青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー   作:片桐秋

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お待たせしました。どうぞご覧ください。





第7話 マウンド上にて

 一塁のベースカバーには本郷が入る。一塁手からの送球を受けて、春市はアウトになった。

 

「青道、ワンナウトランナー三塁となりました! 巨摩大藤巻には、依然としてピンチが続きます」

 

 実況の声は全国に響く。

 

 それを沢村栄純の故郷の長野で聴いている、一人の少女がいた。自宅の居間のテレビの前に彼女はいた。今は春休み、午前からずっと、青道VS巨摩大藤巻の試合を観ていた。

 

「栄純、この試合には出番はないのかな。でも、ここで勝ったら次の試合にはまた、きっとマウンドに上がる栄純が見られる」

 

 青道に勝ってほしい。

 

 沢村栄純の幼なじみの蒼月若菜は、そう思った。

 

 蒼月は、沢村が故郷にいた頃、中学の軟式野球チームで男子の中に混じってプレイしていた少女である。

 

 弱小チームであったそのチームは、ほとんど勝ち星を得ることはなかった。けれど沢村にとっては、今でも大切なチームメイトだ。蒼月もそのチームメイトの一人であり、同時に家が近所同士だったので、幼い頃からの友人である。

 

 お互いに、一人息子と一人娘だ。兄妹が欲しかったのもあるのだろう。実際、蒼月若菜にとって沢村栄純は兄のような存在であったし、沢村にとっては若菜は妹のような娘(こ)だった。

 

「勝って、青道!」

 

 若菜は、遠くにいる幼なじみとそのチームメイトに声援を送った。東京よりもさらに遠い、兵庫県の西宮市の甲子園球場に。

 

 沢村栄純は、それを聞いてはいなかった。聞けるわけもない。それでも故郷の家族や幼なじみ、そして友人達が応援してくれているのは信じていたし、感じてもいたのだった。

 

 そして甲子園球場では、青道クリームナップの攻撃が始まる。

 

「三番、ライト、白洲君」

 

と、ウグイス嬢が告げる。

 

 白洲はバッターボックスに入った。

 

「タイムをお願いします!」

 

 と、ここで円城は主審に要求する。今大会、初めてのタイムだった。

 

 円城はマウンド上に駆け寄る。合図をして、内野手たちも集合させた。

 

「おいおい。何やってんだ、大げさだってんだよ」

 

 本郷は、いつもどおりムスッとした顔をしている。怒ったような口ぶりで円城に言った。

 

 ワンナウトランナー三塁、俊足のランナーにクリーンナップだ。相手チームのピッチャー降谷は、そう簡単に点が取れる投手ではない。

 

 しかも今はすでに八回の裏。巨摩大藤巻は八回表の攻撃で、自チームの四番を打ち取られたばかりである。

 

 だが巨摩大藤巻のエースには、そのピンチにも動揺した色はない。

 

「次は三番だな」

 

 と、内野手の一人が言った。

 

「だが、これまでは三振か凡打にできている。問題は四番だ」

 

と、円城。

 

 ここで、キャプテンで二塁手の西が口を出した。あいかわらずにこやかで、このピンチにも動じる気配はない。

 

「いっそ、四番は敬遠するか? 塁は空いているからな」

 

 彼は、キャッチャーの円城が責任を感じているのを見て取った。

 

 内野を深めに守らせ、一番倉持がセーフティバントで出塁するきっかけを作った。盗塁は阻止できず、二番小湊のバスターエンドランに有効な対処ができなかった。

 

 二番小湊の時にはバスターを警戒していたゆえに、バントシフトをさせず、前進守備もさせず、ほぼ定位置での守備を取らせたが、結果としては内野ゴロで進塁させることになった。

 

 前進守備を取らせていたら、フライであれば内野の頭を越えたかも知れないが、ゴロなら早めに捕球し、ひょっとしたら三塁に送球が間に合った可能性もある。

 

 仮にフライであっても、巨摩大藤巻の内野手なら捕球できたかも知れない。

 

 また、巧打者ではあるが小柄で長打力には欠ける二番打者の小湊相手なら、外野手も前進守備させておけばよかったのだろう。

 

 全てが円城の責任であるわけではない。だが、力投する本郷に重荷となるピンチを招いた事で、忸怩(じくじ)たる思いを抱いているはずだった。

 

 キャプテンとして、ここで下手な慰めはしない。円城もそれを望んではいないだろう。そう判断して、西はさらに続けた。

 

「三番白洲は何とか抑えて、四番御幸は敬遠。いや、いっそ五番前園も歩かせるか? 満塁策を取り、六番、二年生の金丸で勝負。満塁にしても、下位打線で勝負するのが安全策としては一番だ。六番が相手なら、本郷は間違いなくアウトにできるからな」

 

「はっ! 何言ってんです。馬鹿げてる」

 

 本郷は、普段よりもさらに不機嫌そうに言い捨てた。三年生の先輩のキャプテン相手だが、遠慮はなかった。

 

 春のセンバツは三月で終わる。厳密に言えば、まだ四月の進級前の学年で呼ぶべきだ。

 

 しかし、センバツが四月にまたがって開催されていた時代の名残りで、四月からの学年で呼ばれる習わしになっている。

 

「打たせませんよ。寄せ集めの東京モンなんかに打たせません。それに故郷の北海道を捨てて、青道に行ったアイツにも負けはしない」

 

 と、本郷。アイツとは降谷のことである。

 

「お前はそう言うと思ったよ」

 

 と、笑いながら西は答える。生意気な口ぶりに気を悪くすることはなかった。

 

 ここで円城が、

 

「きっと、もうセーフティやスクイズはありません。これまでのデータ通りなら、青道は積極的に攻めてくるはずです。それは二番小湊への、バスターエンドランの指示を見ても分かります」

 

と、マウンド上に集まった全員に言った。

 

 本郷を除く全員がうなずいた。巨摩大藤巻のエースだけは、半ば見据えるような視線を円城に向けていた。何を仕掛けてこようと、ねじ伏せればいいだけだ。その目はそう言っていた。

 

 それは単なる自己過信ではない。これまでも、青道のクリーンナップをも三振にするか打ち取ってきたのだ。

 

 しかも鉄壁の守備を誇る巨摩大藤巻を前に、いかに俊足のランナーと言えど、本塁を突くのは困難であるはずだった。

 

「本塁を踏ませなきゃ点は入らねえ」

 

 エースピッチャーは、捕手に言った。

 

「そのとおりだ。内野の守備は深めに。打たれても対処できるようにする。決してヒットは打たせない。外野フライもだ」

 

 ワンナウトでランナー三塁なので、外野フライでも一点が入る可能性が高いのだ。

 

「よし、決まりだな」

 

 西はグローブと手を打ち合わせて、音を立てた。

 

「さあ、元気出して行くぞ! もうワンナウトだ。忘れるな」

 

「おう!」

 

 内野陣と円城は、掛け声を出した。本郷は円城に言った。

 

「絶対に打たせない」

 

とだけ。

 

「ああ」

 

 内野手も捕手の円城も、それぞれの守備位置に戻っていった。

 

 試合再開。

 

 青道の三番、白洲の打席である。

 

「ストライク!」

 

 球審の声が響く。

 

──やはり本郷は手強い。そう簡単に、点は取らせてくれない。

 

 白洲はそう思った。

 

 青道側ブルペンでは、沢村が小野を相手に投球練習をしている。

 

 甲子園球場の電光掲示板には、本郷の球速150キロの文字が。

 

──まだまだ球威は衰えていないということか。

 

 改めてバットを強く握り締める。

 

──外野フライでも一点だ。多少浅めのフライでも、倉持の足ならまず間違いない。

 

 甲子園に春風が吹く。かすかに肌寒さをも感じさせるような風が。

 

──何とかして、点を取りたい。このチャンスは逃したくはない。

 

 白洲は、八回の終盤になって、未だ衰えを知らぬかに見える本郷の二球目に向かい合った。

 

続く

 






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