『あなたの転生』~一般通過宝具持ち転生者の人生~ 作:砂漠谷
ギチリ、と。蟲の顎が鳴る音が、壺の内側より。
それを契機とし、ギチギチ、ギチギチと盛大に群れの鳴き声が玄室に響き始める。
それは、吉兆丸を通じてこちらにも響いている。
否。明らかに、
『我らの救い主、創世主の継承者』
『血の継統は腐り果てた。肉は干からび機構と堕した。骨子の継承者がとうとう現れた』
『黙示録の主、我らが神、我らが王!』
「っち、ちが、違う!」
鳴き声を通じて頭蓋の内側に反響する言葉の思念を、あなたは反射的に拒絶し、否定する。
訳が分からない。いきなり、壺の中の蟲たちに崇められる状況に、困惑を通り越して恐怖を覚えた。
それを受けてか、蟲たちの鳴き声が、ひと時止まり。
再度、先ほどの鳴き声とは違う、鈴虫の音が和音を奏でる。
和音を聞いたあなたの脳裏に、言葉ではなく映像のイメージが、流れ込んできた。
壺に吸い込まれるようにして視界に飛び込んできたのは、極彩色の地獄。
どぎつい桃色の太陽が中天に輝く、紫色の空。大地は赤黒く、草木は骨や爪のように色が薄い。
建造物は、古代から中世のものに似た、大きな城郭と堀が目立つ。
その大地では、血みどろの争いが繰り広げられていた。
赤い甲殻の戦士。半透明の蜂の踊り子。エイリアンめいた青い蜻蛉。
人に近い姿をした姫たちが、それらを駒として争わせている。
喰らい、産み、また殺す。壺の中の小宇宙は、外への渇望で膨れ上がっていた。
異形の蟲たちによる争いが、大陸の全土で繰り広げられていた。
場所によっては、戦陣を組んで殺しあう蟲たちも。
あるいは集落を襲い、無勢を蹴散らす山賊の所業も目に付く。
二足歩行の蟲は大きく分けて三種類。
赤く屈強な外殻を持つ甲虫。毒針を尾に持ち、緑の内臓が透ける蜂。
そして、青い体表に蜻蛉の翅を伴い、形容しがたい流線形の頭部を持つ蟲。見る人が見れば、映画に出てくるエイリアンのようだと表現するだろうか。
多くの昆虫は、二足歩行をしているだけで人間型とはいいがたい。しかしながらその多くが、未熟ながらオーラの操作を身に着けていた。
(――気色悪い)
人間大の昆虫は、あなたに悍ましさを感じさせる。
そんな中で、明らかに人間に近い容姿の蟲が、三体だけいた。
赤い髪と鎧を装備した、妙齢の美女。その目元には、赤をベースとした濃い化粧。きりりとした眼は、塔から戦場を見下ろしていた。
半透明の髪に羽衣のような布をまとう、美しい少女。ガラスか水晶でできた食器をカチャカチャと鳴らし、創作料理を頬張っている。
青い髪に、青を基調とした軍服を着る、幼い児童。場違いにも戦場の後方にいるが、護衛に守られており、その中でおぼつかないステップを踏んで笑顔を見せる。
複眼と触角だけが昆虫を思わせる、亜人と表現すべき彼女たち。
彼女たちは、その色に応じた他の蟲たちに傅かれ、指示を出し、従わせていた。
彼女らが宿すオーラは、量も質も明らかに他の蟲とは異なる。特に質に関しては特筆すべきだろう、王威と呼ぶべき覇気を感じさせる。
二足歩行の条件を除外すれば、もう一種類、蟲がいる。
ばらつきのあるその大きさを除けば、ごく普通の黒蟻の外見である。
戦場では牛車を牽かされ、集落では家畜として飼われ、時には解体され、その場で食されている。
野生の蟻は地下に巣を作り、大多数は食事すらせず、石を削った奇妙な像をひたすらに拝んでいる。
黒い蟻のみが、あなたの視線に気づいているようで、視点が近づけば、こちら側を時折見つめる仕草が見られた。
『壺の内には卵がある。卵の内には国がある。国の内には蟻が棲む』
『我ら、正統なる蟻。我ら、創世主のしもべ。我ら、注がれた不幸の分解者。我ら、今や少数派なり』
『この地を統べる偽の王が、異端のものどもの殲滅と統合により、まもなく現れるだろう』
『候補者――姫は三翅。一つは生き血で顔を飾り立てる、赤銅の姫。一つは涙の塩味を好んで呑み食らう、水晶の姫。一つは絶命の叫びを子守歌に好む、蒼玉の姫』
あなたには、彼ら――正統を自称する黒い蟻の意図が見えない。
これをなぜ自分に見せているのか。疑問がぐるぐると渦巻いていた。
『三翅の姫は、ひとしく卵の外を望む。広大な領土を、新たなる資源を、まだ見ぬ世界を――新天地を』
視界が分割される。焦点が合うのは、三人の『姫』。
赤の姫は、精巧な天球儀の外側に置かれたエイジアン大陸の地図を前に、侵略の機を窺う。
水晶の姫は、外の世界の摩天楼を模した料理を、優雅に咀嚼する。
青の姫は、外の風景画が描かれた絵本を胸に、無邪気に笑う。
『我らは僭称者を認めない。我らは醜い延命を認めない。我らは分解の責務を全うする』
『我らの望みは一つ。――真なる王として。外を穢す前に、この醜い世界を。滅びと浄化で、満たし給え』
ブツリ。映像のイメージは途切れる。
気がついたら、あなたの掌には、宝剣・吉兆丸――ではなく、それが姿を変えたのだろう、異質な短剣があった。
蟲の翅の意匠が柄に刻まれ、反った刀身に黒い光沢を持つ短剣。人間の怨念は蟲の信仰でコーティングされ、無機質ながら輝いていた。
短剣の表面は、それを見つめるあなたの顔の他には何も映さず。
あなたの本能は、なぜだろうか、それを美味そうだ、栄養がありそうだと、否応なしに感じてしまう。
本来であれば、常識がその本能を否定する。蟲の甲殻に似た鋭利な呪物を美味そうだと感じるのはあり得ない。
だがあなたは、大量の情報を立て続けに流し込まれたことで疲労していた。ゆえに、その本能に忠実に動いてしまった。
刀身を持つ右手は、無意識にゆっくりと口に近づく。
そして、歯がそれに触れる直前。
(それは拙い。使いたくはなかったが――『
本能は急激に冷却される。空腹も食欲も、意味をなさないただの情報と化す。開いた顎は、それが投入される前に、固く閉じられた。
(わたしは、一体何を)
同時に、監視カメラで見ていたのだろうボトバイが、音を立てて鉄の扉を開き、部屋に押し入った。
「今すぐ"それ"から手を離せ!」
飛び込んできたボトバイの焦った表情を見て、完全に我に帰ったあなたは、短剣を持っていた右手を開く。
しかし、そこからは何も落ちない。
それを見て、ボトバイの顔色が急変した。
「――――遅かったか! ゲル、原因不明の精神もしくは肉体干渉による呪物誤飲! 開腹手術の準備だ! ハイランド、手術室までの最短ルートを探せ! オレが背負う! __ちゃん、意識は!」
「だ、大丈夫です、食べてないです!」
「くっそ、認識阻害も……典型的な操作系、要請型か!?」
「ち、違っ!」
そう言って、両手を上げる。右の掌を見たボトバイは、動きを停止した。
太極図の意匠。白い部分はなく、黒い部分だけが深く、強く、そこに刻み込まれていた。
「――誤飲じゃない、身体融合型!?」
次いで鉄扉から入ってきた二人、ルーペとゲルもそれを直視する。
「そんな、呪物との融合、って。しかも、国宝級の! 一体、どうすれば……」
「れ、冷静に! 一旦、能力の分析が最優先です! 憑念分析に強い念使いと除念師をすぐに手配しみゃ、しまっ、しましょう!」
もっとも混乱しているルーペと、絶望しつつも、冷静に状況を分析しているゲル。
あなたは、三人を通して、自分の状況を客観的に見ることができた。まずは、信頼できる大人に、解析の結果、どうなったかを伝えなければ。
吉兆丸を通して見た場面、そして、吉兆丸を通し、壺中卵から流れ込んできた映像思念の話を、あなたは一つ一つ冷静に伝えた。
自身の心象風景に関しては伏せる。おそらく、あれはカキンの神器には関係がないだろう。
「そうか。神器創造時に想定された機能は、蠱毒の壺ではない。――コンポストだ」
ボトバイは冷静に、カキンの念システムを分析する。
コンポスト、家庭の生ゴミを入れ、微生物で分解する土の入った容器。あなたの母も一時期使っていたが、それがどう壺中卵につながるのだろうか。ボトバイを除く三人の頭上にはハテナのマークが浮かぶ。
「壺の中に入れた虫は、『キメラ=アント』。親指大の貪欲かつ凶暴な蟻だ。不幸を蟻に喰わせ、分解させる。外に這い出さないように、念で強固に封をして。内側から外側には出られないように、外側から内側に、不幸のエネルギーを注ぎ込み、食べさせて分解させる。吉兆丸で幸福を徴収するのは、封印が薄くなったときに熱を加えて増強するため。不幸の力で育った蟻たちにとって、幸福のエネルギーは天敵のはず」
この念システムの欠点は三つある、そう言ってボトバイは三本の指を立てる。
「まず、死後強まる念の
謝肉祭や継承戦といった風習がいい例だろう、と彼はつぶやき、薬指を折る。
「次に、キメラアントという凶暴な昆虫の性質を軽視したこと。食した動物の性質を次代に引き継ぐ『摂食交配』、王祖の血液を食し、人間の遺伝子情報と念能力の才能の種を宿した蟻たちは、不幸のエネルギーを陽光や草木として吸収し、健やかに――否、歪に成長し、繁栄していった。壺の内部があそこまで広大なのは、蟻たちの
ノヴが聞いたら白目剥くぞ、と言いつつ、中指を折る。
「最後に。不幸感情エネルギーの影響を軽視したこと。不幸のエネルギーを継続的に吸収・分解させられ、内部での繁殖を行わせたなら、たとえキメラアントでなくても醜悪な生態・性質に変貌するだろう。君にメッセージを伝えた、『正統な』黒蟻ですら、自分たちの世界の滅びを望む邪教徒だ。他の蟻たちは言わずもがな」
そう言って人差し指を折るボトバイの分析を聞き、ゲルは大きな目を更にまんまるにし、ルーペは驚愕にメガネを取り落としそうになった。
「独覚型の天才って、こうも壮大な大失敗をするのね……」
「善意による永久機関建造、ただし老朽化による爆発は考えてない、みたいな? 発想が突飛すぎて恐ろしいですね」
二人の反応にボトバイは深く頷き、一方で首を捻る。
「だが、如何に内部のキメラ=アントが邪悪に変貌したとはいえ、壺の封印が内部から破れるようにはできていないはず。この能力を考えるなら、誰しも最初に思いつくリスクが『内側からの食い破り』。すなわち孵化だからだ」
あなたは、どこか引っかかる。今まで学んだこと。今まで体験したこと。そして――自分が行使する能力に、なにかヒントがある気がして。
(世界卵の論理だな。境界を破らずに裏返すことは、理論としては可能だ。内部が物理的な拡張空間なら、心象風景の展開より遥かに容易い)
ひび割れた男の声。心象風景から、デミヤがそう囁いた。
それが引き金になり、今まで師から学んできた幾何学の定理、念能力の仕組み、実体験としての宝具の感覚、それらが一気に脳裏で結合する。パズルのピースが一斉に並べられて、一つの大きな絵を表していく。
思考より先に、手が動いた。
懐の革ケースからベンズナイフを引き抜き、切っ先をペン代わりに、コンクリートの床へ数式を刻みつける。
幾何学の定理。特に、
三人の視線が集まる中、あなたは書きなぐった図式を指差し、結論だけを告げた。
壁を壊す必要はない、彼らは、空間ごと『裏返って』出てくる、と。
薬剤師でもあるゲルは、あなたの言葉の意図を、数式を見て理解した。
「たしかに、そうね。元々が真社会性の動物。ジョイントタイプの念能力開発のハードルは、人間より遥かに低い。それに、数学を理解するほどの知能を加えれば」
「はい」
危機は、まもなく訪れる。
そして、それに対抗する術が、陰陽魚の片割れのこの紋章。
短剣が変じ、あなたの掌に刻まれた刻印。
『正統なる』、すなわち王祖の意志に今なお忠誠を誓う黒蟻たちの
死者の念も多分に含まれていることが、肌で感じ取れた。
「壺中卵へのアクセス権が、蟻たちによって改造された代物。エイジアン大陸の、否、人類の破滅を未然に防ぐための鍵。それが、君の掌にある。――念能力としては、『
ボトバイは自分の言葉に頷いた。
あなたの中で、この数時間の濃密な経験に、一段落がついた気がした。
| システム |
| 取得した3つの能力の概要は以下の通りです。 |
| 『幸福変換 C』: 周囲に幸せを感じている人々がいる場合、その数と質に応じて判定に補正。最大で+15 |
| 『運命燃焼 C』: ダイスを「幸運」で振り直した場合、その振り直した判定に限って補正。+15を振り直した回数だけ。 最大で+45。 |
| 『殲世資胚 A』: 『空間』『異界』『法則』などの非物質を攻撃対象に取ることができる。 攻撃判定は対象の強度が一定以下の場合のみ発生。 また、『人類の脅威』との戦闘判定に+25の補正。 念能力としては、『壱世壊を恕す憲章』と命名された。 未だ胚である。 |
| システム |
| 第三フェーズの突破により、Cランクの技能点取得判定を3回行います。 |
| 製作技能点(剣製)獲得判定C |
| 1~5:普通に(3点) 6~8:そこそこ(4点) 9~10:かなり(5点) |
| 1d10 = 1, 3点 |
| 精神技能点(太歳の禍)獲得判定C |
| 1~5:普通に(3点) 6~8:そこそこ(4点) 9~10:かなり(5点) |
| 1d10 = 4, 3点 |
| 感覚技能点(違法接続)獲得判定C |
| 1~5:普通に(3点) 6~8:そこそこ(4点) 9~10:かなり(5点) |
| 1d10 = 3 3点 |
| 現在技能点 |
| 運動技能点8 |
| 白兵技能点0 |
| 移動技能点0 |
| 生存技能点1(単独1) |
| 精神技能点3(太歳の禍3) |
| 感覚技能点3(違法接続3) |
| 製作技能点7(剣製7) |
| 交渉技能点2 |
その時である。
鉄の扉の外側から、乾いた音が鳴らされた。
コンコン、……コン。
二回の後に一回。家族と暮らしていた時の習慣だった、
だが、ここはサヘルタ。あなたの危機感が全力で警鐘を鳴らす。
「誰だ? この部屋を知るのは、会長と十二支んの他にはいないはず」
ボトバイは扉に近づき、開けようとするが、あなたは全力で飛びのき、扉から距離を取る。
「開けないで!」
その言葉は半秒、遅かった。
開かれた扉の向こうには、眼鏡をかけたスーツの男が、大口径のショットガンを
危機感の正体に気が付いても、もはや意味はなく。
| シナリオの策定はすでに終了しています。 |
| 少年前期冒険シナリオ『愚者は龍が如く』が開始しました。 |
「おやすみ」
ボトバイの胸部目掛け、
ボトバイのネーミングセンスが決闘者とかいわんといて……
筆者はMtGプレイヤーです。マスターデュエルは一度ダイヤモンドに行って中退しました。
次話は今月末を目処に投稿する予定です。