凡才のレベルアップ無双   作:パラレル・ゲーマー

4 / 23
千里の道、その一歩

ドウセツ老師との組手で、俺は己の未熟さを骨の髄まで思い知らされた。

レベル3になり、オーラの絶対量が増えたことで、どこかに生まれていた万能感は、木っ端微塵に砕け散った。器が大きくなっただけで、その中身を自在に操るための「技術」が、俺には絶望的に欠けていたのだ。

 

「宝の持ち腐れ」。

師のその言葉が、俺の心に重く突き刺さっていた。

 

あの日以来、俺の修行メニューは、再び基礎へと回帰した。だが、その意味合いは以前とは全く違う。一つ一つの修練が、あの敗北の屈辱と、師の教えに直結していた。

 

俺の一日は、夜明け前の冷たい空気の中で始まる。

まずは、道場の掃き掃除と水拭き。その間、常に「纏」を維持し続ける。これはもう、呼吸と同じレベルの無意識領域に達していた。

 

そして、朝日が昇る頃、軽い組手が始まる。

相手はもちろん、ドウセツ老師だ。以前のような、本気の殺し合いではない。老師は一切の攻撃をせず、ただ俺の攻撃を受け流し、捌き続ける。その中で、俺に課せられた課題はたった一つ。

 

「肉体とオーラを、完全に同調させること」。

 

俺は牙のナイフを構え、一歩踏み込む。狙いは老師の右腕。

しかし、俺の体が動いた瞬間、老師から鋭い声が飛ぶ。

「遅い! 今、お前のオーラは0.3秒遅れて刃先に到達した! それでは斬れるものも斬れん!」

俺は攻撃を中断し、仕切り直す。

次は、拳での突き。

「違う! 拳が相手に当たる『瞬間』にオーラの出力を最大にするのだ! 振りかぶった時からオーラを垂れ流すな、無駄が多い!」

 

老師の目は、俺のオーラの微細な流れすらも見逃さない。「凝」を使っているわけでもないのに、老師には全てがお見通しなのだ。これが、熟練者の「感覚」。俺がこれから、何年も、何十年もかけて手に入れなければならないもの。

 

軽い組手とは名ばかりの、神経をすり減らすオーラコントロールの訓練。それが終わると、次は地獄の筋力トレーニングだ。

この世界は、基礎練習が非常に大事だ。強靭な肉体があってこそ、膨大なオーラを宿し、自在に操ることができる。念能力者とは、超能力者であると同時に、超人的な武闘家でなければならないのだ。

 

俺に課せられたメニューは、常軌を逸していた。

指だけで岩壁を登り、巨大な岩を担いで裏山を駆け回り、滝に打たれながら「練」を維持する。前世の常識で考えれば、完全にオーバーワーク。だが、念能力者はオーラで肉体を活性化させ、傷の治りを早めることができる。この世界のトップクラスは、皆こうして、人間の限界を超えてきたのだ。

 

そして、一日の全ての修行を終え、夕食と風呂を済ませた後。夜のしじまに包まれた道場で、最後にして、最も過酷な修行が待っていた。

 

「練」の維持修行。

 

俺は道場の中央に座し、精神を統一する。

「――練」

全身の精孔を解放し、蓄えたオーラを一気に噴出させる。俺の体を、淡く、しかし力強いオーラの炎が包み込んだ。

レベル3になった俺のオーラ総量は、レベル1の頃とは比較にならない。だが、「練」とは、そのオーラを絶え間なく放出し続ける行為。蛇口を全開にしたまま、水道管の水が尽きるのを待つようなものだ。

 

ピリピリと、肌が粟立つ。

道場の空気が、俺のオーラで震えているのが分かる。

 

――5分経過。

まだ余裕だ。体中のエネルギーが満ち溢れている感覚。

 

――10分経過。

少し息が上がってきた。オーラの放出量が、僅かに揺らぎ始める。ダメだ、一定に保て。老師の教えを思い出す。

 

――15分経過。

全身から、滝のような汗が噴き出す。心臓が早鐘のように打ち鳴り、呼吸が荒くなる。オーラの炎が、風前の灯火のように明滅を繰り返していた。きつい。頭が、くらくらする。

 

――19分経過。

もう限界だ。視界が白み始め、耳鳴りがする。体中の細胞が、悲鳴を上げている。まだか。まだ20分経たないのか。

 

――そして、ちょうど20分が経過した、その瞬間。

 

俺の体から、フッとオーラが消えた。ガス欠だ。

俺は、糸が切れた人形のように、その場に倒れ込んだ。

 

「はぁ…っ、はぁ…っ、ぜぇ…っ…!」

指一本動かせない。道場の冷たい床が、火照った体に心地よかった。

情けない。たった20分。たった20分で、俺のオーラは底をついてしまうのか。

俺は、壁際で瞑想していた老師に向かって、振り絞るような声で叫んだ。

 

「師範…っ! この修行、キツイです…!!!」

ほとんど、泣き言に近かった。

毎日毎日、血の滲むような努力を続けているはずなのに、その成長は亀の歩みよりも遅い。俺の心は、折れかけていた。

 

そんな俺に、老師は、目を開けることなく、静かに答えた。

「うむ。――千里の道も、一歩からだ」

 

その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも重かった。

俺は、何も言い返せなかった。

そうだ、分かっている。近道など、ないのだ。

だが、俺の心の中では、黒い感情が渦巻いていた。

 

(……千里の道も、一歩から、か。けどな、師範。俺が知ってる物語の主人公たちは、もっと効率よく強くなってたんだよ)

 

脳裏に浮かぶのは、ゴンとキルアの姿だ。

彼らは、ビスケという一流の師範の元で、彼女の念能力『魔法美容師(マジカルエステ)』によって、修行の疲労を瞬時に回復させ、常識はずれの速度で成長していった。

天才的な才能に、最高の環境、そして、チート級のサポート能力。

 

それに比べて、俺はなんだ?

持っているのは、凡才としか言いようのない肉体と、孤独な修行環境だけ。

俺の能力は、敵を倒さなければ発動しない。修行そのものを楽にしてくれるような、便利な力じゃない。

 

(この修行はキツイぞ…。毎日、毎日これかよ…)

 

体の痛みと、心の弱音が、俺を苛む。

俺の手元には、「近道」がある。喉から手が出るほど、使いたくなるような、甘い誘惑が。

 

(……スキルツリー、使いたくなるな…)

 

その黒い誘惑を振り払えないまま、俺はその夜、泥のように眠った。

 

次の日。

俺は、昨夜の疲労を引きずったまま、早朝の道場にいた。

まだ誰もいない。俺は、道場の中央に座り、静かに目を閉じた。

心の中で、俺は自分の能力の根幹…スキルツリーの画面を展開させる。

 

【カイ:LV 3】

【スキルポイント:2】

【取得可能スキル】

・オーラ総量 LV 2 (消費SP: 2)

・身体強化 LV 1 (消費SP: 1)

・近接攻撃基礎 LV 1 (消費SP: 1)

・念能力基礎 LV 1 (消費SP: 1)

  L 『練気持続力向上 LV1』(消費SP: 1)

  L 『纏気強度向上 LV1』(消費SP: 1)

・etc…

 

あった。

俺の目に、一つのスキルが飛び込んでくる。

『練気持続力向上 LV1』。

その説明文には、こう書かれていた。「“練”の状態を維持できる時間が、20%向上する」。

 

たった1ポイント。たった1ポイント消費するだけで、昨日の地獄のような修行が、20%も楽になる。20分が、24分になる。それは、今の俺にとって、とてつもなく魅力的な効果だった。

 

(…うーん…)

俺は、悩んだ。

(使うか…? 使ってしまえば、楽になる…。だけど…もったいない、か…?)

 

老師の言葉が蘇る。

『基礎能力は、なるべくお前自身の力で身につけていく方がいい』

『スキルポイントという『近道』に頼って得た技術は、脆い』

 

(俺のレベルは、多分100まである。まだレベル3だ。ポイントは、これから先、まだまだ余裕がある。けど…)

俺は、未来を想像する。

キメラ=アントとの死闘。幻影旅団との駆け引き。暗黒大陸から来る災厄。

その時、俺はどんな敵と対峙している? どんな絶望的な状況にいる?

もしかしたら、「毒への完全耐性」とか、「特定の操作系能力を無効化する」みたいな、修行では絶対に得られないスキルが必要になるかもしれない。その時、この「たった1ポイント」が、俺の生死を分けるかもしれないのだ。

 

(これは、基礎練習で伸ばすしかないんだ。高等技術も、まだまだ先の話だしな…)

俺は、スキルツリーの画面を睨みつけ、そして、ゆっくりと閉じた。

決めた。俺は、この誘惑に勝つ。

 

(修行、修行、修行しかないな)

 

俺の心は、決まった。

楽な道はない。俺が選んだのは、いばらの道だ。

だが、その先にこそ、本物の強さがあると信じて。

 

俺は立ち上がり、道場の掃除を始めた。

いつもの、修行の一日が始まる。

だが、今日の俺の心は、昨日までとは違った。

迷いを振り切った人間の心は、鋼のように強い。

 

その日の夜。

俺は、再び「練」の維持修行に臨んでいた。

昨日と同じ、地獄のような苦しみ。全身の細胞が、悲鳴を上げる。

だが、俺は歯を食いしばって耐えた。

昨日、意識が遠のいた20分の壁。

その壁を、俺は、超えた。

 

――20分10秒。

たった10秒。されど、10秒。

それは、俺がスキルポイントという近道に頼らず、自分自身の意志で、自分の限界をほんの少しだけ超えた証だった。

 

倒れ込み、荒い息を繰り返しながら、俺は、笑っていた。

千里の道も、一歩から。

師範。俺は今、確かに、自分だけの力で、その「一歩」を踏み出しましたよ。

その小さな一歩が、未来の俺を支える、巨大な礎になると信じて。

俺の、本当の修行が、また一つ、始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。