『あなたの転生』~一般通過宝具持ち転生者の人生~   作:砂漠谷

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少年前期シナリオ・成長パート5

 しん、と静まり返った部屋に、プロジェクターの起動音が低く響いた。

 

 ここは、ハンター協会本部。その最上階、スワルダニシティのビル群を見下ろす特別会議室だ。大きな窓に張られた防弾ガラスの向こうには、雲一つない青空が広がっているが、室内に満ちるのは張り詰めた緊張感だけだった。

 

 円卓の中央、プロジェクターの対面に悠然と腰を下ろしているのは、言うまでもなく、この組織の頂点に立つ男、アイザック=ネテロ。その傍らには、丸っこい三頭身の秘書、ビーンズが微動だにせず控えている。

 そして、プロジェクターを半円状に囲うようにして、三つの影。

 ハンター協会の最高幹部『十二支ん』、その中でも特に法と外交のエキスパートたちが、この重要な会談のために招集されていた。

 『(うし)』のコードネームを持つ、ミザイストム=ナナ。牛柄のスーツに身を包んだ彼の鋭い眼光は、弁護士として、そして民間軍事会社のCEOとしての冷徹な判断力を物語る。

 『(りゅう)』のボトバイ=ギガンテ。龍の角を思わせる独特の髪型と髭、岩のような巨躯は、検事にして軍事アナリストという経歴に違わぬ威圧感を放つ。

 『(いぬ)』のチードル=ヨークシャー。緑髪の上にちょこんと乗った犬耳と、犬を思わせる鼻先が特徴的な女性だが、その知的な瞳は、医師にして法律学者という彼女の怜悧な頭脳を窺わせた。

 

 彼らの背後には、場違いな雰囲気を隠せないスーツ姿の男女が十数名。

 彼らはハンターではなく、近代五大陸、通称V5の首脳とその側近たちだ。ただならぬ雰囲気のハンターたちを前に、オーラの存在を知らずとも、好奇と畏怖が入り混じった奇妙な視線を投げかけていた。

 

 プロジェクターが投射するノイズが、数秒後、一人の男の顔へと切り替わる。

 画面の向こうに現れたのは、首に巻かれた包帯の上から軍服を着こなした、カキン帝国臨時総統――ベンジャミン=ホイコーロ。呪殺事件による衰弱の色はまだ残っているが、その瞳に宿る苛烈な光は少しも衰えていない。

 

「"緊急かつ重要な相談がある"と……他の誰でもない、名高きハンター協会会長殿の頼みだからこそ、こうして時間を割いた。我が国が存亡の危機にあると知っての要請だろうな」

 

 ベンジャミンの刺すような視線を受け止め、ネテロは枯れ木のような指を組み、ほほと人の好さそうな笑みを浮かべた。

「まさに、その話で御座います、ベンジャミン国王陛下」

「国王ではないッ!!」

 

 ネテロの言葉を、ベンジャミンの怒声が遮る。その額には青筋が浮かび、画面越しにでさえ殺気立ったオーラが伝わってくるようだった。

 

「我が国の至宝、『吉兆丸』! カキン国王を名乗るには、父ナスビからこの宝剣を継承せねばならん。それが我が国絶対の伝統! ――その吉兆丸が、今、何者かの手に奪われているという事実を、理解した上での発言であろうな」

 

「ですから、まさにその話で御座いますよ。ベンジャミン――第一王子殿下」

 ネテロは悪びれる様子もなく言葉を続ける。その落ち着き払った態度が、ベンジャミンの神経をさらに逆なでした。

 

「……まさか。その在り処を知っていると、そう言うのか?」

 

「ええ、そうとも言えますな」

 ネテロの合図で、ビーンズが厳重な防弾ガラスに覆われたアタッシュケースを恭しく運んでくる。

「こちらが、我々がとあるルート(・・・・・・)から入手し、現在『保護』している秘宝。貴国の宝剣、『吉兆丸』に相違ございません」

 

 ケースが開かれると、中に納められた宝剣が会議室の照明を弾き、禍々しくも神々しい光を放った。古代文明の紋様が刻まれた鞘。それは紛れもなく、カキンの国運そのものであった。

 

「なっ……! さ、流石はハンター協会! 素晴らしい! すぐさま返還の手続きを……!」

 

「我々も、そうしたいのは山々なのですがのう」

 ネテロは心底困ったように眉を下げた。

「近代五大陸、V5の皆様にまずご報告したところ、『無償での返還は、カキン帝国で横行している各種の国際法違反に、ハンター協会が加担したと見なす』などと、厳しいお言葉を頂戴しましてな」

 

 ビデオカメラのレンズが、すっと背後のV5首脳陣へと向けられる。

 

「ぬ……サヘルタ合衆国大統領殿か。貴殿が、我が国固有の秘宝が正当な持ち主の手に戻るこの機会を、妨害するなどという理不尽、ありようはずもない」

 

 ベンジャミンが画面越しに、白髪の老齢な男性をギロリと睨みつける。大統領は一瞬怯むが、モニター越しという安全な距離に勇気づけられ、咳払い一つして毅然と反論した。

 

「そ、そうは仰るが! カキン帝国内で行われている、いわゆる"不可持民"への明らかな迫害、そして政府に批判的な議員の不当逮捕! これらの“人道に対する罪”を、我々近代五大陸は見過ごす訳にはいかん! 宝剣『吉兆丸』の返還を認める前に、これらの人権侵害を即刻停止し、国際社会が納得する形での対処を、ハンター協会、並びにカキン帝国両者に強く求める!」

 

 ネテロが、困り果てたという風に口を挟む。

「……我らも、これを『保護』するのに、何人もの優秀なハンターの血が流れました。金銭とは申しませんが、返還した対価が『人道犯罪への加担』という不名誉なレッテルでは、死んだ同胞たちに顔向けができんのですよ」

 

 ベンジャミンは、V5のあまりの言いように、我を忘れたように激昂する。

「……ふ、ふざけるな……ふざけるなぁッ!! 我が国が滅んでも良いと、そう言うのか!? 王家の存亡は、すなわち国家の存亡! こと、カキンに関しては(・・・・・・・・)、それは絶対の真理だ! 貴殿らは我々カキン帝国を、その無辜なる国民ごと滅ぼすつもりかァッ!」

 

 ベンジャミンの悲痛な絶叫に、V5首脳の一人、褐色の肌を持つ女性首相が鋭く言い返した。

「無辜の市民を虐殺しているのは、あなた方の方でしょう!? 自国の民ならば、何をしても許されるとお思いですか!」

 

「何も分かっておらぬ愚物めが……! 貴様のような女が、一国の長を名乗れる時代になったとはな……!」

 

「その発言、民主主義の否定、そして女性差別と受け取りますよ!」

 

「好きにしろ。――ネテロ会長、こちらにも事情(・・)がある。これ以上、部外者を交えるつもりはない。現保有者であるハンター協会と、被害者であるカキン帝国。当事者以外は即刻退室させてもらいたい」

 

 苛立ちを隠せないベンジャミンは、ネテロにそう提案を持ちかける。

 

「承知いたしましたわい」

 ネテロは頷くと、V5の首脳陣に人の好い笑みを向けた。

「申し訳ありませんが、ここからは極秘の二者会談とさせていただきます。皆様は一時ご退室を。何、悪いようにはいたしませぬ故」

 

 V5の首脳陣は不満げな表情を浮かべたが、十二支んの中でも特に威圧感の強いボトバイに無言で促され、渋々部屋を出ていくしかなかった。

 

 会長の目配せ一つで、ビーンズと十二支んも音もなく退室する。

 静まり返った暗い部屋には、ネテロただ一人。

 画面の向こうには、ベンジャミンのみが残った。

 先ほどまでの建前は消え、二人の間に流れるのは、念を理解する者同士だけが理解できる、濃密な緊張感だった。

 

「――して、タイムリミットは、いつまでですかな?」

 

「……そこまで宝剣を解析済みか。五年だ。こちらもそれを延ばすために、ありとあらゆる手段を講じている」

 

ありとあらゆる(・・・・・・・)、ですか。随分と物騒な響きですな」

 

「カキンの始祖、初代国王が我が国に掛けた祝福。それを持続させるのが、ホイコーロという一族の使命だ。宿命と言ってもいい。貴殿らが即時に返還すれば、物騒な手段に訴える必要もなくなる」

 

「祝福でもあり、呪いでもありましょう。お互い、苦労は絶えませぬの。しかしハンター協会も、一枚岩となったV5には逆らえぬ。悪魔の兵器たる"貧者の薔薇(ミニチュアローズ)"を量産できる工業力を、我々は持っておりませんゆえ」

 

「少数なら造れる、と聞こえるのが恐ろしい。しかし、ネテロ会長。あなたほどの使い手ならば、アレにすら耐えられるのでは……?」

 

「爆発前の"起こり"を読んで潰す、ということであれば。じゃが、一度爆ぜてしまえば、流石のワシでも塵芥よ。――おっと、これは機密でしたわ。ともあれ、あなた方がV5を納得させるか、あるいは黙らせるか。そうせねば、我らも動けませぬ」

 

「――こちらも全力を尽くす。そちらも、可能な限りの協力を願いたい。忘れるな、初代国王が定義した『未回収の領土』は、アイジエン大陸全域に及ぶ。最悪の事態がどれほど最悪か、念の達人たるあなたには理解できるはずだ」

 

「――ほう。おっそろしいのう。カキンの初代国王は」

 

「オレも同感だ。それでも、カキン王室として、ホイコーロ一族として。この宿命に殉ずる覚悟はできている」

 

「……ワシ個人としては、いくらでも協力いたしましょう。じゃが、ハンター協会としての協力は、個々人を説得してくれ、としか言えませぬ。もとより、そこまで強制力の強い組織ではありませぬ」

 

「その言葉だけで、万人力に等しい」

 

 その言葉を最後に、画面はノイズへと切り替わった。

 暗闇に包まれた会議室で、ネテロは独りごちる。

 

「ワシとしては、まあまあ好感が持てる男じゃが……アレじゃの、十二支んの多数は毛嫌いしそうじゃな」

 一部を除いて、と。

 闇に響いたその言葉を、聞く者は誰もいなかった。

 

 

 翌朝のニュースは、昨日までの重苦しい空気が嘘のように、明るい声で報じていた。カキン帝国全土に敷かれていた特殊戒厳令が、臨時総統ベンジャミン=ホイコーロの“英断”により、全面的に解除された、と。

 カキン国内の新聞は、そのほとんどが一面に称賛の言葉を飾った。逮捕者ゼロという事実が、圧政の終わりを国民に実感させ、街は解放感と歓喜に満ちていた。

 

 その知らせは、カキン帝国の一角、あなたの実家にも届いていた。

 行方不明になったあなたを、そしてウェルスを捜索するため、この数ヶ月、国軍の兵士が何度も土足で踏み込んできた。リビングに置かれていた思い出の古時計は無残に破壊され、高価な調度品のいくつかは"押収"の名目で強奪された。

 それでも、父が国内有数の企業の幹部であったことが幸いし、家族の生命と尊厳だけは、かろうじて無事であった。

 

 母は、荒らされた家を黙々と掃除していた。あなたの部屋で、壊れた時計の残骸を手に取り、その顔は深い憂いに沈んでいる。

「ごめんね、守ってあげられなくて……」

 娘の行方は知れない。おそらく密出国したのだろう、とだけ聞かされている。もう二度と、その温もりに触れることはできないのではないか。そんな絶望が、母の心を渦巻いていた。

 

 その時だった。コン、コン、と窓ガラスを突く小さな音。一羽の鳩が、必死に内側を覗き込んでいた。

「もう、何よ……! 今、それどころじゃないの。あっちへ行って!」

 

 母は苛立ち紛れに手を振って追い払おうとする。しかし、鳩は頑としてその場を離れない。

 ふと、その足に何か小さなものが巻き付いていることに、母はようやく気が付いた。

 

 震える手で窓を開け、手紙を解く。そこには、懐かしい、あなたの少し拙い自筆の文字が並んでいた。

 

 自分はサヘルタ合衆国の特区、スワルダニシティにいること。

 いろいろと大変なことが起こったが、自分はたくさんの大人の厚意により、無事であること。

 師匠の知人のプロハンターの家で暮らしていること。

 カキンで暮らすのは大変なので、サヘルタ合衆国に越してきてくるのはどうか、という誘い。

 他にも、様々なことが書かれていた。初めて海を見たこと。大陸横断鉄道に乗ったこと。プロハンターの猫探しを手伝ったが、まったく貢献できなかったことが、あなたの素直な言葉で。

 

 それを途中まで読んだあなたの母は、母の目から大粒の涙がぼろぼろと溢れ落ち、その場にへたり込んだ。手紙の文字が、まるであなたの声になって聞こえるようだった。そこにいないはずのあなたの幻が、心配そうに母の顔を覗き込んでいる。

 

「どうしたんだ!」

 ただならぬ妻の様子に、父が手紙を覗き込み……そして、絶句した。娘の無事を伝える言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、厳格な父の頬を、こらえきれなかった一筋の涙が伝った。

 二人の涙を見た姉は、全てを悟って駆け寄る。

 

「__が無事なのね!? 私のかわいい妹はどこにいるの!? 早く行きましょう、こんな国、さっさとおさらばしたいわ!」

 

 父母は強く頷き、すぐにサヘルタ行きの飛行船の手配を始めた。家族の顔に、数ヶ月ぶりに本当の笑顔が戻る。

 ただ、母だけがふと、首を傾げた。

「そういえば、イヴァンはどうしたのかしら。あの子やウェルスさんと、一緒にいるものだとばかり思っていたのだけど……」

 

 

 

 その頃。カキン首都の外れ、打ち捨てられた廃ビルの地下。都市計画にすら存在しない、黴臭いコンクリートの部屋。

 

「……お前の主人は、無事カキン国外へ出立したそうだ」

「……ふん、当然だ。見逃すという約束だったからな。さっさと俺も解放しろ……ぐっ!」

 返事の代わりに、腹部をブーツの爪先が抉り、床に蹲る男は呻き声を上げた。

 

 男――イヴァンは、血と汚れで見る影もない執事服を纏っている。

 彼を蹴り上げたのは、皺一つないスーツを着こなし、オールバックの髪を撫でつけた、インテリヤクザ然とした眼鏡の男だった。

 

「おい、誰に口を利いている」

 

 男は冷たく言い放つ。

 

「イヴァン、だったか。その忠誠心は評価する。だがな、お前が仕える家の娘と、その師匠のハンター……特に師匠の方には、国王暗殺の重~い嫌疑が掛かってる。どこへ消えた?」

「しら、ねぇ……! ぢらねぇよ……! お嬢様を連れて、旅行に行くと……言ったきり、帰って、こない……!」

 

 その言葉は、眼鏡の男に、ウェルスという老人が“黒”であるという確信を抱かせるには十分だった。

 

「――そうか。クク、そうかそうか! よく言った、大したものだ。……お前には褒美が必要だな」

 眼鏡の男――オウ=ケンイは、眼を一切笑わせずに、口角だけを三日月のように吊り上げた。

 

「あ……いや! 今のは、違……!」

焦るイヴァン。だが、時は戻らない。オウは、その恐怖に歪む顔を楽しげに見下ろした。

 

「教えてやるが。お前、もう生きてる価値ないぞ。吐けること、それで全部だろう。助けも来ない。……だがな。俺も昔は同じだった。生きる価値のないコソ泥だった俺を、ある人が――オヤジが、拾ってくれた」

 オウは懐かしむように目を細める。

「オヤジは、碌な奴じゃなかったよ。カタギから奪うのを平気でシノギにする男だった。ま、クズだな。だけどな、オレの知るクズの中では、マシな方だった。だから、そうだ。オレも、社会の屑の一人として、お前を拾ってやる」

 

「……何を……」

 

「お前に、新しい価値を与えてやる」

 次の瞬間、オウの掌がイヴァンの首を鷲掴みにした。抵抗する間もない。死が、指一本の力加減で訪れることを悟った瞬間、イヴァンの精神の蓋が外れた。

 それを契機としたかのように、オウの掌から、支配の力を感じさせるオーラが奔流となって流れ込む。

 

「『天国注射の夜(イストワール・ドゥ・ロワユ)』。これで、お前の座標、視界、そして命、全てが俺のものだ」

 冷たい植物が生長し、血管を上っていくような悍ましい感覚に、イヴァンは声なき悲鳴を上げた。

 皮膚が内側から焼かれ、喉元に黒いインクが滲むように、薔薇の刺青が浮かび上がる。その花びらの中心には、ギョロギョロと動く不気味な眼球が刻まれていた。

 

 オウが手を離すと、イヴァンは激しく咳き込む。

「げほっ、ごほ……何を……あれ? 視界が……なんだ、これは……!」

 喉の刺青が、第三の眼、それもオーラを"凝"められた瞳として機能している。混乱するイヴァンに、オウは淡々と告げた。

「お前に与える指令(ミッション)は一つ。プロハンター、ウェルス=ノスタルジアの(タマ)を取ってこい。そのための力をくれてやる。言っておくが――俺からの指令(ミッション)を放棄したら、その刺青が炸裂し、死ぬ」

 

「……命? できる訳がないだろう! お嬢様の恩人だし、そもそも相手はプロハンターだ!」

 

「“もしかしたら、できるかもしれない”……そう思わせなきゃ、指令(ミッション)は成立しねぇ。だから、素人のお前を、プロを殺せるまで徹底的に鍛えてやる。……おい、ついてこい」

 

 オウが背を向けた、その時。イヴァンは地面に座り込んだまま、鋭く睨みつけた。

「……お前の言い方だと、そのミッションとやらを、俺が『遂行可能』だと認識しなければ、起爆はしないようだな……」

 

 そう言うと、イヴァンはふらつきながらも立ち上がり、拳を構えた。その拳には、絶望の中で覚醒した、仄かなオーラの光が宿っていた。

「……お嬢様たちを裏切るくらいなら……!」

 

 オウは面白そうに振り返る。

「眼の“凝”を与えてすぐに、拳の“凝”をモノにするか。見込みがある。いいだろう、やってみろ」

「うぉおおおおお!」

 

 ――数分後。

 いくつかの骨を砕かれ、顔をパンパンに腫らしたイヴァンが、再び床に倒れ伏していた。

 オウは、返り血で汚れたジャケットを脱ぎ捨てると、死にかけのイヴァンを見下ろし、冷たい笑みを浮かべた。

 

「いい蹴りだ。いい眼だ。俺はオウ=ケンイ。お前をこれから鍛え上げてやる男だ」

 その眼が絶望に染まるまで、と。

 オウは倒れたイヴァンを引きずり、地下室の闇の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 あなたの家族がカキン帝国の圧政から解放され、サヘルタ合衆国へ移住してくるのに、そう時間はかからなかった。

 失われた時間は戻らない。けれど、失われた温もりは、スワルダニシティの新しい家で、再びあなたを彩り始めた。

 

 食卓を囲む。母は「もっと食べなさい」と、あなたの皿に次々と好物を盛り付ける。父は国外に移転させていた財産を元手に人材紹介サービスを起業し、多忙な日々を送りながらも、食事の時だけは不器用な優しさで家族を見守っていた。

 そして、姉は。スワルダニシティの私立大学に通い始めた彼女は、新しい世界の光を一身に浴びるように、毎日を輝かせていた。

 

「ねぇ、__、今日はね、格好いいなと思っていた男子が声を掛けてくれたの!」

「ねぇ、__、今日の講義、難しかったんだよね。あなた、こういうの得意じゃなかったかしら。少し教えてくれない?」

「ねぇ、__! 今日、サークルの先輩に告白されちゃったの! どうしよう、私も嬉しいんだけど、初めてだから少し怖くて……あなたなら、どうする?」

 

 姉が屈託なく投げかける、「普通」の女の子の悩み。その一つ一つが、今のあなたには宝石のように眩しかった。腰に下げた朱色の狐面を、そっと撫でる。自分はもう、姉のような陽の当たる道は進めないのかもしれない。

 それでも。この笑顔が続くのなら、自分はどんな道でも往こう。姉が与えてくれたこの暖かな光、それを守る玉なら、と。得難い日常の中で、あなたの決意は静かに、だが強く固まっていった。

 

 あなたの日常は、二つの顔を持っていた。家族と過ごす穏やかな時間と、ロストハンター、ルーペ=ハイランドの助手としての時間だ。

 軟禁刑のことは伏せられたまま時折訪れるウェルスと、人当たりの良いルーペ、二人の師に強く推薦され、あなたは助手として働くことを家族に認められていた。義務教育の範囲の勉強がすでに終わっていたことも要因としてあるだろう。

 彼の下での仕事は、主に、オーラによる構造解析を用いた物品鑑定だ。それに現場検証のサポートがたまに加わる。

 主な仕事は、微弱な『星屑の螺旋』を用いた、遺物や骨董品の鑑定。その螺旋状の念波は、物体の内部構造だけでなく、そこに宿る残留オーラの形状や性質まで精密に読み解く。

 この能力は非常に重宝され、西側諸国を飛び回るルーペが持ち帰った物を鑑定し、その結果を報告する日々だ。現物が動かせない場合は、ルーペに連れられて現場に行き、そこで鑑定を行うこともある。

「君のその力がなければ、この遺物の本当の価値は見抜けなかっただろう」

 ルーペにそう言って褒められた時、自分の力が、破壊のためだけでなく、失われた価値を見出し、未来へ繋ぐためにも使えるのだと、あなたは初めて実感した。

 

 家族との平穏と、助手としての仕事。その二つの日常は、生活にメリハリを生み、たしかにあなたの心を整え、少しずつ、しかし確実に癒していった。

 

 

 だが、平穏な日常のすぐ裏側で、不穏な影は着実にその濃度を増していた。

 その予兆は、ルーペに舞い込む仕事内容の変化に現れていた。『強盗殺人事件』の調査協力。それも、被害者の多くが、父のようにカキンから亡命した富裕層という、奇妙な共通点を持つ事件ばかりだった。

 通常の殺人事件であれば、警察が。対処が難しければクライムハンターが調査する。

 しかし、複雑な強盗殺人事件の場合、ロストハンターであるルーペもチームの一員として参加することがあった。当然、助手であるあなたも。

 サヘルタ合衆国の都市、ヨークシンシティで、金融会社の幹部が複数の大型犬に喉笛を噛み千切られ、所有していた年代物の腕輪が奪われた。

 ロカリオ共和国の高級住宅街で、王室御用達だった宝石商の妻が、違法薬物の過剰摂取に見せかけて殺害され、骨董品の一部が盗まれた。

 

 手法は多様だが、犯行には必ず共通点があった。薔薇と眼球を象った、禍々しい刺青。確保された実行犯は、その刺青が体内で破裂し、即座に死亡する。

 さらに、その刺青の模様が、組長が死亡したことですでに解散命令を下されたカキン帝国のマフィア、『シャア=ア家』のものと一致していることが判明した。

 ハンター協会はその刺青から、組長や多くの幹部の死亡によって解散したカキンのマフィア『シャア=ア家』の生き残り、オウ=ケンイを主犯格と断定。A級賞金首として、国際指名手配を掛けた。

 

 そしてあなたも、その捜査網の一員として、否応なく事件の渦中へと引き込まれていく。

 

「まだ若い君にこんな役目をさせるのは心苦しいのだけれど……ルーペから、君の能力は希少と聞いているわ。検死の手伝い、お願いするわね」

 

 ハンター協会十二支ん、『(へび)』のコードネームを持つ検死官、ゲル。流れるような長髪に、爬虫類を思わせるぱちりとした瞳、すらりとした長身の彼女は、そう言うとプロとしての信頼を込めて、あなたの肩を軽く叩いた。

 検死台に横たわる遺体を覆っていた白いシートが、ゲルによって静かに捲られる。

 そこに現れたのは、白目を剥いて息絶えた、三十代ほどの女性の亡骸だった。その顔には、死の苦悶は見えず、圧倒的快楽に押しつぶされたような表情が浮かんでいた。

 あなたは、露わにされた死にわずかに息をのむも、恐れることなくその骸の頭部に手を触れる。

 

 『星屑の螺旋(スターダスト・スパイラル)』――回転しながら浸透する念波が、遺体の隅々までを走査していく。

 

遺体分析判定

『星屑の螺旋Lv1』により、接触距離での『構造解析』Lvが1上昇。Lv2として扱う。

難度50 - 20 1~29で失敗。30~59で成功。60~89で大成功 90~100で極大成功。

ただし、失敗でも死因は判明。成功以上で犯人の念の分析に成功

1d100 = 73 大成功

 

 あなたは、すぐに違和感を覚えた

 遺体の左肩に、不自然なオーラの残滓が、べっとりと付着している。

 そこから、浸透するように、放出系の性質に偏ったオーラが心臓へと伸びていた。握りつぶせるような濃度ではない。だが、制約と誓約を重ねていけば、体内に微量の物質を転送することは可能だろう。

 あなたは、分析を口にしながら、精査を続ける。

 ゲルはあなたのつぶやきを聞き、確信をもって頷いた。

 

「その通りよ。体内から、致死量の違法薬物が検出されているわ」

 

 あなたは頷く。だが、もっと得られる情報があるはず。犯人のオーラの残滓、その揺らぎ。それを深く、精密に読み取り、自分の経験と照らし合わせる。

 『恐怖』と『罪悪感』。だがそれだけではない。その中に、ごくごくわずかに含まれる、『安堵』の感情を感じ取った。

 急性薬物中毒により、前後不覚のまま死亡した被害者の感情とは到底思えない。これは、まず確実に犯人の犯行時の感情だ。

 ここから読み取れるのは――まず確実に、実行犯は『やらされている』こと。感情の揺らぎの強さから、おそらく素人。そして、哀れなことに『実行すれば助かる』と信じていたのだろう。

 

 読み取れた感情と、そこから導かれる事実をゲルに伝えると、ゲルは思索の態勢に入る。

 

「プロの暗殺者なら、犯行にこれほどの感情は残さない。相手は素人……それを、何らかの念能力で『ゼロから暗殺者に促成栽培している』と見るべきね。恐ろしく効率的で、非人道的な手口。主犯は相当な策士よ」

 

 ハウダニット(How done it?)。おそらく操作系、もしくは特質系の能力よって、素人を念能力暗殺者に仕立て上げている。

 フーダニット(Who done it?)。ほぼ確実に、旧シャア=ア家の幹部、オウ=ケンイ。

 ホワイダニット(Why done it?)。いまだ不明だが、カキンの亡命富裕層から家宝や曰く付きのアイテム、骨董品の類を奪っていることから、それがヒントになるはずだ。

 

 ……ゲルの口から紡がれる推理を聞きながら、あなたの思考は一つの戦慄すべき可能性に行き着いた。

 カキンの亡命富裕層。奪われた、曰く付きの品々。

 自分たち家族も、全く同じ条件に当てはまるではないか。

 それに思い至った瞬間、全身の血の気が引いた。冷たい汗が背筋を伝い、呼吸が浅くなる。あなたは言葉を詰まらせながら、目の前のゲルに、自分の家族を守ってほしいと懇願した。

 

 ゲルはあなたの肩を強く抱き寄せると、力強く言った。

「ええ、分かっているわ。すぐにボディーガードを手配しましょう。十二支んの名にかけて、無関係な市民の犠牲は看過しない」

 

 その言葉にひとまずの安堵を得ながらも、あなたの心の奥底では、拭い去れない不安が渦巻いていた。

 ――相手は、カキンの関係者しか狙っていない。そして私たちも、間違いなく『関係者』だ。

 促成栽培の暗殺者を、まるで使い捨ての駒のように生み出せる敵。ただ強いだけの護衛では、いつか必ず限界が来る。

 ボディーガードという対策だけでは足りない。あらゆる手段で守らなければ。

 いや、それでも足りない。むしろ、後手に回らぬよう、こちらから仕掛けるべきでは。

 検死室の冷たい空気の中、あなたは、家族に忍び寄る毒牙の主を狩ることすら、視野に入れていた。




アンケートは、「家族の名前を付けるべきか」です。
よろしくお願いします。

家族の名前

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