あー、あー、マイクチェック・ワンツー。こちらは異世界放送局です   作:獅子飼い

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2-11:地下牢

「うぅ……」

 

 身体が重たい……

 

 おもりを付けられたかのような気だるさで目を覚ます。

 寝かされているのはベッドのようだが、決して心地よいものではなく、簡易的なものだ。

 

 視界に映る天井は暗く石造りでじめじめした空間だ。

 意識がはっきりする前にここが何となく牢獄だということは理解が出来た。

 

 疲れが溜まっているかのような身体の重さだが、幸い痛みなどはなさそうか

 

「身体は……無事みたいだな」

 

「――目が覚めましたか。ソウジ先輩」

 

 俺の事をそう呼ぶ人物は今のところひとりしかいない。

 いや、そう呼ばれているのも若干理解できないところではあるが。

 

「ファニー」

 

「ふふふ、いかにも! ファニー放送団がリーダー! フランシスカ・フェイン、人呼んでファニーとはボクの事!」

 

「……何してるんだ?」

 

 同じ牢屋の中に居るのがファニーなのは間違いがないが、当の本人は高い位置にある鉄格子の窓にぶら下がりながら壁に張り付いている。

 当然両足は地面から離れぷらぷらと宙を漂っている。

 

 ファニーは壁と見つめ合いながら背中で答える。

 

「それは、人が何故、頂を目指すのか……? って意味ですか?」

 

「お前がなんでそんな状態になっているかって質問で他意は全くもってないから安心しろ」

 

「それならばご覧の通りですとも!!」

 

 そのご覧の通りが分からん。

 

 寝起きと身体の重さで万全ではない体調ではこの子相手はいささか堪える。

 

「――そうか」

 

 ま、深く聞くことでもないか。

 本人がご覧の通りというのならご覧の通りなのだろう。全くもって意味は分からないが。

 

「あ、あの。聞きたくないですか!? なんでこうなってるのか!?」

 

「ご覧の通りと言ったのはお前だろう」

 

「あー、いや! そのー、窓から脱獄できないかと思って壁をよじよじして鉄格子を掴んだんですが、ちょっと、手を離すのが怖くて……」

 

 確かによくそこまで登ったなという高さだし、大怪我する高さではないが、自由落下するのは若干怖いくらいの高さだ。

 

「ふっふっふっ! ソウジ先輩!」

 

「……」

 

「助けてはくれませんか!?」

 

「最初からそう言えよ」

 

 重い身体に鞭打って落下するファニーを抱きとめて下ろしてやる。

 思った以上にギリギリだったのか、ファニーは赤くなった手をふーふーと冷ましている。

 

「ありがとうございます、ソウジ先輩!」

 

「どういたしまして。で、ここがどこか分かるか?」

 

「恐らくメジウム教の牢屋でしょうね。ウィローはどっかに連れていかれて、ボクとソウジ先輩だけこの牢屋に入れられた感じですね」

 

「……心当たりは? そもそも、なんでメジウム教がファニー達を狙うんだ?」

 

 ファニーたちはラジオをやっていただけだ。

 まぁ、エルフだとか魔人族だとかの組み合わせは特殊なのかもしれないが……

 

 俺も含めて攫うほどの理由があるのだろうか?

 

 しかし、ファニーは呆れたようにため息を吐く。

 

「いやー、それがさっぱりですねー。ボクたちメジウム教に恨み買う事なんてしてないですよ。

 しかも、メジウム教の最高戦力まで投入されるとか一般市民に大人げなくないですか?」

 

「そうか……」

 

 エヴァンさんがメジウム教の最高戦力なのであれば、それだけ本気の作戦だったということだ。

 このまま、無事に解放してもらえると楽観視するのは難しいかもしれない。

 

 ちらりと、先ほどまでファニーがぶら下がっていた窓に目をやる。

 この部屋自体は地下室なのだろうか、換気目的に申し訳程度に付けられている高い位置の窓は薄暗く恐らく夜なのだろうと思う。

 

 シオンやロロさんは帰ってこない俺を心配しているだろうか。

 助けてくれるとありがたいが、それくらいのケアはしたうえで攫ったんだろう。

 

 もしくは、ギリオンならばそのケアの中に隠された嘘を嗅ぎつけて……ってのは難しいか。

 ギリオンが俺のために尽力をしてくれるイメージが付かない。

 

「もしや、ファニー放送団が巻き起こす今後の躍進を恐れたのかもしれませんね!」

 

「そもそもお前らってどうやって屋外で放送をやってるんだ」

 

「ウィローが作ってくれた魔導具使ってやってるのです! ウィローは大陸究極最強の魔導具技師なので!!」

 

「ウィローにラジオを見せたのは受信側な上に、その日の夜には放送をしてたんだが……」

 

「大陸激強大驀進の魔導具技師ですんで!」

 

 大英雄の師匠ってのも伊達ではないのかもしれない。

 

「ラジオを始めた目的はやっぱり目立ちたいからか?」

 

 俺たちの予想ではファニー放送団の目的は承認欲求だ。

 少し違和感がないわけではないが、目の前にいる少女を見ていれば目立ちたがりが今話題のラジオに興味を持つのは自然のように思える。

 

 だが、ファニーはそう予想する俺の顔を冷ややかな目で見る。

 

「ソウジ先輩、ボクのこと馬鹿にしてません? そんな浅はかじゃないですよ?」

 

「じゃあ、何か別の目的があったのか?」

 

「……」

 

「……?」

 

「……なんでしたっけ?」

 

 こいつ……

 

 キョトンと小首をかしげるファニーはうーんうーんと唸っている。

 メジウム教が狙っているのはファニーたちが実は大悪党だからって可能性がないわけではないが、こうして会話をしてみるとその可能性はないのではないかと思う。

 

 自分たちがラジオをやってる理由すら曖昧なんて――

 

「もしかして、サーシャのためか?」

 

 ファニーとウィローはサーシャと一緒に行動しても問題なさそうだったが、あのブレスレットを外してから様子が変わっていた。

 もし、ファニーたちの行動理由がサーシャに関連したことなら忘れてしまったのも分かる気がする。

 

「サーシャ?」

 

「覚えてないか? お前たちが一緒に居た魔人族の女の子だ。多分相手から忘却される術式を扱うんだと思うんだが……」

 

「魔人族……」

 

 楽観的だったファニーの顔に影が差し、口元を押さえて何かを考え込んでいる。

 次第に彼女の顔色が悪くなっていく。

 

「あ……あぁ……」

 

 口元から嗚咽が漏れる。

 

「ファニー?」

 

「あぁぁぁぁ!!! サーシャ!! サーシャ!!!!」

 

「お、おい!」

 

 サーシャの話題を出した途端、ファニーは自分の頭を抱えて苦しみ始める。

 慌てて、身体を揺するが動揺は収まらない。

 

「ソ、ソウジ先輩! ソウジ先輩! 何か! 何か書くものを!! 忘れちゃう、サーシャを忘れちゃう!!」

 

「落ち着け!」

 

「いやっ!! いやだ!!」

 

 ファニーの取り乱し方は尋常ではない。

 

 一種のパニック発作のようだ。

 汗が酷く、呼吸も荒い。呼吸の仕方を忘れているのかもしれない。

 

 俺の声だけじゃ落ち着かせることは難しいと判断して、鉄格子を掴んで薄暗い通路に向かって叫ぶ。

 

「誰か!? 誰かいないか!?」

 

 シーンとしていた空間では音も闇に消えそうな錯覚を感じるが、直にパタパタと奥から誰かが走ってくる。

 見覚えのある金髪のシスター。ミア・ミッチェルモアだ。

 

「ちょっと! その子どうしたのよ!?」

 

 ミアが居ることでここがメジウム教の施設だということがはっきりしたが今はそれどころじゃない。

 

「ミア! 大通りにあったブレスレットあるか!? 持ってきてくれ!」

 

「え、アンタに言われて回収したけど……?」

 

 戸惑ったように懐からブレスレットを取り出すミアから鉄格子越しにそれを受け取り、ファニーの腕へと巻き付ける。

 

「ふー……ふー……」

 

「ファニー、大丈夫か? お前と一緒に居た子の名前分かるか?」

 

「サ、サーシャ……」

 

 汗と涙でぐちゃぐちゃなサーシャの背中をさすってやれば少し落ち着いたようで、少しずつ呼吸を整えはじめる。

 先ほどまでの元気は鳴りを潜めて、怯えたように俺の服を掴んで震えている。

 

 やっぱりこの腕輪は何かしらの魔導具で、彼女たちがサーシャを記憶することに必要なものらしい。

 

「……ソウジ先輩、ありがとうございます。ありがとうございます」

 

「一旦落ち着くまでゆっくり深呼吸だ」

 

 小動物のようにコクコクと頷くファニーを置いて、改めて鉄格子の先に居るミアを見る。

 ミアは心配そうにファニーを見ているが、どこか気まずそうだ。

 

 彼女もメジウム教の人間であるから上の指示には抗えないのだろう。

 少なくとも鉄格子の鍵を開けてくれる雰囲気はない。

 

「ミア、説明はしてもらえるのか? どうして、メジウム教は俺たちを攫ったんだ」

 

「……王国祭にて暴動を起こした人物らを警備にあたっていたエヴァン大司教により鎮圧。

 その混乱の中で、オチ・ソウジが行方不明に。暴動起こした勢力が最後に会話をしていた放送から彼女たちが関与している可能性があるとしてメジウム教にて尋問予定……」

 

 腕を組みながらミアが淡々と述べる内容は笑ってしまうほどにお粗末なものだ。

 何故、テロリストをメジウム教が捕縛して尋問を行うんだ。

 

 それだけ、メジウム教が権力を持っているということなのだろうか。

 

「それは建前だろ? 実際何の用があったんだ?」

 

「私だって知らないのよ。でも多分だけど、あのエルフに用があったんじゃないかしら……」

 

 メジウム教の目的はウィローだったのか。

 大英雄の師にして、大陸随一の魔導具技師って考えれば何かしら攫う理由があったのも分かる気がする。

 

 その場にいたファニーとファニーたちを見つけるために必要だった俺を連れ去ったのは口止めのためか。

 

 俺は立ち上がってミアへと向き合う。

 鉄格子越しの彼女は俺の目から逃れるように目を背けた。

 

「ミア、頼む。ここから出してくれ!」

 

「……無理よ」

 

「じゃあ、匿名で商業ギルドに連絡をする形でも構わない! ギリオンは動かないかもしれないが、ロロさんの耳に入る可能性はあるんだ!」

 

「……」

 

 ミアは承諾も拒否もしない。

 ただただ、気まずそうに俺から目を逸らしている。

 

 この異世界で俺は会話に苦労しない翻訳の力しか持っていない。

 残念ながら、この鉄格子ひとつ破壊することも叶わないし、この問題をひとりで解決することもできない。

 

 なら、俺は人を頼るしかない。

 そのためにやれることがあるなら、口を回すことだけだ。

 

「……ミア、メジウム教の教えは俺はよく知らない。

 でも、王国騎士にも知られないように俺たちを誘拐したってことはこれは後ろめたい事なんだろ?」

 

「そう、ね」

 

 ミアは自分の右腕を抱えるように唇を噛み締めている。

 掴まれた右腕の肌は強く握りすぎて痕が残っている。

 

 俺はその痛ましいように見える迷いに頼るしかいない。

 

「なら、これは暴走だ。ゴドウィンさんが首謀者ならこれは教えに背いているんじゃないのか?」

 

「メ……メジウム教は……」

 

 震える唇でミアはゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「慈しみを尊び、太古に邪龍の呪いを癒した聖人ローランの生き方を基にした教えにて、迷える民たちを正しき道へと導くための教えよ。人禍戦役にて、多くの犠牲者が出た中でその教えは私たちを救ってくれたわ。

 

 本当に……救ってくれたのよ」

 

「……でも、内情は違ったんだな?」

 

「……」

 

「それは、お前が大通りでやった回復魔法も関係しているのか?」

 

 ミアがハッとした顔でこちらを見る。

 

 回復魔法は自身には使えない。

 自身を対象に使えたのは大英雄、因果の聖女イリス・クレアシェードのみだという。

 ただ、大通りでミアは自分の傷を回復して見せた。

 

 それがこの世界でどういう意味を見せるのかは分からない。

 しかし、ミアの反応を見れば、あの能力とメジウム教は無関係ではないようだ。

 

「頼む、ミア。力を貸してくれ!」

 

「……無理よ」

 

 ミアは悲しそうに首を小さく振った。

 現状を認めていないし、彼女の主義に反する行いなんだろう。ただ、何かが彼女を止めている。

 

 そもそもミアはどうしてここにいるのか。 

 ミアと俺は知り合いだし、ミアは詳しい事情を知らされていないらしい。

 しかも、彼女は敬虔な信徒として、今回の騒ぎに疑問を抱いている。

 

 俺がゴドウィンさんなら、そんなミアを決して俺に近づける真似はしないだろう。

 もし、ゴドウィンさんがその辺を考慮していない浅はかな人間じゃないなら。

 

 ミアには――

 

「私は、ゴドウィン枢機卿に逆らうことなんてできないわ」

 

 ――ゴドウィン枢機卿を絶対に裏切らない理由があるということだ。

 

 俺が現状を打破するにはミア・ミッチェルモアが抱える何かを知らなければならないのだろう。

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