俺の【勇者】はどこにいる? 仲間を救うため、魔人の捕虜となった。それから一年。変わり果てた俺を見て泣いた   作:addict@書籍化

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ミリレーラ=アレクシスside

私の人生の大半は退屈で埋め尽くされていた。

 

「ミリレーラ=アレクシス。私と結婚してほしい」

 

「お断りです。あ、でも、お金だけは欲しいですぅ」

 

そんなやりとりは、もう何度目になるだろう。

 

私は平民出身の、ごく普通の家庭に生まれたただの少女だったはずだった。けれど、生まれながらにして【魅了魔法】という男を破滅させる力を手に入れてしまった。

 

この魔法は、異性を惑わし、心を奪う。ただ、それだけ。

 

だが、それだけで私の人生は決まったも同然だった。

 

男たちは私を見た瞬間、抗うことなく恋に落ちる。貴族だろうが、王族だろうが、身分も立場も関係ない。

 

彼らにとって私は運命の女性であり、唯一無二の存在。

 

そして、私が奪うのは心だけではない。彼らが築いてきた愛も、絆も、未来さえも壊してしまう。

 

妻がいようとも、恋人がいようとも、私を見た瞬間にすべてが崩れる。

 

私は女にとって永遠の敵だった。

 

とはいっても、告白されると面倒なのは事実だった。いちいち修羅場に巻き込まれては身動きが取れなくなる。だから、告白料金は金貨一枚を要求することにした。

 

こうすれば、貴族以外に愛を囁く人間が減るだろうと思っていたのだが、全く効果がなかった。

 

金ごときでは私の美貌を欲する欲は抑えられないらしい。

 

今の私はビジネスだと割り切ってお金を集めている。

 

もちろん、誰の告白を受け入れる気なんてない。それでもたまには「一日だけ恋人」を演じている。そうすれば、次の日からその男は一生、私を忘れられない廃人になる。

 

誰にも真似できない最低最悪のビジネス。

 

倫理?道徳?

 

そんなものは、とうの昔に捨てた。この力を持って生きるというのは、そういうこと。

 

クズでいなければ、私はとうの昔に、心を壊してしまっていただろう。

 

常に愛と憎悪を向けられる人生で正気でいられる方が可笑しい。

 

ただ、それでも私はつまらない。退屈だと思っていた。

 

男たちが私に跪くたび、金貨が積まれるたび、心の奥底は冷めきっていく。

 

テキトーにいい男がいたら、一生馬車車のように働かせて、私は一生ダラダラ過ごすことを夢にしていたのに、今はその夢が叶ってしまっていた。

 

そんな退屈を噛み締めている私の前に現れたのは、一見するとどこにでもいそうな黒髪の青年だった。

 

━━━私はこの男を知っていた。

 

「はじめまして」

 

爽やかな笑顔。清潔感のある見た目。何の特徴もない男。けれど、この男は最近、話題の渦中にいる人物だ。

 

なんてったって、彼はあの王女様直属の冒険者パーティ━━━【星屑の集い】のリーダー、マイス=ウォント。

 

まだ学生でありながら、魔人の小隊を撃破して世間をざわつかせている。将来有望どころか、次代の【勇者】候補としても名前が挙がっている。

 

━━━丁度良いのかもしれない

 

このレベルの逸材にうまく取り入って、寄生していけば、私の人生はバラ色確定。私は告白されるその瞬間を心待ちにしていた。

 

だが、彼の口から飛び出してきたのは想像の斜め上を行く一言だった。

 

「スカート捲りを手伝ってくれないか?」

 

「ええ、いいですよぉ━━━は?」

 

……今、私は聞き間違えたか?スカートを捲りを手伝えなんて世迷言が聞こえてきたしたんだが……

 

「お、マジか!いや~助かるわ。!中々手伝ってくれる奴がいなくて困ってたんだよね~」

 

満面の笑みで感謝されても困る。そして、何でそんなお願いを初対面の女にするのか。

 

「え~と。ちょっと待って。何でこの列に並んだんですかねぇ?」

 

「ん?なんか面白そうな行列だな~って思って見てたらさ、金貨一枚で君が俺の手伝いをしてくれるって書いてあってさ」

 

「看板よく読んでくださーい!私は金貨一枚で告白を許可するって言ってるんですぅ!」

 

「だから、俺の大切な計画を告白したろ?」

 

「ああ、話が通じねぇですぅ!」

 

何だこの人は。

 

そもそもなぜ私と会話ができる?

 

普通なら、私を見た瞬間に理性が飛ぶはずだ。

 

それなのに、会話ができている。

 

いや、内容はぶっ飛んでるけど。

 

「ま。とにかく歩きながら、説明するわ。今日はいい風が吹いてるし、スカート捲り日和だろ?」

 

そう言うと、彼は私の手をガシッと握ってきた。そして、私は風にさらわれる枯葉のように、信じられないスピードで引きずられて行く。

 

「ああ、俺の名前はマイス=ウォント。よろしくな!」

 

━━━この人、将来性は抜群だけど、間違いなく変人だ。

 

これが私とマイス=ウォント━━━先輩に対する第一印象だった。

 

 

「対象はサナリー=グリノール」

 

マイス=ウォント━━━マイス先輩にしておくか。一応、彼は真剣な顔で指差した。昼下がりの陽気に包まれた学院の中庭。白の修道服に身を包んで、ベンチで本を読んでいる黒髪美少女の姿があった。

 

私たちはそんな彼女を茂みに隠れて観察していた。

 

「俺の【星屑の集い】のメンバーで俺の幼馴染。おっぱいがデカくてスタイルが良くて美人で性格はそこそこ良くて家庭的な女だ」

 

「惚気ですかぁ?」

 

どうして私はこんなことをしてるんですかねぇ……

 

思わずジト目で睨む私に、マイス先輩は拳をぎゅっと握りしめた。まるで国家機密を語るように。

 

「違う。これは復讐だ……!」

 

「復讐?」

 

物騒な単語が飛び出してきて、思わず聞き返してしまう。

 

サナリー=グリノールと聞いて少しだけ思い出した。彼女は毒魔法と回復魔法を組み合わせるという意味不明なことをやってのけた天才僧侶候補。

 

そして、攻撃もできる意味不明な女。

 

私よりは美人じゃないにしても、それなりにモテるであろうことはすぐにわかる。

 

少しだけ興味を抱いた。

 

「一体何があったんですかぁ?」

 

すると、歯ぎしりをしたマイス先輩から出てきたのは予想外の一言だった。

 

「今日、サナリーが作ってくれた弁当の中に大嫌いなピーマンを入れられたんだ……入れるなって言ったのに……!」

 

「……」

 

「ちゃんと何度も言ったのにッ……!それなのに、忠告を無視しやがって……ッ!」

 

「……」

 

「だから復讐する。俺は絶対にサナリーに恥をかかせる……ッ!」

 

「くっだらね……」

 

思わず本音が漏れた。

 

興味を持った時間が無駄過ぎる。そもそもスカート捲りを復讐にする阿呆な男に興味をそそられる動機を求めたのが馬鹿だった。

 

こんな先輩相手に、可愛く振舞うのは限界がある。なんか根本的にダメだ。こっちの精神が摩耗する。それと同時に、こんな男が次代の【勇者】候補って人類はそこまで堕ちたのかと謎の責任感が沸いてきた。

 

「君には風魔法を使ってサナリーの足元を狙ってほしいんだ。その風圧でサナリーのスカートをふわっと、な」

 

「マジで帰るぞこの変態野郎」

 

思わず本音が口から飛び出してしまった。

 

私、何も間違ってないよね?

 

「俺はその風を固定化する。ずっと風が吹き続ければ、パンチラなんてレベルじゃない。抑えても抑えてもずっとスカートが捲られ続けた時のサナリーの顔……絶対、真っ赤になって困惑するよなぁ」

 

ドヤ顔で語る変態先輩。まるで、世界を救う英雄のような顔をしているが、やっていることはしょうもない。

 

話も聞いてくれないし。

 

どうでもいいけど、成功した後どうすんだこの人……

 

良質なヒモを見つけたと思ったのに、もう関わりたくない人間ナンバーワン。

 

「じゃあ、手筈通り頼んだ!基本、君に合わせる」

 

「あ、ちょっと!」

 

私の抗議なんて聞こえていないのか、マイス先輩はさっさと目を閉じて、集中モードに入った。さっきまでの軽薄な笑顔は消え、急に顔つきが一変する。

 

まるで、別人のような、研ぎ澄まされた横顔。

 

……少しだけギャップにやられたのは内緒。あんな変態にときめくなんて認めるわけにはいかない。

 

さて、ここで問題です。

 

私は魔法を使えるでしょうか? 

 

━━━A.いえ、使えません

 

私は基本、魔法の授業をサボっている。この学校に入れたのだって、顔パス、顔採用。つまり、魔法なんて魅了魔法以外に使ったことがない。

 

五元素の基本魔法すら使ったことがない。

 

ただ、ここで基本魔法すら使えないと弁解するのは、なんかムカつく。

 

もし、この変態先輩に「え?基本魔法も使えないの?」なんてニヤニヤ煽られたら、明日から生きていける自信がない。

 

そんなことを考えていると、サナリー先輩の姿が映った。

 

こちらに向かって、ゆっくりと歩いてくる。

 

━━━デカいな……

 

思わず視線が、二つの大きな山に吸い寄せられる。私も大きさにはそれなりに自信があるが、なんだか負けた気分だった。

 

「はっ!」

 

慌てて首を振って、自戒する。

 

でも、そんなことを考えている暇はもうない。サナリー先輩は、まさに私たちが狙っていたポイントに足を踏み入れた。

 

(い、今しかない……!)

 

緊張で掌に汗が滲む。頭の片隅から、どうにか思い出した風魔法の詠唱を口にする。

 

「【(ウィンド)】!」

 

ピュッと、一陣の風が吹きあがり、サナリー先輩のスカートが見事に捲れ上がる。

 

「は?」

 

鉄面皮のような表情に亀裂が入る。その瞬間、隣りのマイス先輩がニヤリと口角を上げ、指先を軽く掲げた。

 

「【固定(ロック)】」

 

淡々と告げられたその一言で、風は止まることなく、サナリー先輩のスカートの中を吹き続ける。魔法に疎い私でもこれが高度な技術だと分かる。

 

抑えても抑えても吹き上がるスカート。みるみるうちにサナリー先輩の頬が赤く染まり、ついには耳まで真っ赤になった。

 

「マイスね……!」

 

低く唸るような声で、犯人の名前を告げる。

 

「ピーマンの恨みだッ。ははは、ざまぁ見ろぉ!」

 

子供みたいに叫びながら、高笑いしている。

 

「餓鬼かよ……」

 

呆れ果てて、冷たい視線を向けると、マイス先輩は私の視線に気付いたのか、満面の笑みを浮かべながら、私の手を取った。

 

「君のおかげだ!サナリーに復讐できたよ!」

 

「え?あ、あの」

 

不意打ちに反応ができなかった。その手は思ったより、暖かくて、余計に動揺する。

 

「いやぁ、いい風魔法だった」

 

「えと、あの」

 

「そういや名前を聞いてなかったな」

 

どんどん距離を詰めてくるマイス先輩。でも、私の視線はその背後に釘付けだった。

 

「その、後ろ……」

 

「ん?後ろ?」

 

マイス先輩の背後、そこには鬼の形相でニッコリと微笑むサナリー先輩の姿があった。

 

「ああ、そっか。風魔法を固定化しちゃうとそこから移動すれば、スカート捲りが解除されるのか。これはいい勉強になった」

 

「遺言はそれでいいのかしら?」

 

サナリー先輩の冷え切った声に、マイス先輩はふっと笑い、覚悟を決めた顔になる。

 

「ふっ。お前と俺の仲だろ?やれよ。一思いにさ」

 

次の瞬間、ゴツンという鈍い音が響き、マイス先輩は眼を回しながら地面にうつ伏せに倒れる。

 

すると、サナリー先輩が私を見る。

 

凄い、嫌な予感がする……

 

「新しい仲間だっていうなら、教育は大事よね。そう思わない?ミリレーラ=アレクシス」

 

「え?」

 

そして、なぜか私の頭にも拳骨を落とされた。

 

気になることを言っていた気がするが、私は拳骨の痛みでマイス先輩の隣に倒れてしまったのだった。

 

 

「ふい~痛ぇよぉ……。サナリーにもそろそろ手加減を覚えて欲しいもんだ」

 

「私なんて完全にとばっちりじゃないですか……!」

 

二人して、サナリー先輩に拳骨を喰らった後のたんこぶを冷やしながら、並んでベンチに座る。この間抜けな光景に、自分でも少し呆れてしまう。

 

静かな時間を少し流れる中、ふと気になった疑問が口をついて出た。

 

「マイス先輩には、どうして私の【魅了魔法】が効かないんですか?」

 

「ん?」

 

マイス先輩の無防備の笑顔に、ほんの少しだけ胸がざわつく。

 

「えっと……私には【魅了魔法】があるんです。でも、先輩には全然効かなくて……その、私のこと、好きにならないんですか?」

 

語尾が自然と萎んでいく。己惚れが過ぎる発言に少しだけ頬が熱くなった。すると、マイス先輩は眼を丸くして、次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。

 

「そんな面白そうな魔法が使えるのか!道理でさっきからチクチクすると思ったぜ!……あ」

 

興奮する様に身を乗り出してきたが、マイス先輩はすぐに自分の態度を恥じたのか、咳ばらいをして姿勢を正した。

 

もう手遅れだぞ?

 

「え~と、名前何だっけ?」

 

「ミリレーラ=アレクシスです」

 

「なら、ミリーでいいや。長いし」

 

勝手にあだ名を付けられたが、まともに相手をしていたら、精神が持たない。

 

「で、質問に答えるとだな。俺は【状態異常無効】を使ってるんだ」

 

「じょうたい……?何ですかそれ……」

 

「う~ん。簡単に言うと、俺がこの魔法を使っている時は毒も麻痺も、火傷だろうが、切り傷だろうが、俺の身体に異常が起こるようなことは一切効かない。それこそ君が使ってる魅了魔法もだ」

 

「それって……」

 

「おう。この魔法を使っている間は無敵なんだ。俺」

 

魔力は馬鹿みたいに使うけどな、と言って冗談めかしているがそんな反則みたいな魔法が、この世に存在するなんて思ってもみなかった。

 

私の魅了が通じない初めての男。

 

「さっきまで、変態クソ詐欺勇者だと思ってすいません」

 

「ははは、正直なのは美徳だけど傷ついたぞ☆」

 

その軽口に、思わず頬が緩む。

 

━━━次代の【勇者】候補。

 

最初は胡散臭いと思っていたけど、少しは信用していいのかもしれない。変人だけど。

 

「それより、次の悪戯どうする?」

 

「まだやるんですか……」

 

見直した時間を返せ。しかも、私を巻き込む気満々だった。

 

金貨一枚の契約だってことを完全に忘れていた。

 

「次のターゲットは貴族のボンボンだな。そんで、学院長のヅラ。騎士団長を笑わせたいな。ゆくゆくは王女様に恥をかかせたい……!」

 

「不敬罪で死ねばいいと思いますぅ!」

 

【星屑の集い】って王女直属の冒険者パーティだったはず。雇用主に、しかも、王女様相手にそんな阿呆なことを考え付くのはどうかと思う。

 

「でも、面白そうだろ?」

 

ニヤリと口角を上げて悪戯心満載に微笑む。

 

「決まりだな。じゃあ、魔法の特訓と計画だな。俺とミリーで王女をぎゃふんと言わせてやろうぜ」

 

「まだ、やるって言ったわけじゃないんですけどぉ!?」

 

「え?俺、断られたの……?そんな笑顔で?」

 

「笑顔……?」

 

言われてハッとする。鞄の鏡を取り出して自分の顔を見ると、そこには満面の笑みを浮かべている私の顔があった。

 

━━━何で、こんな顔をしているの……?

 

けれど、意志に反して、さっきのサナリー先輩の表情が思い出される。私の魔法で氷のような美女のサナリー先輩を赤面させることができた。

 

あの時の、充実感が思い出されて、私の笑みは収まるどころか、深くなる。

 

私はいいところに嫁いでスローライフを送ることが目的だった。だけど、そんな不敬なことをやって問題行為を起こせば、私のキャリアに傷がつくのは眼に見えていた。

 

それでも━━━この変人となら、退屈な日々から抜け出せる気がした。

 

「━━━私、人生退屈なんですよぉ」

 

「へぇ、勿体ないな」

 

その返事が、何故か心地よかった。

 

初めて、私の魔法が効かない男。私の想い通りにならない男。そして、退屈を壊してくれそうな男。

 

多分、私の渇きを埋めてくれるのはこの人だけだ。

 

「俺と一緒にいればそれなりに楽しい人生を送れると思うけど?」

 

「ええ、私もそう思います。だから━━━責任、取ってくださいね?」

 

私は手を差し出した。マイス先輩は一瞬呆けた後、ニッと笑って、その手を握り返す。

 

ああ、そうそう。

 

「あ、私、一切魔法を使えませんので、ちゃんと教えてくださいよ?」

 

「え、マジ?」

 

「マジですよ。あ、今更捨てるなんて許しませんからね?手取足取り甘やかしながらしっかり私を鍛えてくださいね?」

 

今日初めて見るマイス先輩の驚き顔。それだけで、今までのやられっぱなしを少しだけ取り返せた気がした。

 

それからの私の人生は、一言で言えば、忙しかった。

 

元々、魔法の基礎なんて、何一つ身についていなかった私が、まさか本気で勉強する日が来るなんて、誰が想像しただろう。

 

厄介な魅了魔法が修行の邪魔になっていたので、先輩に無理やり頼み込んで、全身を覆う地味なローブを買わせた。結構高いやつだったけど、『責任』の一言で黙らせた。

 

幸いにも私には”天賦の才”があったらしい。ただの平民でありながら、一度理解すれば飲み込みは早く、気付けば三か月足らずで学年首席。マイス先輩ですら、目を丸くして驚いてた。

 

━━━まぁ動機は不純そのものだったけど。

 

高度な悪戯をするためには魔法が必要。そのために私は死に物狂いで勉強したのだ。

 

ムカつく女のスカートを風魔法で捲り上げたり、学院長のヅラを盗んで逃げまわったり。サナリー先輩の入浴時間を狙って忍び込んだマイス先輩が殴られたり……

 

後は戦士さんに『くっ殺せ』と実際に言わせてみたりもした、あの時は感動で泣きそうになった。ラスボスの王女様にも悪戯を仕掛けたが、普通に看破されて、仲良く牢屋に入れられて、二人で笑い転げたのもいい思い出だ。

 

そうそう、私は自然な流れで【星屑の集い】に加入した。冒険者なんていう安定とは最もかけ離れたものに就職してしまうなんて夢にも思わなかった。

 

初めて、魔人と対峙した時、私は初めて恐怖を覚えた。

 

眼の前に広がる血の匂いと殺意に満ちた戦場。ふざける余裕なんて一切ない。震える手を必死に隠しながら、私は戦った。

 

その時に、マイス先輩に庇ってもらって……はい。とても、格好良かったです。

 

魔人と戦うのは怖い。今もそうだ。それでも前を向けたのは隣に仲間がいたから。

 

抜け殻だった私にも初めて、守りたいと思えるような存在ができた。

 

【賢者】と呼ばれるほどに魔人を殺し、民を救ったのも、みんなで平和な世界を取り戻し、またくだらない毎日を一生続けたい。

 

そんな小さな願いだった。

 

━━━あの絶望の日。

 

私たちは【灰燼】ガブリエルとその配下たちに待ち伏せされた。

 

マイス先輩が投降しようとしたとき、サナリー先輩は全力で止めた。ここでマイス先輩を残して生き延びるくらいなら自分も戦って死ぬと。

 

そして、マイス先輩の視線が私に向けられる。

 

「わ、私も戦います。先輩を残して逃げるわけにはいかないです……」

 

私は怖かった。ただ怖かった。

 

【星屑の集い】は私の守りたい場所。けれど、そんな覚悟は目の前の魔人の軍勢によってへし折られた。

 

脚はすくみ、手は震え、心の底では逃げ出したくてたまらなかった。

 

でも、それを悟られるのが怖くて。この場にいる資格がないと思われるのが怖くて。

 

だから私は、虚勢を張っただけだった。

 

そんな薄汚い私の心を見抜いたのか、ふっと笑った。

 

「安心しろよ、ミリー」

 

その一言は呪いだった。

 

「俺がみんなを助けるから」

 

その瞬間、私は逃げることを選んだ。戦うのではなく助けてもらうことを。頭では戦うと言わなければいけないのに、心が身体が縋ってしまった。

 

「━━━ミリーには言ってなかったけどさ」

 

「ぇ……」

 

「実は初めて会った時から、ミリーのことは知ってたんだ。というよりも王女様の命令でさ、お前のことを【星屑の集い】に加入させるように言われてたんだよ」

 

知らなかった。そんなこと一言も聞いていない。

 

「でも、ミリーはさ。ずっと、ずっと退屈そうな顔をしてただろ?だから、なんとかその顔はぶっ壊してやりたかったんだ」

 

本当に壊された。灰色だった私の人生に、先輩は無理やり色を塗った。

 

その日々は、騒がしくて、眩しくて、楽しくて━━━

 

「どうだった?俺に付いてきた日々は?」

 

「ッ、先輩のおかげで、生きてるって思えました。だから、これからも━━━」

 

「ああ、そうそう。最後だからこれも言っておくわ」

 

私の願いを遮り、言葉を続けた。

 

「魅了なんてなくたって、ミリーは良い女だよ」

 

「ッ」

 

「だから、お前はお前の幸せを掴みに行け」

 

その瞬間、世界が白に染まった。

 

契約魔法━━━【白剥の呪縛】(ホワイト・チェーン)

 

私たちを守るためだけに、自分のすべての魔法を代償に、そこにいた魔人たち全員に契約を結ばせた。

 

契約内容は、私たちに手を出さないこと。破れば、魔力を封印され、一生魔法を使えなくなる。

 

あまりにも小さな契約。けれど、それすらも実現するには、先輩は“すべて”を捨てなければならなかった。

 

「待って……」

 

震える声で縋った私に、振り返らずに告げた。

 

「さよならだ。幸せになれよ」

 

その背中が遠ざかるのを、私はただ、茫然と見ているしかなかった。

 

声も出ない。足も動かない。ただ、涙が頬を伝った。

 

そんな資格もないのに。

 

私は最後までただ見ているだけの木偶人形。

 

茫然としながら、マイス先輩との会話を思い出した。

 

昔、先輩に聞いたことがある。何を失うことが嫌なのかと。

 

 

 

 

「俺は魔法かな。こんな面白い物、他にはない。絶対に失くしたくない。死んでもやだな」

 

 

 

 

そんな大切なものを、先輩は私たちのために差し出した。

 

━━━私たちが、いや、私が弱かったせいで。

 

私が臆病だったせいで。

 

胸が引き裂かれるほどの後悔に押しつぶされそうだった。

 

どうして、私はもっと早くから魔法を勉強していなかった。

 

どうして、スローライフなんて求めて男遊びをしていた。

 

どうしてどうしてどうしてどうして!

 

「ぅ……う……」

 

涙で視界が滲む中、私は唇を噛み締め、心に誓った。

 

こんな後悔、もう二度としないと。

 

 

 

━━━けれど、私は一年後、同じ後悔をすることになる。

 

先輩が帰ってきた時、私は何もできなかった。

 

サナリー先輩は震えながら、自分の回復魔法を呪っていた。どう回復しようとも、崩れ落ちるほどに弱った身体。そんなマイス先輩の身体を何度も壊しながらも、目を背けなかったサナリー先輩はやっぱり凄いなと思った。

 

私はその光景を見ることすらできなかった。私は布団にくるまりながら、サナリー先輩の慟哭を夜な夜な聞いていた。

 

何度、思い出しても血に濡れた先輩がフラッシュバックする。

 

ぐちゃぐちゃになった身体。ドロドロに溶けた皮膚。変色してしまった髪。

 

どれもかつての先輩の面影はない。だけど、それでも。彼はマイス=ウォントだった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

一年間、強くなったはずだった。誰かを守れるって、そう信じていたはずなのに。

 

情けなくて、悔しくて、吐き気がした。

 

地獄のように重く、暗い日々が、三週間ほど続いた時、マイス先輩の身体はサナリー先輩の回復魔法が使える範囲にまで回復したらしい。

 

「お疲れ様で~す。サナリー先輩!」

 

私は震える心と罪悪感を隠すように、いつものお調子者の仮面をかぶってサナリー先輩に声をかけた。

 

けれど、サナリー先輩の唇が、静かに、残酷な現実を告げた。

 

「もう、マイスは魔法が使えない……」

 

その瞬間、鼓動が耳を打った。世界の色が褪せていく中で、私は一つの可能性にたどり着いた。

 

「そ、それって、【白剥の呪縛】(ホワイト・チェーン)を使用したからですよね!」

 

先輩は今まで培ってきた魔法のすべてを私たちを救うために使った。だから、【状態異常無効】ももう使えないはずだ。

 

それはとても悲しいことだ。先輩の研鑽のすべてが無くなってしまったのだから。

 

けれど━━━

 

「でも、先輩は筋金入りの魔法オタクですよ?また一緒に勉強すれば━━━」

 

「……ないの」

 

「え?」

 

小さく、けれど、決定的な一言が突き刺さる。

 

「体の中に……魔術回路がないの」

 

理解が追い付かない。けれど、サナリー先輩は私に逃げ場を与えなかった。

 

「正確に言うとね……魔術回路が別のモノに置き換えられてるの。おぞましい、得体のしれない”何か”に」

 

耳鳴りがする。心臓が締め付けられる。

 

だけど、サナリー先輩は生気のない冷たい瞳で断言した。

 

「もう、二度と魔法は使えない」

 

「━━━嘘ですよね……?」

 

声が震える。祈るように縋るようにサナリー先輩を見る。でも、その願いは一瞬で裏切られた。

 

「嘘だ、と思いたいのはッ……私の方よッ……!」

 

胸倉を掴まれ、身体が壁に叩きつけられる。

 

サナリー先輩の怒りと悲しみが、痛いほど伝わってくる。

 

「どうして……」

 

言葉が続かない。ただ、涙が流れる。

 

どうして……どうして、そこまで先輩だけが奪われるの?

 

死の絶望を何度も味わい、挙句の果てに大好きだった魔法すら奪い去った。

 

目を覚ました先輩を見て喜んだのは束の間。

 

先輩の心は『ゆうしゃ』なんて偶像に執着しないと生きていけないほど狂っていた。かつての自分を演じようとしている先輩は壊れた人形だった。

 

神様は残酷だ。

 

魔法だけに飽き足らず、先輩の心すら奪ったのだ。

 

こんな先輩はもう見ていられない。私が、先輩を取り戻す━━━あの日の先輩を。

 

そして━━━

 

 

 

「絶対に……魔人は【コロス】」




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