青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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第35話 チーム内ライバル

 轟雷市が打席に入った。薬師側応援席が大きな盛り上がりを見せる。

 

──さすが、薬師期待の星だぜ。すごい声援だ、薬師の応援席以外もな。轟はこの甲子園で一気に知名度と人気を獲得したからな。

 

 と、御幸。

 

 沢村はというと、彼の心臓は、彼自身の耳に大きく聞こえるほど音を立てていた。薬師一の大打者を迎える緊張。だがそれだけではない。どこかワクワクするような、闘志の高まりがある。

 

──俺はこいつを恐れている。今でも恐れている。だけど、勝負したいとも思ってきた。この甲子園で、大舞台で、俺はこいつと勝負できるのを嬉しく思っている。

 

 沢村は轟を見た。

 

「カハハハハ!」

 

 轟は、トレードマークの高らかな笑い声を響かせる。

 

──俺はもっと甲子園(ここ)にいたい。もっと凄い奴と勝負したい。全国の凄い奴と、もっともっとここにいて、最後まで勝負し続けたい。凄い奴は、全員ぶっ飛ばしてえ。そのために、サワムラ、お前もぶっ飛ばす!

 

 轟雷市は、野球以外の場面では大人しく控えめな生徒である。だがひとたび野球を始めると人が変わった。轟雷市は、そんな少年であった。燃え立つような闘志、勝負への歓びが全身から湧き上がっているかのように見えた。

 

 御幸としても、ここはいつもより、さらに真剣になるべき場面だ。

 

──ランナーは無し。だが、こいつには一発がある。油断できねえ。全力で抑えに掛かるぜ、沢村。

 

──そうだ、御幸。俺は勝負する。真っ向勝負だ。轟雷市!

 

 まずは一球目。御幸からのサインが出る。

 

 沢村は少し驚き、次にニヤリとした。

 

──初球からインコース。あいかわらず大胆なリードだ。だけどそれでこそ御幸だ。俺は御幸を信じて投げる!

 

 インコースはアウトコースよりも長打になりやすい。四番バッターを相手に、これは大胆不敵と言うべきであった。

 

 あるいは度胸に欠ける投手なら、首を横に振るかも知れなかった。沢村はそうしなかった。先の巨摩大藤巻との対戦で、降谷も首を横に振ることはなかった。

 

──インコースへムービングだ。外れてボールになってもいい!

 

「ボール!」

 

 轟は手を出さなかった。

 

──よく見てるじゃねえか。はは、さすがだぜ。単に力任せのパワーヒッターなわけじゃねえ。

 

 期待の四番バッターである。薬師側の応援にも自ずと熱が入る。いや、薬師の応援席だけではない。スタンド中が奇妙な熱に浮かされていた。

 

 沢村と御幸のバッテリーは、秋季大会決勝戦では轟雷市を三球三振に打ち取れたこともある。だが、甲子園での勝負は、それとはまた違う。

 

──轟は観衆を見方につけてやがる。だけど怯(ひる)むな、沢村! お前のバックを信じろ!

 

──ここに集まっている人たちは、轟のホームランを見たいのか…? いや、だけど俺は負けない。俺たちは、負けない!

 

 二球目。

 

──インハイのボール球は見せ球だ。次はアウトローへ。クロスファイアーだ。

 

 インハイとアウトロー。ちょうどストライクゾーンから見て対角線になる。打者からすれば、狙いを定めにくく、目も慣れにくい。

 

 頭近く打者寄りにインハイ、次に足元近く打者から離れた位置にアウトローと、来る。打ちづらいこと、この上なしである。

 

 ただ、このような揺さぶりは、コントロールの良い投手でなくては、なかなかできない。

 

──さあ、来い! 沢村。今度はきれいなストレート。思い切って投げ込め!

 

 沢村は投げた。

 

 御幸は沢村の球を受けるべくかまえつつ、

 

──しまった…! 少し甘い…!

 

と、声には出さずに叫んだ。

 

 轟は打った。轟は、そのわずかな甘さを見逃さなかった。やや真ん中よりの、そのアウトコースの球を引っ張った。

 

 打球は大きく、右中間へ。

 

「轟君の打球、伸びてゆきます!」

 

 と、実況。そのとおりだった。球はぐんぐん外野席へと伸びてゆく。

 

「は、入るな!」

 

 思わず沢村は叫んだ。

 

 ライト白州とセンター東条が、フェンス際まで走ってゆく。

 

 しかし打球は。

 

「入った! 入りました、ホームランです! 薬師高校の四番バッター轟君、この試合での第一号です」

 

 薬師応援席は湧き立つ。

 

 沢村は、呆然と打球の飛んだ方向を見ていた。

 

 悠々とダイヤモンドを周る轟雷市は、今、ホームインした。塁を踏み忘れるなどということもなく。

 

 薬師ベンチから選手たちが飛び出して雷市を迎えた。父親である監督も立ち上がり、両手を大きく上げて大声で歓びの叫びを響かせた。

 

「やったぞ、雷市!」

 

「いいぞ、よくやった!」

 

 薬師ベンチは総出で、大喜びである。

 

 御幸はその様子を見ながら、マウンドに目を移す。

 

──仕方ねえ。タイムを要求するぞ。

 

 御幸はマウンドに走った。幸い、沢村は、さほど衝撃を受けた様子はない。

 

「少し甘かったな。だが後を抑えりゃいい。バックを信じて投げろ。頭切り替えて次の五番に集中だ。点は、必ず取り返してやるからな」

 

「すみません」

 

 読唇されないように、グローブやミットで口元を隠しながらのやり取りである。

 

「幸い、ランナーはいない。轟の一発も1点はいっただけだ。次からは抑えろ。お前ならできる」

 

「はい。次はやります。抑えますよ」

 

 その時、青道のプルペンから、プルペンキャッチャーの小野のミットに投球が収まる大きな音がした。

 

 沢村の投球が立てる音とは比べ物にならない、轟音である。

 

「おい、降谷! 俺はマウンドを降りねえぞ!」

 

 沢村はプルペンにまで届く大きな声で。

 

 降谷は、小さな声で、

 

「準備しろって、監督が」

 

と言ったが、むろんマウンドまでは聞こえない。

 

 御幸は苦笑した。

 

「はは、その調子だ。気を取り直して、次行けよ」

 

「はい!」

 

 御幸はキャッチャーのポジションに戻っていく。

 

──だが、降谷がいるのは正直かなり心強いぜ。流れはまだ向こうに行っちゃいねえ。こっちに引き戻すんだ。

 

 五番の真田がバッターボックスに入る。

 

「降谷を出すかな。それともこのままか」

 

 誰にも聞こえないくらいの小さな声で。

 

「あー、降谷、俺はマウンドを降りない。投げる。抑えるぞ!」

 

 沢村は叫んだ。そして御幸のサインを見た。

 

 

続く






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