スティル「喰らわせて?」幼馴染み「ええで」 作:狸より狐派 ハル
気が付けばもう一月以上たっていた。
少年とスティルインラブは公園のレース場で昔のように駆けている。
いつものように、先に少年が駆け出し、そのあとに彼女が追う。
コーナーを曲がり、二人は全力を出す。
「っ…だめっ」
スティルインラブは徐々に離される。間違いなく全力を出しているのに、去年と比べて体感的に遅く感じた。
「…間違いなく速いはずなのに、正直らしくない。っていう思いが出てくるなぁ…」
スティルインラブのトレーナーはそういう。事実、彼女の実力は今でもレース本番に十分通じる力を持っている。
ウマ娘の身体について、本格化が発生して3年目ことシニア期になると、成長が緩やかになっていく。
ここからは、今の身体能力を維持するかが大切になってくるもので、彼女らもそれをメインとした走りを行い始めているころだった。
走っていた二人は、ゴールを過ぎると止まり、彼が彼女に話しかける。
「…はい、大丈夫です…」
正直そうは見えない。ひたすらに空回りを起こしているようで、しっくりと感じなかった。
ひとまずトレーナーの元に戻る。彼女もまた思考の海から出て、二人に近寄った。
「現状ケガとかの心配はないけど…今日はこれくらいにしようか」
「はい。ところでですが次の休養日、ご予定はございますか?」
「予定?とくにないけど」
「でしたら、みなさんとお出かけしませんか?」
「いいけど、私必要?」
「ダメ…でしょうか?」
「いや行きたい、めっちゃ行きたい。お願い連れてって」
「わ、わかりました…」
――――――――――――
というわけで、その日。別の公園に寄った三人は、あるキッチンカーを見つける。
黄色くどこか温かみの感じる車には、《はちみー》と書かれた
ふと思うのだが、なぜ《つ》まで書かないのか。少年にとって長年の疑問だった。
「あれ単純にそっちがかわいいからって聞いたなぁ。知らんけど」
無責任なことは言わないでほしかった。しかしほかの、のぼりを見てみると《ホットはちみー》と書かれてあるものもあった。
せっかくなので、少年はスティルインラブのも含めて買いに行こうとする。
「ま、待ってください…!私に挑戦させてくれませんか?」
不安に思いつつも、彼は一旦この場を彼女に預けてみる。
スティルインラブは店の窓口のすぐそばまで行き、声を掛けた。
「あの…ホットはちみーを、Sサイズをふたつ…」
声が小さかったのか作業員は気づいていない。彼女はもう一度掛ける。
「…ほ、ホットはちみー…」
どうしてもダメなのかと思った少年は、助け船を出そうとする。しかしそれをトレーナーは止めた。
「もう少し待ってみよう。せっかく挑戦してるんだしさ」
彼女は片方の軽く作った拳をもう片方の手で覆う。そして決意したかのように、一歩前に踏み出した。
「…あ、あの!ホットはちみーのSサイズをふたつ、お願いします…!」
「あっかしこまりました!少々お待ちくださいませ」
「…!」
少年はつい、驚きの声が漏れた。これはまさに大きな一歩と言えるのではないのだろうか。
スティルインラブはカップを受け取り、戻ってきた。そんな彼女の表情も達成感があった。
「――――さん、やりました!」
「うん!ホントよかったよ!成長したねスティル!」
「はい…!」
そうして飲んだはちみつは、より濃厚においしく飲むことができた。
少年はもう一度飲みたくなったのか、今度こそ自分で買いに行こうとする。
「あっ…待ってください。あなたに渡したいものが…」
彼女がバックの中から、赤いリボンのついたチョコレート色の箱が姿を現す。
「ハッピーバレンタイン、です」
「…あっ、そうえば今日はバレンタインだったね。もしかして手作り?」
「はい。チョコレートには、こだわりがありまして…色々なカカオをブレンドしてオリジナルを作ったんです」
「そ、そこから…」
「ええ。…あぁはい、もちろんこの場でぜひ」
少年は丁寧に包みをほどいて、中を開けてみる。するとそこには、紅いハートで作られたチョコレートが桃のカップに乗っかっていた。ちなみに大きさは、
「Oh…」
少年はこれまた丁寧に掴み、しっかりと一口食べた。
とても甘くておいしい。それにこの味には覚えがある。
「はい、あのクリスマスの日に、貴方のお母さまから頂いたケーキを参考に作りました」
またも大きなサプライズに、少年の味覚はバラの
「いやそれは違うでしょ」
「…ふふふ」
出会って以来毎年貰っているが、今までで間違いなくおいしかった、と少年は述べた。
余談だが、彼女がトレセン学園への入試期間には、逆に彼がチョコレートを祈願込みで送ったのであった。
―――――――――――
そのまま穏やかな外出は続き、今はとある花畑に来ている。
2月のはずだが今日は快晴で日も照っており、暖かく感じる。つくづく晴れてよかったと、少年は思った。
「いい景色ですね。絶好のお花見日和です」
「うん。やっぱこういう日もいいね」
「はい。今日は日記に上手く書けそうです」
「あっ、日記書いてるんだ」
「そうなんです。今毎晩寝る前にひとつずつ…やりたいことを書いてるんです」
やりたいこと?と少年はオウム返しする。
「はい。でもけっこう難しくて、いざ考えてみると何も思い浮かばず…でも昨日は、お花畑に行きたい。ふとイメージが湧いたのです。
ここよりも、もっと広くて…見渡す限り全てお花で…!光と風と…そして…」
そこで言葉が途切れた。遠くを見つめる彼女に、確認をする。
「…このままでは、いけませんよね…」
「スティル?」
視線が下に行き、なぜか落ち込むようにつぶやく。心配になった少年はそばに近づく。
「…」
しばらくその状態が続いた。その後、彼女は少年のほうを向く。その表情は先ほどまでのことがなかったかのように、不安そうなものになっていた。
「…。――――さん。貴方は今の私を…応援してくれますか?」
少年は戸惑いながらも、肯定する。
「…今の私は、ただのスティルインラブなんです。何者でもない…特別な力をなにももたない…ただの普通の子」
普通もなにも、スティルインラブというウマ娘は少年にとって、かけがえのない存在である。文字通り普通だろうが、それ以外だろうが、ただ一緒にいたいと思うウマ娘なのだ。
「…ありがとうございます。ですが、今のままではいけないのです」
「…?」
トレーナーも固唾を飲んで聞く。スティルインラブの表情に決意らしきものが徐々に見えてくる。
「…私はこれからも。走り続けます。いつか戻ってくる、あの子のためにも…
――――さん」
その合わせてくる目線は、まったくのブレがない。少年の知るいつものスティルインラブは、こうしてじっと見つめあうと、そらすはず。だけどこの日は違う、真剣さと切なさの混じる、そんな目だ。
「…これからも、私のそばにいてくれますか?そのとき、まで…」
そのときもなにも、今後ずっと一緒でいるつもりでいる。そしてあの時のようにまた走ろう、と伝える。
「…」
彼女はなにも返さなかった。ただ、小さく微笑んだ。
少年は日記のことを思い出す。やりたいことを探しているのであれば、一緒に探そう。
「…はい。喜んで」
今度は切なさを抑えたような笑顔を見せる。そんな彼女を見て、トレーナーの内心は不安が生まれていた。
(なんていえばいいんだろう…いまのスティルは、どこか危ない…)
「…トレーナーさん。よろしければ少し、今後の予定でも立てませんか?」
「…あっ、う、うん。わかった」
杞憂であればいいのだが、と心にしまいながらトレーナーはふたりのあとを追った。