スティル「喰らわせて?」幼馴染み「ええで」 作:狸より狐派 ハル
…酒飲んだら指が動いたので初投稿です。
ですが明日以降は怪しいことを、あらかじめ書いておきます。
その日はあっという間に訪れた。
ジャパンカップ当日、少年とスティルインラブは、まだ日が出る前に家を出た。
「…行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。無事に帰ってきてね」
「ええ」
そうして駅まで歩き始める二人。
その動きは緩やかなものだった。
彼はまだトレーナーは動いていないと、予測する。
「ええ、出るには少し早すぎるようですね」
そう談笑している。今日が大切な大会だと感じさせない雰囲気だ。
河川敷にまで行くと、東を見れば日がようやく出始めた。少し暖かくなったように感じるが、雪が降っていないとはいえ、気温は全然低い。
しかし、不思議と寒くなかった。
「まだ時間はあります。ゆっくりと行きましょう」
焦ることなく駅へ向かう。その間に人ひとりすれ違うことなく、歩いていく。
歩いて、歩いて…
そしてようやく駅についた。そしてトレーナーはなんと既にいた。
「トレーナーさん?先についていたのですね」
「うん。というか、昨日の時点で、キミたちから連絡もらってたしね」
ああ、そういえば。と少年が呟くと、相も変わらずいい微笑みが二人からこぼれた。
――――――――――
そして会場。東京競馬場にはすでに多くの人だかりができている。
彼らのお目当てはもちろん、初代と現のトリプルティアラの二人だ。
どんなレースが行われるかと、楽しみにしている横目にスティルインラブたちは横切っていった。
「う~ん、まさか気づかれずに通り過ぎれるなんて」
「影の薄さを応用できました。これでスムーズに控室に入れます」
そうして会場内に入り、そそくさと受付を済ませ、素早く関係者用の通路へやっていき、着替え室あたりで一旦別れた。
その後、勝負服を着替え終わったスティルインラブは、少年からもらった薔薇の描かれたドッグタグを手に持って見つめる。
桜花賞のとき、彼がくれた宝物。今は肩身離さず普段から身に着けているこれを、丁寧に、壊さないようにと首を通す。
「……よし」
彼女は着替え室を出て、彼らとまた会う。
「……うん、スティルにはやっぱその紅い服が似合うよ」
「ありがとうございます。前はこの服を着ていると、あの子が騒いでいたのですが、今こうして確かめると、このデザインでよかったと思います」
紅を基調に、内側に水色。、白く華やかな袖は彼女を派手過ぎず、かといって地味でもないように表している。
こうしてみると、なんだか普段かぶっている白いベールと合わさって、ウエディングドレスに見えたのが、少年だった。
「ウエディング、ドレス……」
「あ~たしかに、改めてみるとそんな感じがするね」
「……ふふ。昔の私なら、また恥ずかしがるところでしたが、今日はむしろ誇らしいです。そう言ってもらえて」
「あっスティルさん!」
反対方向から、声がかかる。トレセン学園の制服を着たウマ娘だ。
「あ。あなたもすでに来てましたのね」
「はい!スティルさんこそ早いですね!やっぱりじっとしていられませんでしたか!?」
「ええ、そういうあなたも」
「第一レースから出ますからね!それにしてもまさかあのメジロラモーヌさんと、直接対決するだなんて!」
その元気なウマ娘とスティルインラブの会話はなかなか盛り上がった。蚊帳の外にいた少年は笑っている彼女を見ると、やはり見る人は見るのだな、と実感していた。
「それじゃあ、また後で!」
そういってどこかへ行くそのウマ娘を見送り、スティルインラブたちも自身の控室へ目指した。
―――――――――――
「こうしてここで一緒に居るのは、初めてですね」
そういえば、と控室で少年は思う。ここで彼女は彼と離れてレースまで過ごしていたと考えると、心細そうだ。
「ええ、今までは時間まで外で待っていましたが、ここでならもっと一緒にいれそうです。今は一時でも長くいたいです……」
そう言いながら、彼女は彼に寄りかかる。
「……温かい。どうかこのまま……」
しばらくの間、彼女たちはここでずっといた。
そのまま寄りかかった状態でじっとしていたり、少し話し合ったり。
それだけでも楽しかった。
コンコンコン。
ドアがノックされる。トレーナーが相手を入れた。
「ネオユニヴァースは、来たよ」
「応援しに来ました、スティルさん」
「ユニヴァースさん、ロブロイさん」
「スティル。“いよいよ”、だね」
「ええ……」
スティルインラブは緊張感のない微笑みで返す。まるで期待とも、やせ我慢でもない、不思議な表情だ。
「ずいぶんと、リラックスできてますね」
「はい。彼が傍にいますから」
「あっ……も、もしかしてお邪魔だったでしょうか!?」
「全然。こうして来ていただけるなんて、とっても嬉しいです」
「そ、そうですか…よかったぁ……」
「ネオユニヴァースは“クール”に去るよ」
「いやちょっと待って去らないで!?」
「冗談、だよ」
「な、なんじゃそりゃ……」
また彼女らに笑顔が咲く。スティルインラブが何気ない話題を上げると、ゼンノロブロイたちも合わせてなにかと話し合ってくれる。
とてもG1レース直後とは思えない空気だった。そんななか、またノックがなり、中に入れる。
「どうも、スティルさん」
「まぁ、アルヴさん」
「…意外と元気そうね。少し安心した」
「ふふ、ありがとうございます」
「あっ、座りますか?」
「いえ、立ったままでいいわ」
アドマイヤグルーヴは少し中へ入っていく。そしてこういう。
「……本番当日なのに、緊張感を感じない。あなたって、そんなに平然とできてたかしら?」
「お二人にも似たようなこと言われました。…彼がいるので」
「知ってる」
そう、呆れながら言う。その目線にはもう敵意はなかった。それは一友人の、見守る目である。
「スティル」
ネオユニヴァースは声を掛ける。
「……大丈夫?」
なんだか突拍子もなく、そう言ってきた。
スティルインラブも意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「……ええ、私は大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
「……少し、揺ら付いた」
「え?」
アドマイヤグルーヴも、間を置かずに聞いてきた。
「…そう見えたの」
「……そうですね、改めて聞かれると、内心どこか穏やかじゃないです」
「ああ、まああのメジロラモーヌさんが相手ですからね……」
「いえ、そうですね……むしろラモーヌさんは…思い出したんです」
そこまで言うと、少し過去に触れさしてくれた。
スティルインラブがまだトレセン学園に入学する前、テレビでメジロラモーヌの走りを見た。そして彼女はレースに勝利し、たくさんの祝福を受けていた。
それが彼女がこの世界で走ろうとしたきっかけだったことを、思い出した。
先日まで自分は敵対的な思いをしていたのに、原点を思い返してみると、彼女のおかげとも言えた。
「もっとも、私のほしいものは、ラモーヌさんとは違いました。あの方が欲しているのは、レースそのものへの情熱。勝利だけではない、そこで生まれるすべてのものを愛しているお方。あの時点で、ラモーヌさんという人物は出来上がっていたのでしょう」
勝利を手にし、盛り上がった観客たちに手を振って自身も喜んだ様子の彼女は、まさに女王と呼ぶにふさわしい存在なのだろう。
「しかし私は……私もあの方のように皆さんに認められるような存在に、なりたいと思ってました。
けど途中からは……皆さんのためではなく……たった一人のために…」
顔を下げそういう彼女の目線は、しばらく床を見ていたが、隣の彼に自然と移った。
「これが私の走る理由……、身勝手で我儘な思い…今の私はそれでできています…」
沈黙が支配した。しかし、緊張は感じられない。どこかゆるやかな空気は、ゼンノロブロイの一言から始まる。
「す…すごく…すごく素敵だと思います!!他の誰でもない、思いの人にそんな感情を抱けるなんて、とてもロマンチックです!!まるで恋愛小説みたい…!!いえ、もうあなた方はもうその登場人物です!!
悩みを抱えたヒロインと、ウマ娘と同じ力を持った方の運命の出会いから始まった物語…!!
誰が本当に起こった出来事と信じてもらえるでしょうか……!!」
「落ち着きなさい…まあ、たしかに。有り得ないと言えばあり得ないけど」
「……ふふ、ありがとうございます」
そうしてまた話が続き、ついにその時が来た。
「もう時間ね…。出なきゃ」
「うん。ネオユニヴァースたちは、いい場所を、確保しておくよ」
「エアグルーヴさんも来てるから、私はそっちに行くわ」
「はい、なら私たちは明石トレーナーとともに」
「うん……あっ、先に言ってて、追いつくから」
「はい」
そうしてネオユニヴァース、ゼンノロブロイ、アドマイヤグルーヴは先に部屋を出ていった。
トレーナーは再度スティルインラブに向く。
「そうだね……私からはあの時の一言を、改めて送るね。……レース、楽しみを忘れないで!」
「はい…!」
「それじゃあ、先に出てるね……ゴメンけど、キミもあまり長くならないようにね」
そう言って、彼女も出ていく。残されたのは、少年とスティルインラブのみである。
「……――――さん」
スティルインラブは彼に抱き着く。少しじっとして、彼の鼓動を感じ取る。
「……我儘を、一ついいですか?」
そのまま彼の耳に、口を持っていく。
「――――――――――……」
彼にしか聞こえない声が、彼の耳の中に響いた。
「……さあ、トレーナーさんたちの元へ……」
彼女は離れる。
少年は動かない。そのまま彼女の顔をじっと見ている。
「さあ……」
そう言われ、ようやく動いた彼はドアへ向かう。
半開きにした後、最後に彼女の顔を見てこういった。
絶対に戻ってきてくれ。
「はい。スティルは必ず」
――――――――――
レース場出口付近。スティルインラブとメジロラモーヌは向かい合う。
「……迷いは、捨てきれたようね」
「ええ、おかげさまで」
「そう……。なら行きましょう。貴方の愛、見せてちょうだい」
「はい」
―――――――――――
某年11月。
トリプルティアラの二大激突。
その日は伝説として刻まれた。
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ハズだった。