青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
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三番、白洲の打席。
──巧みに低めを突いてくるな。
良いコントロールだ。これでは外野にフライを上げるのも難しい。そう白洲は思った。
精密機械と呼ばれた明川高校のエース楊舜臣や、サイドスローの名投手である帝東のエース向井ほどではないが、最速151キロを投げる投手で、このコントロールは大したものだと思う。
青道も、それなりには揺さぶりを掛けてきた。ここまでフォアボールは三つ。本郷が恐れなく、ストライクゾーンギリギリを攻めてきたからでもあるが。
だが結局は、青道はノーヒットに抑えられ、なかなか得点ができなかった。本郷は、ここぞという時にはコントロールの良さを見せつけ、ビシリと決めてくる。
──しかし、そのために球数は多くなった。そろそろ疲れが見えてくる頃合いのはずだが。
二球目はボールであった。やはり低め。徹底して低めを攻めてくる。
──そして内野手は深めの守り。絶対に外野まで飛ばさせないつもりだな。
小技の効く小湊と違い、三番の自分には、ゴロよりも上に大きく打たれるのを警戒しているのだろう。と、白洲は見て取った。
低めの投球でも、内野安打を含むシングルヒット狙いなら、ゴロをあえて打つやり方もあるのだが。
ここで青道監督の片岡は、白洲に向けてサインを出す。こういった事は、何でもかんでも監督が指示を出すのではなく、選手自身で判断させるのも大事だと片岡は考えている。
だが、このチャンスだ。ここはサインを出すべきだろうと、元ピッチャーの闘将は思案したのである。
当然、それを円城も見ていた。
──何をさせるつもりだ。
こくごとく自分の考える策が裏目に出ている。本郷の言うとおり、考え過ぎだからなのかも知れない。
──それにこれでは、本郷を、他の野手の守備を、信じていないみたいじゃないか。きっと皆、そうは思わないだろうが…
倉持のリードが大きい。本郷は牽制球を投げない。どうせアウトにはできないし、走る時には走るだろうと思っているからだろうが。
代わりに、円城が自分で牽制球を投げることにした。マウンド上からより、本塁後方のキャッチャーからのほうが三塁ベースへの距離はある。だが、牽制球とは文字どおり牽制のために投げるものだ。アウトには出来なくてもかまわない。
倉持は素早く三塁ベースに戻る。セーフ! と三塁審判の声。
「よし、そのまま三塁に張り付いとけ」
と、小さく口に出して言う。青道の三番バッターには聞こえないはずだ。
白洲のほうは、あらためて片岡監督のサインを見直す。外野に目をやった。外野手はほぼ定位置だ。
──外野フライでも一点。
白洲は心の中で繰り返す。
三球目。
「ボール!」
──ボールが先行したか。徹底して低めの、アウトコースを突いているようだが、外れる時がある。
「ちゃんと見れてますよ! ナイス選球眼です! 白洲先輩」
沢村の声が聞こえる。沢村の声は大きいな、と思った。
必ずしも選球したわけではなく、低めを速いストレートで狙われて、手が出しにくいのもある。それは口に出さないし、表情にも出さない。
四球目。
「なに!?」
本郷の手から球が離れて。そこからの白洲の構えを見て、思わず円城は声を上げる。
──大丈夫だ、本郷のストレートはそう簡単に…
カン!
球は、打席前に転がった。
「なんと、スクイズです!」
と、実況の声。遠く長野の蒼月若菜の耳にも聴こえていた。白洲が意表を突くスクイズで、球をマウンドの方向、やや一塁寄りに転がすのも見ていた。
「えっ! ウソ、ここで?!」
蒼月が故郷の長野で思わず驚きの声を上げるのと同時に、沢村は叫んでいた。
「チー様! 本塁! 超特急で本拠地を突く!」
倉持は走る。円城からの牽制球で、用心してリードはそう大きくできていなかったが、
「充分だ。イケる!」
そう思いながら全力疾走する。
深めに守っていた内野陣は、またしても意表を突かれた。巨摩大藤巻のファーストは急いで対処する。
マウンド方向、キャッチャーから見てほぼ正面から、やや一塁寄りに転がる打球の位置へと走る。
円城は、スクイズの球が転がるのを見て、倉持にタッチアウトするために素早く動いた。
本塁からやや離れた、一塁寄りにまで動く。深めに守っていたファーストからの送球を、できるだけ速く受けられるように。
本郷は、真っ直ぐにスクイズの打球まで走り寄っていた。深めの位置に着いていた一塁手より、マウンドからの方が近い。
青道三番は、それほど上手く球の勢いを殺せてはいなかった。スクイズの打球はバウンドして、本郷の方へ転がってきた。
「打たせはしないと言っていたら、こんな小細工を!」
もっと一塁ライン寄りに転がすのがセオリーだ。むろん、それには高い技術が要(い)る。超高校級の本格派投手を相手に、それをやるのは著しく困難である。
──小細工しても無駄だって事だ。
本郷は、バウンドしてくるスクイズの球をグラブで捕球し、
「円城!」
そのまま、右手に球を持ち替えることなく、円城のミットにグラブトスした。
熟練した内野手の守備のような、流れるような動きだった。
本郷は、フィールディングでも一流だと青道に見せつけた。
「チー様、行け行け!」
沢村の応援の声が、緊迫感をはらむ。
「間に合え…!」
青道ベンチの誰もが、そう念じた。
「倉持、行け!」
御幸も思わず声を上げる。
円城は、本郷からのトスを受け、倉持にタッチアウトしようと一塁寄りから三塁線側に素早く移動する。
倉持は、
──何としても、このチャンス、モノにする!
と、スパートを掛ける。
円城は、本塁からそう離れていない三塁線上で待ち構えた。
今や青道側の期待を一身に背負った倉持は、円城が構えて待つ位置の、向かって右側に回り込みつつ走る。
円城は、そうはさせじと倉持の動きに合わせる。
以前、ルール改正前は、ランナーが走り込みのスピードを緩めないまま、体当りするようにキャッチャーに向かってスライディングをする事もよくあった。
クロスプレイという。それは確かに、昔は野球の見せ場の一つであった。しかし負傷する捕手も多い危険なプレイであったので、やがてクロスプレイは禁止された。
キャッチャーがランナーの体当たりを受け止めて、なおボールをこぼさすにいることが求められた時代もあったが、それはもう今ではなかった。
ランナーである倉持は、キャッチャー円城をかわしつつ、ホームベースに触れなくてはならない。
倉持はスライディング体勢に入った。
ボールを持つ円城を避け、大きく回り込んでヘッドスライディングである。ひと際大きな歓声が、青道応援席から湧き上がる。
倉持の手がホームベースに触れる。と、同時に。
「タッチアウトだ!」
円城は、ミットで倉持の肩あたりを叩いた。
アウトか、セーフか。
甲子園球場の両チーム、固唾を飲んで見守る。
「セーフ!」
主審の声が、高らかに響き渡った。
続く
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