スティル「喰らわせて?」幼馴染み「ええで」 作:狸より狐派 ハル
結局その日の門限まで、スティルインラブは離してくれなかった。
なんなら、彼が抱えて寮の門までたどり着き、なんとか説得してやっと離れた。
心配していたネオユニヴァースが彼女の手を繋いで自身の部屋に戻る。
幸いダイワスカーレットたちからは心配してくれただけで済んだが、その日は上手く寝れなかった。
「はい、どうそ」
「あ、ありがとうございます…」
そんなある日の、少年の祖父母の家。
彼の実家よりもさらに風流があるここの縁側で、スティルインラブとトレーナーは祖母から麦茶をもらう。
「なんかすみません。わざわざ入れてもらって」
「いえいえ、孫の頼みですし、ゆっくりしてください」
そういうと祖母は離れていった。トレーナーはとりあえず一息ついて二人に相談する。
「…スティル、ひとまず落ち着いてる?」
「はい…またあんなことをしてしまい、申し訳ありません」
「うん…。スティル、無理ならいいんだけど、あの時の心情をさ。よかったら教えてくれない?少しでもヒントにしたい」
「…あの時の私は、彼がどこか遠くに行きそうに感じました。どんどんと離れていくのを見て…置いて行かれたように感じて、私は抑えることができませんでした…」
「そっか…(くそっ、以前もこんなことがあったような…。どうして私は、同じ過ちを繰り返すんだ…)」
少年も内心、嘆いた。自分が喜んでいる
ほぼ初めての体験に浮かれすぎていた、自分を蹴りたい気分だった。
雑念を振りほどくついでに、スティルインラブに一旦しばらくどうするかを聞く。
「正直…しばらく貴方と離れたくないです…。ごめんなさい…結局迷惑をかけてばかりで…」
「わかった。けどさすがに何日も連続で休むわけにはいかないから、合間に簡単なトレーニングを挟んで、能力維持くらいはしよう」
ここで一旦話が途切れた。
なだらかな風が吹き、上の風鈴は小さく鳴る。
彼らは、上空の蒼い空を見る。雲一つない快晴だ。
だが一つくらいあってくれと、彼は思う。
紫外線がスティルインラブをいじめるというのもあるが、そもそも彼女は日差しに強くないのである。
トレーナーの采配のおかげで、チームレース直前まで上手く回せていたのだが、つまづくときと言うのは、突然だった。
少年は聞く。自身になにが足りてないのか。
「いえ…貴方は…。貴方はそのままで…どうかそのままの貴方でいてください…」
そっか、とそれしか返せなかった。
――――――――――――
「…」
「アルヴ。スティルが心配か?」
「…まぁ、それはないと言えば嘘になります。すみません、集中を乱してしまって」
「気にするな。一区切りついたから休憩しよう」
エアグルーヴとアドマイヤグルーヴはビーチパラソルの下に座り、お互い水筒を口に着けた。
水分補給をした後、その水筒を眺めていると、彼の顔を思い出す。
なんだか少し、腹が立った。
「…はぁ。あの人は…」
「彼か?」
「ええ、あれだけ目を離すなと言ったのに…」
「そうか。彼は…楽しそうだったな」
「ええ。…あの人は、自分が普通のウマ娘でないことを、気にかけていた期間があったと聞きました」
「ん?なんのことだ?」
「丁度去年です…正確には8月中旬ですが…。彼は普通の存在ではないですから…ウマ娘レースに参加ができません。
それはある意味、自身の存在を示す場が生まれ持って
私はそれを聞いて、なんだか怖くなりました。もし自分がそんな身だったらと思うと…」
「ふむ…そうだな、私も同じ気分になるだろう。私も直接レースに参加するのは好きだ。もし私も彼の様な身であれば、持て余す日々を送っていたかもしれん…
その点を考えたら、彼はかなり恵まれていると言ってもいいだろう。スティルと言う唯一無二の出会い、そして共に走れる…レースにはない幸せが間違いなくあっただろうな」
水筒を置きながら、後ろに手をつく。エアグルーヴは無表情を変えず、話を続ける。
「だからこそ、というべきか…。彼は昨日のレースにて、新境地を
「それでもですよ。ラモーヌ先輩が突然やってきたとはいえ、なんとかするべきでした」
「じゃああの時、なにかいい案は思いつくのか?」
「それは…」
そこまで言われると、アドマイヤグルーヴは口を
「まぁ、今回ばかりはタイミングが悪かった。あまり彼を責めないでやるんだ」
「はい…」
納得を受けにくくも、肯定した。
「しかし…素敵だな。私も彼らのように、ただ一緒に走るだけで、幸せになれる存在というのは羨ましいな」
「は…?」
「なんだ、意外か?」
「え、ええ。まぁ…」
「ふ…まあ、なんだ。今はトレセン生というべきか、一競争者としても過ごしているからな。身内で走るとつい、気を引き締めすぎてしまう。
だからライバルではなく、純粋な親友というのは意外にも会えないものなのだろう」
「エアグルーヴさんでも、そうなんですか?」
「ああ。…色々と問題あるヤツらと関わってきたが、なんやかんや言って私はそいつらをライバルとして認めているからな。…ここだけの話だぞ?」
「ああ、はい…」
「いい子だ、アルヴ」
「…子ども扱いは、やめてください」
そう言われて、軽く謝罪した。途中から気づいていたが、エアグルーヴは微笑んだまま、また水筒を含む。
「…これは私の予想だが、ラモーヌ先輩はまた彼らに関わってくるだろうな」
すぐに無表情、いや緊張的な顔になり、アドマイヤグルーヴも釣られる。
「なんのために?」
「試しているのだろう、スティルを。金鯱賞の走りは私も危うさを感じた。宝塚記念で多少マシになったが…、先が思いやられる。本当は他人のことなんて、心配している暇なんてないはずなのにな」
「はい。しかし…ふと思ってしまうんです。彼らに何かがあったらと」
「残念だが私たちには、それを考えることはできない。今年のエリザベス女王杯は、スティルとお前が再び激突する。
アイツも着実に強くなっている。足踏みをしている時間はない」
「はい…いつでもいけます」
「よし、さあ行こう!」
そうして彼女たちも立ち上がる。アドマイヤグルーヴの心には、もう氷は解け切っていた。
―――――――――――
あっという間にそこから
寮からそれほど離れていない場所で、花火が上がっていた。
浜辺にシートを置き、スティルインラブと少年は座ってそれを見つめる。
一つの花火が線を作りながら上がっていくかと思えば、それが消える。
その直後に火の花を咲かせる。
残火がなくなる前に、開花の音がようやく届いてくる。
このときは今までのことを忘れ、ただ花火に集中していた。
「ご存知ですか?花火とは、亡くなった方を
迷える方たちへの
そういうのも知っているスティルインラブに、彼は感心する。てっきり願いが叶うとか、そんなのがあるかと今まで思ってきた。
「それも素敵な考えだと思います。あのように一瞬だけ咲いてはすぐに散っていく…迫力があると同時に、切なさも感じます。
一瞬一瞬を大切に生きよう、というメッセージもあるかもしれませんね」
空に火がたくさん咲いていく。なくなった場所にすぐに咲き、その場を
「――――さん。もし…もし私たちしか、来れない場所へ着いてしまったら…。
貴方もずっとそこにいてくれますか?」
少年はあまり間を置かず、そこに行ければ。と答える。
「ええ…、ぜひそこにいましょうね…」
スティルインラブは顔を傾け、彼の肩にくっつけた。
花たちが咲き終えると、夏が終わったかのような錯覚に、彼は襲われた。
…