あー、あー、マイクチェック・ワンツー。こちらは異世界放送局です   作:獅子飼い

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1-06:大聖堂ガリアの修道女

「うるさいわね! 話しかけてこないでよ!(可愛い服を探してるの!)」

 

 その声はほとんど同時に聞こえてきた。

 口調やしぐさから彼女が発したのが怒声の方だと分かるが、それと同時に脳内に響くもう一つの声。

 

 この頭に叩き込まれる感覚には覚えがある。

 

「シオンのセリム動言語と同じ……」

 

 セリム動言語で綴られる所作は知らないが、意味だけが理解できるあの感覚。

 

 つまりは俺が唯一異世界で所持している翻訳能力だ。

 

 だが、今の翻訳はおかしい。

 恐らく使用されている言語からして異世界で日本語は通じない。

 しかし俺の耳に入ってくるのは日本語だ。

 

 これは俺の能力により自動で翻訳されて、かつ本来の言語はカットしてくれているのかと解釈した。

 少なくともテレビの副音声みたいに同時に聞こえてくることはない。

 

 だが、目の前の少女が発したのはどちらも日本語で、翻訳の対象外のはずだ。

 

 俺が状況を整理している間に少女は腕を組んでそっぽを向いて拒絶をアピール。

 

「どうしたの、オチちゃん?」

 

「あ……っ!」

 

 ミスタさんが少女の怒声に驚いてこちらへと近づいてくる。

 少女は慌てた様子で口をあわあわとしている。

 

「この馬鹿が話しかけてきただけよ!(この人が話しかけてくれたの!)」

 

「……」

 

 頭がおかしくなりそうだ。

 

 何故、この子の言葉だけ二つの意味で聞こえてくるんだ。

 

「あらぁ、ごめんなさいねぇ。でもこの子もあなたが困ってそうだから相談に乗ろうとして話しかけたのよぉ。許して頂戴ねぇ」

 

「いえ……」

 

 腕組みを解いた少女は少し項垂れるが、頭を振ってこちらへと向き直る。

 

「ガリア大聖堂のミア・ミッチェルモアよ!」

 

 少女は相変わらず語気は強いが自己紹介をする。

 今度は副音声がなく、しっかりと聞き取れた。

 

「この店のミス・ミスタよぉ。この子はオチ・ソウジちゃん」

 

 ミスタさんにならって軽く会釈するが、ミアの発言で産まれる現象が飲み込めていない。

 ミスタさんの様子を見るに、俺だけしか彼女の副音声に気付いていないように見えるが。

 

「そ、それで何か服選びに困ってるなら相談に乗れるかなって思って……」

 

 少し崩れた店員の顔を付けなおして話しかけてみる。

 もしかしたら、俺の能力はただの翻訳能力ではなく隠されたチート能力が秘められているのかもしれない。

 

 ミアは相変わらず目線を俺から逸らしながら。

 

「あなたがどうしてもというなら相談してあげないこともないわ(ありがとう……)」

 

 思わず眉をしかめる。

 

 多分副音声で聞こえるのはこの子の本心だと思われる。

 まさか俺の能力で心を読んでいるというのか、ならば、何故この子にだけ心を読む力が発揮しているんだ。

 

 っていうか、本音と建て前が正反対すぎる……

 

 まさか――

 

「――翻訳してる……?」

 

 本来は彼女らが話している言葉は既に翻訳が為されたものだ。

 しかし、もし、万が一、彼女が口にしようとした言葉と全く違う言葉が口から出たら。

 

 例えば、「ありがとう」というつもりで「あなたがどうしてもというなら相談してあげないこともないわ」と言っていたら。

 

 文字数違いすぎだろ。

 そもそも、その場合、ロロさんの言ってた言語の最低限のルールすら守られていない。

 

 いや、だから翻訳能力がバグってるのか。

 すごい、自動翻訳能力がバグるほどの照れ隠しってことか?

 

「なによ」

 

 不満そうにこちらを見てくるミアに気付き、少しだけ目を瞑って、切り替える。

 

 ミアの前では何故か翻訳能力がバグるがさしたる問題ではない。

 ただ普通に本音を話そうとすると強い言葉が勝手に出てくるだけだ。

 のろいかな?

 

「いえ、それでどういったモノをお探しですか?」

 

 至って丁寧に、愛想よく話す。

 

「別に……ちょっとした冷やかしよ(可愛い服を探しに来たの)」

 

「なるほど、可愛い服……」

 

「な゛っ!!」

 

 間違えた。

 ミアの喉からヒキガエルがつぶれたような声を出したが、顔を赤くするだけで否定しないあたり本心はそっちなのだろう。

 

 改めてミアの容姿を確認する。

 上から下まで修道服に身を包んでいる。

 足元までしっかり伸びたスカートに腕もしっかりと袖で隠れている、肌色は手と顔周りしか見せず、全体が黒と白で統一されている。

 頭にかぶるウィンブルからは髪が覗いておりブロンドの長い髪が肩口にはみ出ている。

 

 清廉な修道女のイメージそのままだが、オシャレな可愛らしさは薄い。

 

「ブロンドの長い髪に似合う、ミス・ミスタブランド一押しのフリルワンピースとか」

 

「あらぁ、良いじゃない! 可愛いわぁ!」

 

 とりあえず、可愛らしさに重きを置いて、ワンピースを手に取ってみる。

 それにはミスタさんの巨体もきゃぴきゃぴと飛び跳ねている。

 小柄な身体に人形のように整った顔立ちには似合うのではないか。

 

「そ、そんなの着れる訳ないでしょ!!」

 

「もう一回」

 

「そんなの着れる訳ないでしょ!」

 

「ワンモア」

 

「なんで何度も言わせんのよ!!」

 

 副音声は聞こえない。ってことは本心か。

 可愛らしいと思うがニーズには合っていないようだ。

 

「私は清廉なるメジウム教の信徒よ! そんな破廉恥な服着れないわ!」

 

「メジウム教ってそんなに厳しい戒律なんですか?」

 

「うーん、どうかしらぁ? アタシも一応メジウム教だけど、あんまり戒律とか興味ないからぁ」

 

「あんまり信徒の前で言うことじゃないと思いますよ」

 

 ほら、膨れてる。

 

「とにかく、私は普段からこの修道服を着ているからそういうのを買いに来たわけじゃないわ!」

 

「可愛い服買いたいって顔には書いてありましたけど」

 

「……(可愛い服とか着てはみたいけど)」

 

 おいおい、いよいよ無言を翻訳したぞ。

 どんな精神状態でしゃべってるんだこの子は。

 

 でも、何となくわかってきた。

 ともかく、本音を話そうとしても寸前で理性に押しつぶされて、無意識に本音を話せないと。

 ただの照れ隠しで納めきれない、翻訳能力すら混乱する筋金入りだ。

 

「だとすれば……アクセサリー系とか? ミスタさんはアクセサリー作りもやってるし、ネックレス類なら服の下に納められる……」

 

「なら、これとかどうかしらぁ、最近作った自信作よぉ!」

 

 ミスタさんはカウンターから小さくも美しい意匠のネックレスを取り出す。

 本当にこの人はファッションの分野なら何でも作れるようだ。

 それを受け取ったミアの目が少し輝く。

 

「かわいい……」

 

 ぼそりと零した言葉は理性に潰されていない本音だ。

 しかし、本音が見えなくても何となく考えていることがわかる。

 多分この子が基本的に素直だからなのだろう。

 

「物足りないですか?」

 

「え?」

 

「確かにネックレスだと服の下に納められるし、外見の大きく崩さないささやかなオシャレですけど、逆にささやかすぎますか」

 

「あんた……人の心を読んだみたいに言わないでよ」

 

 さっきまではカンニングだが、こっちからすれば心を読んでいるのではなく、心の内を隠せていないのだから冤罪だ。

 

 とはいえ、図星のようで軽く頷く。

 

「もちろん、このネックレスもとっても素敵なのは事実だわ」

 

「ちなみに休みの日も修道服なんですか?」

 

「私は神に仕える信徒よ。そしてこの服はその証。祈りに休みはないわ」

 

「でもオシャレはしてみたい」

 

「私がいつオシャレしたいって言ったのよ!?」

 

 神に仕える身であるため、しっかりとその外見は守りたい。

 しかし、人並みにオシャレもしてみたい。

 とはいえ、理性として修道女の立場が勝つのだろう、本音は表に出てこない。

 

「……」

 

 どこでもあることだ。

 立場から言いたいことも言えないってことは、だから俺の元いた世界での出来事も社会では珍しいことではないのだろう。

 とはいえ、それを仕方ないとは思いたくないが。

 

「修道服を着たまま、可愛くおしゃれする方法……」

 

 ふと、ミアの足元へ目がいった。

 長いスカートでしっかりと足を覆い隠している。

 

「靴とか?」

 

「……靴?」

 

 不意の言葉にミアは首を傾げる。

 

「靴なら長いスカートで基本は隠れてますし、色合いも服の色彩に合わせれば変に浮かないでしょう」

 

 ミアがスカートを少し抑えて自分の足元を確認すれば質素な黒のフラットシューズが見える。

 

「例えば、ロングブーツとか。そのくらいのオシャレなら神様も許してくれるんじゃないですか?」

 

「いいわねぇ、靴づくりも楽しいのぉ、足のサイズ図らせてくれれば可愛いの作っちゃうわぁ!」

 

 俺の言葉にミスタさんが同調する。

 なので、俺も口をもう少し回す。

 

「何より靴は歩いている間、踏む感触を常に感じることが出来るので、大きく外目に出てなくてもおしゃれしている実感はしやすいですよ」

 

「……」

 

 しばし、ミアは自分の足を見た後、恐る恐るといった様子で――

 

「――足のサイズ、測ってもらえるかしら……」

 

 そう控えめに口にした。

 しかし、先ほどまでのように目じりをキッと上げて、腕を組むと。

 

「別にあんたの助言で決めたわけじゃないんだからね!(ありがとう……)」

 

「どういたしまして」

 

「な゛っ!!」

 

 間違えた。

 口調は強いが、こうして本音が見えているならむしろ可愛げのあるように思う。

 

 本音で感謝を示したのを察されてバツが悪かったのかミアは拒絶したように俺から視線を逸らし、ミスタさんに足のサイズを測ってもらっている。

 

 王都ガリアにオシャレブーツブームが到来するのは、そう遠い未来の話ではないだろう。

 測定に気を取られ、顔をほころばせているミアを見ていると、自ずとそう思えた

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