ZOIDS夢想戦記譚 ~Star Tracer~ 作:木霊@ZAC2125
ZAC2099年……40年以上に渡る平和な時代は終わりを告げ、ガイロス帝国軍とヘリック共和国軍は、かつての「大陸間戦争」の決着をつけるべく、西方大陸エウロペにて再び戦端を開いた。メルクリウス湖とその中央にそびえ立つ「エウロペの屋根」ことオリンポス山を巡って、ヘリック共和国軍とガイロス帝国軍の激しい攻防が繰り広げられる中、ヘリック共和国軍第403情報旅団は、オリンポス山にまつわる秘密を手に入れるため、最前線で密かに暗躍を続けていた。
西方大陸に点在する、古代ゾイド文明の遺跡。激化する戦いの裏で、共和国・帝国両軍は、密かにこれら古代遺跡の探査を続けていた。現代科学を上回る未知のテクノロジーを駆使していたという、古代ゾイド人の遺産。それを手に入れるのは、共和国軍第403情報旅団所属の、紺碧のシールドライガーか?それとも、水面から忍び寄るガイロス帝国軍■■■■11 ヘル ディガンナーか?オリンポス山を巡る戦いの影で、もうひとつの遺産を巡る戦いが幕を開ける……!
『帝国はあらゆる手段を行使して、古代ゾイド人の遺産を手に入れようとしてくるだろう。奴らの手に落ちる前に、出来る限り多くの遺産を、我々の手で回収するのだ。諸君には、命を賭してもらう事になる。これはこの戦争の……いや、惑星Ziの行く末を左右する戦いだと、肝に銘じてほしい。」
【―ヘリック共和国軍第403情報旅団長 クラウス・ワグナー中佐の発言記録より―】
【ZAC2099年 9月中旬 北エウロペ大陸:メルクリウス湖中東部】
この日、夜空は雲に覆われて、周囲には一段と深い帳が降りていた。
ソネット・ウィンタース少尉の操るシールドライガーは、そんな光のない闇夜に紛れて、雑木林の中を疾走する。
紺碧の機体色は夜間迷彩で、正にこんな夜にこそ真価を発揮するのだという事を、フィル・アルハゼン少年は今しがたソネットに聞かされたばかりだった。
「それじゃあ、このシールドライガーって、普通とは違う色なの?」
「うん。もっと鮮やかな青で綺麗だよ。いつか機会があったら見せてあげる。」
「……僕は、この色が好きだけどなぁ。」
フィル・アルハゼン少年は、相変わらずソネット・ウィンタース少尉の腕の中にすっぽりと収まる形で、紺碧のシールドライガーに同乗していた。
出会ってからおよそ二週間、移動はもうずっとこのスタイルだ。慣れとは恐ろしい物で、フィルもすっかり違和感を覚えなくなってしまった。
言葉遣いにしても、ある時ソネットから「よそよそしい」と言われて敬語をやめた。なんとなく、心理的にも距離が近くなっている。
「……でも、凄いなぁ。シールドライガーも、ソネットも。」
「私?どうしたの、急に。」
ソネットがフィルの顔を覗き込む。バイザー越しの金色の瞳と目が合うのは、まだ少し照れ臭い。
「う、うん……ほら。僕もタミノール村の一件で、バトルローバーに乗ったけど……あんな小さなゾイドでも、操縦は大変だったからさ。」
村の老人から借りた、バトルローバー。3m程度の大きさの、火器などの装備もない、民間用にチューンされたゾイド。
それだけに操作は直感的で単純だったが、実際に帝国軍に襲われる中で、周囲の状況に気を配りながら操るのは、非常に神経を使う行為であった。
その事を思えば、これだけ巨大且つ、様々な機能を持ったゾイドを手足のように操るのは、凄まじい技術に違いない。
実際、フィルがこうしてコクピットに座るようになって二週間、随所に散らばる機器やモニター類の表示に関して、まだ理解出来ていない部分がほとんどだった。
「レッドホーンも大きかったけど、あれはパイロットの他に砲手がいるんでしょ?ソネットは、シールドライガーを一人で操縦して戦ってる。凄いなぁ、って。」
「……そう言われると、ちょっと照れる。」
照れる、と言いつつ、相変わらずソネットの表情に起伏は少ない。ただ、この時は少し困り顔をしているようだった。
「情報部に入るために、出来る努力は全部やった。“トップクラスが乗るゾイド”とまで言われるシールドライガーを任されたのも、その甲斐あってだとは思う。」
その表情と、どこか含みのある言い方にフィルが首を傾げると、ソネットは「でも」と一言挟んで続けた。
「私は多分、他のシールドライガーのパイロット達と比べたら、腕前は、下から数えた方が早い。」
「えっ……?いやいや、そんな事は無いでしょ?だって、あんなに……。」
目を丸くするフィルに、ソネットは首を横に振りながら続ける。
「……もっと凄いんだよ。“本物のゾイド乗り”は。」
「本物の、ゾイド乗り……。」
フィルは、ゾイド乗りの話が好きだった兄達から、いつだったか力説された事を思い出す。
『本当に優れたゾイド乗りは、愛機との間に、技術以上の強い繋がりを持つ』――と。
だが、ソネットほどの使い手でさえ、ゾイド乗りとしては“本物”の域に達していないと言う。
ならば果たして、それはどれ程の物なのだろうか?
「ソネットは、その……ゾイド乗りとして、もっと強くなりたいの?」
「ん……どうかな。目的のためなら、そうなる必要はあると思う。けど……別に戦いたいわけではない、かな。」
確かに、軍人だからと言って、何も好き好んで戦いたいわけでもないのだろう。
少なくとも、今日までフィルが見て来たソネット・ウィンタース少尉の人物像と、戦いに喜びを見出すような、好戦的なゾイド乗りのイメージは合致しない。
「でも、ゾイドに乗る事自体は好きだよ。ゾイドは、私に出来る事や行ける場所を拡げてくれるから。」
「“拡げてくれる”……か……。」
フィルがバトルローバーに乗った時に感じた事が、正にそれだった。
ゾイドと繋がっていたあの僅かな時間、フィルは確かに、生身では絶対に出来ない速度で走る事、ありえない高さを跳ぶ事ができた。
もちろん、「乗り物としての、戦闘機械獣としてのゾイドが、そのように設計されているから」と言われれば、それはその通りだ。
しかし、機械的な操縦に加え、精神リンクによってゾイドと繋がっている事によって、一つの行動に対するパイロットの実感は、何倍にも膨れ上がる。
それを感覚的に述べるなら正しく、ゾイドが乗り手の出来る事を“拡げてくれている”、という表現が適切だと、フィルは感じた。
――それなら、もっと強くて大きいゾイドに乗ることができたなら、僕の出来る事は、どこまで拡がるんだろう?
フィルは、静かに思いを馳せる。
果てしない荒野。フィルの頭の中だけに存在する、名も無き大地だ。
そんな未知の地平の果てを、父と一緒に冒険する事を、ずっと夢に見て過ごしてきた。
もし、その荒野を、例えばこのシールドライガーのようなゾイドに乗って走り出したのなら、どこまで行けるだろうか?
城塞都市の城壁を飛び越えたように、人が何時間もかけて登るような崖や、橋が無いと行き来できない深い谷だって、ゾイドなら一飛びだ。
危険な野生ゾイドや野良ゾイドだって容易に撃退できる。いや、向こうも恐れて近寄って来ないかもしれない。
胸を弾ませながら、そんな冒険を脳裏に思い描いていると、ソネットがそよ風のように呟いた。
「……君は、向いているかもしれないね。」
「え?」
聞き返そうとした、その時だった。キャノピーを叩く水音が、会話を遮る。
フィルが再び空を見上げるよりも早く、雫がぽつりぽつりと降って来て、やがて周囲の木々がざわつきはじめる。
「あ……雨。」
「……急ごう。雨がひどくなる前に、目標の確認だけでもやっておきたい。」
キャノピーを叩く雨の勢いが増していくのは、どうやら機体の加速度だけのせいではないようだった。
それから一時間ほどが経過した頃。雨が激しさを増す中、シールドライガーは、ひたすら南西を目指して走っていた。
闇夜と激しい雨に阻まれてほとんど見えないが、晴天の日中なら、オリンポス山がハッキリと見える位置のはずだ。
メルクリウス湖の岸辺に近付いてきている。もっともこれから行くのは、フィルの暮らしていたエフケ村よりも、ずっと南の湖岸だが。
「もうすぐ目的地のはずだけど……遺跡なんかに行って、何をするの?」
フィルがソネットに頼まれた、“仕事の手伝い”。それは、メルクリウス湖南東の湖岸で最近発見されたという、古代遺跡への案内だった。
この西方大陸エウロペの各地には、失われた古代文明の遺跡が点在している。
地理的要因や、原住民族の信仰的事情といった理由から、人が寄り付かない遺跡も多かったが、近年、その状況に変化があった。
帝国や共和国といった他大陸の研究者が、開戦直前までこぞって発掘や調査に訪れていたのだ。
最近はフィルの父も、隊商としての旅順の傍らで、彼らの水先案内も引き受けていた。
彼らは金払いが良い太客だったが、同時に地域住民との間で度々トラブルを引き起こしていたらしく、時には流血沙汰もあったとか。
この一年半ほど、父はフィルが隊商へ同行する事を許してくれなくなっていたのだが、理由は恐らく、そういったトラブルを危惧しての事だろう。
それはさておき、フィルが気になるのは、今この状況だった。何せソネットは考古学者などではなく、共和国軍のゾイド乗りである。
確かに情報部という肩書だが、古代遺跡を調べる事が、軍隊の活動に何か関わっているとは到底思えず、フィルには不可解でならなかった。
「どうしても、調べ物がある。」
フィルの疑問に、ソネットの返事は素っ気ない。どこか、はぐらかしているようにも思える。
不思議には思ったものの、彼女がはぐらかすという事は、それ以上は踏み込まない方が良いという意味にも取れる。
出会ってから今日までのソネットとの会話の中でも、曖昧に答えて、それ以上の追及を許さない雰囲気を身に纏う、そんな時が度々あった。
だからフィルも、それ以上深くは聞かなかった。代わりに、別の疑問を投げかける。
「この辺りは、戦場になってないの?」
「湖の主戦場はもっと沖の方。地上もまだなんとか持ちこたえてくれている……けど、あまり猶予は無い。一刻も早く、調査を終えないと。」
ソネットの様子には、どこか焦りや自信の無さも見え隠れしている。察するに、共和国軍の戦況はよほど苦しいらしい。
そんな中で、どうしても古代遺跡を調べなくてはならない事情……気にはなったが、どうあれそれが仕事なら、ソネットを目的地に導かなくてはならない。
やがてシールドライガーは、湖の畔に辿り着いた。
事前に機体に取り付けていたサーチライトを点灯して、辺りを見回すが、雨のせいで依然視界は悪い。
森林やなだらかな丘陵地帯に囲まれていた、エフケ村周辺の湖岸と違い、この地域は切り立った岸壁が多く、吹く風が強い。
叩きつけるような雨に遮られたキャノピーの向こうを、フィルは目を凝らして見渡す。
「どう?この辺りで間違いないと思うけど……。」
「うーん……僕もそう思うけど、さすがにここまで視界が悪いと……。」
目的の遺跡は、春先に起きた嵐で崩れた岸壁から姿を現した、まだ発見されたばかりの新しい遺跡だった。
地形的に接近が難しかったことや、開戦が差し迫っていたために調査隊も長く留まれなかった事から、ほぼ手つかずの状態だと聞いている。
フィルも周辺地域の地理は把握していたので、伝聞からおおよその位置は特定出来たが、直接訪れた事は無いので、正確な位置は来てみないとわからなかった。
「遺跡は、岸壁に横穴を掘ったような造りだって聞いたよ。仮に見つけても、この雨の中をシールドライガーで近付いたら、どこが崩れるか……。」
フィルの進言に、ソネットはしばし思案して、それから小さく溜息をつく。
「……わかった。時間は惜しいけど、仕方ない。遺跡の捜索と調査は、この雨が上がってからにしよう。」
フィルも深く頷く。今朝ソネットが確認した共和国軍の気象予報によると、雨は明朝には上がるとの事。
刻一刻と変わっていく戦況の中、予断が許されないのはわかるが、だからと言って、危険を冒してまで調査する事も無いはずだ。
ソネットがシールドライガーを反転させ、湖岸から離れようとした――その時だった。
狭いコクピット内に突然、けたたましいアラートが響き渡った。
「な、何!?」
「これは……味方の救難信号……?どこから……。」
「救難……?」
二人で周囲を見渡していると、フィルはふと視界の端に、何か光る物を捉えた気がした。
目を凝らして、その方角をじっと見つめていると、今度は確かに、明滅する光が見えた。
南に数百mほど先の崖下。岬に、何かが打ち上げられている。
「ソネット!!あそこ!!」
「……行ってみよう。」
崖下に降りたシールドライガーは、光源の元へ辿り着く。それは、小型ゾイドが機体から発する信号灯だった。
共和国軍のワニ型ゾイド、バリゲーター。機体に負った深い傷が、コクピットに到達しているのも見えた。
「そこのバリゲーター、聞こえますか?応答を!」
ソネットが無線越しに声をかけるが、返事は無い。
「……もしかしたら、パイロットはもう……。」
「…………。」
「あ、ソネット!待ってよ!!」
ソネットが無言でシールドライガーから降りて、バリゲーターに近付く。その後を追ってフィルもまた機体から降りた。
雨が降り頻る中、バリゲーターに近付いて、損傷を受けたキャノピーの奥を覗き込む。そこには、傷ついた共和国兵の姿があった。
キャノピーを叩いて声をかけても応答が無いが、肩で息をしているのが見えた。まだ息はあるようだ。
ソネットが非常レバーを探し当て、キャノピーを強制的に開放すると、二人がかりでなんとかパイロットの男を引きずり出す。
「聞こえますか!?しっかりしてください!!」
その間にも、フィルは必死で呼びかけた。だが、男は呻くばかりで、返事はない。
機体の陰に連れていって、雨避けしながら手当てするが、破損したキャノピーの破片が脇腹に刺さっており、出血がひどい。
医療器具も、技術や知識も最低限しか持ち合わせていないフィルとソネットでは、治療にも限度があった。
それでも、なんとか止血しようと手当てを続けているうちに、男が目を覚ます。
「……ここ、は……?アンタ達、は……?」
「良かった、気がついた……!!」
「第403情報旅団、ウィンタース少尉です。救難信号を受けてここに。間も無く、救助隊も到着します。」
「味方……あり、が……とう……助かっ、た……。」
声を振り絞って感謝の言葉を述べる、傷ついた男。だが実のところ、まだ救助の要請は出していない。
仮に救助隊を呼んだとして、この雨風降り頻る中、こんな岸壁の下に、どうやって辿り着くというのか?
つまりそれは、今にも息絶えてしまいそうな男を安心させるためにソネットがついた、優しい嘘だった。
フィルもそれを知った上で聞いていたので、この時、どんな顔をしていいのか、わからなくなってしまった。
「そう、か……良かっ……た……俺のことは、いい。湖に、まだ何機か、沈んでる……。生存者が、いる、かも……仲間を、先に……。」
「……わかった、伝えておく。それで、何があったの?」
「哨戒任務中……岸辺の遺跡に、帝国軍を見つけて……本部に、打電しようと……。でも、気付いた時には、囲まれて……。」
「遺跡……。」
「でも、帝国軍って……ここは共和国の勢力圏のはずじゃ……?」
「……敵部隊の位置と編成は?」
困惑するフィルを他所に、ソネットは冷静に、男に質問を続けていく――残された時間が少ないからだ。
「ブラキオス……それに、多分ヘルディガンナー……恐らく、海兵隊だが……規模は不明……遺跡の位置座標は、相棒に……。」
男は力なく腕を持ち上げて、大破したバリゲーターを指差す。
「機材や設備も、持ち込んでいたようだ……おそらく、まだ……あそこに……。」
「……わかった、ありがとう。もしかしたら、敵は私と同じ物を探しに来たのかもしれない。行ってみる。」
「そう、なのか……?だったら……。」
もはや息も絶え絶えになっている男が言い切る前に、ソネットはその手を取って、彼に告げる。
「……仲間の敵討ち。頼まれた。」
「あぁ…………頼、む――。」
そして、男の息が止まった。
「……えっ……ちょっ、待って!嘘だろ、そんなっ……!?」
フィルは慌てて心臓マッサージをするが、男の息は戻らない。
「……少年。」
「だって、でもっ!!こんな呆気なく……!!」
「呆気ないよ。 ……戦争だもの。」
「っ…………!!」
それでも心臓マッサージを止めないフィルを後目に、ソネットは立ち上がって、バリゲーターのコクピットに登っていく。
「私は、軍人だから。こんな事には、もう慣れてるし……慣れなくちゃいけない。嫌でも。」
つい先ほどと同様、抑揚に乏しいながら、透き通った声でソネットは言う。
だが、雨が降り頻る夜の岬で聞くその声は、そよ風と言うよりも、冬の凍てつく夜風のように冷たく響いていた。
それでもフィルは、必死に心臓マッサージを繰り返す。見ず知らずの共和国兵。顔つきは似ても似つかないが、何故だが父の面影と重なる。
いや、そもそも、これ以上誰かが目の前で死んでいく事に、とても耐えられる気がしなかった。
それでも、男の息は戻らない。
「くそっ!!くそっ……!!くそ…………っ!!」
――また、何もできないのか……!
やがて、フィルの手も止まる。そこに男の鼓動が戻る事はなく、残ったのは無力感と、やるせなさだけ。
雨音と、波の音。そして、バリゲーターのコクピットから戻ったソネットの足音だけが、空しく響いた。
「遺跡の座標はわかった。私は行くけど……少年。君はどうする?」
「え……?」
戻って来たソネットの手には、ディスクが一枚握られている。バリゲーターのコクピットから回収してきた、遺跡の座標を示すデータだろう。
フィルは、やっと理解した。ソネットが、いや、共和国軍情報部が求めている物は、帝国軍にとっても非常に重要な物なのだ。
だからこのバリゲーターを襲った帝国部隊も、発見される危険を冒してまで適地の只中にやってきた。
そして、そんな危険を冒してまで帝国軍が侵入して留まっているという事は、彼らのいる所に、目的の遺跡がある。
それはつまり、もうフィルの道案内は必要無い、という意味でもあった。
それでも、ソネットはフィルに問う。
「怖くなったなら、ここで待っていてもいい。私としても、君を戦いに巻き込む事は、好ましくはないから。」
「僕は……。」
フィルは、再び顔を落とす。徐々に体温を失っていく男は、それでも満足気な顔をして、覚めることのない眠りについたままだ。
――ソネットは、この人の仇を取ってやれるかもしれない。でも、僕には何が出来る……?
わからない。わからなかったが、しかし。
「……僕も、行く……連れて行って!」
ここでじっとしていても、何も始まらない。フィルは、そう思った。
「……わかった。行こう。」
フィルの答えを聞き届けたソネットは、踵を返してシールドライガーのところへ戻っていく。
後を追うフィル。その背後から、低い唸り声が聞こえた。
振り返ると、もう動かないと思っていたバリゲーターが、ごぞごぞと身を捩っている。
「バリゲーター……。」
「傷はゾイドコアには達していなかった……生きてるとは思っていたけど。」
コンピューターで制御されているゾイドも、生命体としての意識は当然持っている。
乗り手が離れシステムの制御も外れたゾイドが一人でに動きだす事は、珍しい事ではない。
そういったゾイドの中には、野生化して「野良ゾイド」となる個体も多かった。
だが、そうでないケースもある。
「あ……。」
バリゲーターが、その場で身を丸める。
それはまるで、息絶えた男を守るような恰好であった。
「……彼、バリゲーターを“相棒”と呼んでいた。良いパートナーだったんだろうね。」
「パートナー……。」
「少年。もし君が、自分のゾイドを持つ事があったら……この光景を、覚えておいてね。」
「……言われなくても、忘れない……忘れられないよ。」
「……そうかもね。」
二人はほんの少しの間、バリゲーターを見守り、そして、その場を後にした。
再び岸壁の上に戻ったシールドライガーは、雨の中を全速力で南下していく。道中、フィルはソネットに尋ねた。
「僕らだけで行くの?援軍も要請したんだよね、待っていた方が……。」
「その間に、敵に何か遺物を持ち出されるのは避けたい。先に遺跡に突入する。」
「だ、大丈夫なの!?」
「地形データによれば、岸壁上にゾイドが隠れられるような遮蔽物は無い。上からの奇襲なら、敵も十分には対応しきれないはず。」
「でも、そうは言ったって……!」
「やるしかない。」
慌てるフィルに淡々と返すソネットだが、フィルはどことなく、彼女の口ぶりや雰囲気に、先程以上の焦りがあるように思えた。
遺跡に、共和国・帝国両軍が重要視する何かが隠されている、それは理解した。
だが、それなら尚の事、万全の状態で挑む必要があるのではないだろうか?
そう考えた時、フィルの脳裏にふと、新たな疑問が浮かびかけた。が、ソネットの次の言葉が、フィルをすぐに現実に引き戻す。
「このまま一気に岸壁の下に飛び降りるから、また口を閉じていてね。」
「えっ……えっ!?敵の数や位置を確認するとか、そういうのは!?」
「先に敵に見つかる可能性の方が大きい。このままスピードを活かした奇襲攻撃を仕掛けた方が効果的。」
「ちょっ、待っ、まだ心の準備が……!?」
「跳ぶよ……!!」
「わあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
フィル少年の絶叫と共に、紺碧の獅子が、岸壁の上から跳躍する。眼下には、複数の帝国軍ゾイド達の影。
うち何体かは、宙を舞う影に気付いて顔を上げる。首の長いゾイドと、目が合ったような気がしたが、それはほんの一瞬だった。
何故なら、次の瞬間には、シールドライガーのレーザーサーベルがその長い首を喰いちぎっていたのだから。
悲鳴を上げる間も無く胴体と離れ離れになった首を吐き捨てると、ライガーはそのまま地面を横滑りしながら反転する。
突然の襲撃者。状況を理解した帝国軍ゾイド達も、すぐさま迎撃に移った。
「また、初めて見るゾイド……!!」
「ブラキオス……!」
岬を守っていたのは、ガイロス帝国軍ブラキオサウルス型戦闘機械獣 EZ-012 ブラキオス。
ソーラージェネレーターによる長大な航続距離が特徴の水陸両用機、帝国海軍の主力ゾイドだ。
胸部のTEZ20mmリニアレーザーガンや対ゾイド衝撃砲、背中の80mm地対空ビーム砲で、シールドライガーを迎え撃つ。
そしてその奥、他の場所と岩肌の色が異なる岸壁から顔を覗かせる柱や壁、窓……。
「遺跡だ……!!」
「見つけた!!」
シールドライガーが、咆哮と共にタテガミのパネルを展開する。稲妻が走り、雨の雫が弾け飛んだかと思うと、光の壁が現れて、薄暗い岬を眩く照らした。
エネルギーシールドだ。ブラキオスの放ったビームやレーザーの悉くが、電磁場に歪み打ち消され、無力化されていく。
直後、シールドライガーが再び駆け出す。エネルギーシールドを展開したまま突撃。
真正面から突っ込んでくるシールドライガーに、ブラキオス達も困惑を隠せないが、しかし止める事もできない。
光学兵器は効かず、衝撃砲は照準とトリガーが、そのスピードに追い付かない。
一体のブラキオスが前に出た。身を挺して、進行を阻もうというのだ。
しかし、紺碧の獅子は止まらない。悠々とブラキオスの真上を飛び越えて、その背後に着地。
そして、獅子の姿を追って振り返ろうとした次の瞬間、ブラキオスは背中から炎と煙を噴いて倒れる。
シールドライガーの尾に装備された対ゾイド30mm二連装ビーム砲が、ブラキオスの背部、装甲が脆弱な、地対空ビーム砲の付け根を貫いたのだ。
「やった!」
「全部は相手に出来ない。装甲の厚いブラキオスに時間をかけていたら、あのバリゲーターのように囲まれる!!」
ブラキオスは本来、海戦用のゾイドだ。海中の水圧や艦砲射撃に耐えるため、その装甲は非常に頑強に造られている。
ソネットは、遺跡をじっと見据える。ゾイド一機分、シールドライガーだとギリギリだが、なんとか通れそうな通路の入り口が見えた。
「このまま突っ込む。口、本当に閉じていて……!!」
「っ……!!」
フィルは言われるまま、口を紡ぐ。正面に残るブラキオスはあと5体。
隊列を組んだ敵部隊から繰り出される激しい射撃の雨を掻い潜り、シールドライガーが突貫。
そして、再び跳躍――否、フェイントの予備動作でそう見せかけて、今度は正面からの突破を狙う。
地対空ビーム砲を構え、空中で迎撃しようとしていたブラキオス達は、フェイントに面食らいながら、慌てて進路を妨害しようとする。
だが、もう遅い。隊列の隙間から後方に抜けたシールドライガーは、そのまま遺跡の入り口目掛けて一直線に駆け抜けた。
そして通路内に入ったシールドライガーは、尾の二連装ビーム砲を通路入り口の天井に向けて放ち、わざと通路を崩して、その入り口を塞ぐ。
ブラキオスによる追撃を阻むだめだ。
「……って、僕らはこの後どうやって出るの!?」
「それは後で考える。この中に、私達が求める物があるとするなら、帝国に渡すワケにはいかない……!」
「そんな……。」
戸惑うフィルの中で、先程浮かんで消えかけた疑問が、いよいよハッキリと思い浮かぶ。
――そうまでして、共和国と帝国は、一体何を奪い合っているんだ……?
この戦争は、帝国が、共和国の本土・中央大陸デルポイへの足掛かりを得るために引き起こした物――ずっと、そう言われ続けてきた。
だが、今日まで続くこのメルクリウス湖、そしてオリンポス山を巡る攻防の様相は、時折その開戦理由に疑問を抱かせる。
――この戦争の目的は、本当は別のところにあるんじゃないのか……?
この時、フィル・アルハゼン少年は疑念を抱きながらも、まだ気付いていなかった。
自身が今、その核心の、間近まで迫っている事に……。
通路は、長い一本道になっていた。ところどころに照明が設置されていて、意外にも明るい。どうやら、先に侵入していた帝国軍が設置したようだ。
フィルは最初、地雷などのトラップが無いか心配したが、ソネットはその可能性を否定した。
「外に輸送専用機や工兵仕様のゾイドはいなかった。運び込める物資には限りがあるはず。ここにいるのが、隠密行動中の揚陸部隊である以上、なおさら。」
「確かに……今回の敵は共和国軍に見つからないよう、こっそり勢力圏に忍び込んで来たわけだから、あまり大荷物は持ってこられない……か……。」
「内部の構造もハッキリしていない遺跡に、罠を仕掛けるのにも時間がかかる。敵もスピード勝負のはず、その手間は命取りになる。」
「なるほど……。」
「念のため、気を付けておくに越したことはないけどね。それに……。」
ソネットは、少し言い淀む。
「何か気になるの?」
「……少年。この先、遺跡の最奥に着いたら、周りに気を付けて。もしかしたら、敵のゾイドが潜んでいるかもしれない。」
「っ……わ、わかった。」
それでフィルは、バリゲーターのパイロットの言葉を思い出した。
『ブラキオス……それに、ヘルディガンナー……』――と、そう言っていた。
ブラキオスとは先ほど外で交戦したが、もう一種、“ヘルディガンナー”というゾイドとは、まだ遭遇していない。
この先に、そのヘルディガンナーが潜んでいる可能性が高い、という事だ。
「奥に部屋が見える……このまま突入する!!」
ソネットは、再びシールドライガーのEシールドを展開する。
今のところ、レーダーに敵機の反応は無い。だが、敵がどこに、どのように潜んでいるかはわからない。突入時に攻撃があった場合に、備える必要がある。
加速度をめいっぱい上げて、シールドライガーは部屋に飛び込んだ。
「――…………ここは……。」
通路と同様、室内も一部が照明で照らされていた。中は思ったよりは広いが、それでもシールドライガーが動き回るには少々窮屈だ。
外で見た遺跡の外観と同様、岸壁に掘った横穴を拡張し、柱や石壁で補強したような造りになっている。
帝国軍のコンテナや機材が多少運び込まれているが、作業員の姿は見えない。
目を凝らして見ると、部屋の脇にはいくつか、人が行き来できる小さな通路があるようだ。
外の部隊からシールドライガーが侵入したと報告を受けて、急ぎ退避した――といったところだろうか。
そして、部屋の最奥。そこには、石碑のような物体と、それを取り囲むように、朽ち果てた古い装置のような物体の残骸があった。
「あれが、ソネットの探していた物?」
「わからない。調べてみないと。」
Eシールドを一旦解除したシールドライガーは、辺りを見回しながら、ゆっくりと部屋の奥に歩みを進める。
予想された、敵の攻撃は無かった。シールドライガーに搭載されたレーダーも、今は沈黙している。
「逃げた……?」
ソネットが小さく呟く。フィルも、最初はそのように考えた。
第一、逃げるとして、どこへ逃げるというのだろう。通って来た通路の出入り口は、最初に塞いだ。
ゾイドが通り抜けできるような通路は、それ以外見受けられなかった。外からは窓がいくつか確認できたが、とてもゾイドが通れる大きさではない。
それとも、はじめからゾイドは遺跡の中におらず、全て外にいたのだろうか?そうでなければ、この静けさの説明が出来ない。しかし……。
――何か、嫌な気配がする……。
フィルのそんな予感を肯定するように、シールドライガーもまた、この部屋に入ってからずっと、低く唸り声を上げていた。
背後のソネットの表情はフィルからは見て取れないが、彼女のその息遣いにも、緊張の糸が解けた気配は無い。
そして、シールドライガーがまた一歩、踏み出そうと前脚を持ち上げた、その時だった。
微かに――本当に微かな物音を、フィルの耳は確かに聴いた。
ぱらぱら、と。僅かな砂粒が床に落ちる音。
シールドライガーの前脚から落ちた物ではない。位置も全く違ったし、それに――――もっと、高いところから落ちた音。
「ソネット、上!!」
「っ……!?」
ソネットが反射的に操縦桿を後ろに倒し、それに合わせてシールドライガーが飛び退く。
次の瞬間、巨大な影が上から降って来たかと思うと、長細い鞭のような何かが、勢いよくシールドライガーの側頭部に迫って来た。
それを避けるため、シールドライガーはもう一跳び。ライガーの鼻先――フィルのすぐ目の前を、尖端が掠める。
更に、ここまで沈黙を保っていたレーダーが、突然警告音を掻き鳴らした。
画面には、今上から降って来た相手とは別に、更に二つの熱源反応が映し出される。位置は――左右の壁の向こう。
「挟撃……っ!!」
吐き捨てるように叫ぶソネット。三度目の跳躍、今度は、天井が間近に迫る勢いで高く跳んだ。
瞬間、左右から眩い光条が迸り、すぐ真下で交錯する。もう少し跳躍が遅ければ、今頃機体は、あの熱線に貫かれていただろう。
シールドライガーの着地と同時に、左右の壁を突き破り、黒い機獣が現れて、先程上から降って来た敵ゾイドと合流する。
姿勢の低い、トカゲのような姿の戦闘機械獣。それが三体。
「ヘルディガンナー……!でも、これは……!?」
ソネットが困惑の声を上げる。フィルもまた、その異質な外観に戸惑った。
「光る、ゾイド……?」
一連の戦闘の余波で、電源を喪失したのだろうか?いつの間にか、室内を照らしていた照明は消えてしまっていた。
それにも関わらず、遺跡内は、朧げな光で照らされている。その黒いゾイド達が皆一様に、朧気で不気味な光を発していたからだ。
暗澹を這う遺恨の光跡。その名は――ガイロス帝国軍戦闘機械獣――《DHI-11》――ヘル・ディガンナー。
妖しい輝きが、シールドライガーを取り囲む。
「現行の制式仕様とは色が違うけど……ディオハリコンの反応は無い。色だけ“暗黒軍”に似せたイミテーション……?」
「暗黒軍……?」
「ただの懐古主義者か、それとも……いや。こんな敵勢力圏の奥深くまで侵入して、遺跡を調べに来た連中が、普通なワケないか……。」
ソネットは、フィルに向けた説明も無いまま一人納得して、操縦桿を握り直し、視線で周囲を警戒する。
三対一。数の上では不利な上に、完全に包囲された。イグアンの時と違い、シールドライガーとヘル・ディガンナーとの間に、極端な体格差も無い。
何よりソネットの言うように、敵地の只中に侵入してくる敵が、“普通の部隊”であるはずがなかった。
「最初の敵、どうやって天井から……?」
「爬虫類種のゾイドは、壁や岩場を這うのが得意だけど……ヘルディガンナー級の機体で、天井を這い廻れるって話は、聞いた事が無いな……。」
コクピット内を支配する緊張感が、一層高まる。
シールドライガーもヘル・ディガンナーも、そのまましばらく動かなかった。互いに出方を伺ったまま、一瞬とも永遠ともつかない、曖昧な時間が過ぎていく。
やがて、フィルが静かに息を飲んだ、ちょうどその時。
向かって左側に回り込んでいたヘル・ディガンナーが動いた。咆哮を上げて向かってくる。
「来た……!」
「いや……!!」
するとソネットは突撃してくる機体を一度無視して、シールドライガーを反転させた。
いつの間にか背後に回り込んでいた、別のヘル・ディガンナーと対峙する。
先程天井から降って来た機体だ。それが、背中の砲塔を真っ直ぐこちらに向けていた。
残りの一機も、やや遅れて射撃体勢に入っているのが見て取れた。そう、突撃は囮。本命は、残る二体による射撃だ。
だが、だからと言って突撃を仕掛けて来た一機もまた、止まる事はない。これは、三方向からの同時攻撃。
これに対しシールドライガーは、尾に装備された対ゾイド30mm二連装ビーム砲を背後に、機体下部の対ゾイド三連衝撃砲を正面に向けて、同時に連射する。
いずれも狙いは正確ではない。ただ、同時攻撃を警戒していたソネットの方が、トリガーを引くのが早かった。それだけで、牽制射撃としての効力は十分だ。
背後に迫っていた一機はビームの砲撃に足止めされ、正面の二機も、着弾の衝撃で照準が狂ったようだ。
両脇を抜けて空を切るビームを後目に、ソネットはシールドライガーを正面に走らせた。
咆哮を上げながら牙を剥いて迫る紺碧の獅子。二体のヘル・ディガンナーはそれぞれ左右に散開し、シールドライガーの突撃を避ける。
「反応が良い……やはり、通常部隊の練度じゃない……!」
「……!!ソネット、右のヤツ!!動きがもう一体より鈍い!!」
フィルの言葉を受けたソネットは、右に走ったヘル・ディガンナーを睨む。
確かに動きがやや遅い。右前脚を引き摺るような動きをしている。どうやら、先程の衝撃砲による攻撃で損傷したようだ。
ソネットは、すかさずその機体に狙いを定めた。シールドライガーが急旋回し、ヘル・ディガンナーに飛び掛かる。
狙われている事に気付いたヘル・ディガンナーだが、損傷もあってか、旋回が追いつかない。他の二機も同様で、カバーが間に合う姿勢ではなかった。
レーザーサーベルがヘル・ディガンナーの主砲を噛み千切り、ストライククローで、首を思いっきり踏み抜く。
「あと二つ……っ!!」
コクピットにアラートが響いた。咄嗟にシールドライガーを飛び退かせる。
次の瞬間、動かなくなったヘル・ディガンナーが、光の束に貫かれて爆発炎上した。
室内に反響する爆音と、爆風や衝撃波が合わさって、遺跡の壁や石柱を軋ませる。
「味方ごと!?パイロットはまだ助かったかもしれないのに……!!」
驚くフィルが息つく暇さえ無く、今度は爆炎の向こうに、一瞬、光が閃くのが見えた。
着地しながら、Eシールドを展開する。ヘル・ディガンナーの主砲から放たれたビームがシールドライガーを襲ったのは、その僅か二秒後だった。
展開したばかりの不安定な電磁場に、高密度・高出力のビームが突き刺さると、タテガミのEシールド発生装置が悲鳴に近い唸りを上げる。
ヘル・ディガンナーは奇襲攻撃用の機体だが、長距離狙撃も得意とするゾイドだ。
その主砲たるロングレンジアサルトビーム砲がこの近距離で命中すれば、当たり所次第では、大型ゾイドにも致命傷を与えうる。
それが二発、三発と、立て続けに撃ち込まれる。体勢を立て直す隙を与えないつもりだ。
「このまま受けていてもジリ貧……強行する……!!」
ソネットが痺れを切らし、シールドライガーを一歩踏み出した。
だがこの時、フィルは背筋に、うっすらと寒気を感じていた。
――この敵は、今までの相手よりもずっと狡猾だ。また、きっと何か仕掛けてくる……!!
目の前は、ビームと電磁場の衝突によってスパークが迸り、更に先程爆発した敵機から燃え広がる炎とで、極端に視界が悪い。
レーダーも、狭い遺跡内に籠った炎の熱のせいで、敵機の熱源を正確に探知する事が出来なくなっていた。
フィルは、思考を巡らせる。
――もし自分が、あのヘルディガンナーに乗っていたなら。
この眩しさに紛れて、正面を突っ切るだろうか?いや、あの漆黒の機体だ。それは却って悪目立ちする。
ならば、光に乗じるのではなく、それによって生じた影に紛れて――。
そんな風に考えていた時、フィルは唸りを上げるEシールド発生装置の駆動音の向こうに、ガサガサ、と、何かが這うような音を聴いた気がした。
「――ソネット、もう一機が来る!!左側!!」
「え……っ!?」
ソネットが振り向くと同時に、影の中に妖しい光跡が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間、機体が強烈な衝撃に見舞われた。
ヘルディガンナーは確かに軽量の機体だが、シールドライガーを上回る全長の半分以上は、長大な尾・スマッシュアップテイルが占めている。
その尾による鞭打が、シールドライガーの脇腹を直撃した。衝撃で飛ばされ、側面の壁に思いっきり叩きつけられて、その場に倒れ伏す。
コクピット内にまで及んだ衝撃で、ソネットは体を打ったようだ。小さく呻き声を上げている。
だが、音を上げている暇も無い。すぐさま体勢を持ち直し、消失したEシールドを再展開。
程なく、ビームが再度シールドライガーを襲った。今度は左右方向からの断続的な攻撃。
Eシールド発生装置が、悲鳴にも似た唸りを上げる。もう長くは持ちそうにない。
「強い…………!」
ソネットが小さく呟く。フィルもそう思った。
以前に戦ったイグアンやレッドホーン、それに先程外で戦ったブラキオス。それらと比べると、強さの質が異なる。
最初の奇襲攻撃、味方同士の巧みな連携、戦闘不能の味方ごと狙い撃つ冷酷さ、Eシールドとビームの衝突により生じる視界不良を突いた襲撃。
――“本物のゾイド乗り”……。
この敵がそうなのかは、わからない。ただ、“自分は下の方”と言っていたソネットの言いたい事は、今わかったような気がした。
ゾイドに乗って戦うというのは、ただ備わっている武器や能力を使えばいいという物ではない。
地形や環境といった条件を最大限活かし、味方と協力すれば、一回り小さなヘル・ディガンナーでも、大型のシールドライガーを相手に有利に戦う事が出来る。
逆に言えば、いくら強力なゾイドに乗っていても、条件によっては、その能力を活かせないという事。
今のソネットが、正にその状況に陥っている。狭い遺跡の中、シールドライガーの機動力を十分に発揮する事が出来ないのだ。
だが、だからと言ってこのままやられるわけにはいかない。
「ソネット、どうするの!?」
「今考えてる……!!」
ソネットにも余裕は無さそうだ。やがて、目の前のモニターにも、Eシールドの限界が近付いている事を示す警告表示が映し出される。
いよいよピンチだ。
フィルは辺りを見回す。だが、狭く真っ暗な遺跡内には、状況を覆せそうな手がかりは無い。
いつもの癖で空を仰ぐが、そこにも真っ暗闇が広がっているだけだ。当然だ、ここは遺跡の中で、上には天井しか無い。
――何か無いのか、何か……!?
そんな天井から、ぽたり、と水の雫が落ちて来て、シールドライガーの近くに落ちた。
――雫?どうして天井から?
考える。この遺跡は、岸壁に横穴を掘って作られた建造物。その天井から落ちて来る雫とは、つまり、崖の上の地面から沁み込んで来た物だ。
崖自体はそこまでの高さも無かった。天井高を加味すると、恐らく上層は、そこまでの厚さは無い。
そして、先程起きた敵機の爆発による衝撃で、脆くなりひび割れた天井から、地面に沁み込んだ雨水が、今ここに零れてきた――。
「……上だ!!ソネット、天井を撃って!!」
「天井……!?」
「いいから!!」
「っ…………信じた!!」
ソネットは数瞬迷った末、フィルの言う通り、シールドライガー背面のAMD二連装20mmビーム砲を展開し、天井を撃ち抜く。
一発、二発……ビームは真っ暗闇に飲み込まれるように消えて行った。
だが三発目を撃ち込んだ時、僅かに光が差し込んだかと思うと、突如、天井が轟音を立てながら、激しく崩落し始めた。
ヘル・ディガンナー達は、慌てて射撃を中止して後ずさる。
敵からすると、血迷ったシールドライガーが、自ら生き埋めになったように見えたかもしれない。
それくらい派手な崩落だった。元々、崩れた岸壁から姿を現した遺跡だ。そこら中が崩れやすくなっていたとて、不思議ではない。
瓦礫と土砂が天井から大量に降り注ぎ、それによる土煙が、遺跡内の視界を一時完全に覆い隠してしまう。
更に穴が開いた天井からは、外の雨が降り注いで、遺跡内で炎上していたゾイドの残骸も、少しずつ鎮火していった。
やがて視界が回復していくが、二体のヘル・ディガンナーからは、シールドライガーがどうなったのか、ハッキリと確認できていない。
警戒しながら、じりじりと、遺跡内の一角に積み重なった瓦礫と土砂の山に近付いていく。
その時だった。山の死角から、巨大な影が飛び出した。そこから更に遺跡の壁を蹴って、天井に空いた穴へ向かって駆け上がっていく。
ヘル・ディガンナーは咄嗟にアサルトビーム砲を撃ち込むが、素早い動きに照準が追いつかない。
そして獅子の機影は、穴の上まで飛び出した。雨はまだ降り続いてはいたが、一瞬、眩い稲光が空を照らし出す。
紺碧の獣、その影が、背中のビーム砲と、右脇のミサイルポッドを展開して、宙からヘル・ディガンナー達を見下ろしていた。
「左側ミサイルポッドが開かない……尻尾で殴られた時に、ハッチがダメになったか……!」
「でも、上は取った!!」
「ええ、行ける……!!」
獅子の咆哮か、或いは、遅れてきた雷鳴か。帝国のパイロット達に、轟くその声がどちらだったか、区別するだけの猶予は与えられなかった。
二連装ビームとミサイルポッド、更に三連衝撃砲による波状攻撃が、二体のヘル・ディガンナーに襲い掛かる。
ヘル・ディガンナーの主砲はその機体構造上、上方への射角が狭い。対空迎撃には不向きだった。
尾の付け根に搭載されたマシンガンで迎撃を試みるが、これも本来は後方警戒用だ。旋回が間に合わず、射撃が始まる頃には、既にミサイルが目と鼻の先。
爆発。次いで、ビームと衝撃砲が、雨と共に激しく降り注ぐ。
向かって右のヘル・ディガンナーは、たちまち蜂の巣になって、やがて沈黙した。
もう一体、左側にいたヘル・ディガンナーには、ミサイルの被弾がほとんど無かったため、大した損傷は無いようだ。
しかし――。
「これで、終わり……!!」
今度はシールドライガーが上空から直接襲い掛かる。
ヘル・ディガンナーは飛び退こうとするが、シールドライガーが繰り出したストライククローの方が早かった。
正に雷の如き一閃。ロングレンジアサルトビーム砲が、ヘル・ディガンナーの背中から千切れ跳んだ。
本体もその場に倒れ伏せ、しばらく藻掻いていたが、やがて動きを止める。
「やった……!!」
「……いや、待って……!」
フィルが安心しかけた、その時。動かなくなったと思ったヘル・ディガンナーの機体から、突如凄まじい勢いで、黒煙が吹き出たのだ。
「煙幕……!?」
遺跡の中が、再び暗闇に染まる。次いで、爆発音。すぐ傍だ。
「今のは……!?」
「また味方ごと……!!情報を隠滅して逃げる気か、そうはさせない……!!」
レーダーで機影を追いながら、二連装ビーム砲を連射する。しかし、煙幕の中、正確な照準は掴めず、命中しなかった。
やがて煙幕が晴れた時、そこに残っていたのは、炎上する穴だらけのヘル・ディガンナーが一体。
もう一体、主砲を失った方の機体は、その場から姿を消していた。
「通路から逃げた……!?」
「逃がさない……!!」
先程通ってきた通路を逆走する。左脇に受けたダメージが多少は残っているが、シールドライガーのスピードには然程影響は無い。
損傷があるのは向こうも同じで、しばらく走っていると、全力で走るヘル・ディガンナーが残す光跡が見えて来た。
しかし同時に、出入口にも光が差しているのが見えてくる。
「出入口が開いてる!?来た時に塞いだはずじゃ……!!」
「もう掘り起こした……?ブラキオスが待ち構えているかもしれない、シールドは張るけど……衝撃に備えて!!」
再びタテガミのパネルが展開するが、Eシールド発生装置は立て続けの稼働のせいか異音を上げている。
そのまま遺跡を飛び出すヘル・ディガンナーを追って、シールドライガーも外を目掛けて駆け抜けた。
攻撃に備え、身構える。だが、閃光も衝撃も、シールドライガーに向かってくる物は、何も無かった。
それどころか、先程のブラキオス達の方が、別のゾイド部隊に包囲され、交戦している。
「これは……!?」
「バリゲーター!!海兵隊の増援が来てくれた……!!」
そこには、多数のバリゲーター達が、群れを成してブラキオスに喰い付いている姿があった。
バリゲーターは、大きさで言えばイグアンと同程度の、小型水陸両用ゾイド。真っ向から戦えば、ブラキオスやヘルディガンナーには及ばない。
だが、ここは共和国軍戦線から見れば後方。少数で敵地に潜入してきた帝国軍部隊と比べれば、ずっと多くの戦力が控えていたのだ。
そして、バリゲーターが最も力を発揮する戦場は、地上でもなければ、海洋や湖の沖合でもない。
低い姿勢で水面下を忍び寄り、同クラスゾイドの中でも随一の咬合力を誇るバイトファングで、敵の足や喉元を食い千切る。
河川や湿地帯、そしてこの遺跡周辺のような岬でのゲリラ戦に特化した、深緑の顎。
それが、ヘリック共和国軍ワニ型戦闘機械獣 RZ-003 バリゲーターの真価である。
普段なら恐れるに足らないはずの、バリゲーター部隊の奇襲攻撃によって、完全に浮足立ったブラキオス部隊は、もはや総崩れになっていた。
『シールドライガー……!?こちら第34強襲揚陸大隊!!所属と管制名は!?』
「こちら第403情報旅団、コールサイン“アイリス”!そのヘルディガンナーを抑えて!!遺跡を嗅ぎまわっていた、敵の特務機と思われます!!」
『何……!?うぉっ!!』
ソネットの指示と同時に、ヘル・ディガンナーを睨むバリゲーター達。しかし、今一歩遅かった。
ヘル・ディガンナーは敵味方入り乱れて戦うブラキオスとバリゲーターの合間を掻い潜り、湖に飛び込み、フィル達の前から姿を消したのだ。
『逃がすな、追え!!』
『沈められた連中の仇だ、一匹たりとも逃がすな!!』
息巻く海兵隊のパイロット達。しかしその後、ヘル・ディガンナーの撃沈や捕獲が無線から報告される事は、ついに無かった。
「……逃げられた……。」
『あの機体、暗黒軍仕様か?旧大戦の亡霊がこんな所まで忍び込んでいやがったなんて、薄気味悪いったらありゃしねぇ……。』
「……亡霊……?」
ブラキオス達が一機、また一機と倒れていき、もはや決着は時間の問題だった。
しかし、フィルの胸奥には、妙な胸騒ぎが残る。
“遺跡に現れた亡霊”。あまりにも不吉で、不気味な響きが、しばらくフィルの頭から離れなかった――。
夜が明ける頃、雨の上がった岬は、共和国軍による制圧が完了。
海兵隊が捕虜の収容と負傷者の救助に当たる中、ソネットとフィルは、遺跡の中に戻ってきていた。
爆発し黒焦げになった二体のヘル・ディガンナーからは、まだ黒煙が立ち昇っている。
フィルは、ヘル・ディガンナーのパイロットが生存していないか確認しようとしたが、「やめた方がいい」と、ソネットに止められた。
遺跡内部も激しく損傷していたが、遺跡最奥の石碑は、辛うじて無事だった。今は天井の穴から朝日が差し込んで、石碑を荘厳に照らしている。
石碑には、象形文字らしき文字で綴られた文章と、いくつかの記号や図面が刻まれていた。
「あれが、ソネットの探していた物?」
「それはまだわからない。解析してみないと……。」
「解析って……何を調べるの?」
「古代の文字だから、何が書いてあるのか解読しないと。石碑を持ち出すのは……今は厳しいか。先に、写真だけでも……。」
「解読……。」
石碑に刻まれた象形文字をじっと見つめているフィルを他所に、ソネットは石碑周辺を探る。
「周りの残骸は、古い端末みたい……何かの装置だったのかもしれない。よく調べないと――」
「あ、図の右上は星座盤だ……サソリ座の方角……何かの座標?」
「――……え……?」
ソネットは、目を丸くして振り返る。
「えっと……“核”、“生命”……“ゾイド”………あ、“ゾイドコア”か。“変える”……“試す”……実験、って事かな……?」
論拠に基づかない、当てずっぽうの独り言などではない。フィルは今、石碑に刻まれた文字を、たどたどしく、だが確かに読み上げていた。
その様子を見たソネットは、信じられない物を目撃したかのような顔で、ふらふらとフィルに近付いて尋ねた。
「少年。君は……これが、読めるの……?」
「え?えっと……全部は読めないけど、少しだけ……うわっ!?」
ソネットがフィルの肩を掴んで詰め寄る。初めて見る、必死の形相だ。
「どうして!?だってこれは、古代ゾイド文明の…………!!」
「どうして、って……だって、言い伝えだから……。」
フィルは目を丸くしながら答える。
「言い伝え……?」
「う、うん……僕ら“星族”の末裔は、皆習うんだよ。大昔、ご先祖様が神官を務めてた時代からの習わしだって……。」
「神官…………メルクリウス湖周辺の土着神……それって、まさか。」
「もちろん、僕らの神様といったら、オリンポスの神々だよ。僕らの遠いご先祖様は、あの山頂にある“神殿”を守る、神官だったんだ。」
「…………!!」
オリンポス山頂遺跡――そこはこの遺跡と同様、有史以前の太古に栄えたといわれる、古代ゾイド文明の遺跡だ。
元々がどんな目的で建造された物だったのか、今となっては、定かではない……「一般的には」、そう言われ続けてきた。
やがて古代ゾイド人の文明が滅んだ後、新たに周辺に住み着いた人々は、オリンポス山に対し独自の山岳信仰を持つようになる。
彼らはかつてこの遺跡を、神々の住まう星の世界に通じる、神殿として扱っていたという。
そこで代々神官として、遺跡の管理や祭事の運営を務めていた人々がいた。
星空を見渡す慧眼を持ち、天文学と占星術に長けた、星読みの一族。
それこそが、フィル・アルハゼン少年の、遠い先祖達。
即ち――――“星族”であった。
【同刻――メルクリウス湖南部:ガイロス帝国軍占領地域沿岸】
傷ついたゾイドが、朝日に包まれた岸辺に上陸する。
黒い装甲、その奥から妖しい光を放つ、イグアナ型ゾイド。
ソネットと交戦した後、バリゲーター部隊の追撃を掻い潜って逃亡した、あのヘル・ディガンナーだ。
曇天のようなスモーク色のキャノピーが開く。
「…………くそぉっ!!」
コクピットから現れた若い男は、被っていたヘルメットを、叩きつけるように脱ぎ捨てた。
「あのシールドライガー……“紺碧”……向こうも通常部隊じゃない、少佐の言ってた連中か……!!」
先程まで居た遺跡の方角を睨む。その紅蓮の瞳は、怒りに燃えているようであった。
「よくもやってくれた……この借りは、百倍にして返してやる――覚悟しろよ……共和国軍情報部……!!」
【ガイロス帝国戦闘機械獣軍団】
― 《EZ-011 ヘルディガンナー》 ―
■テクニカルデータ
全長:24.5m
全高:5.8m
重量:48.0t
最高速度:130km/h
■装備
ストライククロー×4
スマッシュアップテイル
ARZ20mmビーム砲×2
ロングレンジアサルトビーム砲
銃座式地対空72mmマシンガン
■機体説明
かつて暗黒大陸には、ディオハリコンと呼ばれる特殊な鉱物が存在した。緑色に妖しく発行するその鉱物を取り込んだゾイドは戦闘能力が飛躍的に向上し、四十年前の第一次大陸間戦争では、旧式化したゼネバス帝国軍のゾイドが、当時の最新鋭ゾイドと渡り合える性能までアップグレードされたほどである。黒い機体色に、キャノピーが緑色に発光する不気味な外観から、それらは「暗黒ゾイド」として恐れられた。そして当時、ヘリック共和国軍の前に初めて姿を現した暗黒ゾイドのひとつが、ヘル・ディガンナーであった。当機は同時に投入されたデッド・ボーダーと共に、脅威的な性能を見せつけ、歴史に名を刻む。だが惑星Zi大異変(グランド・カタストロフ)によりディオハリコンは失われ、後の西方大陸戦争に投入されたヘルディガンナーは、機体のアップデートによって実戦に対応する事となり、機体色も刷新された。ところが、西方大陸戦争の一部戦線では、先述の「暗黒ゾイド」の機体色を持つヘルディガンナーの目撃情報が存在する。これがディオハリコンを有する旧大戦期の生き残りなのか、それとも「暗黒ゾイド」を過度に恐れる兵士の心理が見せた幻覚なのか、未だ定かではない。ただ似たような目撃証言は他のゾイドでも相次いでおり、やがてそれらは総じて、「暗黒軍の亡霊」という戦場の御伽噺として、まことしやかに語り継がれるようになった。