青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
お待たせしました。第6話です。
小湊春市は、二球目を待つ。監督のサインは盗塁だ。しかし初球からではなかった。
春市はバンドの構えをした。それは彼自身の判断である。
──送りバンドと見せかけて、盗塁。そうやって倉持先輩を援護できれば。
春市はそう考えていた。
──日本一の二遊間になる。
それは、春市が兄から引き継いだ、倉持先輩との約束である。目標、と言うよりは、むしろ二人で交わした約束に近い。
それは、全国レベルの実力を持ちながら、甲子園に行けないまま高校野球生活を終えた、兄との約束でもある。
──結城キャプテンたちが、兄さんが行けなかった甲子園だ。ここで終わるわけには、いかない。
しかし、気合と根性も大事だが、それだけではどうしようもない。春市のバッティングセンスを持ってしても、本郷はなかなか打ち崩せる投手ではなかった。
──兄さんなら、どうするだろう。
春市の兄がいた夏に、西東京地区予選の決勝戦で青道は稲実に破れた。
その稲実は、夏の甲子園の決勝戦で巨摩大藤巻に敗北した。
それにしても、あの地区予選の決勝戦の勝敗は本当に紙一重で、青道が甲子園に行っていてもおかしくなかったのだ。
もしも兄の亮介が去年の夏の甲子園に来ていて、巨摩大藤巻と、その時からエースだった本郷と、対戦していたらどうなっていただろうか。
「ボール!」
球審の声が響く。
このボールは、わざとだろう。春市はそう考えた。
──本郷投手は、球威があり変化球も使いこなせるだけでなく、コントロールも非常にいい選手です。
ナベの言葉が、春市の脳裏によみがえる。
「だけど、付け入るスキはあるはずだ。きっと」
送りバンドの構えをしていると、球筋が見えやすくなるものだ。ボール球なのも、今回はよく分かった。
──次に、盗塁。
春市は三球目を見逃した。ストライク。そして、倉持は走った。
「させるか!」
円城の声は、はっきりと春市にも聴こえた。
ハラハラする緊張感はあったが、盗塁が失敗するとは思えなかった。円城も決して肩の弱い捕手ではない。それでも。
「セーフ!」
二塁塁審の声が響く。
「やった!」
春市は思わず声に出した。そんなに大きな声ではなかったが。
「倉持選手、盗塁成功! ノーアウト二塁となりました。さあ、青道、チャンスです!」
実況は全国に向けて、そう告げていた。多くの人が、ここにいない多くの人たちが、それを聞いていた。
「ああ、くそ」
円城のつぶやきが聞こえる。
青道ベンチからは大歓声が聴こえた。青道の応援席からも。
「チー様! 大成功ですよ! さすがチー様、さあ、このまま本塁まで行きましょう」
と、沢村の声が。
いよいよ得点圏にランナーが出たのである。しかもまだノーアウトだ。盛り上がりも当然であった。
「本塁を踏ませなきゃ点は入らねえんだ。気にすることはないぜ、円城」
本郷は口に出して言った。大きな声ではないので、歓声に打ち消されて、バッテリーを組んでいる捕手の円城にまでは届かない。代わりにグローブをはめているほうの手を上げ、気にするなと手を振った。
円城も、ミットをはめた手を振り返す。
──ノーアウトランナー二塁のピンチだ。どうも今、流れは青道に来ているらしい。
円城は、改めてキャッチャーマスクをかぶり直す。
──しかし本来なら、キャッチャーの俺がエースの本郷を勇気づけなきゃいけないところだぜ。反対に落ち着かせられてどうすんだよ。
ピッチャーは、チームの守備回の花だ。目立つし、チーム勝利は投手の功績とされやすい。一方で、心身への負担も大きく、そのプレッシャーはマウンド上に立つ者にしか分からない。
「そうだ、誰にも分からない。中学の時から、バッテリーを組んできた俺にも」
──その気持ちは、マウンドに立つ者にしか分からない。
本郷にサインを出す。
──そして、エースナンバーを背負った者にしか分からない──
エースナンバーを背負った者にしか。
相手チームの小湊選手は、送りバンドの構えをしていた。
──次は送りバンド。三塁にか。
バンドシフトを取らせようかとも思うが、小湊選手は巧打者だ。バスターをしてくるかも知れなかった。そうしたら内野の頭を越えて、むざむざヒットを打たせることになりかねない。
ただ、バスターには本当に高度な技量が要求される。本郷相手ではあまりにもバクチ過ぎるはずだ。
──バスターエンドラン。ありえなくはないか。当てさえすれば、内野ゴロでも倉持選手なら三塁を取れる可能性は高い。向こうも、そう考えているだろう。
「ごちゃごちゃ考えなくていい。力でねじ伏せりゃいいんだ」
本郷は、そう言っているように思えた。
──よし、もうカウントはツーワンだ。ストライクは二つ取れている。思い切っていこう。
サインを出す。縦に落ちるスライダー。最速151キロを投げ、力強い投げ方から本格派のイメージの強い本郷だが、真価は切れの良い変化球にもある。
本郷は投げる。
二塁にいた倉持選手が走った。
──やはり、エンドラン…!
小湊選手は打った。だが芯を外している。高校野球では珍しい、木製バットが折れる。
折れたバットと打球が一塁側に飛んだ。
一塁側だ。
一塁手は打球を難なく捕球する。幸い、折れたバットが選手に当たるアクシデントはなかった。問題はどこに投げるか、である。
ここで判断を下すのは捕手の役目だ。
一塁か。三塁か。
一塁なら手堅くアウトを一つ取れる。
三塁なら、得点圏のランナーを刺して、相手チームの希望を打ち砕ける。だが、倉持選手は俊足だ。確実にアウトにはできない。
失敗したら、ノーアウト一三塁(いち さんるい)のピンチを招く事になる。
この判断を、瞬時のうちにやり遂げなくてはならない。
「ファースト!」
円城は叫んだ。一塁ベースを指し示しながら一塁手に。
ほんのわずか、迷った上での決断だった。
続く
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