 

 修練を重ねて慣れてきた打者は、投手の投球フォームを見て、次の球が何か、どの辺りに球が投げ込まれるのか、瞬時に見定める。

 

 チェンジアップはストレートと変わらない投球フォームで投げられるゆえに、タイミングを外されて空振りしたり凡打に打ち取られることも多い。

 

──だが狙いを定めさえすれば打ちやすい球でもある。軌道は真っ直ぐ、球はゆったり来るんだからな。さあ、ここで一打を決めて、この俺が突破口を開いてやろう。

 

 と、三島は考えていた。

 

──さあイケメンキャッチャーめ、貴様のリードを打ち崩してやろう。チェンジアップ、来い!

 

 ワンストライク・ワンボール。まだわざとボールを投げる余裕はあった。三島にもそれは分かっていた。内角に、おそらくはわざとであろうボール球を投げられても、打ち気を外されてはいなかった。

 

──インコースのボール球。だけどデッドボールになるような球じゃなかった。かわすまでもない、良いコントロールだ。だがそれで怖気づいてはいけない。前向きに、ボジティブに! 制球力が良いということは、狙い通りの位置に球が来やすいということ。ストライクゾーンのチェンジアップ。決め球はきっとそれで来る。そこを俺が狙い打つ!

 

──まだまだ打ち気満々じゃねえか。かなり張り切ってやがる。さて、それじゃ次は、と。

 

 御幸はサインを出した。

 

 沢村は、うなずく。

 

──カットボール! これは御幸と俺の、それぞれの思いの結晶だ。あの夏の稲実との決勝戦でも、これは効いていた。俺の決め球、カットボールだ!

 

 カットボールは、球が打者の近くに来てからボール一つ分だけの小さな変化をする変化球である。

 

 降谷のスプリットと同様、球速はストレートとほぼ変わらないが、その分軌道の変化が小さい。

 

 スプリットが縦に落ちるのに対し、カットボールは投手の利き手とは反対側に、切れ込むように変化する。沢村はサウスポーなので、右打者の方に食い込むように軌道を描く球となる

 

「ストライク!」

 

──よし、ツーストライクだ。よくやったぞ、沢村。

 

──カットボール、そうだ、それもあった…。だが次こそはチェンジアップ。決め球にきっと、青道バッテリーはチェンジアップを投げる…!

 

 ツーストライク・ワンボールである。三島は追い込まれた形となった。

 

──よし、きっとこれが最後になる。四球目は、これだ。

 

 御幸はニヤリとした。そのキャッチャーマスクの奥の表情は、三島からは見えない。

 

──へへ、あいかわらず、思い切ったリードだ。よし、やってやる。

 

 沢村は、投球モーションに入った。次の打席の轟のことは、今は頭になかった。

 

──御幸を信じて投げる。俺と御幸の、これが『作品』だ。

 

「きれいなストレートを、今度はインハイのストライクゾーンに!」

 

 沢村は投げた。

 

 三島は。

 

 空振りの三振である。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 球審の声に、

 

「うおおおお! やったぜ!」

 

 沢村はマウンド上で吠えた。

 

──よくやった、沢村。最高の出だしだった。

 

 御幸の内心の声だ。

 

──ま、褒めると調子に乗るから、声に出しては褒めねえけど。

 

 一回の裏が終わり、青道守備陣がベンチに引き上げてゆく。沢村は御幸のそばに行くと、

 

「さあキャップ、どうですか、このピッチング。照れずに堂々と褒めていいんですよ、キャップ。さあ照れずに、恥ずかしがらずに!」

 

「はぁ、うぜぇ」

 

 そんな物言いだが、御幸は柔らかく微笑んでいた。

 

「え? 何ですか? 聞こえませんよ。さあ俺への素直な気持ちを、キャップ!」

 

「はぁ、うぜぇ」

 

 御幸は笑い出した。沢村の肩をミットをはめたままの手で軽く叩く。かろうじて沢村にきこえるような小声で、

 

「ま、お前にしちゃ、よくやったよ」

 

と、告げた。

 

「いやあ、それほどでも──」

 

 御幸や他のチームメイトがベンチに引き上げてからも、その場に立ち止まって、観客席にも聞こえるような大きな声を出し、嬉しそうに胸を張っている沢村に、

 

「栄純くん、早くベンチに入って!」

 

と、春市がツッコミを入れる。いつもの光景である。

 

 沢村は春市にツッコミを受けると、素直にベンチに入っていった。

 

 二回の表。五番の前園からの青道の攻撃である。

 

 薬師のマウンドには、エース真田が立っている。

 

「二回からエースを投入してきたか。向こうも必死だな」

 

 と、御幸。薬師は序盤のうちは、なかなかエースを出さない。真田は体力的に不利な一面があるからと言われているが、選手層の薄い薬師にとって、やはりエースこそが頼れる一本柱である。

 

「ゾノ先輩、ここで流れをこちらに引き寄せましょう!」

 

 沢村は、例によって大声で叫ぶ。

 

「おう。俺も五番の意地を見せなあかん」

 

 前園はバッターボックスに向かっていった。

 

 真田は投球練習を終えた。ファーストには三島が入り、サードには轟がいる。

 

「真田先輩、良い球来てますよ!」

 

 キャッチャー秋葉は、エースに声を掛けた。

 

「ああ」

 

 真田は秋葉からの返球を受け取る。

 

「はは、甲子園にいられるのもいつまでかな。だが、こうなったら最後までここにいるのを目指そうぜ」

 

 内野陣にも秋葉にも聞こえるような声ではないが、真田の偽らざる心境である。

 

──こうなったら勝ちを目指す。最後まで俺たちはここにいる!

 

 真田は一球目を前園に投げた。

 

続く

 






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