ZOIDS夢想戦記譚 ~Star Tracer~ 作:木霊@ZAC2125
ZAC2099年……40年以上に渡る平和な時代は終わりを告げ、ガイロス帝国軍とヘリック共和国軍は、かつての「大陸間戦争」の決着をつけるべく、西方大陸エウロペにて再び戦端を開いた。メルクリウス湖とその中央にそびえ立つ「エウロペの屋根」ことオリンポス山を巡って、ヘリック共和国軍とガイロス帝国軍の激しい攻防が繰り広げられる中、ヘリック共和国軍第403情報旅団は、オリンポス山にまつわる秘密を手に入れるため、最前線で密かに暗躍を続けていた。
決死の反抗作戦を展開する共和国軍に引導を渡すべく、ガイロス帝国軍突撃機動部隊が、航空隊の支援を受けて最前線を突破。「動く要塞」の異名を持つ重突撃戦用ゾイドEZ-004レッドホーンが、共和国軍勢力圏の奥深くまで切り込んでいく。今ここで共和国軍前線が崩壊すれば、オリンポス山は帝国の手に落ちてしまう。それだけは、何としても阻止しなければならない。今、第403情報旅団が送り込んだ紺碧のシールドライガーが、その進撃を阻止すべく立ち塞がった……。
『ワシもついぞ、故郷には帰れなんだ。まぁ、ここいらでの暮らしは気に入っとるし、ワシらは村単位で避難が出来ただけマシだった。後から難民キャンプに来た連中は、皆ひどい顔をしとったからの……。』
【ー西方大陸戦争証言録第三集収録:「年老いた狩人の末期」より一部抜粋ー】
【ZAC2099年 9月上旬 西方大陸北エウロペ大陸 メルクリウス湖北東部】
フィル・アルハゼン少年とソネット・ウィンタース少尉が出会ったその翌日。
二人はフィルの故郷・エフケ村があるメルクリウス湖北東部から共和国勢力圏内を東に移動し、タミノールという村を訪れていた。
エフケ村とも親交があり、フィルも父の隊商に同行して、何度か訪れた事のある村だった。
到着後、村長の自宅に呼ばれたフィルは、故郷で起きた出来事の顛末を語る。
「そうか……エフケはもう……。大変だったな。」
「はい……。」
時折涙ぐみながら言葉を紡ぐフィルの話を、村長は神妙な面持ちで聞いていたが、話が終わると優しい顔でそう告げた。
「辛かった事だろう。この村も、君の父上には色々と世話になった。出来る事なら我々も、君の世話やご家族の捜索を手伝いたいところだが……。」
村長は、窓の外を一瞥する。そこから見える村の広場では、村人達が何か慌ただしく行き来していた。
村に入った時からそんな様子だったので、フィルもおおよそ察しはついている。
事が事なだけに、ここまで口にするのは憚られたが、フィルはついに、意を決して尋ねた。
「……皆、この村を出るのですか。」
しばしの沈黙の後、村長は深く、静かに頷く。
「元々、女子供や年寄りを優先的に避難させようとは思っていたが、湖岸の村落に戦火が及んだとなれば、いよいよこの辺りも時間の問題だろう。戦争の事はよくわからんが、共和国軍の前線も、長くは持たんという話だからな。」
「この村を出て、どこへ?」
「いくつかのグループに分かれる事になる。南へ向かい海沿いの町を目指す者、ヘスペリデス方面に逃れる者……それに、君をここまで連れて来た少尉が手配してくれた、ロブ平野行きの便に乗る者と、だ。」
ロブ平野は、ここから遥か東。この北エウロペ大陸の最東端で、現在はヘリック共和国軍が、この戦争における本拠地を構えている。
距離は遠いが、共和国軍の支援下で移動できるなら、確かに負担は少ないかもしれない。
しかし、このメルクリウス湖近郊とロブ平野とでは、気象条件や環境がまるで異なる。
故郷を捨て、そこでの生活に順応できるかという不安は、とても拭いきれる物でもないはずだ。
「……あそこまで行けば、本当に安全なのでしょうか。」
「そういえば、君もロブ平野行きだったか。」
「はい。父の友人が共和国軍にいるらしく、その人を頼る事になりそうです。」
そう、あれからフィルはこの村に辿り着くまでの間、自分の今後の身の振りについて、ソネットと話し合っていた。
フィルとしてはこの地域に残り、はぐれた家族の捜索を望んでいたが、それはあまりにも危険が伴う。
結局、一度共和国軍ロブ基地に向かい、そこで、フィルの父親の友人だというソネットの上官に、今後について相談する事で決着した。
「顔の広い男だったな、君の父上は。共和国軍にまで縁があるとは知らなかったが……。」
「僕もです。けれど、その縁のおかげで、僕は今もこうして生きてる。父には……感謝してもしきれない……。」
フィルは自らの掌に視線を落とす。その両掌には、包帯がぎっちりと巻かれていた。
あの夜、父を助けるため、延焼した瓦礫を持ち上げようとして出来た、火傷の跡だ。
ソネットによる応急処置の後、この村の医師にも診てもらって、ひとまず適切な処置は受けた。
それでも、まだ滲むような痛みがずっと残っている。完治には、しばらく時間がかかりそうだった。
父を助けることが出来なかった悔しさと、それでも自分が、今こうして生きているという実感。
痛みから来る感情は相反し複雑だったが、少なくとも、命を拾った事だけは、前向きに捉えようと決めていた。
「……月並みだが、きっとお父上も見守っておられる事だろう。君のこれからに、幸多からん事を祈る。オリンポスの神々の加護を。」
「はい……ありがとうございます。この村の皆さんにも、神々の加護を。」
村長の家を後にしたフィルは、通りを抜けて村の外れへ向かう。
しばらく歩くと、牧歌的な村の景色にはそぐわない、巨大で無骨な機獣の背中が見えて来た。
近付くにつれ、ヘリック共和国軍戦闘機械獣・シールドライガーの全貌が見えて来る。
あの日、フィルの窮地を救った紺碧の獅子。
この村に辿り着くまではほとんどコクピットにいたので、こうして陽の光の下で、じっくりと外観を見るのは初めてだった。
重厚な外装と、その隙間から覗く複雑な機構は、この獅子が、確かに機械の身体を持つ事実を、如実に示している。
しかし同時に、近付けば近づくほど、その圧倒的な生命感を感じる。
聴こえるのは、唸り声か、それとも呼吸の音か。それに合わせて、機体フレームの一部は、まるで脈動しているかのように、微細に動いている。
フィルは、機械と生命の入り混じったその威容を間近に見ながら、ぼんやりと頭の片隅で考える。
――僕もこんなゾイドを操ることができたら、父さんや皆を助けることが出来たのかな。あの人みたいに……。
やがてシールドライガーの足元まで来ると、彼女はそこにいた。
ソネット・ウィンタース少尉。紺碧の獅子を操る、綺羅星の瞳の乙女。
そんな彼女は今、戦闘ゾイドを珍しがって集まって来た、村の子供たちに囲まれていた。
ゾイドについての質問に受け答えしながら、じゃれついてくる子の相手もしている。その様子は、まるで学校の教師のようだ。
――本当に、あんな風に戦っていた人と、同一人物なんだろうか。
フィルの脳裏に蘇るのは、自身に襲い掛かって来た帝国軍ゾイド・イグアンを一蹴し、薄明の空に吠える、シールドライガーの雄姿。
そしてコクピットのキャノピー越しに見た、後続のイグアン達が次々と薙ぎ倒されていく様子。
戦っている時の彼女の顔は見た事が無いが、少なくとも、今目の前で子供たちとじゃれている様子とは、きっと随分かけ離れているはずだ。
濃紺の髪が踊り、陽の光に美しく煌めいている。
子供の相手は不慣れなのか、困り顔になってはいたが、その目は優しく子供たちを見つめている。
少し距離を置いて、その様子を眺めていると、ソネットがフィルの視線に気付いた。
「……あ、少年。」
困り顔だったソネットの顔が少し綻んだ。その視線は、昨日見た、意志の強さを感じる瞳とは程遠い、助けを求めるような眼差しだ。
つくづく昨日の彼女と同一人物か疑わしく思いながらも、声をかける。
「えっと……随分、懐かれてますね。」
「何故かわからないけど、子供に好かれやすくて……あ、こら、そこは登っちゃダメだったら……!」
言いながら、シールドライガーによじ登ろうとしている男児を引き剝がしている。
困り顔だとは思っていたが、どうやら本当に困っているようだったので、フィルは手を叩いて子供たちの視線を集めた。
「ほら皆、お姉さんもこれからお仕事があるから、もう邪魔しちゃダメだよ。みんな、お家に帰りな。」
子供たちは、急に現れて楽しい時間に水を差すフィルに対し口々に文句を言うが、続けてソネットも、何人かの頭を撫でながら答える。
「ごめんね、本当に行かなきゃなんだ。また会えたら、その時に遊ぼう。」
すると子供たちは、渋々納得したと言った様子で、村の方へと帰って行った。
家路につきながら何度も振り返り、手を振ってくる子供たち。ソネットも、その度に手を振り返して、子供らの姿が見えなくなるまで見送っていた。
「ありがとう、少年。助かった。」
「いえ、大した事は……。それに、もう行かなきゃいけないのは本当でしょう?」
「ん……そうだね。そろそろ、次の任務に出かけなくちゃ。」
そう言ってソネットは、西の方角を見る。視線の先には、雄大なオリンポス山がそびえ立っている。
現在も帝国と共和国がしのぎを削って奪い合っている、北エウロペ大陸最高峰。麓にはメルクリウス湖があって、その湖岸には、フィルの故郷もあった。
ソネットは次の任務のため、また西に向かわねばならないと言う。
「ごめんなさい。ああは言ったけれど、私も君のご家族を探すのは、自分の任務をこなしながらになる。」
「……いえ。探してもらえるなら、それだけで……。」
言いながら、「大人みたいな嘘をついてしまったな」と、フィルは胸中で思っていた。
フィルにとっては、大切な家族の捜索だ。それが他の事のついでで良いはずがない。それならば、やはりこの地域に残り、独力でも家族を探したいのが本音だ。
だが、これ以上自分の我儘で、ソネットやこの村の人々に、迷惑をかけるわけにもいかない。
本心で納得できるほど大人でもなく、しかし、我儘を貫き通せるほど子供でもない。
フィル・アルハゼンは、そういう気質の少年で、またそういう年頃であった。
その割り切れない若さは、言葉では隠せても、表情に出ていたらしい。
「……少年。」
ふと、ソネットが歩み寄って来たかと思うと、そっと顔を寄せて来た。金色の双眸が、じっとフィルを見つめている。
フィルはわけもわからないまま、バクバクと跳ね上がる心臓の音と、真っ赤になった顔をどう隠そうか、必死に逡巡していると。
「もう一度、ここに約束する。君の家族は、私が必ず見つけ出す。だから君は、ロブ平野で吉報を待っていてほしい。」
「っ……だけど……。」
「ご家族が心配なのはわかる。けどこれ以上、君を危険に巻き込むわけにはいかない。それも、私達の仕事で……責任だから。」
先程とは打って変わり、出会った時と同じように、綺羅星の瞳で、真っ直ぐにフィルを見据えて告げる。
ソネット・ウィンタース少尉は、おそらくフィルの姉と変わらぬ年頃だ。それは、先程の子供たちとの触れ合う様子からもわかる。
だが、戦いの時や、今のようにその意志をハッキリと示す時には、どこか人一倍、大人びた雰囲気を身に纏う。
「彼女を頼りにして良いのだ」と思わせる、不思議な説得力があった。
しかし、だからこそ、まだ若いフィルには、かえってもどかしかった。自分が如何に子供で無力なのか、否が応にも思い知らされるのだから。
ソネットの瞳は、そんな事まで見透かしたのだろうか。フィルの肩に手を置いて続ける。
「君には、お父上から託された大切な仕事が残っている。そのためには、何より、君が生き残らないと。」
「それは……。」
彼女の言う事にも一理ある。フィルは、父に家族を守る事を託されたのだ。その家族と再会する前に、自ら危険に身を晒すのは、本末転倒だ。
最後にソネットは、言葉に詰まるフィルの耳元まで顔を寄せると、たった一言囁いた。
「任せて。」
そう告げてから、ソネットは一歩下がって、またフィルに向き直る。
その間合いと、そよ風のように吹き抜けた囁き声に、フィルの鼓動はうるさいくらいに跳ね響いて、もはや言葉を考えて紡ぐ余裕も無い。
ただ立ち尽くすしか出来ずにいると、ソネットは背後に佇んでいたシールドライガーの方を振り向く。
まるでその時を待っていたかのように、シールドライガーが首を垂れて、キャノピーを開いた。
「時間だ、もう行くね。」
「っ……あの!!」
「私も出来る限り、ロブ基地に帰るようにする。状況は、逐一伝えるよ。少年……また会おう。」
そう言いながらシールドライガーに乗り込んだソネットの姿が、閉じていく琥珀色のキャノピーの向こうに消える。
キャノピーが閉じ切ると同時に、紺碧の獅子は身を起こし、西へ向かって歩み始めた。
フィルは、その背をただ黙って見送った。見送るしかなかった。
ただ、絡み合う不安と憧憬が口を突いて出ただけの一声に続く言葉など、思い浮かんでもいなかったのだから。
ソネットの次の任務は、味方の高速ゾイド部隊と共に、前線のガイロス帝国軍陣地に奇襲攻撃をかけるという物だった。
現在も展開中の共和国軍反抗作戦は、大雑把に言えば、オリンポス山に制圧部隊として侵入した高速戦闘大隊を、全軍で支援するというような内容だ。
メルクリウス湖周辺は、この東側地域を除き、ほとんどが帝国軍の手に落ちた。既にオリンポス山にも、湖の西側から帝国軍部隊が上陸している。
こうなった以上、共和国軍がオリンポス山を手中に収めるには、帝国軍部隊より先に、高速大隊に山頂を確保してもらう他無い。
だが帝国軍もまた、侵入した共和国部隊を放っておくはずがない。登頂ルートには、既に帝国軍パトロール部隊が多数展開している事も確認されていた。
もはや共和国軍に出来る事は、せめて帝国軍がこれ以上、オリンポス山に兵力を送り込まないよう、帝国軍前線に圧力をかけ続ける事だけであった。
そこで共和国軍は、制圧部隊と同様に、シールドライガーとその随伴機・コマンドウルフで構成された高速戦闘部隊による、敵陣地の奇襲攻撃を敢行。
この編成の部隊が前線に現れれば、帝国軍はオリンポス山制圧部隊の第二波・第三波の可能性を無視出来ず、警戒せざるを得なくなる。
つまり、機甲師団での強襲や、重砲隊での火力支援以上に、効果的に帝国軍の注意を引き付ける事が出来るのだ。
このため共和国軍は、メルクリウス湖周辺の戦域に、ありったけの高速戦闘ゾイドを集中投入する事になる。
ソネットのシールドライガーも、その例外ではない。
本来、ソネットの所属する第403情報旅団は、通常戦闘を目的としていない情報部隊だ。
強力な高速戦闘ゾイドであるシールドライガーが配備されているのも、広大なエウロペ大陸各地での情報収集や、高速連絡に活用するため。
だが、今はまだ公にされていないが、オリンポス山頂――特に、そこにある古代遺跡は、共和国軍情報部にとっても、極めて重要な意味を持っていた。
『オリンポス山頂遺跡を共和国軍が手に入れるためであれば、403情報旅団は、前線部隊からの如何なる協力要請も惜しまない。』
ロブ基地を出撃する前、旅団長は各員にそのように伝えていた。
例えそれが、本来の領分ではない、最前線での戦闘任務であったとしても。
斯くして、タミノール村を出てからおよそ半日。ソネットはシールドライガーをひたすら西に走らせる。
この先で味方の高速ゾイド部隊と合流し、その後、帝国軍陣地に奇襲攻撃をかける予定だ。
――上手にお別れできただろうか?
孤独な旅路の中、ふとソネットは、そんな事を考えていた。
今朝、あの村に着くまで、自分の腕の中にすっぽりと納まっていた少年がいなくなった事に、微かな物寂しさを感じる。
共に過ごした時間は、僅かに一日。
多少言葉は交わしたが、ただでさえ口下手な彼女が、疲弊と傷心に打ちのめされた少年にかけてやれる言葉のレパートリーは、そう多くは無かった。
それでも、“家族を見つけ出す”という、果たせる保証も無い約束を、わざわざ自ら念押ししたのは、その姿に、いつかの自分を重ねたからだった。
――突然家族と離れ離れになる辛さは、わかる。私にも、痛いほど……。
ソネット・ウィンタースには、この戦争の中で、果たすべき目的があった。
共和国軍兵士としての任務とも、フィル少年との約束とも異なる、彼女個人としての目的。
強い意志を秘めた金色の双眸が、キャノピーの向こうの景色を睨む。西の地平線、その彼方に望む、オリンポス山を。
――まるで全ての運命が、あの山の頂に集約しているみたい。オリンポス山頂遺跡……あそこに眠っている物に、本当にそれほどの力が?
「……いいえ。たとえ何が眠っているのだとしても、この際、全部見つけてやる。あの子の家族も……それから、私の――!」
誰に向けた物でもない、ソネットの静かな独り言は、しかし、凪いだ水面に落ちた小石が落ちた時のごとく、一人きりのコクピットに、静かに響いて、沈んでいった。
そんな静寂を、無線機のコール音が切り裂いた。
これから合流する予定の、共和国軍高速戦闘部隊からの通信だった。
『こちら“テンペストリーダー”。“アイリス”、応答せよ。』
「“アイリス”より“テンペストリーダー”。聞こえます、どうしました?」
第403情報旅団のパイロットに個別に与えられる、作戦行動中のコールサイン。“アイリス”は、戦場でのソネットの、もう一つの呼び名だった。
対する“テンペストリーダー”……高速戦闘部隊指揮官の声色に、ソネットはどこか、切迫した緊張感を覚える。
そもそも、作戦の情報漏洩を防ぐため、合流するまで長距離無線は使用しない手筈だった。今ここで通信が入るという事は、緊急の連絡だ。
『非常事態だ。こちらで帝国軍機甲部隊と鉢合わせになった。間も無く接敵する、当初の作戦は中止だ。』
「……!そちらの部隊は、まだ我が軍の勢力圏内にいるはずでは?敵機甲部隊が、前線を突破してきたのですか?」
『司令部に問い合わせたところ、爆撃で一時的に手薄になった防衛線を抜けた集団がいたらしい。近隣の戦域にいたゴジュラスがすぐにカバーに入って、後続は阻止したそうだが、追撃の余力もなく……そこに偶然我々が通りかかったというわけだ、お互い運が無いな。』
「なるほど……状況は理解しました。支援に向かいますか?」
『いや、敵主力大隊はこちらで押さえる。ただ、敵大隊から離脱した分隊が、南東に向かっている。君にはそちらの追撃を頼みたい。』
「更に隊が別れたのですか?何の目的で……。」
『部下に追跡させているが、動きからして恐らく、我が軍の補給経路の寸断が狙いだ。今、座標を送る。』
コンピュータが座標データを受信し、画面に表示されたマップ上に、いくつかの光点が明滅する。
この座標データによると、敵部隊は共和国陣地内にかなり深く切り込んで来ていた。
「既にこちらの後方陣地が二度も突破されている……このまま行くと、こちらの補給中継基地に到達しますね……。」
『周辺の他の中継基地は、既に敵の長距離ミサイル攻撃で機能不全に陥っている所も多い。ここを失陥すれば、メルクリウス北東部戦線は後退を免れないだろう。』
状況説明を受けながら、ソネットは静かに、タミノール村の事を心配していた。
もしこの中継基地が陥落すれば、タミノール村の避難を支援する予定の共和国軍輸送部隊も、活動が困難になる。
更に最悪のケースとして、中継基地失陥により共和国軍前線が後退すれば、避難が完了する前に、村が戦場になる可能性も考えられた。
そうなればタミノール村も、エフケをはじめとするメルクリウス湖岸地域の二の舞になってしまう可能性がある。
『しかも、当該基地は先日から、長距離通信設備が不調らしい。今もこちらからの呼びかけに応じない。』
「そんな……!」
『そこで君には、追跡に当てているコマンドウルフ部隊と合流後、先回りして、連中の侵攻を阻止してほしい。頼めるか?』
「……敵分隊の戦力は?」
『一個中隊規模の突撃機動部隊だ。急げよ、“動く要塞”もいる……後方の補給中継基地に、アレを止められる戦力は無い。』
「……了解。」
『苦しいが、頼んだぞ。では、此方も戦闘に突入する。生きていたら、またいずれ会おう。オーバー!!』
「ご武運を……っ!!」
ソネットが言い切る前に、音声は途切れた。
深く溜息をついて、走行中のシールドライガーに急ブレーキをかける。
踏み締めた大地から舞い上がる土煙の向こうには、オリンポス山が静かに佇んでいた。
先程よりも近付いたつもりが、今はまた、遠退いたように感じる。探し物に届きそうで届かない事が、ひどくもどかしい。
――落ち着こう。またいずれ、チャンスは来る。それより、今は……。
そう自分に言い聞かせながら、シールドライガーを反転させ、来た道を引き返す。
オリンポス山に後ろ髪を引かれる想いもあった。
だがそれ以上に、つい先ほど一緒に遊んだ村の子供たち、そして、フィル・アルハゼン少年の事が気掛かりだった。
「……無事でいて……!」
シールドライガーが加速する。平原に、疾風が吹き抜けた。
その頃、タミノール村。
ロブ平野に向かう共和国軍輸送部隊の到着まで手持ち無沙汰になったフィルは、村人達の避難準備の手伝いを買って出ていた。
南方の海沿いへ避難民を乗せていく民間の運び屋が、もうすぐ到着するとの事だったので、集合場所の広場に荷物を運んだり、待機列への誘導を急ぐ。
待機列への誘導中、列の中に、見覚えのある兄妹がいる事に気付く。今朝、ソネットのところへ遊びに来ていた子供らの中にいた二人だ。
兄の方はシールドライガーによじ登ろうとしていたやんちゃ者で、妹はその様子を黙って見ていた大人しい子。
フィルはそのように記憶していたが、ここではその時と印象がまるで逆だった。
「やだー!おうちに帰りたいー!!」
「ワガママ言うな!!ほら、置いてかれちゃうぞ!!」
駄々をこねている妹の手を、兄が一生懸命引っぱって連れて行こうとしている。
両親もその様子を近くで見ていたが、なんだか複雑そうな表情だ。
まだ幼いのに頼りになる兄が微笑ましい一方、しかし両親もまた、家に帰りたいという妹の我儘に、思うところがあるのだろう。
「帰りたい、か……。」
仮に、今フィルが同じ我儘を訴えたところで、それはもはや、文字通りの叶わぬ願いだ。
あの子達は、これから故郷であるこの村を去って、それからまた、自分達の家に戻ってくることが出来るだろうか?
――出来れば、そうあって欲しい。あの子達まで、僕と同じような目に遭う必要はない。
そんな事を考えていると、ふと視界の端に、大きな影が入り込んだ気がした。
何気なく振り向くと、3mあろうかという巨大な黒い影が、フィルのすぐ後ろに立っていた。
「うわぁぁぁぁ!?」
驚きのあまり、尻餅をついて転んでしまうフィル。影の方も、フィルの反応に逆に驚いたようで、二、三歩後ずさりしていた。
フィルの悲鳴を聞いて、そばにいた村の役人が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫かい坊や!?ちょっと爺さん、ゾイドは連れて行けないって言ったでしょう!!」
「馬鹿を言うな!!こいつがいないとワシは商売が出来ん!!」
「……ゾイド……?」
フィルは改めて、黒い影を見る。そこに居たのは、恐竜型のゾイドだった。
イグアンやシールドライガーよりもずっと小さい、馬や牛といった家畜に近い大きさだが、それは、れっきとした戦闘機械獣の一種だ。
オルニトレステル型ゾイド・バトルローバー。元々は四十年以上前に、中央大陸の戦争で生み出された、24ゾイドという小型戦闘ゾイド群の一種。
現在は、アタックゾイドというカテゴリに再編されて、引き続き共和国軍で運用されている他、かつての戦争の残存機やコピー機が、民間にも広く流通していた。
“戦闘機械獣”と一口に言っても、その全てが、必ずしも戦闘のみに使われているわけではない。
ゾイドは、古くから家畜として人間の生活を支えてきた存在で、それは戦闘機械獣もまた同様だ。
フィルの村でも似たようなゾイドが荷車を引いたり、農作業や漁の補助に活用されていた。
このバトルローバーを連れた老人のように、生活に欠かせないパートナーとして扱う者も、珍しくは無いの。
「とにかく、そのゾイドは置いてきなさい!」
「ワシはこいつと二十五年も一緒に仕事してきたんじゃ!!絶対に連れて行くぞ!!」
「ほら爺さん、もうグスタフが来た。あれに乗るか、それとも爺さんだけそのローバーと二人旅するか、今ここで決めてください。」
そんなやり取りをしていると、村の広場に昆虫型のゾイド・グスタフが入ってきた。牽引する荷台には、大きなコンテナを乗せている。
臆病で大人しく、戦いには向かないが、自分よりずっと重い荷物も牽引できるパワーと、強固な外殻を持ち、軍・民問わず重用されている輸送用ゾイドだ。
グスタフが広場に停車すると、キャノピーが開いて、運び屋が降りてくる。
「ご苦労様。予定より少し早いじゃないか、飛ばしてきたのか?」
「ああ、かっ飛ばしてきた!途中で帝国軍を見かけたんだ!見つかったら何されるかわかったモンじゃねぇから、大慌てだよ!!」
役人の軽口に対し、運び屋の男は神妙な面持ちで答えた。彼の話に、村の役人達や、待機列に並んでいた村人達もざわつき、表情が凍る。
「帝国軍だと?質の悪い冗談はよせ、ここは共和国の勢力圏内だ。なんで帝国軍がいる?」
「知らねぇよ!!でも確かに見たんだ、南東にモルガとレッドホーンが、群れで向かっているのを!!」
「南東?それって、共和国軍の補給基地がある方角じゃないか?大丈夫かよ……?」
「それより、近くにいたのは本当に、その部隊だけなのか?もしかして、共和国軍の前線が、崩されたんじゃ……。」
運び屋の一言から、憶測が憶測を呼び、人々がざわめき立つ。
一連の話を聞いて、フィルもまた顔が青ざめていた。
もし本当に、共和国軍前線が崩壊して、帝国軍が押し寄せているのだとしたら、もはやタミノール村の避難は間に合わない。
それでも、この村が戦場になるとは限らないし、帝国軍が進駐してきたとしても、彼らが、民間人に対し厳しく接すると決まったわけでもない。
村人達も焦りはすれど、パニックに至っていないのは、そうした帝国軍に対する楽観が多少あるからだろう。
以前ならフィルも、そう思っていただろう。つい一昨日までなら。だが、その楽観が如何に甘かったか、今は骨身に染みている。
「お兄ちゃん、皆どうしたの?」
「大丈夫だよ、なんでもない!もし何があっても、オレが守ってやるからな!!」
大人達のざわめきに交じって、幼い声のやり取りが、フィルの耳に届いた。さっきの兄妹だ。
面持ちが変わった大人達の様子に怯える妹の手を、兄がしっかり握って、落ち着かせようとしている。
フィルは思い出す。この兄妹が、村の子供たちが、シールドライガーの足元で笑顔を浮かべて楽しそうに遊んでいた様子を。
子供たちに囲まれながら困り顔をしていた、ソネット・ウィンタース少尉のことを。
そして、未だ行方のわからない、自分の家族――いつだって頼りになる兄や姉、まだ幼く遊び盛りの弟や妹……大切なきょうだいのことを。
村が戦場になるのは、本当に最悪を想定だとしても、仮にタミノール村から避難できないまま、この地域が帝国に占領されてしまったら?
そうなればフィルは、もう二度とソネット・ウィンタース少尉に会えないかもしれない。
ロブ基地にいる“父の友人”とも、会って話をしてみたいが、それも叶わなくなる。
だが、それ以上に今は、“最悪の想定”だけは回避しなければなからなかった。
――この子達に、僕と同じ想いをさせるわけにはいかない……!!
「僕、行って様子を見てきます!!その共和国基地!!」
フィルは、広場中に響き渡る声で叫んだ。それを聞いた役人の一人が、驚いて詰め寄ってくる。
「は……!?待ちなさい、話を聞いてなかったのか?危険だぞ!!」
「もし本当に基地が標的にされてるなら、伝えなきゃ!!気付いてないかもしれない!!ロブ平野に向かう輸送部隊も、そこを行き来するんでしょ!?」
「それは……。」
「この子の言う通りだ、場合によっては避難計画を変更しなくては。しかし、子供にそんな危険な事をさせるわけには……。」
「第一、行くとしてもどうやって!!ここから東の共和国基地までは、200km以上あるんだぞ!!」
村の役人達がやや喧嘩腰になりながら議論する中、フィルは、先程自分に尻餅をつかせたゾイドと、その主人である老人の方を振り向いた。
「ん……?な、何じゃ?」
「お願いがあります……!!」
偵察や陽動を目的に開発されたバトルローバーのスペック上の最高速度は、時速230km。シールドライガーにも迫るスピードだ。
だが猟師を営む老人が、四半世紀にも渡って狩りの足としていた機体は、山林地帯向けのチューンが施され、その上で、年期と整備不良によりガタが来ている。
どれだけスロットルを絞っても、時速150kmが関の山。しかし、それだけスピードが出れば十分だ。
斯くしてフィル・アルハゼン少年を乗せたバトルローバーは、全身を軋ませながら、東へ向かって疾走する。
心配性の母から“ゾイドはまだ早い”と言われ、村の作業用ゾイドにも乗せてもらえなかったフィルにとって、これが人生初のゾイド操縦であった。
だが、地理と天文を学び、父の隊商にも同行した経験のあるフィルは、この北エウロペ南部の土地勘に絶対の自信を持っている。
運び屋から詳しい話を聞いて、帝国軍部隊の規模とスピードはある程度予測がついた。
それなりの機動力がある部隊のようだが、巡航速度で言えば、おそらくこのバトルローバーの方がずっと速い。
加えてフィルは、タミノール村から共和国軍補給中継基地までの道中で、ショートカットコースを一つ知っていた。
この先にある、廃墟化した城塞都市。未だ外周は巨大な塀に覆われ、都市の規模も大きいが、中は入り組んでいる上に老朽化で崩落の危険が高く、実際に東西南北の正門は全て壊れていて通れない。
そのため人が滅多に近寄らず、旅人達もここを迂回して通るが、周辺地域も雑木林や岩山など険しい地形が多いため、一帯が難所として有名な地域になっている。
だが実は、城壁に人や小型ゾイド程度なら通過可能な抜け穴がいくつかあり、そこから入れば、対面の正門まで直通の大通りに出られる。
実際に中に入った事は無いが、以前隊商で近くを通りかかった時、父が抜け穴の詳細な位置を教えてくれたのを、フィルはよく覚えていた。
この最短コースを抜ければ、帝国軍部隊を追い越し、中継基地に辿り着く事が出来るはずだ。
そして今それが出来るのは、城塞都市のショートカットを熟知している、フィルだけだった。
フィルは先を急ぎながらも、初めてゾイドを操縦しているという感覚に、少し気持ちが浮ついている事を自覚していた。
シールドライガーと比べると遥かに小さく、戦闘能力も皆無と言っていい、民間仕様のバトルローバー。
だが操縦桿を握り、そのスピードも向かう先も、自らの思い通りにできるという事に、何とも喩え難い全能感を覚えてしまう。
吹き飛んでいく景色が、風を肌で切る感覚が、爽快で気持ちがいい。
とはいえ、その楽しさを堪能するのは後回しだ。一刻も早く、共和国軍基地に辿り着いて、状況を確認しなくてはならない。
もう少しで、城塞都市が見えてくる。そこを抜けたなら、基地まであっという間だ。
到着したら、まずは基地の共和国軍が、帝国軍の接近を知っているかどうか確認する。
もし気付いていないなら、運び屋が目撃した地点を知らせ、対処してもらう。
そして万が一、既に基地が帝国軍の襲撃を受けていたなら、急いで村に引き返して、状況を知らせる。
以上が、フィルがタミノール村の人々に約束した、この偵察の概要だ。
「出来れば、基地は無事でいてほしいけど……!」
祈るような気持ちでバトルローバーを走らせている、そんな時だった。
ふとなんとなく、視界の端に違和感を覚えて、北西の方角を振り向く。
地平線の向こう、風で舞い上がる土煙の彼方を、フィルはじっと凝視する。その奥に、一際激しく土煙が昇っている個所が見えた。
砂嵐や竜巻ではない。煙の立ち方は、車列や獣の群れが通る際のそれに近いが、だとしたら規模が大きすぎる。
嫌な予感がフィルの脳裏を過った。出来るだけ目立たないよう、バトルローバーの速度を少し落として、こちらの土煙を抑えようと試みる。
だが、フィルの対応は少し遅かったらしい。しばらく土煙の様子を伺っていると、次第にこちらに近付いてきているようだった。
やがて、その姿がハッキリと見えて来る。姿勢の低い、昆虫型のゾイド。
頭部には、飛竜十字の紋章――今のフィルが、見間違うはずもない。ガイロス帝国軍の紋章だ。
「やっぱり、帝国軍だ……!!」
フィルは再び、バトルローバーのスロットルを全開にする。
脚部から響く駆動音は、とても正常な状態とは思えないほどに甲高い。
計器類の見方は簡単にしか教わらなかったが、メーター類のほとんどが、目いっぱいの位置まで振り切れている。
それでも距離が開くどころか、どんどん縮まってきて――そしてついに昆虫型ゾイドが、頭部の火器を発砲してきた。
「うわっ……!?」
初弾は運良く外れて、フィルの頭上の彼方へ飛んで行った。だが、次はきっと照準を正確に合わせて撃って来るだろう。
フィルは操縦桿を思いっきり右側に倒して、射線から逃れる。数瞬遅れて、バトルローバーの通って来た後に、弾丸の雨が降り注いだ。
「モルガがあんな武器を持ってるのか!!」
ガイロス帝国軍昆虫型戦闘機械獣 EZ-006 モルガ。
最初期に開発された戦闘ゾイドのひとつで、現在は民間でも輸送や採掘作業などの用途で普及しているが、本来は突撃戦用に開発された戦闘機械獣だ。
同クラスのゾイドの二倍とも言われる厚さの、頑強な頭部装甲で攻撃を弾き、二連装ガトリング砲による機銃掃射で敵陣を薙ぎ払いながら突進する。
本来は集団戦法で真価を発揮する武装だが、生身の人間やアタックゾイドからすれば、少数でも恐ろしい火力を持つ兵器だ。
「逃げろ、逃げろ!!当たったら蜂の巣だ!!」
スピードは相変わらず思ったように伸びないバトルローバーだったが、動きは非常に敏捷だ。
フィルが操縦桿を倒した方向に素直に反応して、モルガの射撃を避け続ける。
モルガのガトリング砲も射角があまり広くないのか、バトルローバーのステップに対応が出来ずにいる。
そうしているうちに、城塞都市が見えて来た。
「もう少し……!頑張れ……!!」
しかしモルガの数は多く、またスピードも速い。距離はますます縮まっていき、降り注ぐ弾丸は増える一方だ。
すぐ真横を弾丸が掠める。バトルローバーが一瞬体勢を崩すが、フィルは咄嗟に自分の体を操縦桿ごと傾け、無理矢理重心を反対側に寄せて、体勢を立て直す。
掌の火傷がジンジンと痛むが、もはや構っている余裕が無かった。
「西門のところは……崩れた大石柱の間……あそこだ、行けぇぇぇぇっ!!」
そのまま真っ直ぐ、かつて父に教わった侵入経路に向かって、一直線に突き進む。
後方からは機銃の砲声の他に、甲高いブレーキ音。モルガ達は、このまま行くと城壁や瓦礫に激突すると思い、スピードを落としたようだ。
そしてバトルローバーは、石柱の隙間に飛び込む。
瓦礫が折り重なった真っ暗な隙間を突き抜けると、そこには、朽ち果てた廃墟都市が待っていた。
フィルは一度振り返り、後方からの追手が無いかを確認する。
しばらく砲声が鳴り響いていたが、やがて止まり、それから、嘘のように静かになった。
モルガほどの大きさのゾイドでは、普通には通れないだろう。
瓦礫は何重にも積み重なっているので、安全に掘り起こすには苦労するはずだし、外壁も古いとはいえ頑丈に造られている。
「……しばらくは大丈夫そうだね。」
そうして、また正面に向き直る。そこには、廃墟化した町並みと、東の正門まで続く長い大通り。
フィルが教わったところによると、かつてここは、この地域では最も強い軍事力を持つ都市国家であった。
しかし四十年前、惑星Zi全域を襲った“大異変(グランドカタストロフ)”の影響による資源不足で財政が立ち行かなくなり、最後には住人も離れていったのだという。
崩れた建物が点在し、道路も荒れ果てていたが、それでも都市としての面影は色濃く残っている。
「凄い、まるで時が止まってるみたい……。」
ほんのひと時、バトルローバーを立ち止まらせて廃墟に想いを馳せる。
だがしばらくそうしていると、バトルローバーが一声、まるで先を急かすかのように甲高く鳴いた。
それでフィルは、今は一刻の猶予もない事、そして同時に、ゾイドが生き物であることを思い出す。
――僕が急いでいた事、わかるのか?
ゾイド操縦は、ただの機械操作ではない。
ゾイドとパイロットを精神リンクさせる機能は、戦闘ゾイド開発が始まったごく初期から既に備わっており、機体を自分の体の一部のように操る事ができるのだ。
まるでゾイドの手足が一体化し、胸の奥に脳と心臓がもうひとつ出来たかのような感覚。
それは、生物としてのゾイドもまたパイロットと繋がり、その意志を感じている事実を示す。
精神リンク機能自体は、互いの意識や精神に強く影響を及ぼすような、強烈なフィードバックを起こすような代物ではない。
その一方で、ゾイド自身の性格や知能はその種や個体によっても大きく異なり、中には強い自我を有するために、乗り手を極端に選ぶゾイドも存在する。
故に、ゾイドのパイロット――“ゾイド乗り”達は、より卓越した操縦者になるほど、同じ文句を口にするようになる。
『ゾイドは心で動かすのだ』――と。
ゾイドの話が好きだった兄達が、そんな事を言っていたのを思い出しながら、フィルはバトルローバーに応えた。
「……そうだね、行こう。先回りされるといけないし……!!」
操縦桿を深く握り直し、大通りを真っ直ぐ進もうとした――その時だった。
突如、劈くような轟音が、廃墟都市の静寂を破った。
何事かと思って振り返ると、すぐそばの城壁の一部が、ガラガラと音を立てて崩れていくではないか。
更にその位置を中心に、今度は建物が次々と崩落し始める。
――何かわからないけど、ヤバい。
イグアンに襲われた時と同じだ。フィルの本能が、直感的にそう告げる。バトルローバーも、後退りしながら土煙へ向かって唸っている。
恐らく、モルガではない。モルガの突撃は確かに強力だし、高火力の砲塔を装備したタイプも存在するかもしれない。
だがそれにしても、破壊の規模が大き過ぎる。これはもっと巨大で、力の強いゾイドでなければ成し得ない芸当だ。
それこそ、あのシールドライガーと同等、或いは、もっと重量級のゾイド――。
やがて“それ”は、フィルのすぐ目の前に現れた。
そばに建っていた、朽ち果てた館が粉々に吹き飛び、その奥から、重厚たる深紅の衝角が、悠然と歩んできたのだ。
一帯を支配する轟音と振動が物語る。たとえこの城塞都市が、在りし日の万全な状態であったとしても、この進撃を止めることは出来なかっただろう。
それは、帝国を覇道へと導く“動く要塞”。
ガイロス帝国軍スティラコサウルス型戦闘機械獣――EZ-004 レッドホーンである。
「に…………逃げろっ!!」
フィルは、一目散にその場から走り去る。目指すは、この大通りの向こうにある、もう東側の正門。
だがレッドホーンはすぐにフィルの乗るバトルローバーを捉え、後を追ってくる。
重量級の見た目の割に軽快に走るが、それでも高速ゾイドのシールドライガーや、小型ゾイドのモルガと比べると、加速力は鈍い。
ただし、問題はその火力と圧力だ。モルガよりも遥かに重武装のレッドホーンが、火砲をバトルローバーに向けて迫ってくるのだ。
フィルも兵器に関する知識は無いが、一目見て、シールドライガーのそれよりも明らかに大きく多彩な火器を持っているのが解る。
――あれに当たったら死ぬ……!!
フィルは周囲を見回して逃走ルートを思案する。
少なくとも、この大通りは危険だ。あまりに見通しが良すぎる。
路地裏に逃げ込んで目を晦まそうかとも思ったが、相手は城壁を突き破ってくるようなゾイドだ。
下手をすれば建物ごと吹き飛ばされてしまうかもしれない。こちらからもレッドホーンの位置が見えなくなるのも、かえって危険だとも思った。
――それなら、いっそ……!!
フィルは、バトルローバーの操縦桿を思いっきり横に倒して脇道の方へ逸れると、背の低い建物に近付いて、足元のペダルを思いっきり踏みつける。
その操作に従い、バトルローバーが跳躍。建物の上に飛び乗った。
「よし、今のでこれくらい飛べるなら……っ!!」
安堵したのも束の間、先程までバトルローバーが走っていた地面が、爆音と共に吹き飛んだ。
モルガの機銃掃射で土が多少抉れていたのとはわけが違う。着弾地点の地形が、根こそぎ変わってしまっていた。
「あと一秒遅かったら、粉々になってた……。」
その破壊力に背筋が凍てつく感覚を無視し、バトルローバーを跳躍させる。足場になりそうな建物を次々飛び移り、ついに四階建てビルの屋上に出た。
そこから都市全体を見渡し、背後のレッドホーンの様子も確認しながらルートを考えて、屋上から屋上へと飛び移っていく。
レッドホーンが放ってくる砲弾を、時に左右に、時に上下に、建物同士の間隔や高低差も活かして避けながら、門の方角を目指した。
見晴らしの良い大通りを走るのも、入り組んだ路地を闇雲に逃げるのもリスクが高いなら、こうして建物の上を足場にして、伝って移動すればいい。
足場を破壊されるリスクもあるが、こちらからもレッドホーンの位置や挙動を確認しやすく、かつ大通りより、逃げ方にレパートリーを持たせられる。
また、フィル自身はそこまで意識していなかったが、突撃のため重心を低い位置に持つレッドホーンにとって、建物の上は死角になりやすい位置だった。
「これなら行ける……!!」
バトルローバーの反応も非常に素直だった。山林地帯向けにチューンされた機体は、我武者羅にひた走る事よりも、高所を上り下りしたり、飛び跳ねる事に特化していたのだ。
そうして、目標の門が近付いてくる。
――もう少し!!
フィルがそう思って、最後にもう一度レッドホーンの様子を確認しようと振り向く――そして、フィルの顔は蒼ざめた。
レッドホーンが物凄い勢いで突進し、廃墟群を蹴散らしながら突っ込んでくるのが見えたのだ。いよいよ痺れを切らし、足場を全て粉砕しようという魂胆らしい。
次々と砕け崩落していく建物から出た粉塵を身に纏ったレッドホーンの姿は、まるで砂嵐の化身のようだった。
押し寄せる地響きのような破砕音を伴う足音が、フィルのすぐ後ろに迫る。
「嘘だろ……っ!!」
慌てて正面に向き直り、回避できるコースを探す。
だが、ただでさえ脆くなっている建物は、レッドホーンの進路上を中心にドミノ倒しの要領で広範囲に崩落していった。
安全なコースどころか、このままでは完全に足場を喪失してしまう。
一度地面に降りる事も考えたが、安全な着地が可能な場所が周辺に見当たらない。今から飛び降りられるのは、狭く障害物の多い路地ばかりだ。
――どうする!?どうすれば――――!!
考えつかないうちに、砂嵐の化身はついに、バトルローバーの真後ろまで到達する。
フィルは最後にバトルローバーを思いっきり跳躍させたが、直後、さっきまで立っていた五階建てビルは、周辺の建物ごと粉々に吹き飛んでしまった。
土煙が激しく舞い上がり、衝撃による風圧が、瓦礫と共にバトルローバーを吹き飛ばしてしまう。
操縦席から放り出され、フィルの身体は、高く高く、宙を舞う。
城塞都市全域を見渡せるほどの高さ。このまま地面に打ち付けられたら、今度こそ助からないだろう。
そんな空の上を錐揉みしながら、フィルは、三つの物を目撃した。
ひとつは、フィルより少し低いところで、同じく宙を舞っているバトルローバー。
ひとつは、砂嵐の奥から顔を覗かせて、真下からフィルを睨み上げるレッドホーン。
そしてもうひとつ――北側の城壁を飛び越えて来た、夜色の影。
「え…………!?」
夜色の影――廃墟都市に舞い込んだ、疾風は、瞬きもしないうちにすぐそこまで到達し、レッドホーンを体当たりで突き飛ばす。
仰け反るレッドホーンに代わり、フィルの真下に来たのは――紺碧の獅子。
「――――少年っ!!」
呆気に取られているフィルを呼ぶ声。
気付けば重力に身を任せ、地面に向けて落下していく中、フィルは無意識に声のする方に手を伸ばして――。
固い地面に叩きつけられる事を、心のどこかで覚悟していたフィルであったが、どうやらその身は、柔らかい何者かに抱き止められていた。
何が起こったのかわからないまま、フィルはおそるおそる、ぎゅっと瞑った目を開ける。
フィルの顔を、金色の瞳が――――ソネット・ウィンタースの、綺羅星の双眸が覗き込んでいた。
「また会ったね、少年。無事でよかった。」
「ソネット少尉……!?」
ソネットは内心、フィルが驚くのも無理はないと思っていたし、自分自身も驚いていた。
補給中継基地を目指して、全速力でシールドライガーを走らせていたソネットだったが、その道中で帝国軍部隊を捕捉。
レッドホーンの開けた城壁の穴から都市に侵入していくモルガを発見、その向かう先を先回りして確認するため、北門側へ迂回し、飛び越えてきたのだ。
ところが、シールドライガーで城壁を飛び越えたところ、都市を破壊しながら突き進むレッドホーンと、今正に宙を舞い始めたバトルローバーを発見。
全速力で駆け付け、放り出されていたパイロットを、なんとか助けたというワケだ。
――それがまさか、この子だなんて。
タミノール村での出来事を知らないソネットからすれば、フィルがこんなところで帝国軍に追い回されている事情がわからない。
だが、何かに巻き込まれたというよりは、自分で決断して何か行動した結果、こうなっているのだろうと察した。
そうでなければ、故郷であれだけ怖い目を見たのに、超小型のバトルローバーとはいえ、ゾイドを自ら操縦して、屋上を飛び跳ね回っているはずも無いのだから。
「随分無茶をしたね。」
「ど、どうして……?」
「それはこっちの台詞……と言いたいところだけど、話は後。まずはアレをどうにかする……少年、しっかり捕まっていてね。」
また自分の腕の中にしっかり納まるようにフィルを座らせてから、キャノピーと閉じると、ソネットは先ほど突き飛ばしたゾイドと対峙する。
体勢を立て直したレッドホーンもまた、静かにシールドライガーと向き合っていた。
更にその後方から、レッドホーンが開けた穴から侵入してきたモルガ部隊が追いかけて来ていた。
「モルガまで……!!」
「大丈夫、今回はこちらにも味方がいる。」
次の瞬間、先頭を走るモルガの機体側面が、ビームに撃ち貫かれた。慌てて進行を停止し、周囲を見渡すモルガ部隊。
その視線の先、城壁の上に、白いオオカミ型ゾイドの姿があった。
ヘリック共和国軍オオカミ型戦闘機械獣 RZ-009 コマンドウルフ。シールドライガーの随伴機として開発された、中型の高速ゾイド。
ソネットと共同作戦を展開する予定だった“テンペストリーダー”の命を受け、この帝国軍部隊の行方を追ってきた追跡部隊であった。
『“テンペスト11”より“アイリス”へ、指示を。』
「モルガ部隊への対処をお願いします。レッドホーンは私が。手出しは無用です。」
『了解。』
疾風に付き従う白い猟兵達が、一斉にモルガ部隊に襲い掛かる。
しかしレッドホーンは、後方でモルガ部隊が攻撃を受けている事に全く動じず、シールドライガーと対峙したままだ。
いや、一瞬でもモルガ部隊に意識を取られれば、次の瞬間レッドホーンの喉笛に獅子の牙が喰らい付く。帝国のパイロットも、そう考えたのだろう。
どちらが先に仕掛けるか、互いに間合いを計っていた。
ほんの十秒にも満たないの静寂は、まるで決闘の直前のような、張り詰めた緊張感に包まれる。
そして、先に仕掛けたのはレッドホーン。背中の砲塔・対ゾイド三連装リニアキャノンと80mm地対空二連装ビーム砲が同時に火を噴く。
だが射撃を読んでいたソネットは、一瞬早くシールドライガーを横にステップさせて砲撃を躱す。
そのままシールドライガーは、レッドホーンの側面に回り込み、接近戦を仕掛けようと一気に距離を詰めた。
だが、360°全方位への旋回が可能なリニアキャノンは、シールドライガーの動きを追尾して連続で射撃を行ってくる。
接近を一度断念し、レッドホーンの背後へ回り込んだシールドライガーは、背中と両脇の装甲を展開。
それぞれに格納された、AMD二連装ビーム砲と展開式ミサイルポッドによる、一斉射撃。
シールドライガーほどの小回りが利かないレッドホーンは旋回が間に合わず、機体側面にビームとミサイルを浴びた。
ほば直撃だったはずだ。しかしレッドホーンは、ミサイルが起こした爆炎の中から悠然と現れて、更に応射してくる。
「効いてない……!?」
「やっぱり、火力と装甲は向こうが上か……くっ!!」
リニアキャノンを回避しようと再びステップするが、今度は完全には避けきれなかった。
右肩に砲撃を受け、機体に衝撃が走る。幸い致命傷は避けたが、右肩の装甲は吹き飛んで、内部の機械構造が外から丸見えになってしまっている。
「強い……!?」
「と言うより、場所が悪い。この町中じゃ、シールドライガーの機動力も殺される……。」
被弾に焦るフィルに対し、ソネットは至って冷静に分析している。この都市は、高速戦闘ゾイドであるシールドライガーの特性を活かしにくいのだ。
どちらも今は広い大通りに出て来ているが、攻撃を避けるにも、スピードを活かして攻勢に転ずるにも、建造物がとにかく邪魔なのである。
フィルがやっていたように、建物の上から仕掛ける事ができれば理想的だが、風化しかかっている廃墟に、92tもの重量があるシールドライガーが飛び乗ろうとしても、それを足場にしての再跳躍は不可能だ。
「どうするの!?」
「なんとかする……!!」
そう言って、ソネットはビーム砲のトリガーを引く。レッドホーンを直接狙った物ではない、付近の廃墟や崩れた瓦礫を狙って撃った。
崩落した建物と吹き飛んだ瓦礫が巻き上げる粉塵で、レッドホーンの姿が見えなくなる。
だが、レッドホーンからもこちらの姿を視認する事は不可能なはずだった。
ソネットはそうして目眩ましを仕掛け、隙を突いて死角から奇襲しようと考えたのだ。
レッドホーンの斜め後方へ回り込んだシールドライガーは、その位置から飛び掛かり、電磁爪・ストライククローを振りかざす。
だが、その閃く爪先が届く前に、ライガーの脇腹をレッドホーンの尾による鞭打が直撃した。大地を二転、三転と転がるシールドライガー。
「ど、どうして……!?」
「……やっぱりダメか。現行型レッドホーン、全周360°をカバー可能な3Dレーダーアンテナを装備しているというのは、本当なんだね。」
「360°って……それじゃあ、死角が無いって事……!?」
愕然とするフィル。帝国軍ゾイドの性能、戦闘能力を、改めて思い知る。
言われてみると、バトルローバーで逃げ回っていた時も、レッドホーンからは死角になっているはずの位置にいても狙い撃たれていた。
あれは直感や位置予測で撃っていたのではなく、レーダーに探知されていて、死角に入っても場所がバレていたという事だろう。
――でも、それだけ見えていたなら、さっき僕が逃げ回ってた時も、もっと正確に当てられたんじゃないのか……?
ふと、そんな疑問が過った。フィルは改めて、レッドホーンをよく観察してみる。
背中に搭載されたリニアキャノンと二連装ビーム砲。特にリニアキャノンは、先程、道路の地形を変えてしまう威力を目の当たりにしたばかりだ。
そして頭部の角は、この城塞都市の城壁を破壊するほどの威力を持つ。突進を正面から受ければ、シールドライガーでも無事では済まないだろう。
しかしリニアキャノンに関しては、遭遇して追い掛け回されている時から数えると、もうかなりの回数を撃っていた。
装弾数はわからないが、もう残弾は少ないのではないだろうか?
それに、結局ここまでに有効だった射撃は、先程シールドライガーの肩装甲を破壊した、あの一発だけだ。それだって、直撃弾ではない。
『“テンペスト11”より“アイリス”へ、支援が必要ですか?』
「……モルガの撃破を優先してください。それまではこちらでなんとかします。」
モルガの数が多く、コマンドウルフもまだ援護が可能な状況ではなかった。
ソネットからすれば、彼らは“他所から借りている”部隊だ。あまり無理をさせるわけにもいかない。
いよいよ対処に困ってきた頃、フィルがおそるおそる呟く。
「……ソネット少尉。ひょっとしたらあのゾイドのパイロット、射撃があんまり得意じゃないかも……。」
「ん? ……レッドホーンは背中にガンナーシートがある。普通はゾイド本体のパイロットと別に、射撃が得意な砲手を乗せてるはずだけど……。」
「でも、素人の僕でも、ここまで逃げきれた。今だって……。」
「…………陣地や通常ゾイドへの砲撃には慣れていても、動き回る小型目標や高速ゾイドに順応できていない、という事なら……有り得なくはない?」
ソネットはそう呟いて、周囲を見渡した後、一度深呼吸して。
「よし。少年、舌を嚙まないよう気を付けてね。」
そう告げると同時に、地に伏していたシールドライガーが力強く立ち上がると、また走り出して、レッドホーンに真正面から突っ込んでいく。
レッドホーンも迎え撃つが、突然の事に面食らったのか、その射撃開始までには数瞬の間があった。
そしてその一瞬の隙に、シールドライガーは方向を急転換。大きく右側に逸れて、高く跳躍した。
やはりレッドホーンの砲手は、シールドライガーの機動についていけていない。
レッドホーン本体は、首でライガーの動きを追っているが、砲塔はその動きを追尾するのにワンテンポ遅れている。
「本当だ、遅い……!!」
一方、ソネットのシールドライガーは、ほとんどレッドホーンに背を向ける形で、かなり大きく跳躍していた。
確かに、ここの建物はどれも廃墟で、簡単に崩れてしまう物ばかりだ。バトルローバーならともかく、シールドライガーでは、そのまま踏み潰してしまう。
だが敵の攻撃を防ぐために骨組みから頑丈に造られた、城壁ならどうだろうか?
ここは東側の城門と、その周辺の城壁のすぐそばだ。
最寄りの城壁まで跳躍したシールドライガーは、そのまま壁を蹴って、反動で更にもう一段高くジャンプ。
レッドホーンの真上を取った。
やはりワンテンポ遅れて発砲されたリニアキャノンは、今シールドライガーが蹴った壁に穴を開けただけ。
すると今度は、二連装ビームの砲口が、すぐさまシールドライガーを射線軸上に捉える。動きを読まれていたのか、それとも偶然か。
ビームがシールドライガー目掛けて放たれようとしていた。
「っ…………!?」
砲口から覗く眩い光に目が眩んだフィルは、思わず顔を背けてぎゅっと目を瞑る。
今度こそ駄目かと、いよいよ覚悟もした。だが、そこに続く熱も衝撃も無いので、フィルはおそるおそる薄目を開ける。
するとキャノピーの向こうで、ビームが光の壁に阻まれ、霧散していくのが見えた。
その様子は、いつか父が買って来てくれた天体の本で読んだ、渦巻く銀河にも似ていると、フィルはそう思った。
エネルギーシールド――。シールドライガーのタテガミに備え付けられた発生装置によって生じる、対光学兵器用の電磁シールド。
“シールド”ライガーの象徴にして、比類なき切札。
形成された電磁場により完全に無力化され、火花となって散っていくビームの残滓を突き抜けて、空からシールドライガーがその牙を剥く。
遅れてリニアキャノンの砲口がシールドライガーに向く。が、次弾が放たれる事は無かった。
それが、砲手のトリガーが間に合わなかったからなのか、それともフィルが考えたように、弾切れを起こしたからなのかはわからない。
確かめる暇もなく、レーザーサーベルがリニアキャノンを噛み千切り、ストライククローが、二連装ビーム砲とガンナーシートを抉り潰したからだ。
シールドライガーは、更にレッドホーンの背中を踏み台にして、もう一度跳躍してから、大通りに着地。
今度は、足蹴にされたレッドホーンが地面を転がる番だった。派手に横転し、廃墟の町並みに突っ込んでいく。
「やった……!!」
「いや、まだ。」
土煙の中で体勢を立て直し、再び猛突進を仕掛けて来るレッドホーン。
だが、主要な火器を失った今のレッドホーンにとって、その直線的な突撃はもはや、破れかぶれと言っても差し支えの無い、無謀な行動だった。
ソネットは素早くシールドライガーを横滑りさせて、レッドホーンの側面に回る。
そしてそのまま、レッドホーンの喉笛に文字通り喰らい付いた。
もがき苦しむように抵抗するレッドホーン。
意外なことに、シールドライガーとレッドホーンとの間に、機体重量の差はほとんど無い。
だが恐竜種のゾイドであるレッドホーンは、見た目以上の馬力を秘めている。暴れるレッドホーンを抑え込むのは、シールドライガーとて容易ではない。
しかし、それでも、レッドホーンがもがけばもがく程、レーザーサーベルは喉笛に深く食い込む。
やがて、低く鈍い音が城塞都市一帯に響いた時、レッドホーンは、全く身動きをしなくなって、そして、壊れた人形のように、ぐったりと動かなくなった。
紺碧の獅子はその牙を引き抜くと、天高く勝利の雄叫びを上げる。
同時に、後方から複数の遠吠えが聞こえて来た。コマンドウルフ達だ。彼らもまた、モルガ部隊を駆逐し、シールドライガーの勝鬨に加わる。
気付けば夕刻。果てしないエウロペの暁の空に、獣たちの咆哮が雄々しく響き続けていた――。
翌朝、再びタミノール村。
共和国軍輸送部隊のグスタフに、タミノール村の住人達が乗り込んでいく。
これから彼らは、昨日ソネット達が守った補給中継基地を経由して、一路ロブ平野へと向かう。
その傍らには、フィルが昨日借り受けたバトルローバーと、その操縦席に乗った老人の姿もあった。
あの後、バトルローバーは地面に落下したものの、幸いにも損傷は軽微で、ダメージも夜のうちに修理できた。
フィルは、損傷させたことを怒られるかと思ったが、老人は「これくらい大したことは無い。それより、よく無事に戻ったな。」と、労ってくれた。
また、バトルローバーは避難先でも警備や運搬の仕事に必要だということで、パートナーの老人共々、ロブ平野に同行する事になった。
やがてグスタフが動き出すと、老人とバトルローバーも随伴して歩き出す。
長い旅路になるだろう。だが、バトルローバーの足取りは軽やかだった。
フィルは、ソネットと共にそんな彼らの後ろ姿を見送っていた。
そう、フィルのロブ平野行きは取り止めになった。正確には、ロブ平野にはいずれ向かうが、輸送部隊でなく、ソネットが直接送り届ける事になったのだ。
「……今更だけど、本当にいいの?僕、少尉の仕事の邪魔に……痛っ!?」
振り向いたフィルの頬を、ソネットがつねる。
「君が危なっかしいからでしょう。あんな危険な真似をして。」
淡々と言っているが、眉は吊り上がっている。一応怒っているらしく、しばらくフィルの頬を引っ張り続けた。
「ご、ごめんなさい!!でも、ああするしか……!!」
「……まぁ、今回は大目に見る。君があそこで帝国軍を引き付けてくれたおかげで、私達も間に合って、基地が無事で済んだから。」
頬からソネットの指がパっと離れる。
「それに、上司の許可も取った。君には少し、私の仕事を手伝ってもらう。」
「仕事……?」
「道案内とか、色々。本当は、あなたのお父上にお願いするはずだった仕事。」
そう言ってソネットは、西の空を仰ぐ。視線の先には、オリンポスの山陰。
「……危険が伴うかもしれない。もし君が、身の安全を優先したいというなら、強制はしない。それでも良ければ……。」
「やります!!いえ、やらせてください!!」
ソネットが言い終わる前に、フィルは彼女にずいと詰め寄ってまくし立てた。
「僕やっぱり、避難民になって、ただじっと待ってるなんて出来ない……父さんみたいには出来ないかもしれないけど、それでも手伝える事があるなら、やりたいです!!」
すると、ソネットはフィルに向き直って。
「……そっか。ふふ……ありがとう。」
その言葉と共に微笑んだ。柔らかくて、優しい笑顔だった。
フィルが初めて見る、ソネット・ウィンタースの、笑った顔であった。
「…………ぁ、いえ、はい。」
笑顔に見惚れて、顔を真っ赤にして押し黙ってしまうフィルを他所に、ソネットは再びオリンポス山を望む。
――あの山の頂に、全ての運命が集約しているというのなら……この子にとっても、他人事じゃない。
「戦いに巻き込みたくない」と、そう思って、フィルをロブ平野に送ろうと考えていた。
だが、既に彼も当事者の一人だ。
自分と同じく、この大陸で、あの山で、何が起きているのか、知る権利がある。
夏の風が、西に向かって吹き抜けていく。
まるで、二人の行方を指し示しているようだった。
【ガイロス帝国戦闘機械獣軍団】
― 《EZ-004 レッドホーン》 ―
■テクニカルデータ
全長:20.8m
全高:7.6m
重量:94.0t
最高速度:130km/h
■装備
クラッシャーホーン
高圧濃硫酸噴射砲
80mm地対空二連装ビーム砲
対ゾイド三連装リニアキャノン
地対地ミサイルポッド
TEZ20mmリニアレーザーガン×2
AEZ20mmビームガン×2
全天候3Dレーダーアンテナ×4
複合センサーユニット
赤外線レーザーサーチャー
■機体説明
第二次大陸間戦争に於けるレッドホーンは、帝国・共和国両軍通して、最も大量に投入された大型ゾイドであった。基本設計こそ旧中央大陸戦争初期まで遡る機体ではあるが、ガイロス帝国でダークホーンとしての改良を経て大幅なアップデートを受けた本機は、特に西方大陸戦争緒戦で目覚ましい戦果を挙げ、当時小型ゾイド中心だった共和国軍部隊に対し、圧倒的優位を見せていた。かつて“動く要塞”と恐れられたその威容を、再び知らしめたのである。だが、戦場に大量投入されたという事は、同時に大量に消耗されたという意味でもある。これはゾイド開発競争が激化した大戦中期以降特に顕著ではあったが、それ以前から、共和国軍の頑強な抵抗、こと粘り強いゲリラ戦によって撃破されたレッドホーンも、決して少なくないという。当時共和国にとって最も恐るべき敵であったレッドホーンは、最も優先的に撃破すべき目標でもあったのだ。
【ガイロス帝国軍パイロット名鑑】
― 《カインズ・ギルドール》 ―
・帝国軍第316機動突撃大隊所属
・愛機:レッドホーン
帝国軍中尉。旧ゼネバス系の血筋であったため、前線ではガイロス系将兵から見下されていたが、『ゾイド乗りとして着実に戦果を挙げれば、やがて認められる』と信じ、実直に軍務に努めていた。実際操縦技術に関しては優れており、腕前を認めてガイロス兵からの評価も良好になりつつあった。だがZAC2099年9月、ブロスマン少佐の命で前線を強行突破した後、行方不明となっている。
― 《ベイン・ブロスマン》 ―
・帝国軍第316機動突撃大隊所属
帝国軍少佐。前任者の戦死に伴い大隊長に就任したばかりにも関わらず功を焦り、無謀な突撃命令を繰り返していた。痺れを切らしたZAC2099年9月、ギルドール中尉操縦のレッドホーンに同乗し自ら出陣。前線を強行突破し共和国陣地深くに浸透するが、その後行方がわからなくなっている。尚、ガンナーシートに座乗していたとされるが、実戦でレッドホーンの砲手を務めた経験は無かった。