俺の【勇者】はどこにいる? 仲間を救うため、魔人の捕虜となった。それから一年。変わり果てた俺を見て泣いた   作:addict@書籍化

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目覚め

ゆっくりと意識が浮上してくると、目を覚ましてしまったことに気付く。

 

目覚める━━━俺にとって、最も忌まわしいことだった。拷問を受けるときに、意識があるというのは痛みを味わなければならないということだった。だからこそ、覚醒には恐怖と絶望を伴っていた。

 

「ここは……?」

 

けれど、今回は違った。

 

俺を包むのは、石の床の無機質な感触でもなければ、枷の刺さるような痛みでもない。代わりに感じるのは全身を優しく包むような温もりと、柔らかな寝具の感触だった。その心地よさが俺の意識を引き戻した。

 

「あれ?目が見える……?」

 

ゆっくりと瞼を開けた俺の視界には、はっきりとした光景が広がっていた。かつて焼かれ、何も映さなかったはずのこの眼が、今は鮮明に世界を捉えていることに戸惑いすら覚えた。

 

耳に届くのは小鳥のさえずり、遠くからは人々の談笑や生活音も聞こえてくる。口を開けば、かすれもせず、しっかりと言葉が出る。

 

後ろを見ると、姿見があった。

 

髪からは色素が落ちてしまい老人のような白髪だった。けれど、かつて切断された指が左右とも五本ずつ、きちんと揃っている。身体には包帯が巻かれた生々しい傷跡が残っているものの、それでも、あの牢で過ごした頃よりは、はるかに健康に見えた。

 

「幻覚か?とりあえず、ほっぺは……痛!」

 

自分の意思で手を動かせたのはどれくらいぶりだろう。死後の世界にしては、この身体の痛みや傷があまりにもリアル過ぎる。

 

救いようのない終わりのはずだった。

 

俺は少しずつ、少しずつ、世界を反芻しながら、ピースを嵌めていき、結論にたどり着いた。

 

「俺は、生き残ったのか……?」

 

呟いたその声に、震えが走る。

 

自分には、あまりにも不釣り合いで、罰のように重く感じられた。

 

「ん……?」

 

白いモヤが見える。疑問に思った俺が、それに触れようとした、その時。

 

突然、どたばたと足音が近づいてくる。騒がしい喧騒が部屋の外から押し寄せてきたかと思えば、扉が勢いよく開いた。

 

「マイス!」

 

大声を荒げて入ってきたのは黒髪の美少女だった。夜空を切り取ったような美しい黒髪を靡かせながら、修道服に身を包んでいた。本来なら清楚を象徴するはずのその服も、彼女のプロポーションを隠しきれずにいた。

 

その後ろから、彼女にも勝るとも劣らない美少女がさらに二人、焦るように後を追って入ってきた。三人とも、胸の内を隠しきれないような切羽詰まった表情で、まっすぐに俺を見つめていた。

 

一瞬誰かと思ったが、すぐに胸の奥がざわつく。

 

記憶の霧が晴れきれない脳内で、断片的なイメージがパズルのように組み上がっていく。俺は彼女たちを知っている。

 

━━━会話……そうだ会話をしなければ。

 

確か、話し方は、なんかこう何も考えてなさそうで明るかった気がする。

 

一度、間をおいて、昔のように笑顔を作る。

 

「どうしたんだよ、リサ!ミレイもカノンもそんな深刻そうな顔をしてさ!アレ、レイコはここにいないのか?」

 

「え━━━?」

 

ズキリ

 

━━━ん?今、おかしなことを言ったな。

 

自分の声が部屋に残響として残ると、奇妙な違和感と頭痛に襲われた。記憶の回復はまだ途上だが、俺は今の名前を知らないはずだ。一体、誰のことを言ったのだろう。

 

それより、間違えた彼女たちの名前を訂正しなければ━━━

 

「ああ、ごめん。サナリー「マイス!」うお!」

 

俺は突如、美少女三人にベッドに押し倒された。そして、熱い涙がシャツに染み込み、肩を震わせていた。全員が嗚咽交じりに俺を見ていたので困惑した。

 

「どうしたんだよ。みんな?」

 

「だって、だって……!」

 

サナリーが顔を上げると、彫刻のような美しい顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。震える声が空気に振動し、言葉になっていなかった。

 

「そんな大怪我をして……!手足もぐちゃぐちゃになって。身体の中も、もうボロボロで。それに、それに……!」

 

「OK分かった。少し深呼吸をしようか」

 

俺が静かに言うと、サナリーは一呼吸置いて、俺から少し離れた。けれど、名残惜しそうに、手は俺に触れたままだった。

 

「【白龍の森】で、私たち、弱くてごめんなさい……。もし、もっと強ければマイスにあんな決断をさせなくてよかったのに……!」

 

━━━ああ、そんなことあったな。

 

【白龍の森】━━━俺が連れてかれた場所だ。ここまでちぐはぐな記憶でも、初めての日は覚えている。

 

━━━まぁ、どうでもいいけど

 

それより、俺はこのしんみりとした空気に忌避感を覚える。

 

かつての俺は冗談めかしたユーモアのある話し方を好んだはずだ。そして、ムードメーカーでもあったはず。

 

だったら、

 

「はは、俺は連れてかれたんだよな~。やっちまったな、こりゃ」

 

「マ、マイス……」

 

サナリーが目を見開いて俺を見ていた。他の二人もだ。肉体的な痛みとは別種の痛み、気まずさという沈黙が俺たちの間に流れた。

 

どうやら俺は滑ってしまったらしい。

 

困った。俺はみんなにそんな表情をさせる気は全くなかったのだが……

 

仕方ない。話題を変えよう。

 

この気まずい空気はしんどい。

 

俺は場の雰囲気を作り直そうと思い、再び笑顔を浮かべる。

 

「━━━ずっと気になってたんだけどさ。何でみんなは泣いてるんだ?」

 

「え……?」

 

空気が凍る。沈黙が落ちる。視線が交差し、誰かが息を呑む音がやけに響いた。

 

やっちまった☆

 

まさか一度目よりも気まずい雰囲気を生み出してしまうなんて。牢の中にコミュ力も捨ててきてしまったらしい。

 

けれど、どうしても俺には理解できなかった。

 

この顔に張り付いたような笑顔だって、どうして浮かべているのだろう。みんなが何に泣いて、苦しんで、怒っているのか。俺には何も分からなかった。

 

━━━まぁ、どうでもいいか。

 

答えがないというのなら仕方がない。追及するのは野暮だろう。誰にだって答えたくないことくらいはある。

 

なにか大切なものだった思うけど、気のせいだ。

 

「━━━それよりさ、『ゆうしゃ』って知ってる?」

 

「【勇者】……?貴方のことよね……?」

 

「違う」

 

アレ?今、誰が声を出した。

 

俺の顔は笑っているはずなのに、心にあるのは明確な拒絶だった。

 

視線の先ではサナリーたちが爆弾の導火線に火をつけたかのように固まっていた。けれど、止まらなかった。心の奥底で煮えたぎる何かが、堰を切ったかのように溢れ出してきた。

 

「彼は弱くて情けなくて卑しいどうしようもない俺を救ってくれたんだ。そんな恐れ多い称号で俺を呼ぶな」

 

姿見を見ると、俺の顔から笑顔が消え、表情が消えていた。

 

「マイス……どうしたのよ?」

 

やっとのことで漏れ出たサナリーの声は怯えと困惑を滲ませていた。

 

どうしたのかだって?

 

「俺は普通だろ?」

 

「普通って……」

 

俺はおどけて見せたが、あまり効果がなかった。

 

俺を見る仲間の瞳には困惑が見て取れた。

 

━━━まぁいいか。これもどうでもいいものだろうし

 

それより、自分の笑顔が深くなるのを感じた。頬が引きつるほどに歪み、理性の壁が音を立てて崩れていく。心の奥底から何かが噴き出してくるような高揚感が胸を満たし、全身の血が沸き立つ。それを一言で表すとするなら生命の躍動━━━

 

「『ゆうしゃ』さまに会いたい……」

 

言葉になると、感情が爆発した。

 

起きた時から、心に在った何か。

 

俺はそれを言語化できた喜びで、鮮やかなほど口が回る。

 

「『ゆうしゃ』さまに会いたいんだ!ああ、彼に会いたい……!もう一度、彼に……!」

 

叫びは、狂おしいほどの慟哭だった。お礼がしたい。俺なんかが勇者を名乗ったことを謝罪したい。そして、罰してほしい。

 

目の奥が熱い。あの暗闇の中に垂らされた一筋の蜘蛛の糸の輝き。脳に、身体に焼き付いて離れない。

 

何もかもを失った俺に残ったのは『ゆうしゃ』さまへの果てしない憧憬だけだった。

 

目覚めてから何もかもがちぐはぐだった俺に唯一残ったど真ん中━━━この感情は嘘じゃない。

 

「彼こそが、本物だ!」

 

言葉が熱を持ち、震える声と共に涙が零れそうになる。だが、それは悲しみからではない。尊さと焦がれるような恋慕にも似た想いが心を突きあげてくる。

 

その瞬間、全身から力が抜け、俺は周りを睥睨する。

 

「ここに『ゆうしゃ』さまはいない……」

 

落胆が、喉を締め付ける。まるで使命のように、強迫観念のように、心が彼を求めていた。

 

「ゆうしゃさまゆうしゃさまゆうしゃさまゆうしゃさまゆうしゃさま……」

 

無意識にブツブツと呪文のように名前を繰り返しながら、俺はサナリーたちを押しのけて、ふらつきながらドアノブへと手を伸ばした。

 

「ダメよ!まだ、怪我が……!」

 

「何だよ。アレ━━━?」

 

言葉が途切れて、天井が沈み、地面が俺に殴りかかってきた。

 

視界が薄れゆく中、サナリーたちの滲む光に覆われていき、光が外側から浸食されていく。必死に何かを叫んでいる気がしたが、もう俺の耳には何も届かなかった。

 

━━━だから、何でそんな顔で俺を見ているんだ?




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