あー、あー、マイクチェック・ワンツー。こちらは異世界放送局です   作:獅子飼い

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1-03:声なき少女

「さてと……」

 

 そういってロロさんは俺の肩から降りてぴょんぴょんと軽い調子で机に飛び乗って俺と視線を合わせる。

 緑の宝玉のような瞳がきらりと輝いた。

 

「改めまして、オチ ソウジ。私はロロ。かの大英雄、深淵の魔女ルージェリカ・オランダの使い魔だ」

 

「大英雄……」

 

「大英雄という単語に困惑している君の表情は真に迫っているし、偉大なる大英雄を知らない君は異世界の住人といったほうが説得力がある」

 

 信じてもらえるのであれば無知を恥じる必要もないか。

 

「大英雄ってのは?」

 

「世界を混沌に陥れた魔王を打倒した人類の希望。六人の超人たちだよ」

 

 魔王、いないのか。

 少し、肩透かしを食らう。

 当然今の俺に英雄的に戦う能力の発現などないのだが、そういうものに憧れていないわけではない。

 

「勇者、剣聖、魔女、聖女、射手、武人。子供すら知らないものがいない英雄譚だよ」

 

 そう語るロロさんの顔は自分の事のように誇らしげだ。

 歴史に名を遺す英雄の使い魔というポジションがどういうものか分からないが、素晴らしいことなのだろう。

 

「話が逸れたね」

 

 と、コホンとロロさんは咳払いをする。

 

「それで、ソウジ。君は何か出来ることはないのかい?」

 

「出来ること……?」

 

「そうだね、弓が得意だったり、詩が読めたり、古書を修復したり」

 

 つまり、面接のようなものだ。

 貴方を採用することで弊社でどんなことが出来ますか? って奴か。

 

 とはいえ、今ロロさんがあげた例題は恐らくこの世界での基準なのだろう。

 とてもじゃないが俺がやれる分野ではなかった。

 

「詩とか、古書とかあまり馴染みがなくて……そりゃ掃除とか料理とか、まぁ細々した経験はありますが自身の技能として誇れるものは……」

 

「ふむ」

 

「あと……」

 

 少し、喉に言葉がつっかえる。

 それは真っ先に口から出てくるはずだったのに出てこなかったものだ。

 もちろんこんな異世界では意味のない技能のはずだが、それでもまず頭に浮かんだものだった。

 

「ラジオ、パーソナリティをしていました……」

 

「らじお?」

 

 ロロさんが首を傾げ、それに合わせてシオンも首を傾げている。

 当然二人とも知らないものなのだろう。

 

「ラジオってのは俺の世界にあった娯楽の一種です」

 

 俺はかいつまんでラジオについて説明をする。

 とはいえ、技術的な部分は理解していないので、その在り方だ。

 

 俺の説明をロロさんは真剣に、シオンはどこか感心した様子で聞いていた。

 

「面白いね……そのデンパ? って言うのが分からないが、恐らく大気中のマナに作用させる術式を編み込んでいるのか。しかし術式を広域に飛ばすための魔力出力など――」

 

「あーいや! すいません変なこと言っちゃって! 忘れてください!」

 

 何かをブツブツとつぶやいているロロさんを遮って謝った。

 

 どうかしている。こんな異世界でもラジオの事を口にするなんて。

 折角あの息苦しいブースから解放をされたというのに、俺にはそれしか誇れる経験がないらしい。

 あんな、台本に沿って話すような誰でもできる作業など意味がないだろう。

 

「……そうか」

 

 ロロさんは片目を閉じて値踏みするように俺を見ると、それだけ告げる。

 

「ま、いいだろう。疲れているだろうし、この話はあとにしよう。

 シオン、彼を連れてきた所為で仕事が終わってないのだろう?」

 

 そういうと、シオンは声もなく驚いた様子を見せて、パタパタと店を出て行こうとする。

 

「シオンもロロさんのところで働いているだよな。同僚ってことになるのか?」

 

『否定』

 

「違うのか?」

 

 てっきりこの店の人間なのかと思ったが、違うらしい。

 

「シオンと私は君が思っているような親密な仲ではないよ。

 彼女は他に頼る人間がいなかったから私のところに来ただけで、あまり顔を合わせるわけでもない」

 

 興味なさげに顔を背けて店の奥へと消えようとするロロさんを見ると、確かに親密な仲には見えなかった。

 シオンは俺に苦笑するように不器用な笑顔を見せる。

 

 ここで別れれば助けてもらった恩も返せないのではと思った。

 

「シオン、良かったら仕事手伝うよ。俺でも出来る仕事かな?」

 

 一息ついただけで身体は依然として気怠かったけど、なるべくそれを見せないように明るく声をかけてみる。

 シオンの大きな瞳がさらに丸く見開かれる。

 

『……』

 

 何を言えばいいのか少し上げた手はぴたりと止まって意味をなさない。

 言葉も話せず、身なりから裕福な人間には見えない。

 しかし、倒れている俺に手を差し伸べて、数少ない縁を辿ってロロさんとめぐり合わせてくれた。

 そんなシオンの人柄に何か報いたかった。

 

 遠慮がちで気弱な見た目な彼女だ。

 善意も押し売ってみる。

 

「そりゃ危ないことはできないけど、単純作業とか俺にも出来る事とかあればでいいからさ」

 

『しかし、迷惑』

 

「マジでシオンのおかげで一命を取り留めたんだ。恩返しさせてくれ」

 

「シオン」

 

 凛と、ロロさんの声が店に響く。

 

「ソウジを連れて行ってあげなさい。薬草を卸しに行くのだろう? 荷物運びくらいなら出来るさ」

 

『了承』

 

 少し迷った様子を見せたが、シオンは頷くと、俺に向かって深く頭を下げた。

 大したことをするつもりではなかったのだが、こうまで頭を下げられると恩を返すのに申し訳がなくなってしまう。

 

■ ◆ ■ ◆ ■

 

「これが薬草か?」

 

 俺は籠に入った植物類を確認すると落とさないように慎重に背負った。

 シオンは羽織っているフードをさらに深く被ると頷く。

 最早口元すら見えないが、その口元はピクリとも動かない。

 

『シーズリー草、マイラ草、ソウゲツ草、露天商、卸す』

 

 どれがどれなのかは判断がつかないが、籠いっぱいに納められたそれはかなりの量があるようだ。

 そして、これらの薬草を卸すのがシオンの仕事ということだ。

 

 シオンの身の上は聞けていないが、幼い少女だ。苦労はあるのだろう。

 少しでも力になれるように前を行くシオンへついていく。

 

 シオンの小さな背中は人混みを避けるように道の端を歩いているが、このままでは見失いそうだ。

 そもそもシオンは歩いているだけなのだが、辺りをキョロキョロと伺っている。

 

 何かを探している? いや、怯えているのか?

 人混みが怖いのか?

 

 声をかけようか迷っているタイミングでシオンが踵を返して、俺へと向き直る。

 

『要求、籠』

 

「……あぁ」

 

 まぁ、俺もこの異世界の喧噪は都会の街並みと異なり、少し臆する部分もある。

 シオンに求められたので、担いだ籠を渡すと、シオンはとてとてと近くの露天商へと向かっていく。

 

 邪魔にならない範囲で控えて様子を伺ってみると、露天商はシオンが声をかけた瞬間露骨に表情を険しく変えた。

 

「なんだ、今日も来たのか……」

 

 露天商はふっくらとした男だ。

 服も周りの商人に比べると小綺麗で、身なりの良さを感じる。

 

 シオンはぺこりと頭を下げて籠を渡した。

 セリム動言語を使う素振りもないところを見るに、恐らくこの露天商には通じないのだろう。

 

『……』

 

 露天商が籠を受け取った後もシオンは伏し目がちで、少し震えているように見える。

 

 シオン……?

 

 その背中は消え入りそうで、叱られた子供のような痛々しさを感じる。

 

「シーズリー草、マイラ草、ソウゲツ草……ずいぶん採ってきたな」

 

 露天商はシオンが持ってきた籠の薬草を吟味して次に籠の草をかき分けて底の方まで確認する。

 

「嵩は増していない。これだけの薬草を魔獣の森から持ってくるのは流石だな」

 

 魔獣の森?

 あまり人聞きのいい場所ではないように聞こえる。

 シオンを流石という露天商の表情は称賛というわけではなく、皮肉めいたような声色だ。

 

 そんな皮肉をシオンは背を丸めて聞いている。

 

 なんだ、この胸をつっかえるような雰囲気は。

 

 大通りの喧噪は変わっていないはずなのに、ここだけ嫌に静かに感じる。

 

「……メリテイル銅貨6枚だな」

 

 シオンがバッと顔を上げる。

 声を出せるなら「え?」とでも言いそうな反応だ。

 

 メリテイル銅貨、この世界の貨幣だろうか。

 その貨幣の価値は分からないが、露天商は銅色の硬貨を6枚取り出してシオンにぞんざいに投げつけた。

 銅貨はシオンの身体に当たって、床に散らばる。

 

「あ! おい!」

 

 声が出ないシオンの代わりに思わず声をあげた。

 

 露天商がギロリとした目でこちらを見据える。

 

「なんだ、アンタ」

 

「いくらなんでもそれはないだろう!」

 

 シオンは何か言いたげだったが、下唇をグッと噛んで、地面に落ちた銅貨を拾い始めている。

 

「シオン」

 

 銅貨を拾っているシオンの手を掴む。

 地面の銅貨を拾って土に汚れている手はまだ震えているようだった。

 

 露天商を見れば、声を荒げた俺を意外そうに見ている。

 

 一度大きく息を吸い、吐く。

 正直ムカついてはいたが、そんな感情は心の奥に収める。

 

「俺はオチ ソウジって言います。遠い国からこの街へ来る旅の途中、運悪く魔獣に襲われたんですよ」

 

 先ほど出てきた魔獣の森という場所。

 次に、ロロさんが言っていたこの国では珍しい俺の名前と服装。

 そして、行き倒れて汚れた身なり、ただし、一般的な服装でもこの国では恐らく精巧に作られているのもロロさんから確認済みだ。

 

 ということで、全くの嘘を口にする。

 まるで、本当に経験した出来事を話すような声色を意識して。

 悔しいが、元の世界での俺の仕事はそんな嘘を話す仕事だ。

 

「異国からの商人か。確かに珍しい服装だな」

 

 乗ってきた。

 大事なのは口を止めないこと。

 

「えぇ、その時に彼女に助けられて、少し同行しているんです」

 

 話しながら、ちらりと露天商が並べている商品を確認する。

 並べられているのはシオンが持ってきた薬草と同じようなものだ。

 値札とかが置いているわけではない。

 

「そもそも、この国に来た目的は貿易を、と考えていまして、現在の物価を視察しているんです」

 

 少し踏み込む。

 その場で思いついた設定だが、そんな気配はさせない。

 

「商業ギルドへの客か……」

 

 知らない単語だ。

 俺がこの世界に来て言ったのは冒険者ギルド、まぁ、商業組合という認識で間違いないだろう。

 国との貿易ということで思いつくのがギルドらしい。

 で、異国からの貿易を考えている俺はその商業ギルドに用があるわけだ。

 

 図らずもあちら側から説得力のある設定を提示してくれた。

 

 いいだろう。

 こちとら放送作家やチーフディレクターのフリにその場で設定を追加してペラペラと話してきたんだ。

 何一つ誇ることはできないが、間を開けず設定に沿って話せるのは俺の特技だ。

 

「えぇ、その下調べとしてこの物価を調べていたのですが、例えば、ここではシーズリー草はいくらで売られているんですか?」

 

「……メリテイル銀貨1枚だ」

 

 銀貨と銅貨の差が分からない。

 ただ、大きな問題じゃない。

 シオンへのその態度を見て、答えは分かり切っている。

 

「ということは、薬草関連はずいぶん安く仕入れているようだ。と、なれば薬草関連はあまり我々としてもうまみが出ないんですね……参考になります」

 

「いや……それは……」

 

 商業ギルドは俺の予想ではこの街の商業を取り仕切っている元締めだ。

 俺が本当に異国の商人なのかは半信半疑だろうが、個人の発言でギルド全体の取引を破綻させるのはうれしくはないだろう。

 

「ん?」

 

 シオンが俺の袖を引っ張っている。

 心配そうな顔で今にも泣きだしそうにも見える。

 

 すると、露天商の血管が切れるように表情が鬼のように変わる。

 

「そいつは魔人族だぞ! 正当な取引じゃねぇことはあんたにも分かるだろう!」

 

 また初めて聞く単語だ。

 

 周りの人間の視線が突き刺さる。

 

 シオンを庇う俺を見る異常者でも見るような視線に背筋が凍る。

 いや、これはシオンに向けられた視線か?

 

「紫の髪に金色の瞳! そんな魔人族を庇ってんのか!?」

 

 この世界の事を知らない。シオンは俺には人と変わらないように見えたが魔人族という種族ってことなのか?

 で、魔人族は毛嫌いされていて、嫌われている。

 なるほど、魔人族は差別の対象なのか。

 シオンに対してのこの仕打ちは種族故の差別だ。

 

 袖を引っ張るシオンの腕を掴んで優しく離す。

 

 ――知ったこっちゃない。

 

 元の世界で散々発言のすべてを縛られたんだ。

 異世界ですら、そんな不自由を強いられるのはごめんだ。

 

 魔人族は口ぶりからすると周知の事実らしいが、それを踏まえて自分の貿易商という設定と他国の設定で言葉を返すことは出来る。

 

 まだ口は回る。

 

「魔人族は理解しています。ですが――」

「なんの騒ぎだ」

 

 凛。と。

 露天商に言い返そうとした瞬間に大声というわけではないのに、その場の誰よりもしっかりとした声がその場に響いた。

 

 当然その場の全員がそちらに意識を向けられる。

 道行く人々はそそくさとその場から離れ、開かれた人の波から巨体が現れた。

 

「ここは商売の場だ。喧嘩をする場ではない」

 

 大男だ。

 

 2m近い巨体も圧巻ではあったが、驚いたのはそこじゃない。

 巨体のてっぺんにある顔。鋭い眼光、勇ましい牙、雄々しいたてがみ。

 人の身体にライオンの頭がついたその見た目。

 

 明らかに人間ではない男がそこにはいた。

 

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