俺とビンセントの模擬戦は第一合を終え新たな局面へと移行していた。
互いに相手の実力を認め最初の探り合いは終わった。ここから先は互いの能力と戦略その全てをぶつけ合う総力戦となる。
「…素晴らしい一撃でした。ええ…。ですがここからは私の距離で戦わせていただきます」
ビンセントはそう言うと俺から巧みに距離を取り再びあの独特の掌をこちらに向ける構えを取った。
放出系能力者である彼にとってこの距離こそが必勝の間合い。
対する俺は強化系に近い戦闘スタイルを持つ特質系。俺が勝つためにはなんとしてもあの懐に再び飛び込まなければならない。
だがそれは言うほど簡単なことではなかった。
ビンセントは絶えずその場から細かく動き続け俺に的を絞らせない。そして時折牽制するようにあの見えざる凶弾を放ってくる。
「――虚空拳(エアブロウ)」
技名の呟きはない。だが俺にはその予備動作が嫌でも分かるようになった。
ビンセントの掌から僅かにオーラが放出されるその瞬間。
俺は全身の神経を研ぎ澄まし飛んでくるであろう不可視の空気弾の軌道を予測し回避する。
ドォン!
俺がいた場所の地面が遅れて爆ぜる。
(…ちっ迂闊に近づけない…!)
俺は内心悪態をついた。
ビンセントの『虚空拳』はあまりにも厄介すぎる。
見えない空気弾と本命の念弾による二段攻撃。一度その存在を知ってしまえば常にその両方を警戒しなければならない。下手に踏み込めば見えない空気弾で体勢を崩されたところに必殺の念弾を叩き込まれるのがオチだ。
完全に俺の間合いの外から一方的に攻撃されている。
まさに「詰み」の一歩手前。手詰まりだ。
一方ビンセントもまた冷静に俺を分析していた。
彼の思考を俺は手に取るように想像できた。
(…と考えているでしょうね。ええ)
ビンセントは俺を睨みつけながらその思考の海に深く沈んでいた。
(…やはり王子が言っていた通り。あのカイという少年は特質系でありながらその戦闘スタイルは極めて強化系に近い。ええ。あの『闘拳』とかいう念具もオーラを込めれば込めるほど威力が増すという単純ながら強力なもの。彼の最大の武器はあの圧倒的な近接戦闘能力だ)
彼の脳裏にはベンジャミンから事前に与えられた俺の情報が反芻される。
(私は王子から貴方を「強化系型の特質系」と聞いています。ええ。だからこの距離を保ち続ける。決して貴方を近づかせない。それこそが私の勝利への唯一の道筋です。ええ)
彼の戦略は完璧だった。
(遠距離攻撃はおそらく最初の目眩ましで使ったあの威圧のない念弾程度。それも彼の系統適性を考えれば多用はできないはず。威力もたかが知れているでしょうね。ええ。このまま私が遠距離から削り続ければいずれ必ず勝機は訪れる)
俺とビンセント。
互いに互いの手の内を読み合いそして互いに打つ手がない。
練兵場には完全な膠着状態が生まれていた。
(…うーんどうしようか。完全に手詰まりじゃんか)
俺はビンセントの牽制攻撃を躱し続けながら内心焦りを覚えていた。
このままではオーラが先に尽きて俺が負ける。
かといってこの鉄壁の弾幕を突破して彼に近づく方法が今の俺にはない。
(…降参しても良いけど…)
いやダメだ。
俺の能力には『敗者の烙印』がある。ここで負ければ俺の経験値は半分になる。
それだけじゃない。王子や師範そしてガドが見ているこの戦いで無様に負けるわけにはいかない。
俺の転生者としてのそしてこの世界で強さを求めてきた者としてのプライドがそれを許さなかった。
(…負けたくないな…)
ならばどうする?
答えは一つしかない。
(…スキルツリー使うか)
俺は覚悟を決めた。
これまで師の教えを守り基礎能力の向上には決して使わずに溜めてきたスキルポイント。
だが師はこうも言っていた。
『どうしても苦手な分野あるいは修行だけでは習得に膨大な時間がかかる技術を補うために使うべきだ』と。
今こそがその時だ。
俺はビンセントの攻撃の合間ほんの一瞬だけ意識を内側へと集中させる。
脳内に半透明のスキルツリー画面が展開された。
【カイ:LV 30】
【スキルポイント:26】
(さてこの状況で最も有効なスキルは…)
俺は膨大なスキルリストの中から今のこの膠着状態を一撃で覆すことができる起死回生の一手を探し始めた。
「身体強化」「オーラ総量」…違う。ステータスを上げたところでこの状況は変わらない。
「近接攻撃スキル」…近づけなければ意味がない。
「防御スキル」…『スティールスキン』だけではいずれ破られる。
俺が求めているのは「過程」を破壊する力。
この距離という絶対的な壁を無意味にするための何か。
そして俺は見つけた。
「特殊移動」のカテゴリの中にそれはあった。
【『ブリンク LV1』】
【消費SP: 2】
【効果:一定量のオーラを消費し向いている方向へ最大10メートルまで瞬間的に短距離移動する。非生命体の障害物を透過することが可能。クールタイム:5秒】
(…これだな)
俺は迷わずそのスキルを選択した。
【『ブリンク LV1』を取得しますか? YES/NO】
心の中で「YES」と強く念じた。
瞬間。
俺の全身をこれまで経験したことのない新たな力の感覚が駆け巡った。
オーラが高ぶる。
それはただ量が増えたり密度が濃くなったりするのとは違う。
俺のオーラの「質」そのものがまるで空間と結びつくように変質したのだ。
「…なんだ!?」
その俺のオーラの明確な変化をビンセントは見逃さなかった。
彼の常に冷静だった表情に初めて明確な警戒の色が浮かぶ。
(明らかにオーラが変化した…! この戦闘の真っ最中に…!? 何か仕掛けてくるつもりか…? しかし何を?)
ビンセントは俺への警戒を最大レベルにまで引き上げた。
だが彼が俺が手に入れた「瞬間移動」というこの世界の理を無視した力を予測できるはずもなかった。
俺は勝負をかける。
まず俺はビンセントに向かって真っ直ぐに駆け出した。
「…愚かな!」
ビンセントは自ら死地に飛び込んできた俺を迎え撃つべく両の掌にこれまでで最大級のオーラを集中させる。
彼が必殺の『虚空拳』を放とうとしたその瞬間。
俺の姿が消えた。
まるで陽炎のようにその場から掻き消えたのだ。
そして次の瞬間には彼の全くの無防備な背後に出現していた。
「なっ…!!!」
ビンセントの人生で最も無防備な驚愕の声。
彼がその驚異的な反射神経で振り向こうとするそのコンマ数秒。
俺は既に次の行動を起こしていた。
右手にいつの間にか握りしめていた黒曜石の針。
レア念具『影縫いの針(シャドウ・スティンガー)』!
俺はその針をビンセントの足元に伸びる彼の「影」へと深々と突き立てた。
「しまっ…!」
影を縫われたビンセントの体がまるで見えない鎖で縛られたかのようにその動きを完全に固定される。
「――もらったぜビンセントさん!」
俺は右拳に嵌めた『闘拳』に今の俺が持つ渾身のオーラを全て叩き込んだ。
特殊能力『応報』が発動し俺の拳がもはやオーラの炎と見紛うほどの凄まじい光を放つ。
「ぐっ…『堅』ッ!!」
動けない体でビンセントは最後の抵抗として全身のオーラを防御へと回した。
だが間に合わない。
いや間に合ったとしてももはやこの一撃は防ぎきれない。
俺の拳がビンセントの背中に叩き込まれた。
凄まじい轟音。
ビンセントの『堅』は赤子の手をひねるように粉々に砕け散りその衝撃は彼の意識を完全に刈り取った。
彼の体は断ち切られた糸の人形のように練兵場の石畳の上を数メートルも転がりそして動かなくなった。
練兵場に静寂が戻る。
俺は肩で大きく息をした。
勝った。
俺の知略とそして俺だけの力『スキルツリー』がもたらした完全な勝利だった。
俺は倒れているビンセントの元へと歩み寄り深々と頭を下げた。
「オス…ありがとうございました!」
その時俺の脳内に勝利を告げるファンファーレが鳴り響いた。
【王子軍側近を無力化しました。経験値3000ポイントを獲得】
【レベルアップ! LV 30 -> LV 31】
【スキルポイントを1獲得しました】
そして新たな戦利品の通知。
【『運命の戦利品』が発動しました…】
【『チャージングブレス』(R) を獲得】
俺の手元に光と共に一つの腕輪が出現した。
それはビンセントとの戦いで得た新たな力。念弾の威力を3段階まで溜めてその威力を増加させることができるという強力なレア念具だった。
観覧席で戦いの全てを見ていたベンジャミンはその場で立ち尽くしていた。
そしてその口元にはもはや隠しようのない歓喜と独占欲に満ちた獰猛な笑みが浮かんでいた。
この少年は本物だと。
彼はカキンのいや世界の勢力図すらも塗り替えかねない規格外の「何か」なのだと。
ベンジャミンの俺への執着はこの瞬間決定的なものとなった。