俺の【勇者】はどこにいる? 仲間を救うため、魔人の捕虜となった。それから一年。変わり果てた俺を見て泣いた   作:addict@書籍化

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【勇者】

「━━━何?」

 

空耳のように告げられた言葉が響いた瞬間、ガブリエルの命じた魔人の兵たちは━━━消えた。

 

肉体が爆ぜたわけでも、焼かれたわけでもない。まるで”存在そのもの”がかき消されたように、跡形もなく。音も無く、そこから消滅していた。

 

ただ、一つ残されたいのは魔人がいた場所にどす黒い液体が残っているだけ。それも時間が経つと、地面に吸い込まれていった。

 

それは闇でも炎でもない。概念すら拒絶するような異質な魔力だった。

 

「何をした……!?」

 

恐怖はない。ただ理解できない”未知”への本能的な拒絶が驚愕たらしめていた。

 

その時、サナリー、ミリレーラ、アレスティの身体に淡く輝く紋章が浮かび上がっていた。

 

それは一見して、人のそれではない幾何学的な魔紋が、彼女たちの肌で淡く脈動していた。

 

だが、それは魔人にとって、本能で忌避すべき禍々しい呪印だった。

 

「ガブリエル」

 

鈴のような声が【封樹海】に響く。

 

「貴方には一つだけ感謝しているのよ」

 

サナリーが低く、囁くように言う。そして━━━

 

「私たちに復讐の機会をくれて━━━ありがとう」

 

その言葉と同時に、空間が爆ぜた。三人から解き放たれた魔力は、空気を震えさせるほどの、破滅の奔流。

 

そして、ガブリエルの瞳に、初めて「警戒」と「畏怖」の色が宿る。

 

「ッ!【星屑の集い】を討て!」

 

瞬間、【封樹海】に怒号が巻き起こる。

 

【星屑の集い】 VS 魔人の軍勢

 

━━━戦いの火ぶたが切られた。

 

 

()属性魔法。【死に至る冥王瞳】(プルート・オイユ)」

 

サナリーは静かに告げると、手でゆっくりと顔を覆った。

 

そして、指の隙間から瞳を覗かせた瞬間━━━魔人の兵士の一人に、禍々しい液体がまとわりついた。

 

「え?」

 

僅かな呻きが漏れた直後、魔人は膝をつき、目から黒い血を流して、そのまま黒い液体に飲み込まれた。

 

その死を合図に。サナリーの視界に写った魔人たちへ、黒い液体が次々と絡みついていった。

 

「な。何が起こってるんだ!?」

 

「あの女が何かしたとしか……!」

 

「だ、だが何も動いていないぞ!」

 

動揺と恐怖が、魔人たちの隊列を瞬く間に崩していく。そんな中、サナリーはただ、静かに告げた。

 

「視界に映る貴方たちに、死の毒を浴びせているだけよ……」

 

「は?」

 

魔人たちは一瞬理解が追い付かず、思考が停止する。その隙に、また一人、黒い毒に絡まれ、静かに絶命した。

 

「何を言っている!見るだけで……!?」

 

【死に至る冥王瞳】(プルート・オイユ)━━━視界に捉えた対象に無条件で発動する冥府の死病。

 

逃れる術はただ一つ。彼女の視線から逃れることだけだ。

 

「くっ、視界に入るな!森に隠れろ!」

 

恐慌状態に陥った魔人たちは森の中へと逃げ込み、木々の陰に身を潜める。死の視線にさえ、捉えられなければ……そう信じて。

 

「【飛び立つ焔炎矢】(フレイム・アロー)!」

 

隠れた魔人の一人が、背後からサナリーに向けて火属性の魔法を放つ。巨大な火の矢が空を裂いて飛翔するが、サナリーに届く直前、その炎は音も無く霧散した。

 

「は、はぁ?嘘だろ……!?」

 

「【冥王不可侵】(アブソリュート・プルート)」

 

その名を静かに唱えると同時に、サナリーの周囲に淡い紫色の霧が立ち込めた。それは空間そのものが”死”に属する領域へと変質したのだ。

 

飛来する魔法はすべて、この紫の霧に包まれて滅びる。

 

「何なんだ!この女は!?」

 

誰がどんな魔法を放っても届かない。逆に、怯えた魔人たちがわずかに顔を覗かせた瞬間、サナリーの視線が絡む。

 

そして、その魔人の身体が黒い液体に蝕まれていく。

 

「面倒ね……」

 

サナリーが森に目を向けると、木々の幹に黒い毒液が這い寄り、葉を溶かし、根を侵し、森そのものが”死”の気配に包まれていった。

 

一斉に悲鳴が上がる。

 

姿を現した魔人が恐怖に突き動かされて逃げようとするが、その眼に映ったのは、サナリーの冷ややかな瞳だけだった。

 

そして、次の瞬間。

 

天から黒き死の雫が、音も無くその頭上に落ちた。

 

「━━━我こそは【黙示録四勇者】(ヴァリエンテ)が一人。【死】の勇者(・・)、サナリー=グリノール」

 

 

ミリレーラを取り囲んでいた魔人たちが、同時にその美貌を目にした。

 

【賢者】の異名を持つ彼女が、どれだけの魔力を持とうと、この数には勝てない。誰もがそう思っていた。だが、次の瞬間、空気が凍り付く。

 

彼女は一人一人の魔人を視線でなぞった。

 

その瞳に射抜かれた刹那、魔人の動きが止まる。あまりに整い過ぎた容姿。

 

人ならぬ神性さえ纏った笑み。ほんの一瞬、意識が奪われる。それが命取りだと、誰一人気付かなかった。

 

「……【ジガイシロ】」

 

場違いなほど低く、冷ややかな声音だった。普段の明るく、快活なミリレーラからは想像もつかない”命令”だった。

 

一瞬、誰もが耳を疑う。

 

だが、魔人たちは叫んだ。

 

「「「「はい!喜んで!」」」」

 

そして、次の瞬間。自らの喉元に最大級の魔法を叩き込み、鮮血をまき散らしながら、次々と倒れていった。

 

「な……?」

 

遠巻きに見ていた魔人たちは、息を呑んだ。

 

何が起こった?

 

だが、理解する前に、ミリレーラの瞳が魔人と絡み合う。

 

「私、いいましたよねぇ?【ジガイシロ】って」

 

その声は、直接脳に囁きかける甘美な毒。血の味がするような、ねっとりした魔力に満ちていた。

 

「ミリレーラ様万歳……!」

「愛してます……!」

「ミリレーラ様に栄光を!」

 

ミリレーラを称揚しながら、魔人が息絶えていく。

 

次々と絶頂を迎えるような表情で崩れ落ちていく魔人たち。その死に様は、むしろ恍惚とさえ呼べた。

 

「【戦場で踊る美神】(ヴィーナス・プレゼンス)━━━私を”感じた”瞬間に、命令を従いたくなるでしょう?たとえ、【シネ】という命令で、あったとしても」

 

戦慄が走り。魔人たちは一斉に後退する。

 

「流石、百戦錬磨の魔人の軍勢。けど、もう遅いです♡」

 

「ぐっ」

 

ミリレーラの微笑みが、心臓を握り潰すような圧を放った。

 

魔人たちは逃げようとする。しかし、脳がそれを拒絶する。彼女から離れることを身体が拒否してしまう。

 

そして告げられた言葉━━━【シネ】

 

「耳を閉じろ!」

 

あの言葉を聞いた、魔人が死んでいった。だったら、命令を聞かなければ良い。実際、ミリレーラの【魅了魔法】は確かに耳に作用していた。

 

けれど━━━

 

「発想は悪くないですけど、無駄ですよぉ。【シネ】━━━なんて言わなくたって分かりますよねぇ?」

 

音も視線も遮った者さえ、彼女の存在を感じただけで、自殺衝動に脳を焼かれていく。

 

「五感どころか”気配”に反応した時点で終わり。言ったでしょう?私を”感じた瞬間”に、貴方たちの敗北は確定するって」

 

逃げられない。見なくても、聞かなくても。思念の影が脳を侵す。

 

「それじゃあ、皆さん。私のために殺し合ってくださいね~!もし、生き残った方がいたら、私、自ら焼いて差し上げますよ?」

 

「「「「ウオオオ!」」」」

 

狂気が支配した。忠誠も自我も捨て去り、ただミリレーラに殺されるために、剣を振るい、魔法を同胞に放つ。愛を求め、殺し合い、絶命する。

 

そこに性別の差はない。女だろうと、ミリレーラの愛の虜として殺し合った。

 

魔人たちの断末魔の中、ミリレーラは踊っていた。

 

血煙の雨の中、ただ歓喜を表現していた。

 

「はははははは、くっっだらねぇ!」

 

嬉々として死を振りまく彼女は、まさしく傾国の美女。

 

世界に渾沌と争いをもたらす存在。

 

「━━━我こそは【黙示録四勇者】(ヴァリエンテ)が一人。【戦】の勇者。ミリレーラ=アレクシス」

 

 

「何が起こっている……?」

 

ガブリエルは戦場の中心で、信じがたい光景をただ茫然と見下ろしていた。自らが鍛え上げ、誇りをもって前線に放った魔人たちが、一人、また、一人と、蹂躙され、屍となって崩れおちていく。

 

真紅━━━ふと、視線を逸らすと、その中心を、紅の女が、静かに歩いていた。

 

戦場を駆けるのではない。

 

まるで、散歩をするかのように、ゆるぎない足取りで一歩ずつ━━━デヴォラー(・・・・・)を携えながら。

 

その姿に気付いた魔人が魔法を放つ━━━が、見えざる力に遮られる。

 

不可視の盾のように、アレスティを包む領域があらゆる術式を無力化させる。

 

剣に切り替える者もいた。だが、アレスティに一歩近づいた時点で、泡を吹きながら絶命していった。

 

その場に残されたのは、地に伏した屍と、まっすぐに伸びた一本の”道”

 

周囲は爆炎に焼かれ、黒焦げになった森の残骸が広がる中、アレスティの進行路だけは異様なまでに整っていた。

 

まるで、大地が剣を振るう彼女にひれ伏したかのように。

 

森の巨木ですら、切断面をみれば、一目瞭然だった。

 

傷一つなく、滑らかに、正確に。

 

残された花弁までもが、その後ろから腐っていく。

 

彼女の足元に咲いた白い花が、一凛、音も無く、黒く崩れ落ちた。

 

「━━━参る」

 

低く告げたその一言は、雷鳴のように響いた。

 

即座に立ち塞がったのは、魔剣士グリモア。

 

漆黒の鎧を纏い、幼少より剣に生き、魔法すら剣に宿すことで、【灰燼】ガブリエルの側近の座を勝ち取った実力者。

 

剣と剣がぶつかり、火花が散る。

 

「ふざけるなア!【星屑の集い】の残党ごときが、我らがガブリエル様に近付くなどッ……!」

 

憤怒と魔力を宿した咆哮が戦場を震わせる。だが━━━

 

「……これだけ私に近づいて意識を保ち、剣を交えることができるとは、見事だ。敬意を表すよ」

 

「何を……?」

 

瞬間、グリモアの身体に脱力感が襲う。

 

そして、アレスティの瞳には微塵の感情もなかった。

 

あるのはただ、”結果”を告げる者の静寂。

 

「だが━━━私の前で”防御”は無意味だ」

 

刹那、グリモアの剣がまるでバターのようにあっけなく真っ二つに裂ける。

 

そして、そのままデヴォラーの一閃がグリモアの身体をなぞる。

 

「ぐ……あ……」

 

アレスティは一切の殺気を持たぬまま、その死を見届けた。

 

花が枯れ、空気が腐り、命が剥がれていく。その歩みに抗える者はいなかった。

 

「【聖杯から溢れた渇き】(サースト・フィール)……」

 

デヴォラーですら抑えきれないほどの、【飢餓の呪い】を垂れ流す。

 

ただ、それだけで世界が干からび、平伏する。

 

「━━━我こそは【黙示録四勇者】(ヴァリエンテ)が一人、【飢餓】の勇者。アレスティ=ノーリッズ」

 

 

「やってくれたな……」

 

ガブリエルは、死屍累々と化した【封樹海】の戦場を見下ろし、噛み締めるように呟いた。

 

魔人たちは狂い、錯乱し、互いに殺し合い、最後には哀れなうめき声すら残さず、黒い雨と共に大地へと溶けて消えていった。濃密な血臭で森は冥府のように沈黙していた。

 

歯噛みするガブリエルの前に、三つの影が現れる。

 

「さぁ、お仲間はいなくなったわよ。命乞いをしたら、どうかしら?」

 

サナリーが冷ややかに告げたその一言に、ガブリエルの肩が揺れた。

 

「……ふふ、はははははは!」

 

狂気じみた咆哮が森全体を揺らす。空気が震え、木々が軋む。空すらも怯えたように曇り始める。

 

「まさか、マイス=ウォントの腰巾着共が【勇者】だったとはな!滑稽だ!滑稽すぎるッ!」

 

呼吸が荒く、目が血走っている。

 

「なぜ人間ごときが、歴代の魔王を殺せたのかッ……甚だ疑問だったが、この力、この魔力……【勇者】の名にふさわしい力だッ……!」

 

しかし━━━

 

「だが、それだけの力がありながら、なぜあの時、マイス=ウォントを見殺しに「遺言はそれでいいのかしら?」……何?」

 

サナリーの吐き捨てるような言葉がガブリエルの言葉を遮る。

 

「貴方に残されたのは死だけよ。毒か、魅了か、枯渇か……死に方だけは、選ばせてあげるわ」

 

あまりにも不遜な物言いに、ガブリエルの額に青筋が浮き出た。

 

「人間風情が……!調子に乗るなアアアッ!」

 

怒声と共に、ガブリエルが音も無く跳躍する。狙いはミリレーラ。刹那、空間が歪むほどのスピードでミリレーラに接近する。

 

「【トマレ】」

 

ミリレーラの一言。

 

時間が止まったわけではない、ただ、意志が縛られた。

 

「私を選んでくれたんですねぇ」

 

無垢な笑顔が、ガブリエルの理性を蝕む。

 

冷たい能面のような美貌。

 

何も感情が宿らないのに、底知れぬ恐ろしさがあった。

 

「オーダーには答えないとですねぇ━━━【シネ】」

 

「ぬぅ!?」

 

その一言で、思考が塗りつぶされた。

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね━━━━

 

脳が、意識が、肉体が、”死”という命令に支配される。逆らえない。理解していても止められない。

 

「【黒炎】!」

 

自らに放った黒い炎が肉を焼く。それによって、理性が戻る。

 

「……流石四天王。そうでなくちゃ面白くないですからね~」

 

だが、すぐにガブリエルは大地を踏みしめて跳躍する。

 

「【地獄炎】ッ!」

 

広範囲に広がる黒炎。対象を焼き尽くすまで決して消えぬ終焉の焔が、三人を包もうとする。

 

「【冥王不可侵】(アブソリュート・プルート)」

 

サナリーが一歩前へ出て、片手を掲げると、風が逆巻いた。

 

死属性の霧が黒炎と相殺し、まるで蝋燭の火が吹き消されるように━━━消えた。

 

「な、何!?」

 

続けて、【地獄炎】を放つが、サナリーの魔法がすべてを相殺する。

 

そして、サナリーの眼が合う。

 

ガブリエルはそれを本能的に危険だと察知して、視線から高速で外れる。すると、ガブリエルがいた場所には死属性の液体が垂れていた。

 

ガブリエルは曲線的に動くことでサナリーの視線から逃れる。

 

そして、サナリーの死属性の液が触れた花は最初から存在しなかったかのように消え去っていく。

 

黒い炎も同じだった。

 

「我の魔法がッ━━━」

 

炎が跡形もなく霧散した、直後、ガブリエルの背後へ、疾風のような気配が迫る。

 

「━━━覚悟」

 

氷のような冷たい声が響く。

 

「ッ!舐めるなアアア!」

 

ガブリエルはすかさず剣を抜き、アレスティの突撃を止めた。

 

火花が弾け、金属が悲鳴を上げる。

 

音すら追いつけぬほどの速度。まさに、神速の斬り合い。

 

互角━━━それは一瞬だった。

 

一合、また一合と斬り結ぶたびに、華奢なはずのアレスティの腕が剛腕を誇るガブリエルをじわじわと押し込んでいく。

 

「これは、力が……!」

 

体内から力が漏れていく感覚。

 

【聖杯から溢れた渇き】(サースト・フィール)━━━ガブリエルの魔力が霧のように消え、思考が霞み、筋肉が痙攣し始める。

 

「もう、遅い……!」

 

持久戦に持ち込めば、アレスティの前では、あらゆる存在が否定される。

 

ギリッ

 

ガブリエルの剣に亀裂が走る。

 

後、数秒も耐えられまい。

 

「チイッ!?」

 

ガブリエルは強引に距離を取り、後退する。

 

「はぁ…、はぁ……」

 

肩で息をしながら、額に滲んだ汗が顎先から滴り落ちる。

 

「降参してはどうですかぁ?」

 

甘い誘惑が耳奥にこびりつく。

 

それはまるで脳髄に快楽と錯乱を注ぎ込む毒。

 

視界の端でミリレーラが微笑む。

 

それだけで刃が鈍り、殺意が揺らぐ。

 

存在するだけで戦術を破壊するミリレーラ。

 

そして、触れれば即死の【死属性魔法】、それを防御に転化させることによって、魔法を完全に相殺できるサナリー。

 

何より、厄介なのはアレスティだった。

 

剣の腕はかつてのマイス=ウォントを遥かに凌いでいた。

 

それでいて、近付けば魔力も、精神も、体力も枯らされる。

 

三者三様の絶対殺意。

 

それが今の【星屑の集い】だった。

 

かつてのそれを遥かに凌駕している。

 

「……認めよう。貴様らは強敵だ」

 

「あら、本当に諦めたの?」

 

瞬間、ガブリエルの身体が爆発的に変化した。

 

「━━━魔王様の御手に届く前に、お前たちを今ここで滅ぼす━━━【終末を告げる黒き絶望】(ラグナ・ノワール)」

 

鱗が皮膚を突き破り、翼が骨ごと形成され、爬虫類の瞳が空を睨む。

 

黒き龍。

 

災厄と破滅の化身。

 

伝説の神話にのみ語られる存在が、今現実に顕現した。

 

「グオオオオオオオオオ!」

 

咆哮が天を裂き、絶対的な殺意を三人に向ける。

 

そして、巨躯が宙を蹴り、台風の如き風が地を巻き上げ、空高く舞い上がる。

 

米粒のように小さくなると、黒き光が集い始める。

 

重力すら歪めるような、圧縮された破滅のエネルギー。

 

闇が蠢き、稲妻が空を轟かせた。

 

それは”終末”そのものだった。

 

「ありゃりゃ。龍種の伝説の力、ブレスですかね」

 

けれど、ミリレーラが余裕そうに空を見上げる。

 

サナリーの死属性魔法の射程範囲外。

 

魅了の影響も薄れる高度。

 

それでも、ガブリエルの理性はミリレーラを滅ぼしてしまうという罪悪感を感じていた。

 

この技を放てば、【封樹海】はもちろん【炎の里】も何もかもが吹き飛び、ガブリエル自身、この地が死地と化すと理解していた。

 

だが、あの三人をここで討つことの方が重要だった。

 

━━━そう、判断した。

 

だが、

 

「私に任せろ━━━」

 

アレスティが前に出る。

 

【聖杯から溢れた渇き】(サースト・フィール)━━━その身を中心に、すべてが干からびていく。魔力、空気、希望までも。

 

しかし、ガブリエルは確信していた。

 

先ほどの斬り合いでも、全魔力を奪われたわけではなかった。ならば、高密度でかつ広範囲に及ぼす己のブレスは防げない。

 

━━━そう思っていた。

 

ゾッ

 

遠目にも見える。アレスティが剣を鞘に納め、静かに、居合の姿勢を取る。

 

視線は、空の彼方━━━自らを捉えていた。

 

━━━ハッタリだ。

 

どんな魔法であったとしても、この天にまで届く魔法はない。

 

そう自分に言い聞かせて、ブレスを放つ。

 

「【灰燼】(アブソリュート・ガイア)!」

 

地を焼き、すべてを喰らう終焉の咆哮。今、地上に絶望が舞い降りる。

 

【灰燼】ガブリエルの二つ名を帯びたその技はすべてを滅ぼすはずだった。

 

その絶望を茫然と見つめながら、アレスティが呟く。

 

「斬撃を飛ばしたい━━━かつて、お前はそう言ったよな」

 

一瞬だけ、過去を思い出して微笑む。そして━━━

 

「━━━【彼方への渇望】(ホライゾン)!」

 

振るわれた一閃は━━━無音。

 

火が出るわけでも、氷が出るわけでもない。ただ、美しく磨かれた居合切り。

 

次の瞬間━━━

 

天から放たれた【灰燼】(アブソリュート・ガイア)が真っ二つに裂かれた。

 

「は?」

 

 

 

 

昇る

 

━━━音を切り裂き。

 

昇る

 

━━━世界の法則を拒み。

 

昇る

 

━━━天へと還るために。

 

 

 

 

見えないはずの軌跡を描きながら、空を駆け抜け、そしての何の予兆もなく、確実に、ガブリエルのの胸元を貫いた。

 

「カハッ……!?」

 

両断された黒龍が、血の尾を引きながら、墜落していく。

 

 

 

「私の前では━━━”距離”など関係ない」

 

 

 

デヴォラーの性質は持ち主の魔力を吸収し、そして、放つもの。

 

アレスティは、その刃に【飢餓の呪い】を注ぎ込んだ。ただ、空に向けて一太刀を放った━━━それだけだ。

 

だが、注ぎ込まれたのは、無秩序に漏れ出すだけでも大地を枯らすほどの枯渇魔法。それをデヴォラーという器に一点集中させ、束ね、研ぎ澄まされた斬撃として解き放った。

 

その結果、もはやそれは”枯渇”どころか、触れた箇所を抹消する力だった。

 

その斬撃を空へ向かって飛ばした単純な一閃。

 

だが、その威力は圧倒的だった。

 

なぜなら、どれだけ離れていようと、どれだけ天高くあろうと、その剣閃は、永遠に空を斬り続けるのだから。

 

龍の形を保っていられなくなった、ガブリエルが空から落ちてきた。身体は両断され、血は止まらない。

 

そして、その頭上を三人の女が見下した。

 

「終わりね……」

 

サナリーが告げる。

 

「くくく、まさか我がこんなところで敗れるとはな……」

 

自害しようと、懐に刃を走らせる━━━

 

「【ヤメロ】」

 

ミリレーラの一声によって、自死が止められる。

 

「貴様……!?」

 

瞬間、恐ろしいほどの美の殺意の奔流が巻き起こる。

 

「……そんな綺麗な死に方を許すわけがないじゃないですかぁ。情報を吐いてもらって、最期は死にたいと思うことすらできないほどの地獄を味合わせるに、決まってるでしょう?」

 

ミリレーラの言葉が脳髄に響くと、サナリーが焦げた一冊のノートを取り出した。

 

それはマイスが受けてきた拷問の記録だった。

 

毒、枯渇。魅了━━━あらゆる拷問が順番に準備された。

 

そこで初めて、ガブリエルの表情に恐怖が訪れた。

 

「マイスが受けた地獄のほんの少しの絶望を味わいながら死になさい」

 

「くっ!」

 

そして、

 

「ああ、そうそう。私は僧侶だから死にそうになったら、何度でも回復してあげるわ。貴方のところの拷問官よりも圧倒的に上手な回復魔法をね」

 

「貴様に残されているのは情報を吐いて死ぬことだけだ」

 

「ぐあああああああああ!?」

 

体力と魔力と何もかもが奪われ、死の苦しみを味わう毒が与えられる。そして,戦士としての矜持を示そうと、口を噤もうにも、魅了によって、聞かれることすべてに答えてしまう。

 

そうして、再生と破壊、それは肉体も精神も同じだった。最後の最後には、死を救いだと感じるように、ガブリエルは息絶えた。

 

 

 

 

 

 

「終わったな……」

 

空から、ぽつりと冷たい雨が降り始めた。

 

【白龍の森】での復讐は、果たされた。

 

四天王の一角、【灰燼】ガブリエルの最期は、惨たらしく滑稽で、それでも何かが終わったという事実だけがそこにあった。

 

けれど、私たちは特別な言葉を交わすこともなく、ただ、崩れた死体を前に、しばらく動けずにいた。

 

あの日からただ、この日のためだけに生きてきた。進むと決めた。

 

達成感は、なかった。ガブリエルを殺したところで、マイスが元に戻るわけではない。

 

後悔が癒えることも、罪悪感が消えることもない。

 

これは、ただの━━━私たちの自己満足だった。

 

「帰りましょう……マイスを治療しないと」

 

「そうですね」

 

「ああ」

 

自爆の代償、全身が傷と焼け跡に覆われ、意識もない。

 

アレスティがそっとマイスを背負う。

 

「行こう」

 

誰となく、そう言って私たちは歩き出した。

 

あれから一年。

 

復讐のためだけに生きてきた私たちは、その目的をようやく果たした。

 

けれど、心に残ったのは━━━虚無

 

あの時、この力を使えればマイスをこんな目に遭わせることがなかった。

 

その懺悔に応えることができる者は誰もいない。

 

ただ、濡れた髪と、湿った地面の上を、沈黙の足音だけが響いていた。




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