青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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大変お待たせしました。待っていてくださった方々、ありがとうございます!





第4話 何としても点を取りたい

「ストライク一つは取れた。恐れる事は何もないぞ。逆にこの四番を抑えられたら、一気に流れがこちらに来る」

 

 御幸は、内心で降谷に向かって告げる。この思いを、降谷も分かってくれるはずだ、と。

 

 次に出したサインに対して、降谷は力強くうなずいてくれた。

 

──次はボールになってもいい。インハイに思い切り投げろ。

 

 インハイは、降谷のコントロールではデッドボールになるリスクもある。よって、投げるならストライクゾーン寄りだ。甘めに入ってしまうが、降谷のストレートの球威ならそれでもいいと思う。打者寄り、つまり内角ではなく、高めにはずれるなら、それは全然かまわない。

 

「西選手の苦手なコースのはずだよな」

 

 ただしそれは、ストライクゾーンギリギリに投げられたらの話だ。甘く入れば、打ちごろの球になるリスクもある。四番にインハイを上手く打たれたら、まず長打は免れない。

 

 それでも御幸は、ミットを内角高めにかまえる。投手のほうを見ている西に、それが見えているはずはないのに、

 

「また、内角高めか」

 

と、はっきり言った。

 

「……」

 

 降谷はモーションを終え、ストレートを投げてきた。今さら変更はできない。いや、むしろそれを誘う罠なのかも知れなかった。データ通り内角高めが不得意なのなら、それ以外に投げさせたいだろうから、だ。

 

 西は打った。

 

 御幸は思わずヒヤリとした。

 

 内角高めは、当たれば長打になる危険性も高い。それを承知の上ではあったが。

 

 打球は高く飛んだ。外野へ、引っ張られてレフト方向へ。レフトを守る麻生のところへ。

 

 降谷も思わず外野方向を見る。青道メンバーも、巨摩大藤巻のメンバーも、全員が打球の飛ぶ方向を見た。

 

 麻生は、自分の所に飛んできた白い球を見た。走る。走る。ボールを追う。

 

 見せ場として決められるかは結果としてであり、守っているまさにその最中は、そんな事を考える余裕はない。

 

 麻生はフェンス際まで走った。

 

──入るな。

 

 思わず心の中で念じる。

 

 フェンスに激突する寸前、何とか捕球を決めた。そのまま態勢を崩してフィールドに転がる。

 

「やった…! やったぞ、俺」

 

 青道の応援スタンドから盛大な歓声が上がる。麻生もフィールドに倒れたまま、捕球を決めたグラブを上げて歓声に応えた。

 

「危なかったな」

 

 御幸は思わず声に出して言った。

 

 マウンド上の降谷もホッとしているようだった。

 

「さすがに甘く入り過ぎたか。それに球威も足りなかった。四番が相手なら、もっと」

 

 御幸は、二塁ベースまで走ったところから、残念そうにベンチに戻る西を見た。二塁ランナーは残塁である。彼は本塁の近くまで来ていたが、西よりもさらに、心底から悔しそうにベンチに戻っていった。

 

「だが打ち取れた。兎にも角にも、これでスリーアウトだ」

 

──次は俺達の攻撃だ。何としても、本郷から点を取る。

 

 御幸の心は、すでにキャッチャーではなく四番バッターになっていた。八回の裏、いよいよ投手が降谷に交代してからの青道の攻撃である。

 

 守備に着いていた青道ナインが、ベンチに向かって走り、戻ってゆく。

 

「大丈夫だ、流れは俺達に来ている」

 

 御幸は、キャプテンとして皆に声を掛けた。

 

 八回の裏、真っ先に打順が回ってくる倉持は、

 

「何としても塁に出るぜ。そしてお前に回してやる」

 

緊迫感を覚えつつも自信を保っているのを見せるように、そう御幸に告げた。

 

「ああ、頼んだぜ。うちのリードオフマン」

 

 野球用語では、リードオフマンとは一番打者の事だ。同時に一般的には、チームを先頭に立って引っ張る者の意味もある。

 

 倉持は、

 

「ああ。必ずこの回、点取ってやろうぜ」

 

と言ってバットを手にした。

 

 降谷はスポーツドリンクを、適量飲んでいた。春先とは言え、やはり激しい運動の後の、糖分や塩分の補給は大切だ。

 

「御幸先輩も、スポーツドリンク飲みますか?」

 

 沢村が敬語で話し掛ける。部に入ってきた当初はタメ口が抜けず、その都度やんわり注意したものだが、今では人前では敬語を使うようになってくれた。

 

 人前では。

 

「ありがとう、少しもらうよ」

 

「じゃあ、持ってきます」

 

 倉持がネクストバッターズサークルに入った。

 

 ピッチャーはやはり本郷である。イニングが変わったので投球練習を始めた。相変わらず、不機嫌そうな、いら立っているような顔をしていた。

 

──ま、投手層が厚いのは、うちも同じだけど。

 

 御幸の脳裏に、相手チームのキャプテン西の言葉がよみがえる。

 

「初回から投げ続けてきた、本郷の疲れに付け込めればと思っていたのを読み取られたか。降谷はまだ一回を投げたばかり。延長にでもならない限り、こちらは充分に体力は保つ、が」

 

 心の中の考えを口に出した。西のつぶやきの事も。心理的に揺さぶりを掛けるための言葉だと分かってはいるが、相手チームの投手交代も一応考えておかなくてはならない。

 

 巨摩大藤巻の手強い投手は、エースの本郷だけではない。それはすでに、ここにいる皆が知っていた。

 

「投手交代はありますかね」

 

 落合コーチが、声に出した。半ば独り言のように、半ばは片岡監督に問い掛けるように。

 

 投手と打者の勝負には、単純な実力差だけでなく、相性の問題もある。

 

 本郷は紛(まご)うことなき実力のある本格派投手だが、他のピッチャーも実力を備えているとしても、もっと青道打線にとっては相性が良く打ちやすいかも知れなかった。

 

 もちろん、このまま本郷の疲れを待てば、それもまたチャンスをもたらしてくれる可能性はある。

 

「いや、おそらくこのまま本郷投手で来るはずだ」

 

 片岡監督は答えた。落合コーチに対してだけでなく、この場にいる全員に向かってだろう。

 

 昨年の真夏の甲子園では、超高校級エース成宮鳴を擁する稲実を降して、見事に投手リレーで全国優勝を果たした東北海道代表の巨摩大藤巻だが、今は早春の三月である。

 

 これまでの試合でも主に本郷が投げている。確かに、ここで青道打線を相手に、継投策を取ってくるとは考えにくかった。

 

「できるだけ粘るよ。少しでも球数を多く投げさせる」

 

 小湊春市は、降谷と傍らに立つ沢村に言った。

 

「いいぞ、春っち。その調子だ!」

 

「僕も打つ」

 

 ぽつりと降谷。言葉数少なく、やや表情にも乏しい選手だが、その思いは沢村にも春市にも伝わった。正捕手で四番である御幸にも。

 

「何とかして、クリーンナップに打順が回るこの回、点を取りたい…!」

 

 それが青道ベンチの、いや応援席も含めて、全員の気持ちだった。

 

続く

 




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