あー、あー、マイクチェック・ワンツー。こちらは異世界放送局です   作:獅子飼い

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1-07:無償の奉仕

 ミスタさんの店を後にして、ガリアの商業区を歩く。

 酒場のように店舗を構えている店も少なくはないが、ガリアでメジャーなのは道に立ち並ぶ露天商だろう。

 アクセサリーや武具、薬に串焼き、その種類は様々だ。

 確かに、王都ガリアの正門があるこの4番街は人の行き来が多く、足早に街を後にしようとしている人の姿も珍しくない。

 そういった人たちを店舗に呼び込むのではなく、露店を構え1品でも買ってもらうという判断は理解できた。

 剣を腰に下げた人たちや杖を持ったローブ姿の人は冒険者だろうか。

 

「俺にも戦う力があればなぁ……」

 

 異世界生活初日の冒険者ギルドでの苦い思い出が思い返される。

 別に戦いたいわけではないが、折角ならファンタジーならではの剣と魔法の冒険譚に憧れないわけではない。

 それに、戦う力がないなら商人として生活していくのかといえばガリアの商業区は激戦区でもある。

 現代知識無双でリードするしかないだろう。

 

 そう考えればラジオでの活動は真新しさで言えばありのはずだ。

 何より、ラジオ活動がうまく行くなら、俺と同じ異世界人が気付いて、元の世界に帰る手がかりも見つかるのかもしれない。

 

「技術系はロロさんに任せっきりだし、ラジオもできてないうちに理想論を考えすぎるのは捕らぬ狸のなんとやら……だ」

 

 そんな風に考えていると目の前に見知った後ろ姿を見つける。

 フードを被っているので髪型も見えないのだが、その怯えた挙動で特定できてしまうのは悲しくは感じる。

 

「シオン!」

 

 俺が声をかけると、シオンの背中がビクリと跳ねて、こちらに向き直る。

 シオンは俺の姿を確認すると、胸に手を置いて安心した様子で息をついた。

 

『ソウジ』

 

「おう、久しぶり。ここ数日バタバタしてて顔を合わせられなかったが元気か?」

 

『元気』

 

 正直、露天商との一件を見てからシオンから目を離すことには抵抗があったのだが、ミスタさんの店も忙しく、顔を見に行く時間も作れなかった。

 それに不本意なことだが、俺が来るまでも同じような生活を一人でしてきたのだろう、数日でシオンの様子に変化はない。

 

 歯がゆいような感情を押し殺して、にっこりと笑いかける。

 

「ならよかった、担いでいるのは薬草じゃねぇな……」

 

 シオンが担いでいる籠に入っているのは多くはないが鉱石なのだろうか、色のついた石が入っている。

 

『ソルライト鉱石、武具、加工、必要』

 

「へー、そういうのもあるんだな。それを露天商へ?」

 

『否定、冒険者ギルド』

 

 冒険者ギルドは物の買い取りもしているのか。

 個人の露天商よりかは適正価格で買い取りしてくれるのだろうか。

 

『噂、ソルライト鉱石、不足』

 

「あー、なるほど。ソルライト鉱石が冒険者ギルドで不足しているって聞いて、売りに来たってわけね。

 あっちも不足しているなら変な価格で吹っ掛けにくいし、ちゃんとした価格で買い取るか、中々したたかだなシオン」

 

『……』

 

 感心してそういうとシオンは口を開けてぽかんとしている。

 不意を突かれたようで少し唖然としていたが、微笑んで手を動かす。

 

『売る、否定、ソルライト鉱石、寄付』

 

 ――血の気が引いた。

 

「……な、なんで?」

 

『ソルライト鉱石、不足、みんな、困る』

 

 シオンが不思議そうな顔をして言う。

 

 ソルライト鉱石って言うのが武具の加工などで必要で、それが不足していると聞いたシオンはソルライト鉱石を取りに行ったのか?

 武具の加工ができないとみんなが困るからという善意の心だけで?

 なるほど、みんなを思う気持ちは立派だし、素晴らしいことなのだろう。

 

 そのみんなの中にシオンを受け入れてくれている人間がいるのだろうか。

 何故、シオンはそんな無償な奉仕が出来るのか。

 

 清廉で人々に無償の愛を与える人物は確かにいるのだろう。

 だが、年端も行かず、自立すらギリギリなシオンがそんな風に思えるのだろうか。

 

 なんだか、シオンの献身はどこか自戒のようで、それが腹立たしい。

 

「シオン、俺もついていってもいいか? 冒険者ギルドをちょっと見てみたくて」

 

『承諾』

 

 シオンは一瞬迷う素振りを見せたが、同行を認めてくれる。

 彼女は前に俺が露天商へ薬草を卸しに行くときも同行を少し迷った。

 恐らく、自分と一緒に居て、侮蔑の視線が飛び火するのを危惧しての事なのだろう。

 

「おう、じゃあ行くか」

 

 ただ、知ったことではない。

 シオンに向けられる視線も俺がいれば分散できる。

 

 今はそれで十分だった。

 

■ ◆ ■ ◆ ■

 

 冒険者ギルドは同じ4番街の目立った位置にある。

 種類は知らないが鳥を象った看板は自由な冒険者のイメージを体現したものだとかなんとか。

 

 中に入っていれば、日も少しずつ傾きかけたギルドは仕事の斡旋所というより酒場の印象が強い。

 受付窓口の周りの人はまばらで、多くの人間は併設された施設で酒をあおっているようだった。

 

 街中も露天商の呼び込みなどで騒がしいが、室内に入った分こちらの方が圧があるように声が響いている。

 

 シオンもあまり冒険者ギルドへは来ないのだろう、慣れないような落ち着きのなさを感じる。

 

「シオン、受付あるしそこで――」

 

「おい、そいつ魔人族か?」

 

 来たよ。

 

 酒場が併設されていたことは初日にギルドへ入ったとき確認をしていた。

 酔っぱらった相手が強気に絡んでくる展開など俺の世界でも珍しくはない。

 加えて、シオンは魔人族だ。大義名分はあちらにある印象なのだろう。

 

 3人ほどの赤ら顔の男がギルドに入ったばかりの俺のところにやってきた。

 シオンにもこういう展開になる可能性は気付けただろう。

 いや、気付いた上で来たのかもしれない。

 

「なんですか?」

 

 至って冷静に返そうとするが、どうしても態度は冷たくなってしまう。

 男たちの下卑た笑いを見て、内心穏やかではない。

 

「あんたの奴隷か? 魔人族を奴隷にしてるなんて物好きだなぁ」

 

「奴隷ではないです。受付に用事があるので、俺たちはこれで」

 

 酔っ払いの相手をしても得はないし、こいつらの言葉でシオンが傷付くなどごめんだ。

 それでなくとも彼女は常日頃傷付くような目にあっているのに。

 

 シオンの背中を押して、男たちを無視しようとするが、男の一人が俺たちの進路をふさぐ。

 治安悪いな……

 

「魔人族が冒険者ギルドに何の用だよ。魔人族とか魔獣と変わらない討伐対象だろ。帰れ」

 

 ふざけるなよ。

 

「王都ガリアでは魔人族の存在は容認されている。冒険者ギルドへ立ち入り禁止なのは知らなかったな、今度から扉に看板を置いてくれ、冒険者ギルド側の意思ならな」

 

「俺たちは……っ!」

 

「少なくともあんたたちに俺らを追い出す権利はない。俺らが出ていくとしたら用事が済んだ後か、冒険者ギルドの職員に断られた後だ。それとも、あんたたちは冒険者ギルドの職員より偉いのか?」

 

「ぅ……」

 

 ふざけるなよ。

 その程度で言い負かされる程度で人を傷つける言葉なんて言うな。

 言い返されるとも魔人族を弁護する相手がいるとも思っていなかったのだろう。

 男たちは不意を突かれたようにうなる。

 

「てめぇ! 偉そうに!」

 

 男の一人が俺の襟を掴み、自分側に引き込む。

 人相の悪い男の顔が眼前に現れる。

 

 怖くもなんともない。

 こんな信念もなく、言い返せない女の子を一方的に言葉で殴る相手に比べれば、ラジオ局のお偉いさんの方が百倍怖い。

 

「魔人族を庇うとか、お前も魔人族か?」

 

「魔人族の特徴は紫の髪に黄金の瞳だ。俺の事はどう見える?」

 

「お、おい。そいつ……」

 

 殴られるなら止む無しかと思ったが、俺の襟を掴む男の隣で別の男が俺を指さす。

 

「数日前に商業ギルドのギルド長と往来で言い争った黒髪の異国の商人がいるって……」

 

 数日前、商業ギルド、往来……

 設定はあっちから持ってきてくれた。

 その設定で話すのはあまりいい気分ではないが、それで収まるならそれでもいい。

 

「ギリオンの事か、交渉の場を往来でしてしまったのは変に目立ったか?」

 

「商業ギルドの客かよ……くそっ!」

 

 この街でギリオンの事を知らない人間はいないのだろう。

 加えて、面と向かって言い合える度胸も普通はないらしい。

 

 当然、俺もあの時は感情論で突っかかったが、あれは巡り巡って商業ギルドと対等に言い合える異国の商人って印象を与えたようだ。

 全く言い合いにもなっておらず、対等どころか逆に言い負かされたはずだが、ギリオンと対等な人間には手を出しにくいようだ。

 

 襟を掴んでいた男は乱雑にそれを離して、男たちは踵を返す。

 

 騒ぎを遠巻きに見ていた者たちも近づいてこようともしなかった。

 

 ギリオンどんだけ恐れられているんだ。

 貴族とも対等な商業ギルドの長は伊達ではないようだ。

 

『……』

 

 男から解放された俺のもとにシオンが駆け寄って、掴まれていた首元を背伸びして確認している。

 軽く伸びた襟を優しく手で伸ばしている。

 セリム動言語を使う余裕もなく俺を心配しているようだ。

 

 この子にとってはどこまで行っても自分より他人なのだろう。

 

「大丈夫、どこも怪我してないって」

 

『疑問、本当、怪我、有無、確認』

 

「元気元気! 仮に喧嘩になっても俺こう見えて強いんだぜ!」

 

 当然喧嘩もしたことないし、あのまま喧嘩になれば一方的にボコボコにされていたがシオンを心配させまいと親指を立てた。

 それにシオンはほっとして胸をなでおろすと、改めて籠を担ぎなおし、辺りを見渡す。

 

 受付は空いていてどこでもよさそうではあるが、シオンは一番端にある受付へと小走りで駆け寄る。

 

「貴方……」

 

 そこに居たのは切れ長の瞳の女性だった。

 長い茶色の髪を編んでおり、きっちりと職員の制服を着こなす彼女は気品もあり、着こなしによっては男装の麗人にもなれる顔立ちだ。

 

 受付へと小さい背を伸ばして覗き込むシオンの顔を確認して少し眉を顰める。

 

 さっきの冒険者といい、彼女といい、フードを目深に被っているシオンの正体をすぐに見破るものだ。

 最も、彼女に関してはシオンとは初対面ではないように見える。

 

「入り口が騒がしいと思ったら貴方だったのね、あまり騒ぎは起こさないで欲しいわ」

 

『謝罪』

 

「まぁ、謝らなくてもいいわ、言い争いのようだったし、貴方がやっていたのではないのでしょう」

 

 なるほど、この受付さんはセリム動言語を理解しているのか。

 確かにそちらの方が話が早い。

 他の職員ではなく彼女のところに向かったのは彼女とは会話が出来るからだ。

 とはいえ、それは仲睦まじいのではなく、受付さんはシオンに対して愛想も振りまいていない。

 

 次に受付さんはちらりと俺の方を見る。

 切れるような鋭い瞳は受付さんというより歴戦の戦士といったようだ。

 

「貴方は?」

 

「越智 宗次って言います。最近この街に来た……旅人です。はじめまして」

 

「冒険者ギルド、受付嬢のセレーナです。ようこそ冒険者ギルドへ」

 

 そういうとセレーナさんは軽くお辞儀をする。

 愛想は感じないが、語り口は滑らかでお決まりの挨拶なのだろう。

 

「それで、久しぶりに現れたと思ったら何の用?」

 

『ソルライト鉱石、提供』

 

 そういって、シオンは背負った籠を受付の上へ置いた。

 それを見てセレーナさんの目つきが鋭くなる。

 

「どこで聞いたのか、ソルライト鉱石の不足している噂を聞いたのでしょう。

 確かに、ソルライト鉱石は不足していて、ギルド施設での加工で問題が生じているわ」

 

『みんな、困る』

 

「えぇ、魔獣の森での採取作業を回すつもりだったけど、貴方の思惑が分からないわ。

 時々、貴方はギルドへの提供をするけど、何のメリットがあるの?」

 

 セレーナさんの疑念はもっともだ。

 何より、どちらかといえば俺はシオンの行動には反対だ。

 シオンが危険を冒す必要はない。

 

 そんな俺とセレーナさんを尻目にシオンは指を目元までもっていく。

 

『もし』

 

 こういう時にシオンの動きに迷いや戸惑いはない。

 

『魔獣、戦闘、武器、加工、不可、であるならば、冒険者、危険』

 

 鼻で笑ってしまいそうになる。

 

――もし、魔獣と戦う時に武器が加工できないと冒険者が危ない。

 

 それだけらしい。

 

 セレーナさんが受けた感想は俺と同じだったらしい。

 彼女は少し嘆息すると書類を出し、文字を書き始める。

 

「いつも通り、冒険者ギルドへの寄付として受け取るわ。いいわね?」

 

『感謝』

 

 シオンはそういって、籠をから出した鉱石カウンターに並べると、ぺこりと頭を下げて、踵を返した。

 

「ねぇ、貴方」

 

 俺もシオンについていこうとしたところをセレーナさんに呼び止められる。

 

「なんですか?」

 

「あの魔人族の子、本当に裏はないの?」

 

 差別の対象である魔人族。

 そんな相手からの無償の施しは不思議というより不気味といっていいのかもしれない。

 

「少なくとも善意ではあるはずです」

 

「……」

 

「魔人族とはいえ、人それぞれじゃないですか。シオンは良い子なんですよ」

 

 もしかしたら、セレーナさんも魔人族の差別意識に対しては疑問を抱いているのかもしれない。

 当然だ。シオンと少しでも会話すれば彼女に敵意はなく、普通の女の子だってことは分かるはずなんだ。

 魔人族と言うだけで忌み嫌うには彼女は良い子すぎると思う。

 

 しかし、セレーナさんは首を振り、用紙を一枚取り出した。

 

「貴方からもあの子に説得して頂戴。もうギルドへは立ち入らないように、寄付も不要と。

 彼女が過去にギルドに寄付したものはギルドからの依頼として、依頼料を払う準備もしているわ」

 

「……伝えておきます」

 

 それは一種の拒絶のようにも見える。

 そうして俺は自分の考えが甘かったことを理解した。

 

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