あー、あー、マイクチェック・ワンツー。こちらは異世界放送局です   作:獅子飼い

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2-08:忘却魔術

「おかえり、ソウジ!」

 

 王国祭が終わり、自宅へと帰った時には日もすでに沈んでいた。

 今日はシオンが夕飯を用意してくれていたらしく、スープの良い香りが漂ってくる。

 

 この街では1日を過ごすのもギリギリな生活だったシオンだ。

 ちゃんとした料理の経験などは多くはなかったが、呑み込みが早く、軽く手ほどきすればある程度のメニューなら作れるようになっていた。

 

 テーブルの上には野菜と豆のポタージュとパンが用意されている。

 がっつりとした肉などは毎日食べるようなものではないので、ある程度質素な献立ではある。

 ただ、ファニー放送団に振り回されて疲れた身体は自然と食欲を掻き立てられ、不足という気持ちは感じなかった。

 

「遅くなって悪かったな」

 

「ファニーは見つかったの?」

 

「いいや、影も形もないな」

 

 シオンと食事をしながら話してみれば、シオンもファニー放送団の放送を聞いていたらしい。

 あれだけ放送をしながら街中を歩いているファニーが見つからないことにシオンも首を傾げている。

 

 ってことは、シオンは今日はずっと家にいたのか。

 確かに王国祭は人も多く、シオンが1人で回るのは不用心にも感じる。

 それにロロさん曰く、他国では魔人族を強く憎んでいる人もいるという。他国から来ている人も多い場所では奇異の目で見られるだけですまない可能性もある。

 

「今回の王国祭には大英雄は来ないらしいし、あんまり興味はないかなぁ」

 

「でも、しばらくはお祭り騒ぎが続くんだろ? 折角だからこっちの仕事がひと段落付いたら一緒に見て回るか?」

 

「え!? いいの!?」

 

 俺も興味がないわけではないし、何気なく誘ってみればシオンは兎のようにぴょんと跳ねた。

 

「大英雄が来ないとは言え、年に一度のお祭りなら楽しまなければ嘘だろ。

 シオンが1人で行くのも危ないし、俺で良かったらお供するぞ」

 

「行く行く!! 絶対行く!!」

 

「きょ、興味ないって言った割には思った以上に喰いつきいいな……」

 

「当然だよ! 1人で行くのはあんまり乗り気しないけど、ソウジと行くなら別! 絶対行きたい!!」

 

 そこまで言ってもらえると嬉しくなる。

 これはファニー放送団を是が非でも見つけなければならないな。

 

 あれだけの盛大な祭りだ、サーシャとウィローもまだ街にいるかもしれない。

 仲間意識が薄いとは言ったが、折角だし2人にシオンを紹介するってのも悪くない。

 

「サーシャが街にまだ残ってたらいいけどな」

 

「??」

 

 言葉足らずだった。

 ラジオパーソナリティ失格だな。

 

「いや、まだ街にサーシャたちが残っているなら折角だし2人にシオンを紹介したくてな。もちろん、シオンが嫌じゃなければだけどさ」

 

「サーシャって?」

 

 名前までは言ってなかったか?

 この街にシオン以外の魔人族が居るってだけで、その後、すぐにファニー放送団の放送が始まってしまったわけだしな。

 

「この前話した街に来てる魔人族だよ。サーシャって言うんだってさ」

 

「私以外に魔人族が居たの!?」

 

 ……それはおかしい。

 

 確かに先日シオンにはサーシャたちに出会ったことは話したはずだ。

 その時と全く同じ反応をシオンがしている。

 

「いやいや、ファニー放送団の放送を聞いた日に話したろ? この街で魔人族を見たってさ」

 

「……私、そんなこと聞いた?」

 

「……え?」

 

 これが何気ない雑談なら分かる。

 色々あったわけだし、些細な会話ひとつなら忘れることもあるだろう。

 

 だが、魔人族の話で、シオンはそれを聞いて驚いていたぞ?

 シオンは困ったように眉を寄せている。冗談には見えない。

 

「覚えて……ない?」

 

「ファニー放送団のラジオ聞いた日だよね……ファンレターの話して……ソウジがお仕事した時の話して……」

 

「その時に話したろ? で、シオンが魔人族は術式の関係で仲間意識が希薄だって話をロロさんから聞いたって言ってたぞ?」

 

「ロロがそういう事言ってたのはそうだけど、私以外の魔人族なんて話聞いてないよ?」

 

 本当に覚えていないらしい。

 そんなことがあるのか?

 他に話した内容は覚えているのに、サーシャについて話した内容が丸っと抜け落ちるみたいな。

 

 ――そんな魔法みたいな……

 

「魔人族の術式なのか……?」

 

 サーシャはあの魔人族の外見を隠すことなく歩いていた。

 串焼きの店主はサーシャの万引きや謝罪にすら気付かなかった。

 サーシャが俺に話しかけられて驚いていたのは魔人族に話しかけたからじゃなくて、術式の影響下にあるはずの俺に話しかけられたから?

 

 シオンの言霊魔術(げんれいまじゅつ)という規格外の術式すら俺には効いていない。

 だったら、サーシャが他者から認識されず、忘れ去られる能力を持っていたとしても俺には効かなかったんじゃないのか?

 

『ソウジくん、楽しい話をどうもありがとう

 

 次会ったらかくれんぼで遊びましょう』

 

 ウィローは帰り際に言ってきた言葉に違和感はあった。

 

 俺は思わずその場に立ち上がる。

 シオンが何事かと俺を丸い瞳で見つめていた。

 

「――サーシャとウィローがファニー放送団の一員なのか?」

 

 だとすれば見つからないはずだ。

 仕組みは分からないが、恐らく彼女たちを見つけることが出来るのは――

 

 ――俺だけだ。

 

■ ◆ ■ ◆ ■

 

「魔人族……だと?」

 

 ギリオンの表情が予想もしていなかった内容に険しくなる。

 翌日、早朝に商業ギルドを訪れれば、打ち合わせのためかロロさんとゴドウィンさんも来ていたらしい。

 

 ファニー放送団が何人いるかは不明だが、メインで出演しているファニー。そして、その一員として恐らくサーシャとウィローが居る。

 

「それは貴様が庇護している小娘ではないだろうな?」

 

「違います。別の魔人族がファニー放送団の1人です」

 

「しかしオチ氏。この街に魔人族が新たに来ているという話は初耳だ。流石に魔人族は目立つ、噂になるのでは?」

 

「魔人族が持つ術式によるものです。ロロさん」

 

 俺がロロさんを呼べば、ロロさんはキョトンと首を傾げる。

 

「他人から忘却される術式ってあり得ますか? 伝聞で聞いてもすぐに忘れてしまって、本人の姿を見た時は見た瞬間に相手を忘れるので認識することさえできない。

 そういうとびっきり強力な術式を魔人族が持つことはあり得ますか?」

 

 ロロさんは俺の説明を聞くと何かを計算するかのように顔を下げ、考え込む。

 しかし、その計算もすぐに終わり、顔を上げた。その表情には若干の高揚が見て取れる。

 

「ない……とは言い切れないね。魔人族が持つ術式は私たちが扱うものとは次元が違う。最早、魔術のルールに縛られていない超常現象の類だ。

 それを踏まえて言えば、本人の……存在だろうね。名前、容姿、声に至るまでを術式対象とした規格外の力だ」

 

 サーシャはウィローには認識をされていた。

 魔人族の術式を破っている方法は俺には予想もつかないが、それでもウィローとサーシャがファニー放送団ならもうひとつ説明できることがある。

 

「サーシャという魔人族の少女には魔導具のスペシャリストを自称する人も付き添っていました。

 ロロさんの作ったラジオの仕組みも初見である程度解読していたようですし、ラジオを作る技術もあるのかもしれません」

 

「……」

 

 ロロさんは目を見開き、俺を見つめている。

 サーシャの術式を未知のものと高揚していた熱が一気に冷めたかのような顔色だ。

 

「ウィロー……ウィンザー……?」

 

 ロロさんがぽつりとつぶやいた。

 

「はい、サーシャと一緒に居たエルフの女性はウィローって名乗ってました」

 

 魔導具作成のスペシャリストだ、有名人なのかもしれない。

 しかし、ギリオンとゴドウィンさんは聞き覚えが無いように見える。

 

 1人、相手の素性を知るロロさんは呆然自失といった様子で呆けている。

 そんな彼女に容赦なく切り込むのは当然ギリオンだ。

 

「黒猫、時間はない。説明しろ。

 そのウィロー・ウィンザーとは何者だ?」

 

「……ソウジの言った通りだ、魔導具作成のスペシャリスト。

 深淵の魔女、ルージェリカ・オランダに魔術のイロハを教えた人格破綻者だ」

 

「つまり、大英雄の師にあたる人物か?」

 

「違う。イロハだけだ。師事はしていない」

 

 ロロさんは嫌味っぽく訂正を行う。

 

 ロロさんから漂うのは嫌悪だ。

 ウィローが大英雄の関係者……規格外の大英雄に魔術のイロハを教えるほどの人物だ。十二分に規格外なのだろう。

 

「ウィローが居るのなら、送信用の魔導具を作り出したのも納得だね。

 どうやってかは分からないが、魔人族の術式を使って自分たちの姿もくらませているんだ」

 

「だから昨日はいくら探しても不審人物すら見つからなかったのですね」

 

 ゴドウィンさんも納得したように頷いている。

 

「オチ・ソウジ」

 

 ギリオンが深く唸るように俺の名前を呼んだ。

 

「貴様は悪い意味で異質な存在だ。異常とも言ってもいい」

 

「言い過ぎでは?」

 

「そんな貴様ゆえに魔人族の術式は効かず、忘却もしないわけか? 忌まわしいな」

 

「言い過ぎでは?」

 

「加えて、ファニー放送団は貴様と同じく魔人族の術式の影響を受けていない。貴様と同じ素養の人物が2人も居るわけか。悍ましいな」

 

「言い過ぎでは!?」

 

 どうやってサーシャの事を認識していて、自分たちの姿までくらましているのかは分からないが、概ねギリオンの言う通りだ。

 だとすれば、俺がやらなければならない仕事は放送からの位置特定ではない。

 

「業腹だが、ファニー放送団は貴様にしか見つからんらしい。

 街に出向き、何としてもファニー放送団を見つけ出せ」

 

「善処します。多分半日もすれば皆さんも今俺が話した内容を忘れますんで」

 

 案の定、シオンは朝になれば昨晩話したサーシャの話は忘れてしまっていた。

 俺以外は術式――名付けるなら忘却魔術(ぼうきゃくまじゅつ)か。忘却魔術(ぼうきゃくまじゅつ)の影響でサーシャの話は忘れるし、姿を見ても無理なのだろう。

 

 と、なれば今までは不明瞭だったが、サーシャがどんな人生を歩んできたのかはイメージできるが、想像しきれない。

 

「俺は元々ファニー放送団のラジオをやめさせるって強引な方法は少し反対だったんです。

 見つけ次第、会話して。それ以降の判断は俺に任せてもらえますか?」

 

 ギリオンはしばし、唸って。

 諦めたように頷いた。

 

「……好きにしろ。だが、必ず正体を突き止めろ。魔人族が関わっているとなれば、場合によっては捕らえる程度で済む話ではなくなるぞ」

 

「さっさと終わらせますよ。王国祭回る約束があるんで」

 

 そうして、ファニー放送団捕獲戦の開始を伝えるかの如く。

 窓の外で王国祭2日目を知らせる空砲が鳴り響いた。

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