あー、あー、マイクチェック・ワンツー。こちらは異世界放送局です 作:獅子飼い
「よもや、貴様の顔をもう一度見ることになろうとはな」
「別に死んではいないので……」
「自死を選んでもおかしくはない醜態ではあったがな」
ギリオンの言葉は別に皮肉でも嫌がらせでもない、純粋に事実と感想を告げただけだ。
確かに、あんだけ大見えを切って、テスト放送をした結果があれだ。
それでいて、もう一度ギリオンとの交渉の席へと座る。
商業ギルドの一階はちょうど忙しいタイミングのようで、がやがやと騒がしかったと思うが、この部屋は外の空間と断絶されたように静かだった。
商談などをする部屋のため、防音に気合を入れているのだろうか。
シオンとの会話を経て、俺はパーソナリティを降りて、シオンがメインパーソナリティとして活動する予定のラジオ放送。
想像もしていなかった路線変更だが、結局は変わらない。
ラジオの大量生産にはギリオンの協力が必要不可欠なのだ。
異世界に来てから顔を何度も合わせることになったギリオンはつくづく俺の異世界転移のキーパーソンらしい。
「ソウジ、大丈夫かい?」
ロロさんが隣で俺に声をかける。
俺の身体はシオンの
ロロさんにシオンをパーソナリティとすることを伝えた時には大層驚かれたが、あの余裕を崩さないロロさんの鼻を明かしたのは誇らしい。
ロロさんはそれ以上何も言わなかったし、シオンにも手を出さなかった。
ただ、純粋に俺と共にギリオンとの最終商談へとついてきてくれたのだ。
「大丈夫です」
「して、何の用だ。小僧」
ギリオンが業を煮やして本題へと入る。
恐らく暇ではないのだろう。
「当然、商談です。ラジオ製作の協力についてです」
「……」
ギリオンはしばし、思案する。
そもそも、前回の商談でもテスト放送でも醜態を見せた。
ギリオンにこの異世界でのラジオ計画に興味を持たれなければそれで終わりだ。
前回の商談でも言ったように、ラジオが本当にこの国で流行るかどうかはギリオンの商人の勘に任せることになっているのだ。
「いいだろう。話は聞いてやろう。
元より、その技術自体は面白いと思っていた。その黒猫が力を貸しているのであれば実現も可能なのだろう」
「黒猫じゃなくて、私はロロだよギリオン。
偉大な大英雄、深淵の魔女ルージェリカ・オランダの使い魔、ロロだ」
「黙れ黒猫、貴様の言葉は嘘の匂いがこびり付いている。臭くて堪らん」
「女性に臭いはあんまりだと思うなぁ」
そういうロロさんの口調に落ち込んだ様子はない。
軽い挨拶を交わした程度に受け流している。
それはともかく、話は聞いてくれるらしい。
俺は深呼吸して気合を入れなおすとギリオンに向かう。
「ギリオンさんへの要望は同じです。
ひとつはラジオの大量生産に関しての人手と資金提供。
もうひとつは……ラジオ放送を行う上でのスポンサー契約です」
改めて前回の商談内容をまとめるとギリオンは腕を組んでふんと鼻を鳴らす。
「ひとつ目は既に協力関係に合意は取れている。無論、契約を行う上で細かなすり合わせは必要だがな」
ラジオの大量生産と資金提供。
ロロさんがラジオの作成方法を師事し、基本的な販売権は商業ギルドが独占する。
販売価格は双方合意で行うとはいえ、ロロさんへ売り上げの一部を譲渡して以降は基本的にラジオ販売で出る売り上げは商業ギルドへ入る。
最初の作成は限定的な個数を作成するものではあるが、概ねこちらとしても問題はない。
「はい。問題ないです」
「では、二つ目だ」
問題はここだ。
「スポンサー契約として我がギルドは貴様たちにラジオ放送を維持するための資金提供を行う。
代わりに、貴様たちは放送内で我がギルドが優位となるような喧伝を行う。そうだな?」
「はい」
ここまではギリオンも俺の返答を予測しての質問なのだろう。
話はトントン拍子に進んでいく。
「そして、我らの条件として、ラジオ放送での内容について我らが決定権を有するというものだ」
「それですが……」
ここも変わらない。
シオンがパーソナリティとしてやっていくとしても、ここは変わらない。
「お断りします」
「……」
――ここは譲れない。
仮にラジオ放送が成功させるためにそちらが正解だとしても。
俺がラジオ放送をする限り、ここだけは譲れないラインだ。
ギリオンはある程度予想をしていたのだろう。
驚いた様子はないが、しかし、つまらなそうに瞑目する。
「小僧。ラジオの放送内容に関する決定権は譲らないと?」
今一度、言葉を正確に確認してくる。
「はい、もちろん要望は伺いますが、基本的に放送内容の決定権は放送側が有するものとします」
「そのために何を譲歩する、スポンサー契約の資金提供額か?」
「もちろん細かな金額設定は後々となりますが、
――決定権の有無で金額を調整するつもりはありません」
「小僧……」
ギリオンの目に初めて敵意が宿る。
苛立ちにも近いそれは、失望を持って俺を射貫く。
「改めて顔を見せたからどう成長したかと思えば、何も変わっていないではないか」
「諦めることだけが成長とは思いません」
「だが、その傲慢で得るものはない」
きっぱりと言いのける。
俺の失敗理由は、自身の欲を正しく認識していなかったからではなく、契約内容の見通しが甘かったわけでもない。
――前回の失敗理由は主導権をギリオンに渡してしまっていたことだ。
「待ってください」
それでは商談ではない。
懇願だけではこの商人は揺らがない。
必要なのは、ギリオンさえも揺るがす余裕と自信を持った仮面だ。
「ギリオンさんは勘違いをされているのでそこを訂正します」
「何……?」
話を切り上げん勢いのギリオンを呼び止める。
「俺はスポンサー契約の話をしに来ました。そこは前回と同じです」
「……」
「しかし、協力をお願いしに来たのではないです。協力させてあげようと提案しに来たのです」
ピタリと、ギリオンのすべての動きが止まる。
静止した、ギリオンは少しだけ口角を上げて俺と正しく向き合った。
「よかろう、オチ・ソウジ。随分と態度が変わったな」
「ありがとうございます」
「褒めておらん。だが、その傲慢な欲に相応しい外殻となったと言っている」
ギリオンの瞳が真剣さを得る。
どうやら、今までは真剣に話を聞いていなかったようだ。
大商人ともいえる男の真剣な眼差しは敵意を持った瞳より肺を締め付ける緊張感を与えてくる。
だが、口はまだ回る。
「それで、どういうことだ? 嘘のつもりではないことは分かる。だが、貴様が何故契約の主導権を握ったつもりでいる」
「……言葉通りです、商業ギルド以外にすでにスポンサー契約の目途は立っています」
「……何?」
そもそも、スポンサー契約は一企業のみと結ぶものではない。
ギリオンの資金力が強大なために盲点だっただけだ。
とはいえ、
ギリオンに勝ち馬に乗らせてやるというスタンスが必要だ。
「王都ガリア内の店舗、服屋“ミス・ミスタブランド”を中心に何店舗かが資金提供を承諾してくれました」
ミスタさんと彼の知り合いの何店舗かにはラジオについての説明は行った。
資金提供と言えど雀の涙ほどだが、ラジオによる効果……何より実施の際は商業ギルドも乗ってくることを約束し、資金提供を約束してくれた。
彼らには商業ギルド……ギリオンが乗ってくる時点で勝ち馬だ。
ギリオンへの絶対の信頼があるこの街の商人はギリオンが乗ってくれば十分利益が見込める話。
ギリオンが乗ってこなければそもそも資金提供の必要はない。
そういう、どちらに転んでも有利な条件として承諾してくれている。
大事なのはギリオンが座る席が埋まっていってることを示すこと。
「あとは、メジウム教、大聖堂ガリアも物資による提供を約束してくれています」
ミア・ミッチェルモアの所属するメジウム教は大聖堂ガリアを拠点に置く宗教組織だ。
国民の多くを信徒に置く、この宗教の権力は話ではギリオンと貴族に並ぶ。
そして、元々ロロさんが言ったように浮浪者などへの献身的な保護なども行っている清廉な組織だ。
金銭契約ではなく、物資提供であれば代わりに迷える信徒達に声を届けることを約束して承諾してくれた。
間を取り持ってもらったミアには副音声なく嫌味を言われたが……
「最後は冒険者ギルドです、単発的な資金補助ですがすでにある程度の金額を援助してもらいました」
シオンが行ってきた寄付行為。
それは冒険者ギルドからの依頼として処理し、報酬を受け取ってもらうようセレーナさんに言われた。
だが、シオンは個人的な報酬を受け取ろうとしないので、間を取り持ち、ラジオ放送への資金提供という形で報酬を受け取った。
単発的なものとして、冒険者ギルドとシオンには貸し借りがなくなったことになる。
元よりシオンにそんな意図はなかったのだが、冒険者ギルドとしては意外と簡単に処理をしてくれた。
これで、複数の店舗、大聖堂ガリア、冒険者ギルドがスポンサーとして名前を連ねた。
放送をやっていく上ではまったくもって足りないが、ギリオンにはこれらのスポンサーが名を連ねている勝ち馬に乗せてやると告げる。
「商業ギルドにも一枚嚙むことが出来る余裕は残しています。
放送内容の決定権は譲れませんが、今なら契約を結んであげます」
随分と上からの態度だが、ギリオン相手ならこれが正解だ。
「……」
ギリオンは顎に手をやり、熟考している。
これらが俺のブラフであることも気付かれているかもしれない。
これで俺が提示できる手札はすべて切った。
あとはギリオンの判断に任せるしかない……
「足りないかい?」
「ロロさん?」
「……あぁ。心意気は面白いが、所詮は我個人の悦楽だ。商業ギルドを悦楽に巻き込むわけにはいかないだろう」
ギリオンが低く、そういった。
それはそうだ、商業ギルドという巨大な組織の長だ。
そう簡単に首を縦に振るわけがなかった。
だが、提示できるものはもう何もない。
「なら、私が後押ししよう」
淡々とロロさんが告げる。
「今ソウジが言ったスポンサーにふたつ足そう」
「ふたつ?」
「一人目が大英雄、深淵の魔女ルージェリカ・オランダだ」
「黒猫、どういうつもりだ。真名を名乗る気にでもなったか?」
「私は大英雄のただの使い魔だ。
それでも、ソウジの行うラジオ放送に深淵の魔女の叡智を費やすことを厭わないことを約束する」
大英雄は詩にもなる偉人だ。
それはこの国内の権力とかそういう範囲に収まらない。
「ルージェリカ・オランダが求めるは未知の探求。世界のすべてを知り得る彼女が知らぬものの提供だ。
代わりに世界のすべてを知り得る彼女が君に協力をする。ソウジ、契約するかい?」
「……します」
ルージェリカの知り得る範囲は知らないが、ラジオを、別世界を知らない相手になら未知への提供はして見せる。
「もう一人は誰だ」
「大英雄、白銀の剣聖フィオナ・フィルトリンデだ」
……知らない人だった。
しかし、そのネームバリューはルージェリカと同じく、ギリオンの表情を動かすのに十分だ。
「ラジオの仕組みは前回話したが、声をマナに変換し、それを遠方へ飛ばす、強大な魔導具が必要だ。
テストは私が術式を起動したが、機械的に術式を起動し、大量な魔力を放出するものが必要だった」
「まさか、貴様……」
ロロさんが尻尾を振ると、目の前の机に一本の剣が現れる。
白銀の意匠に翼を象った鍔、美しい西洋剣だった。
「魔王を討ちとる際にも使用した、聖剣だ。これを送信機に突き刺すことであの魔導具は完成する」
「あ……」
送信機になる魔導具はティッシュ箱のように上に何か穴が開いていた。
まさか、あそこにこの剣を差すと言うのだろうか。
ティッシュ箱とか思ってすみませんでした……
「剣聖の提供は聖剣だ。6人いる大英雄の2人が手を貸すんだ。どうだい? ギリオン」
「……」
ギリオンは大きく息をついて天井を見上げる。
しばらく、そうした後に俺を見た。
「よかろう」
「……え?」
「誇れ、オチ・ソウジ。貴様はこのギリオン・D・ヘンリーを自身の有利なテーブルへとつかせた。
まだ詰めるべき部分もあるが、一先ずは貴様の言っていた条件に乗ろう」
「……」
「おめでとう、ソウジ」
ロロさんに横から優しい声色で言われて初めて自覚する。
「ありがとうございます!!」
ギリオンとの契約を終え、本格的にラジオの製作が開始することとなった。