光の章 -Into The Shine- 作:ちゃしぶ(98mm/s)
一応おれ自身、聖地巡礼のために渋谷駅から茶沢通りまで歩いたことはあるのですが、思い返してみればあれは自転車かバスを使うべき距離感だったと思います。しかも今回、リアルでは世田谷区池之上小学校(茶沢通りの端っこ)があるところに凛の高校があるということにしたんですが、ここから凛の家のモデルであるやよい園芸さんまでの距離と、やよい園芸さんから渋谷駅までの距離はだいたい同じくらいで、要は凛が「遠回り」の感覚で倍の距離を歩いたということにしてしまったんですよね。若さゆえのバイタリティ……にしては体力がありすぎる。どうしてわざわざ渋谷駅まで行っちゃったの。アニデレで渋谷凛が通っていたのは実践女子学園というところらしくて、こっちなら渋谷駅が通学路に含まれるっぽい。
ちなみに、渋谷駅からやよい園芸さんまで行く途中に住本不動産渋谷ガーデンタワーという建物があって、この中にサイゲ本社が入ってたりします。なんかもう色々めんどくさいし、ここが美城本社ってことにしちゃおうかな、って思ったんだけど、調べてみたらアニメだと青山学院大学とか国際連合大学とかのあたりに事務所があるっぽい。アーニャの高校どこにしようかな。
アニデレの聖地巡礼を検討しているなら、自転車をレンタルすることをお勧めします。まず歩く距離感じゃないので。
本作はpixivにも投稿しています。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25710182
第一節:Empty Scale①
なんか、みんな、舞い上がってるっていうか、熱くなっちゃってるらしい。
ノックの音がする。ダイヤモンドの掛け声がグラウンドの方から聞こえて、別の方向を見やればクラウチングスタートをしたところだった。
何人かのグループ、たぶん一年生だろう、渡り廊下で凛の横を走り去って行った。
私って本当に高校生なんだっけ。
ふとそんな疑問がよぎった。なんかちょっと違う気がする。
あぶなーい! そんな声が遠くから聞こえて、振り返ってみたらボールが飛んでくる。数歩後ろに下がって、目前に着地したら跳ねて転がるすがたを見送る。
「ごめんごめーん、大丈夫だった?」
「あー、まあ」
ユニフォーム姿をしりめに、今日はもう帰ることにした。
クラスではどの部活に入るかって話題で持ちきりだった。中学の頃からやってるスポーツを続ける人もいるみたいだし、せっかくだからと新しいことに挑戦する人もいるっぽい。初めての放課後はふつふつと沸騰し始めていて、凛だけがどこにも行けないまま、誰とも一緒になれないまま。
窓際の一番後ろって少し寂しい席みたい。隣や前の人とはなんとなく仲良くなれる気がしなかった。
人と話す機会は少なくて、黒板より空の青さを見つめる方が長い。正直、こんなに人がいない席である必要も無い。まあでも、出席番号通りだったら教室のど真ん中だったわけだし、くじ引きにしてくれたのはよかったかな。
何もない初日っていうのはあれかなと思って、少し遠回りをすることにした。
中学からの友達とかがいるわけじゃない。中学の頃もこんな感じだったかな、みんなは有名な進学校に行ったりスポーツで強い高校に行ったりしたけど、凛が選んだのは近いわけでも有名なわけでもない、あいまいな高校だった。
輪っかの外にいた。
「おねえちゃん、ストップ!」
青空に考え事をしていたら足元から声がした。小学生だろうか、小さな男の子がしゃがみ込んで地面の何かを探っている。……あー、何か面倒があったか、ロボットのおもちゃは隻腕で、男の子は大事そうにカクカクとした右腕を握っている。
なんとなく周りを見渡してみる……けど、流石に立ったままじゃ欲しそうなものは見当たらない。あれだ、きっと遊んでいたらネジでも外れてしまったんだろう。見つかる保証は無いが、ここで勝手に帰ってしまったらもっと面倒になるかも。どうすることもできないで、ただ突っ立ったままでいた。
……ややこしいことになったみたい、なんか周りに人だかりができて、たまに指をさされる。しばらくしたら遠くにお巡りさんが走ってくるのが見えて、ここでため息をひとつ。
別にイライラするわけじゃない、こういうことは慣れていた。いまいち気持ちが顔に出なくて、笑うとか泣くとかするような柄じゃないからなのか、怒っているように見えやすいらしい。どっちかと言えば悪者になりやすかった。
「ちょっと君、何をして──」
お巡りさんが来たと思ったら。
「おー、どうした坊や。何か落としたか?」
わきからスーツの男がやってきて、男の子にたずねた。
「あのね、あそんでたらね、グンダムのネジがとれちゃってね」
「おーそうか、じゃあお兄ちゃんとお姉ちゃんも一緒に探してやるから!」
「え、私も?」
「……ってことでお巡りさん、こっちで解決しとくんで。お勤めご苦労さまです」
「……そうでしたか、失礼しました」
……お巡りさんはパトロールに戻って、ほどなくしてネジは見つかった。男の子のお母さんもトイレから戻ってきたみたいで、「ありがとー!」と大きく手を振るすがたに安心した。
「……あー、さっきはありがと」
親子を見送ったところで、言うべきことは言っておこうと思った。
「何が?」
「アンタがいなかったら、ややこしいことになって補導とかされてたかも」
「あー、確かに、お巡りさんに疑われてたっぽいね」
飲む? 彼は自販機を指さしたから、五百円玉を入れたら、君が買うのか、みたいな顔をされた。
スーツとはいえ、彼はとても若い見た目だった。ジャケットすがたは様になってない感じで、肩から提げたカバンは妙に小綺麗、まだ二十代の前半とかだろう。
「高校生? 今日入学式だったとか」
「まあ、そんなとこ」
「へえ、初日からお疲れさまだね」
「うん。今日はありがと、私帰るから」
「気をつけて帰るんだよー」
彼に背中を見せながら、手を振って帰路に着いた。
*
「で、本当に何も無かったの?」
商品の花を手入れしていたら、今日何があった、なんて母親に聞かれたから、そんな話をしていた。
「何も無かったっていうか、結果的には?」
「何も無い初日もちょっとな〜、と思って遠回りしてみたら、駅前で職質されそうになって、そこを助けてもらった、と」
「ね、結果的には」
「結果的には……、何かあったじゃない」
「何が?」
「若くて優しい男の人に助けてもらったんでしょ? そして一言、『名乗るほどの者じゃありません』……」
「そんなこと言ってないから」
凛の家は花屋だ。両親と自分、一匹の犬で構成される渋谷家は、一階が店で、二階が住居という、ここの通りではよくある形の建物だった。変わったことがあるとしてもせいぜい、アパートを併設していないことくらいか。小さい頃から花によく触れてきて、こうして店の手伝いをすることもしばしばあった。
「凛、そろそろ行くぞー」
「はーい」
今日はフラスタの配達があった。こう言う時には、父が車を出して、母か凛が付き添って配達に向かう。今日は凛だった。
「制服のままでもいい?」
「エプロン着てくれればいいぞ」
「わかった」
なんか、売り上げ何万達成おめでとう、みたいな感じだった。どこか大きめの芸能事務所からの依頼だったようで、今日のものは普段配達するものよりも大きめな気がする。運び入れたところも、大きな自動ドアの先にかなり広いエントランスがあって、階段はもはやお城みたい、とっても幅が広かった。
「ここのカフェ、一般客も利用できて、チョコケーキがおいしいことで有名らしいぞ」
依頼主のところへ挨拶に行ったんだろう、父は受付を経由して上の階に上がって行った。手持ち無沙汰になった凛は、しかしここら辺で遊べるところがあるかは分からず、一旦そのカフェに行くことにした。
この時間はどうやら職員の出入りが少ないらしい、オレンジに染まり始めている空を眺めていれば、きっと営業周りか社内で定時前のスパートか、そんなところなんだろうと、チョコケーキとカフェオレの乗ったトレーをテラス席に置いた。
「ズドラーストヴィーチェ」
確かにおいしいかも、なんて思いながらオレンジの反射するビルを眺めていたら、背中から日本語じゃない言葉で話しかけられた気がした。
「……え?」
「アー、こんにちは…… こんばんは……?」
振り返ると、おそらく自分と同じくらいの背格好、しかし顔つきはやはりと言うべきか欧米の感じ。英語じゃないし、ヨーロッパの方だろうか、ロシアとか? ストレートの黒髪な凛とは真逆に、彼女の毛髪は銀色のウルフカットだった。彼女もトレーを持っている。
「……えっと」
「アー、アーニャ」
「は?」
「ミーニャ・ザボート・アーニャ。アーニャは、ニックネームです。アーニャは、アナスタシアです」
「……凛。渋谷凛」
「リン……!」
「……アーニャ?」
「ダー! そうです、アーニャ!」
まずは綺麗な人だなあという印象だったが、思ったより幼いか、かわいらしい人らしい。凛が名前を呼んだことにわかりやすく喜んでいる。
いまいち状況が掴みきれずに彼女の純粋しか察せられない凛だったが、気がつけばアーニャはすでに隣に座っていた。
「リン」
「何?」
「……リン」
「……ほんとに何?」
「シスリィヴィ、嬉しい、です」
「ごめん、わかんない」
「リンと、アーニャ、友達に、なれますね?」
「あー、まあ、それでいいんじゃない」
なんとなく返事をしていたが、それだけでも喜んでいるようだった。友達になれる、という部分が大事らしい。
「このお店では、チョコケーキが、おいしいです。カフェオレも、おいしいです」
「そうだね。有名らしいよ」
「リンも、チョコケーキを、食べていますね?」
「うん。カフェオレも」
「じゃあ、一緒、ですね?」
「まあ、一緒だね」
「ふふ、一緒、です」
一緒と言われてみて、確かにシンパシーを感じる気がしてきた。同い年だったりして、なんて思いながらチョコケーキを口に運んでみると、見事にアーニャと動きがシンクロした。彼女もそれに気がついたのか、凛と目を合わせて優しく笑った。
ポケットのスマホが着信を示した。画面には父からのメッセージ、「そろそろ帰るぞ」。
「ごめん、そろそろ帰らなきゃ。またね」
「ダー! バイバイ、です」
なんでだろう、彼女とは再び会うことになる気がした。カップの中で波打った模様が、夕暮れの金色に照らされた。
*
「では、以前お話しした通り、今日のホームルームでは自己紹介をしてもらいます」
担任の先生は若いゆえか張り切っていた。生徒にはあらかじめ自己紹介カードが配られて、『このカードの項目を埋めてきてください』と言うのが高校に入って最初の宿題だった。
名前、出身地、誕生日。好きなおかず、好きな教科、好きな曲。
最低限で十分だと思いながら、それっぽく埋めてみたものの、こうして見てみると、私ってやっぱりからっぽだ。
「出席番号もイチバン! 自己紹介もイチバン!」
今日もクラスは浮かれている。窓から差し込む春風が、存外涼しかった。
窓際の席から順ぐりだったから、凛の番は早くにやってきた。決まりの通りに、黒板の前に出る。
「えーっと、渋谷凛です」
クラスの中には、すでにいくつかのグループができている。どこにも属さない凛への視線に温度はなかった。
「出身が渋谷なんで、歩いてきてます。家は花屋で、犬が一匹います」
当たり障りのないことで、さっさとこの時間を終わらせたかった。
「まあ、よろしく」
まばらに拍手が終わって、こんなもんか、と席に戻った。
それからも、特にこれといった出来事はなかった。母が作ってくれた弁当も一人で食べた。
そういったことが嫌なわけじゃない。友達がいなくても高校は卒業できるし、そのあとはまた何となく、進学するか働くか、って感じだし。人に関心があるわけじゃない凛に、誰かが関心を向けなくたって、気にするようなことじゃない。
また放課後になった。クラスのみんなは、張り切って部活動見学に行ってしまった。
今日は配達などもなかったはずだ、両親どちらも家にいるし、すぐに帰らなければならないほど自分が必要なわけでもないだろう。少しだけ、学校に残ってみることにした。
そうしてみると、自分が思っていたよりも、一人でいる人が多いことに気がついた。今日の自分と同様に教室に残る同級生が何人かいて、本を読むとか、スマホでゲームをするとか、そんな感じだった。試しに隣のクラスを覗いてみても、似たような感じだった。
少しだけ、安心した。必ずしも誰かと一緒にいることが幸せなんじゃない、一人には一人なりの幸せもある。そんな風な名言があったのを思い出した。
今日は学校を探検してみることにした。迷うなら今のうち、と言うわけじゃないが、学校のことを把握しておいて損はないだろうと思った。
一年生のクラスは四階にあったから、四階から始まった。この階はクラスの教室がメインで、部活動などに使われる教室は大してなかった。強いて言うならパソコンが数十台置いてあるコンピュータ室くらいだった。ここでは文字通りパソコン部が活動している。
音楽室もあった。廊下の突き当たりだ。ここは部活に使われるわけではないが、しょっちゅう生徒の溜まり場になるらしい。ピアノの音が聞こえてきたから、なんとなく、入るのがはばかられた。
部活動の部室は五階に固まっていた。部室棟もあるが、あちらは運動部が主に使っている分、こちらは文化部がメインだった。
階段を登ったところから順番に、ドアの窓を覗いて回る。クイズ研究部、文学部、英語部。ほかにもいろいろあったとは思うけど、どうにもピンとこなくて覚えていない。
部活は別にいいやと思って三階や二階も見てみたが、そちらは四階と同様に二年生や三年生の教室がメインで、面白みもなかった。
学校めぐりは三十分で終わった。ほかにやることもないなと思ったところで、この前のことを思い出した。
『リンと、アーニャ、友達に、なれますね?』
本名は……なんだっけ。まあ、ともかく、アーニャという友達が一人できたのを思い出したので、かんたんにメッセージを送ってみることにした。
『おつかれ』
既読はすぐについた。しかしというか、やはりというか、返信が来るのは少し遅かった。
『アーニャは元気です』
いや、そういうのじゃないっていうか。
まあいいやと流して、『よかった』と返してみた。
『どうかしましたか?』
『暇だったから』
『なんとなく』
次の返信はもっと時間がかかった。数分経ったあたりで、「暇」の字が読めないのだろうと察しがついた。
『ひま、って読むんだよ』
『どうしてわかったのですか』
『リンはもしかして、エスパーですか?』
『日本語、あんまり得意そうじゃなかったから』
『暇が読めなくて困ってるんじゃないかなって』
今度も返信に時間がかかった。
『幹事、むずかしいです』
『漢字?』
『ほんとうにむずかしいです』
なんだか少しおかしかった。アーニャと話してれば暇はつぶせそうだ。
『ママは日本語がじょうずです』
『ママにききながら話したいけど、ママは北海道にいます』
『へえ』
『アーニャは北海道からきたんだ』
『はい』
『北海道で生まれて、アーニャが三才のときにロシアにひっこして、十才のときに北海道にもどりました』
『いまはアーニャだけが東京にきています』
『じゃあいまは一人ぐらし?』
『いいえ』
『りょうに住んでいます』
『リンはどこで生まれましたか?』
『私は東京生まれ』
『いまも親といっしょに住んでるよ』
『すばらしいですね』
『アーニャもパパとママにあいたいです』
アーニャと話していると、不思議と時間が経つのが早くなっていた。気がつけば教室には自分以外の生徒がいなくなっていたので、私もそろそろ、と思って、帰ることにした。
『じゃあ、またこんど』
『はい』
『またこんど、です』
午後五時の学校はまだ賑わっていて、でも先ほどまでアーニャと話していたからか、孤独感は特に感じなかった。少し日の光が眩しくなるのを感じて、校門の外に出た。
学校から少し離れると、非常に大きな一本の商店街に入る。茶沢通りというその端に凛の家が、反対の端に通っている高校がある。先日は変に遠回りをして渋谷駅まで行ってしまったが、要はこの大通りをまっすぐ帰ればいいだけだった。
高校に入ったばかりだからと言って通学路にワクワクするわけじゃない。この通りのことは小さい頃から見てきたわけだし、むしろ見慣れたものばかりで飽き飽きするほどだ。いろいろなところで店が出ては新しい店が入ってを繰り返して、なんだかんだこの街はずっとこのまんまの見た目なんだろうな、なんて思いながら、なんてことのない帰り道を歩いていく。
「ねえ、そこのきみ!」
ふと声をかけられた。そちらに目を向けてみると、なんと先日のあの男だった。凛とほとんど同じ背丈の、スーツの彼だ。
「ああ、あんた、あの時の」
「覚えていてくれたんだ!」
「まあ、忘れろっていう方が無理があるっていうか」
「まあ、それもそうか」
「で、どうしたの?」
「アイドルに、興味はありませんか!」
……は?
「おれ、この前もきみをスカウトしようと思ったんだけどさ、いろいろあって忘れちゃってて」
彼はなにか言い訳みたいに言っているが、要するにスカウトだったわけか。先日も、スカウトする目的で。
これはなかなか厄介なことに巻き込まれてしまったらしい。スカウトなら普段は無視を決め込むものなのだが……。
「……あー、えっと、要は、前から私をスカウトしようと思ってたんだ」
「そう! 簡単に言うとね」
「ごめん、そう言うの興味なくて」
「あー……」
「興味なくて」の一言に、彼は察してくれたらしい。やはり今どき、無理やりスカウトするなんてこともできないんだろう、はっきりと断れば引いてくれるようだ。
「なるほど……。うん、そうだよね! わざわざごめん、またこんど!」
「うん、またこんど……、またこんど?」
凛の返事の途中で彼は走り去ってしまった。
もしかしてあの人、「またこんど」って言った? 今だってたまたま会っただけなのに?
なんだか少し嫌な予感がしたところで、すぐ近くを通る大きなトラックの風圧に流されて、とりあえず帰ることにした。