『内観の洞』での試練を終え、俺がカキン軍の宿舎に戻ってから一週間が経過した。
その日も俺は、王子軍の練兵場で兵士たちとの模擬戦に明け暮れていた。
以前のような一方的な蹂躙ではない。俺は自分自身に、「オーラ総量の7割以上は使用しない」、「念具は『闘拳』以外使用しない」といったいくつかの制約を課して訓練に臨んでいた。
目的は勝つことではない。この新しい肉体とどう向き合うか。それを知るためだ。
「ハァッ!」
俺は三人の兵士に、同時に囲まれていた。
一人が槍で突きかかり、一人が剣で薙ぎ払い、もう一人が背後から短剣で奇襲をかけてくる。
連携の取れた、見事な三方からの攻撃。
数週間前の俺であれば、その全てを捌き切るには『ブリンク』を使うか、あるいは何らかの念具の補助が必要だっただろう。
だが、今の俺は違う。
俺は、その場から一歩も動かない。
ただ静かに、オーラを練り上げる。
レベル40のオーラを。
槍の穂先が、俺の喉元を捉えるその寸前。
俺の全身から、これまでとは比較にならないほど高密度なオーラの衝撃波が放たれた。
それは『練』の応用。オーラをただ放出するのではなく、圧縮し、一気に爆発させる技術。
ドォン!という轟音と共に、俺を取り囲んでいた三人の兵士たちが、まるで見えない壁に弾き飛ばされたかのように後方へと吹き飛んだ。
俺はゆっくりと、自分の掌を見つめる。
(…これが、レベル40)
オーラの「量」だけではない。その「質」が、根本的に変わっている。
以前の俺のオーラがただの「水」だったとすれば、今の俺のオーラは粘性を帯びた「油」のようだ。より重く、より濃密で、そして、より強力に燃え上がる。
その光景を、練兵場の片隅にある観覧席から、ドウセツ老師とガドが静かに見つめていた。
老師は腕を組み、その白眉を寄せながら、俺のその一挙手一投足を食い入るように見つめている。
「…なんというオーラだ」
老師の口から、感嘆とも畏怖ともつかない呟きが漏れた。
「あやつの全身を巡るオーラの総量、そしてその密度…。もはや、そこらのプロハンターを遥かに凌駕しておる。あれがまだ12にも満たぬ子供のオーラとは、到底思えん…!」
老師の驚愕は、無理もなかった。
カイの成長速度は、念能力のあらゆる常識を逸脱している。
それは、隣に座るガドもまた、痛いほどに感じていた。
「ああ、まったくだぜ、老師」
ガドは、どこか呆れたような、それでいて楽しそうな口調で言った。
「あいつがレベル40になってから、やけに圧を感じるようになったと思わねえか? ただそこにいるだけで、空気がビリビリと震えるような、あの感じだ。俺も強化系だからオーラの圧には敏感な方だが、あいつのはちと異常だ」
ガドは、カイの能力の根幹を知っている。
だからこそ、彼の強さを老師とはまた別の物差しで、正確に測ることができた。
「老師、驚くのはまだ早いぜ」
ガドはニヤリと笑った。
「あいつの能力はレベル100まであると、俺は聞いている。つまりだ。今のあの状態ですら、まだあいつの潜在能力の半分にも到達しちゃいねえってことだぜ?」
「…半分にもだと…!?」
さすがの老師も、その言葉には絶句するしかなかった。
今のあの規格外のオーラ量ですら、まだ折り返し地点にも達していない。
この少年は、一体どこまで強くなるというのか。
だが、ガドの分析はそこで終わらなかった。
彼の実戦で鍛え上げられた目は、カイの輝かしい成長の影に潜む、新たな「壁」の存在を既に見抜いていた。
「…だけどな、老師。その代わりと言っちゃあなんだが、あいつの成長にも少し陰りが見えてきたみてえだぜ」
「陰りだと? あれほどの力を見せておいてか?」
「ああ。あいつの能力の根幹は『経験値』だ。敵を倒し、経験値を貯めて、レベルを上げる。だがな、最近あいつに話を聞いたんだが、どうやらレベルが上がるにつれて、次のレベルアップまでに必要な『経験値の量』が馬鹿みてえに増えてきてるらしい」
ガドは続ける。
「これまでは、そこらの念能力者を数人、数十人倒せば、ポンポンとレベルが上がっていた。だが、もうその時期は終わったんだ。今、あいつが次のレベル41になるためには、おそらくこの練兵場にいる兵士全員を相手にしても、足りねえだろうぜ」
その言葉は、的を射ていた。
俺もまた、その事実に気づき始めていた。
レベルが上がる喜びと引き換えに、その成長曲線は明らかに緩やかになってきている。
これまでのような爆発的なレベルアップは、もう望めないのかもしれない。
「つまりだ、老師」
ガドは、まるで全てを見通したかのように結論を述べた。
「ここからが、あいつの本当の『正念場』だ。これまでの貯金で楽に強くなれる時期は終わった。ここからは、一本の長く、険しい登り坂だ。このまま才能の壁にぶつかって成長が停滞するのか。それとも、その分厚い殻を自力でブチ破って、さらに高く飛翔するのか」
ガドの視線が、練兵場で一人佇む俺の姿を捉える。
その目には、ライバルへの期待と、そして同じ道を歩む修行者への共感のような色が浮かんでいた。
「…面白いじゃねえか。あいつがどっちに転ぶのか、特等席で見物させてもらおうぜ」
練兵場では、俺の最後の修行メニューが始まろうとしていた。
俺は観覧席に座る老師とガドに一礼する。
そして、目の前に立つ一人の男に向き直った。
ビンセント。
俺がこの軍で最初に戦った好敵手。
「ビンセントさん、一本お願いします」
「ええ…。こちらこそ。お手柔らかに願いますよ、カイ殿」
彼の涼やかな表情は変わらない。
だが、その瞳の奥には、俺への明確なリベンジの炎が燃え上がっているのが分かった。
俺とビンセント。
互いに構える。
観覧席のベンジャミン王子が、満足げにその光景を見つめていた。
(…正念場か)
俺は自分の内なる声を聞く。
(上等じゃねえか)
成長が停滞する?
壁にぶつかる?
そんなもの、俺はとっくの昔に覚悟の上だ。
俺は天才じゃない。凡才だ。
俺の武器は、才能じゃない。
この一歩ずつ泥臭く、しかし確実に前に進む、この足だけだ。
俺は笑った。
目の前の強敵。
そして、これから俺の前に立ちはだかるであろう、全ての困難。
その全てを俺は喰らい尽くして、さらに強くなる。
俺の本当の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
俺は、地面を強く蹴った。
レベル40になった俺の新しい力が、今、解き放たれる。
その一撃は、もはや以前の俺とは比較にならないほどの重さと速さを宿していた。
カキンの青い空の下。
俺の果てなきレベルアップへの道は、まだどこまでも続いていた。