青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
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轟雷市が打席に入った。薬師側応援席が大きな盛り上がりを見せる。
──さすが、薬師期待の星だぜ。すごい声援だ、薬師の応援席以外もな。轟はこの甲子園で一気に知名度と人気を獲得したからな。
と、御幸。
沢村はというと、彼の心臓は、彼自身の耳に大きく聞こえるほど音を立てていた。薬師一の大打者を迎える緊張。だがそれだけではない。どこかワクワクするような、闘志の高まりがある。
──俺はこいつを恐れている。今でも恐れている。だけど、勝負したいとも思ってきた。この甲子園で、大舞台で、俺はこいつと勝負できるのを嬉しく思っている。
沢村は轟を見た。
「カハハハハ!」
轟は、トレードマークの高らかな笑い声を響かせる。
──俺はもっと甲子園(ここ)にいたい。もっと凄い奴と勝負したい。全国の凄い奴と、もっともっとここにいて、最後まで勝負し続けたい。凄い奴は、全員ぶっ飛ばしてえ。そのために、サワムラ、お前もぶっ飛ばす!
轟雷市は、野球以外の場面では大人しく控えめな生徒である。だがひとたび野球を始めると人が変わった。轟雷市は、そんな少年であった。燃え立つような闘志、勝負への歓びが全身から湧き上がっているかのように見えた。
御幸としても、ここはいつもより、さらに真剣になるべき場面だ。
──ランナーは無し。だが、こいつには一発がある。油断できねえ。全力で抑えに掛かるぜ、沢村。
──そうだ、御幸。俺は勝負する。真っ向勝負だ。轟雷市!
まずは一球目。御幸からのサインが出る。
沢村は少し驚き、次にニヤリとした。
──初球からインコース。あいかわらず大胆なリードだ。だけどそれでこそ御幸だ。俺は御幸を信じて投げる!
インコースはアウトコースよりも長打になりやすい。四番バッターを相手に、これは大胆不敵と言うべきであった。
あるいは度胸に欠ける投手なら、首を横に振るかも知れなかった。沢村はそうしなかった。先の巨摩大藤巻との対戦で、降谷も首を横に振ることはなかった。
──インコースへムービングだ。外れてボールになってもいい!
「ボール!」
轟は手を出さなかった。
──よく見てるじゃねえか。はは、さすがだぜ。単に力任せのパワーヒッターなわけじゃねえ。
期待の四番バッターである。薬師側の応援にも自ずと熱が入る。いや、薬師の応援席だけではない。スタンド中が奇妙な熱に浮かされていた。
沢村と御幸のバッテリーは、秋季大会決勝戦では轟雷市を三球三振に打ち取れたこともある。だが、甲子園での勝負は、それとはまた違う。
──轟は観衆を見方につけてやがる。だけど怯(ひる)むな、沢村! お前のバックを信じろ!
──ここに集まっている人たちは、轟のホームランを見たいのか…? いや、だけど俺は負けない。俺たちは、負けない!
二球目。
──インハイのボール球は見せ球だ。次はアウトローへ。クロスファイアーだ。
インハイとアウトロー。ちょうどストライクゾーンから見て対角線になる。打者からすれば、狙いを定めにくく、目も慣れにくい。
頭近く打者寄りにインハイ、次に足元近く打者から離れた位置にアウトローと、来る。打ちづらいこと、この上なしである。
ただ、このような揺さぶりは、コントロールの良い投手でなくては、なかなかできない。
──さあ、来い! 沢村。今度はきれいなストレート。思い切って投げ込め!
沢村は投げた。
御幸は沢村の球を受けるべくかまえつつ、
──しまった…! 少し甘い…!
と、声には出さずに叫んだ。
轟は打った。轟は、そのわずかな甘さを見逃さなかった。やや真ん中よりの、そのアウトコースの球を引っ張った。
打球は大きく、右中間へ。
「轟君の打球、伸びてゆきます!」
と、実況。そのとおりだった。球はぐんぐん外野席へと伸びてゆく。
「は、入るな!」
思わず沢村は叫んだ。
ライト白州とセンター東条が、フェンス際まで走ってゆく。
しかし打球は。
「入った! 入りました、ホームランです! 薬師高校の四番バッター轟君、この試合での第一号です」
薬師応援席は湧き立つ。
沢村は、呆然と打球の飛んだ方向を見ていた。
悠々とダイヤモンドを周る轟雷市は、今、ホームインした。塁を踏み忘れるなどということもなく。
薬師ベンチから選手たちが飛び出して雷市を迎えた。父親である監督も立ち上がり、両手を大きく上げて大声で歓びの叫びを響かせた。
「やったぞ、雷市!」
「いいぞ、よくやった!」
薬師ベンチは総出で、大喜びである。
御幸はその様子を見ながら、マウンドに目を移す。
──仕方ねえ。タイムを要求するぞ。
御幸はマウンドに走った。幸い、沢村は、さほど衝撃を受けた様子はない。
「少し甘かったな。だが後を抑えりゃいい。バックを信じて投げろ。頭切り替えて次の五番に集中だ。点は、必ず取り返してやるからな」
「すみません」
読唇されないように、グローブやミットで口元を隠しながらのやり取りである。
「幸い、ランナーはいない。轟の一発も1点はいっただけだ。次からは抑えろ。お前ならできる」
「はい。次はやります。抑えますよ」
その時、青道のプルペンから、プルペンキャッチャーの小野のミットに投球が収まる大きな音がした。
沢村の投球が立てる音とは比べ物にならない、轟音である。
「おい、降谷! 俺はマウンドを降りねえぞ!」
沢村はプルペンにまで届く大きな声で。
降谷は、小さな声で、
「準備しろって、監督が」
と言ったが、むろんマウンドまでは聞こえない。
御幸は苦笑した。
「はは、その調子だ。気を取り直して、次行けよ」
「はい!」
御幸はキャッチャーのポジションに戻っていく。
──だが、降谷がいるのは正直かなり心強いぜ。流れはまだ向こうに行っちゃいねえ。こっちに引き戻すんだ。
五番の真田がバッターボックスに入る。
「降谷を出すかな。それともこのままか」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で。
「あー、降谷、俺はマウンドを降りない。投げる。抑えるぞ!」
沢村は叫んだ。そして御幸のサインを見た。
続く
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