あー、あー、マイクチェック・ワンツー。こちらは異世界放送局です 作:獅子飼い
「ミア! くそ、血が……っ」
地面に倒れるミアは苦しそうに呻き続ける。
シスター服の背中は焼け付き、皮膚を一部抉っている。
明らかに致命傷だ。
どくどくと流れる血を見てそう判断する。
こういう時の治療の術を俺は知らない。止血だとかそういうレベルになく、適切な対処法が思いつかない。
「ロロさんのところに連れて行くしか……」
俺の目では致命傷に見えてもここは魔法もある異世界だ。
その中で最も信頼できる使い手がロロさん以外に居ない。
俺はミアの身体に腕を回す。
「ミア、掴まれるか? すぐに移動するぞ!」
「……馬鹿っ、やめなさい」
弱弱しくミアが俺の腕を払う。
揺れる瞳で俺の顔を見ると傷を庇うように、地面に腕を付く。
「このままここにいると死ぬぞ!」
1分1秒を争う状況だ。自然と声が荒々しくなる。
怒鳴る調子でミアに伝えるが、ミアは小さく首を振った。
「エヴァン大司教は私たちを意識から外してなどいないわ……
ここから移動しようとすれば、今度こそ殺されるわよ……?」
辺りの人は蜘蛛の子を散らすように逃げており、そんな中、背後で行われているのは俺の理解を超える激戦だ。
エヴァンさんが放つ槍の一閃をウィローが腕で弾き、際限なく放たれる複数の雷を指で逸らしている。
エヴァンさんはウィローが紙一重の如く凌ぐ様を見て不敵に笑う。
「魔法……ではないね。複数の魔導具を身体に埋め込んでいるのか。
魔導具を扱うものは当然屠ったこともあるが、魔導具のみを扱うものと戦うのは初めてだ」
「私もそれだけの槍の使い手でありながら、同時に魔法を並列展開している人は初めてだよ。
いや、魔法の方はその槍の効果なのかなぁ? 術者による処理を介さず術式を描く槍……おもしろいねぇ」
俺では槍の軌跡すら目で追えない中、ウィローはそのすべてを防ぎきる。
そんなウィローの背後にはサーシャとファニーが居る。
「思った以上に厄介な手合いだが、戦えるのは君だけのようだ。
魔導具による防御術は厄介だが、すぐにでも突破して見せよう」
「……はは、それはちょっと勘弁かなぁ?」
素人目に見てもエヴァンさんの方が数段上の戦いだ。
攻撃はウィローが逸らしているが、逆に言えばそれが精いっぱいといったように見える。
エヴァンさんは俺とミアには目もくれていないが、確かにピリピリとした感覚が肌を突き刺している。
ミアの言う通り、その気になれば片手間に俺たちを殺せるかのようだ。
「なんでメジウム教がファニー放送団を……」
「いいから、じっとしてなさい……多分アンタを殺す気はないようだし……」
「だけど、お前の怪我を……」
ミアが庇ってくれなければ瀕死になっていたのは間違いなく俺だ。
むしろ当たり所が悪ければ即死だったかもしれない。
そういうとミアは冷や汗を流しながら鼻で笑う。
「大司教の誤算は思ったより数段アンタが弱かったことでしょうね。まさか避けることもできず直撃していたなんてね。
アンタを商業ギルドが抱えるそれなりの実力者と買っていたんでしょうね……」
「……とにかく安全な場所に移動しないと……回復魔法は自分には使えないんだろ?」
昨日聞いた話じゃ、回復魔法は自分に使うことはできない。
大英雄の聖女のみが自身を蘇生するほどの回復魔法の使い手だったと。
ミアが魔法を使えたとしてもこのままでは時間の問題だ。
ファニーたちはこちらを気に掛ける余裕はないし、エヴァンさんはミアを回復する素振りもない。
ミアは下唇を噛んで、少し悩んだ後、俺へと顔を寄せる。
「いい? アンタ、今から見ることは墓までもっていきなさいよ……」
「なにを……」
ミアは俺へと力強くそういうと、瞼を閉じて何かに集中する。
すると、ミアの背中を焼き付いた焦げ跡がゆっくりと修復していく。
修復……なのか? まるで時間の逆行だ。
背中を破いたシスター服はそのままにミアの背中のみが元に戻っていく。
「回復魔法……なのか?」
回復魔法が本当に自分には使えないのであれば、ミアがやっているこれは何なのか。
しかし、少なくとも傷口は見る影もなくなっていた。
「ふぅ……」
ミアはゆっくりと息を吐いた。
この世界の常識はまだまだ不明な部分は多い。
だが、ミアが口止めをしたことを含めてこれがこの世界でも普通ではないことは理解できる。
「死ぬかと思ったわ……」
「大丈夫、なのか?」
「平気よ……服は元に戻らないけどね」
そういって、ミアは少し肌が露出していることを気にして身体を隠す。
一先ず、自分の上着を脱いでミアへと羽織らせる。
「大丈夫ならよかった。庇ってくれてありがとうな」
「……アンタがノロマだから見てられなかったのよ(服ありがとう……)」
ミアは俺の上着をギュッと掴んで、顔を伏せる。
ミアの命の危機は何とかなったが、状況はよくない。
依然としてエヴァンさんとウィローの攻防は続いている。
だが、エヴァンさんの周りには複数の魔法陣が常時展開され、それを背後にいるファニーたちへ向かわないようにしつつ、ウィローは閃光のような槍を弾いている。
すぐにでもその防御策は崩壊する可能性があることはウィローの顔色を見ていれば分かる。
「この騒ぎに気付いた王国の騎士が来るまで時間を稼げば……何とかなるか?」
「難しいでしょうね」
これだけの騒ぎならすぐにでも人は駆けつけてきそうだ。
勝利条件を口にするが、ミアは神妙な面持ちで首を振った。
「ミア、なんでメジウム教はファニー放送団を狙うんだ? ここまで強引な方法で……」
「分からないわ……聞かされてなんてないもの。
でも、大司教まで呼んでの作戦ってことは枢機卿は多少準備しているはずよ。
大通り付近にはファニー放送団を見つけるための教徒達が居るし、騎士たちの到着には少し時間がかかるでしょうね」
「マジか……」
「それに、彼女たちが時間を稼ぐのも難しそうだし……」
俺からしてみれば次元が違うので細かくは分からないが、概ね同意だ。
なら、俺が口で時間を稼ぐか?
いや、無理だ。さっきみたいに聞く耳持たずに瞬殺されるのが関の山だ。
交渉すら許されない状態の場合俺はあまりにも無力だ。
「……ミア」
「何よ」
「エヴァンさんは俺を殺す気ないんだよな?」
「……多分ね。それならさっきの一撃が軽すぎるわ。
恐らくファニー放送団と一緒に捕縛するつもりだと思うけど」
何のために……?
自慢じゃないが、この世界における俺はほとんど無価値に近いはずだ。
ただ、エヴァンさんからの俺への評価は少なくともこの状況で成す術もないところを見て大きく下がっただろう。
仮に口を挟んでも即死の一撃は放ってこないかもしれない。
ごくりと唾を飲み込む。
殺されないとはいえ、ここで黙って捕まっていいとは思えない。
王国の騎士が来るまでにケリを付けたいというエヴァンさんは王国側に知られたくないことをしている。
つまり、今行われているこれは後ろ暗い事なんだ。
命の保証はあるって話だが、そんな後ろ暗い場面を目撃した俺は果たして無事なのか?
この状況ではファニーたちを含めて捕まるのは時間の問題。
エヴァンさんに交渉の余地はない。
――なら。
「ミアは回復魔法が使えるんだよな? どれくらいまでの怪我なら治るんだ?」
「……アンタ何考えてるの? 馬鹿な真似はやめなさい!」
「いや、本当の本当に俺も痛いのは嫌なんだ。だけど、最悪を回避しないと」
平和な日本で過ごしてきたんだ。
喧嘩もしたことないし、痛みに抵抗もない。
それでも、ミアが治療できるなら……
少し、くらいは、我慢できると思う。
「致命傷じゃなければ回復して見せるわ……」
ミアがぼそりとつぶやいた。
そうか……致命傷以外はセーフか……
ここで、ミアが他人への回復などできないとなったら諦めが付いたが、それならちょっとくらい我慢しないといけない。
俺はミアから離れて立ち上がる。
「サーシャ!」
エヴァンさんに交渉の余地はない。
でも、俺には
なら、交渉する相手は別にある。
「ソウジ……?」
サーシャの金色の瞳が俺と交差する。
槍を振るうエヴァンさんがちらりと目線をこちらに向けた。
鋭い瞳が俺を制する。
余計な真似はするなと目で言っている。
――だが、無視する。
「逃げろ!!」
許されたのは一言だけだった。
エヴァンさんは即座に魔法陣から紫電を放ち俺を貫く。
「ごぇ……っ!」
内臓がひっくり返るかのような衝撃。
皮膚を突き刺すような激痛が駆け抜けていく。
しかし、出血もなく。明らかに手加減がされたものだ。
「……フランシスカ!! ブレスレットを外して!!」
俺の言葉を聞いたウィローが背後のファニーへと声をあげる。
当のファニーは状況が読み込めてないのか目を丸くする。
ウィローは袖を捲り、腕につけられたブレスレットを外す。
「ソウジくんの言う通りだ。このまま全滅するくらいならサーシャを逃がすべきだ。……分かるよね?」
「……くぅぅ」
苦虫を嚙み潰したようにファニーが歯嚙みしつつ、自分のブレスレットへと手を伸ばす。
「サーシャ、ごめん。あとでちゃんと思い出すから!」
悲しそうに眼を伏せて、ブレスレットを外し、ウィローとファニーのブレスレットが地面へと転がる。
俺へと魔法を放ったエヴァンさんは面倒そうに息をつくとファニーたちへと向き直る。
「誰一人として逃がすつもりはないよ。甘く見ないでもらおうか」
「フハハ! 大司教さんさぁ、舐めるなってのはこっちのセリフだ!」
ファニーはマントを翻すかの如く、エヴァンさんの前に躍り出る。
つり上がった目じりはキリッとエヴァンさんを睨みつける。
「逃走においてサーシャの右に出る奴はいない! 全員捕縛ってのはもう無理な話だ!」
「達者な口だね。この場に居るものが一歩でも逃げようものならその背を討つだけだ」
「本当に?」
ファニーの目は不敵でまるで小馬鹿にしたかのようだ。
「貴方はボクたちを通してサーシャを認識していたに過ぎない! でも、今はサーシャを映す鏡はどこにもない!」
「……」
「そもそも、この場に居たもう一人はどんな容姿をしてたか覚えてますか?」
その言葉にハッとしてエヴァンさんは周囲を見渡す。
恐らく、その瞳にはサーシャが写っていないのだろう。
「そもそも、この場に居たのはボクとウィローの2人のみ! メジウム教の目的は知らないけど、貴方は獲物を一匹逃したのだ! フーハッハッ!――あひゃぁ!!」
高笑いを上げるファニーに対して放った雷は慌てて割り込んだウィローによって弾かれる。
そして、煩わしそうに困惑を示したエヴァンさんの表情から余裕な表情が戻り、逆にファニーたちの表情からは余裕が消え失せる。
「それで、まだ抵抗を続けるつもりか?」
「いやぁ、参ったね。お手上げだ」
「えー!? この人、ウィローより強いってこと!?」
その雷の一撃が切れ目だったのか。
サーシャに関する話題は煙の中に消えて、3人の認識からサーシャが除外されたかのような空気が漂う。
「……これで、なんとかサーシャが動いてくれれば……」
「ちょっと!! 大丈夫なの!?」
目の前がぐらつく。そんな俺の身体をミアが抱き寄せる。
サーシャに助けを呼んでもらう――ってのは難しいのかもしれないが、全員捕まるよりかはマシだ。
意識が……あと、俺に出来ることは……
「ミア、あそこに転がってるブレスレットを……回収、しといてくれ」
「え? 何あれ、なんであんなの……」
「頼んだ……」
ブレスレットはファニー放送団に関する重要なアイテムだと思う。
ただ、サーシャに絡む話だからか、ファニーたちがそれを外したという話すらミアには覚えがないようだ。
ミアに最後の頼みをして、俺は意識を手放した。