スティル「喰らわせて?」幼馴染み「ええで」 作:狸より狐派 ハル
レースでも見みないほど、今までにない圧が、スティルインラブから発生していた。
これには少年も変だと気づくレベルのもので、アドマイヤグルーヴを抱く力が強くなる。
その抱えられてる彼女も、自分の状態を忘れ、スティルインラブの変化に驚愕している。
「......いつまで、そうしてるんですか?」
なんのことかと聞く。こういうところが鈍感なのである、この男は。
「いつまで抱いてるのって聞いてるの」
意味をやっと理解する彼は、ゆっくりとアドマイヤグルーヴをおろす。そんな光景、とりわけ彼女のほうを見ていた。
「っ......!?」
恐ろしい。レースの時とはまったく違うその気配、アドマイヤグルーヴは反射的に彼の後ろに回ってしまった。
それを見て、目を見開くスティルインラブ。今にも何かをしでかす彼女に、誰も迂闊に出れなかった。
「......」
「......っ!スティルっ」
トレーナーは辛うじて声をかけるも、気にせずに彼女は歩を進める。アドマイヤグルーヴは何をすればいいかわからず、ただ少年の後ろに縮こまるしかできない。
一方の彼は息をのみ、覚悟を決めて、スティルインラブに声をかける。できるだけ落ち着き、いつもと変わらない陽気な声を出して。
一歩、一歩近づき、足の先端と先端が付きそうなほどに距離を詰める。
ジロリ、では済まないようなにらみ方で、アドマイヤグルーヴに目線を向ける。
ビクリ、と体を震える。もうどうしようもなく怖かった。あれはレースでは絶対に見なせてはいけないものだ。顔こそ真顔だが、あれなら狂気的に笑ってくれていたほうがマシである。
死角からでも彼女が怖がっていることがわかった少年は、声を張ってスティルインラブの名前を呼んだ。
しかし目線はこちらに向かない。彼はやむを得ず、彼女の両肩を手で掴み、無理にでも気をそらそうとする。
そしてゆっくりと彼女の前に、近づかされる。
驚きのあまり肩から手を放し、何をすればいいかもわからず、その腕も固まる。
「言いましたよね?」
ハスキーな声であるのに、なぜか重みも感じられる声が、彼の耳を響かせる。
「どこにも行かないって......」
目玉さえも動かせない。細胞までもが彼女に束縛される。
「だというのに、あなたは......」
声を出そうとする。が、出せない。とにかく一息を入れて、彼女の名前を絞り出した。
そっと、彼女の顔を包む。どこか目線が緩んだ気がする。
大丈夫、どこにもいかない。もう一度、あの時の言葉をだす。
これが出たのは、彼女のセリフから連想的に思い出したからだ。それが慌てたのか先に出た。
アドマイヤグルーヴについては事故だと、伝えようとしたが寸前で上記のセリフと入れ替わった。
「本当に......?」
小さく頷く。こつんと
スティル、とまた声をかける。そのまま、ただそのままそらさないようにする。
正解なんてわからない。なんなら、ないかもしれない。なら間違わないようにすることが大事なのだろう。
今できることは、スティルインラブの気が済むようにさせることだった。
「なっ、なにをやっている!!?」
硬直したままその声に気が付く。正直それどころじゃないが、耳だけでも傾ける。
「ス、スティルインラブ!!こんなところでなにを考えているんだ!!?こんなっ!こんなところでっ...!」
「エ、エアグルーヴ......!」
トレーナーの声で正体がやっとわかる。ひとまずこの状況を終わらせるために、少年はスティルインラブの声を再度かけた。
軽く、本当に軽く、ぺちっと音が鳴るかも怪しいくらいに頬をあてる。
目で訴える。今はこんなことをしている場合じゃないと。
それが通じたのか、彼女はやっと手を離した。
そこからゆっくりと、今度はエアグルーヴのほうを見た。
「っ!?」
もともと、ただことではないと思っていた。もしかして、もしかするかもと、変な考えもしていたが、やはり危険な状況下だと改めて確認する。
「スティルインラブ......!」
重圧がが変わらず、緊張が解くことが出来ない。だが少年はつきいるスキを見つけた。
今度はスティルインラブを、お姫様抱っこをした。
「「はっ!?」」
トレーナーとエアグルーヴが驚く。そこにすかさず少年は一言断りを入れてから、彼女を抱えたまま、その場を去った。
アドマイヤグルーヴ含め、そんな後姿を唖然としたまま眺めてしまった。
―――――――――――
逃げ出した先は、人気のない岩場。
さすがに疲れた少年は彼女を下す。
膝に手を当てて、息を整えようとする。
そんな彼を、少女は見下ろす。その表情は何を考えているのか、わからない。
やっと肺が治った彼は上体をあげる。そこに彼女が再度近づいてきた。
気づいてそちらを向くと、今度は体を当てられ、そして抱き着かれる。
何度目かの、彼女への声掛け。すると顔が上がった。
いまだに目は光っている。しかし表情こそは切なそうだった。
「......いかないで。......いかないでください......」
かすれそうな、声だった。
「......いかないで......」
今度は彼の胸に顔をうずめてくる。そんな彼女を少年は呆然としたが、すぐに考えることをやめ、自分も優しく彼女を包むのであった。