唐突な話だが、この世には幽霊が存在する
とは言っても、多分普通の人には見えないし、人の生活圏には殆ど居ない。あくまでも殆どだから、たまーに、本当にたまにいるっちゃいる
廃墟とか、墓地とか、そういうところには一体ぐらいいる。ああいうのは大体有害だから、もし見えるなら全力で見えないフリをするのが最善だったりする
で、何でこんなことを話しているかというと、僕は恐らくしくじったからである
桃色の髪に赤い瞳。黒と白の見たことない服に、雪も降ってないのに差している傘。雑踏の中に立っているのを見かけた。それが、あまりにも人に似ていたから、目が合ってしまった
「────」
視線を逸らそうとしたその瞬間、相手がにこりと笑った。そして、傘を閉じてこちらに歩いてくる。逃げ出す──のは駄目。あくまで気づいていないフリをする
「アタシの事、見えてる?」
無視。何があっても無視。視線を合わせることもなく、その身体を避けることもせず、応答なんて以ての外。……とは言え、こいつをこのまま連れ帰るのはまずい。何とか撒かなければ
「懐かしい顔だと思ったら、やっぱりアンタだったんだ。なら、アタシの事見えてるよね。大丈夫、幽霊とかじゃないから。似たようなモノではあるけど」
な訳あるか。こんなやつ立ってたら視線を集めまくるに決まってる。それに──ほら、現に今通行人の身体をすり抜けた。生きてる人間じゃない
「幽霊相手には正しい対処法だね。こういうこと、経験あるの?」
……何ともまぁ、よく喋るやつだ。数えるほどしか出会ったことはないが、まともに喋れないやつばかりだったというのに
まぁいい。とりあえず撒くことを第一に考えよう。行き先………とりあえず、あの雪だるま公園にしよう。ルートを変えたようにも思われないし、ここからなら程よく遠い
「アタシには分かるよ。アンタは見えてる」
僕の視界から出ていかないそいつは、何が楽しいのか怪しい笑みを崩さない。人の身体をすり抜けられるのをいいことに、ずっと僕を見ながら後ろ向きに歩いてる。見えていることを確信しているのか、一向に諦める様子はない
なら、その確信が揺らぐまで無視し続けるだけだ
「もう一度言うけど、アタシは幽霊じゃないよ。話しても大丈夫、何もしないから」
……こうなると、一人なのが心細い。誰かに、誰でもいいから会いたい。一緒にいて欲しい。アグさん、サフェルさん、トリビー先生達、キャスさん、ヒアンシーさん、ファイノンくん、モーディスくん、アナクサゴラス先生、キュレネさん、ヘレクトラさん、ケリュドラさん……誰でもいい。誰かに
「公園?遊んだりするの?へぇ、結構わんぱくなんだね♭」
ひたすらに足を動かしていると、気づけば公園に着いていた。僕以外には、小学生ぐらいの男児の集団がボールで遊んでいるだけだ
「……嫌なのがいるね。あの子供達に反応しちゃダメだよ」
ベンチに積もった雪をどけて腰掛ける。あとは…とにかく待つだけだ。この幽霊が諦めるまで、適当に時間を潰していればいい。空でも見て、時間を───
「すいませーん!ボールとって下さーい!」
少し重めの音と、子供の声。ボールをこっちに飛ばしてしまったのだろう。空から視線を地面に下ろそうとして
「ダメ。無視して」
………ほんの僅かでも、反応を示すな。幽霊の言葉を無視して、立ち上がってボールを見つける。歩いて、ボールを拾って、返────
「は」
それは、三体いた
ボールを取った僕を見て、三体ともが全く同じ、厭な笑みを浮かべている。そうか、擬態か。はは、とんだ初見殺しだ
「っ───!」
ぼこぼこと、頭の形が崩れていく。ぐちゃぐちゃに歪んだ顔と、身体と不釣り合いに肥大化した頭を持つ、子供の幽霊──が、三体。見つけた獲物に走ってくる。すぐさま踵を返して、走らなければ───
「まったく、世話の焼ける子」
赤い、クラゲのような何かが数体、三体の周囲を漂っている。子供の幽霊にもそれが見えているようで、足を止めて────
「───みんな、さよなら」
──────────────────
「………その、無視してごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。やっぱり見えてたんだ。あと、謝らなくていいよ。アタシ、アンタのことは気に入ってるんだ」
何だか、話しているとふわふわする。地面に足がついてないような気分だ。夢で浮くような感じともまた違って……気持ちの悪さはないけれど、落ち着かない
「改めて………はじめまして。アタシの事は、長夜月って呼んで」
「あぁ、その、アムールです。よろしく…」
「ふふ、知ってる」
しれっと名前を知られてることに驚きつつも、長夜月と名乗った彼女のことを考える。赤いクラゲが爆ぜて、子供の霊は全員消えていた……うーん、やっぱり幽霊なんだろうか
「…長い間生きてると、色々とわかってくるんだ。多分、あの子はこの世界に生まれてこない。それに気づいた時には、もうアンタを探してた」
「はい?」
「わからないよね。それでいいの」
会話の意味がロクに理解できない……けど、多分僕に取ってはさほど重要じゃない。それよりも気になることもある
「長い間って、どれぐらい?」
「千年は生きたかな。歴史は好き?色々語って聞かせてあげる」
「はぁ、千年……」
突拍子もない話だけど、幽霊なんてのもいるぐらいだし、千年生きてる謎の存在がいたって不思議じゃない
「アンタを探して世界中飛び回って………やっと見つけたと思ったのに、すぐ逃げちゃうなんて」
「いや、その……ごめんなさい…」
「ふふ、怒ってないよ。今こうして二人でいられるだけで嬉しいんだ」
冬になると、日が落ちるのが早くなる。少し散歩に出かけたはずが、気づけばもう辺りはかなり暗くなっている
スマホは家に置いてきてしまったし、日が落ちる前に戻ると言ったのが嘘になってしまった
「……そろそろ帰らなきゃ」
「冬になると、暗くなるのが早いよね。それじゃ、行こっか」
ナチュラルに着いてくることに何か言う暇もなく、二人並んで歩みを進める。今のところかなり友好的だし、幽霊に鉢合わせた時には守ってくれたし、僕から特に何か言うことは無かった
「……寒くないですか?」
「うん、平気。アタシはそういうの感じないから。……でも、アンタが寒いって言うなら」
赤いクラゲが、僕の周りでぷかぷか浮いている。そして、その数を増やして僕を包んだ。少しの熱と、心地いい冷たさ、なんて相反する二つの感触がある
「あ…あったかい………冷たい…?」
「こういうこともできるんだ。ふふ、気に入ってくれてよかった」
おかしな感触だけど、触れていると寒さが和らぐのは確か。この不思議なクラゲを連れたまま、僕達は家へと向かった
「……いいとこに住んでるんだね?」
「アグさん……アグライアさんに引き取られて、住まわせてもらってるんです」
「ふふ、知ってる」
「それは何で?」
アグさんの住んでるタワマンは言うまでもないが凄い高い所だ。場所的にも、値段的にも。……僕の名前とか、色々。長夜月さんは何で知ってるんだろうか。クラゲみたいな特殊能力でもあるんだろうか
とりあえず、早いとこ部屋に戻ろう。アグさんに心配をかけたくは────
「……アムール?」
「あ、アナクサゴラス先生」
明るい緑色の髪の、すごいイケメン。それがアナクサゴラス先生だ。皆からは度々アナイクスって呼ばれてるけど、本人はそれを嫌がってる。とは言え何だかんだ呼ばせてるあたり、特にどうとも思ってないのかもしれない
「暗い中出歩くのは、あまり感心できませんが」
「う、それはそうなんですけど…」
「何かありましたか?」
アナクサゴラス先生は…何というか、鋭い。今の問いだって、言葉に疑問符をつけてはいるけど、殆ど確信を持って言葉を紡いでいる。一度見つけた以上、言葉を尽くして巧みに聞き出してくるだろう
「……ふむ、アムール。今、この場には私とあなた以外の誰かが居るのですか?」
「え」
「いるのですね。あなたがあまりに何もない方角を気にするものですから」
……別に、隠すつもりもなかったけれど、いくら何でも鋭すぎじゃないか。アグさんと同じだ。嘘をつけない相手───とは言え、今回言うべきことは決まっている
「───ゆ、幽霊って信じますか…?」
「……はは、これはまた」
何とも興味深そうに笑った後、寒い外で話すべきではないという結論に至り、僕らはマンションのエントランスへと入った。椅子に座って、今日の出来事をかいつまんで話す
「長夜月、ですか……それは、今もあなたのそばにいるのですか?」
「はい、後ろに…」
視線を背後にやると、相変わらず不敵な笑みを浮かべた長夜月さんが立っている。アナクサゴラス先生は少しの間同じところを見つめて、やがて首を振った
「私には何も見えません。…が、あなたが言うのであれば、彼女は確かに存在するのでしょう。害を為すモノでもないようですから、そのままそばに置いておいても問題ないかと」
「……だって」
「誰が何を言っても、アタシはアンタに付いてくよ」
アナクサゴラス先生の言う通り、害はなさそうだし……長夜月さんがそれでいいのなら、僕から言うことはない。幽霊からも守ってもらったし、むしろお願いしたいぐらい
「何かあれば、いつでも私のところに来なさい」
「はーい」
「それと、すぐに部屋に戻るように。この時間まで戻らないとなると、あの女がそろそろ────」
エレベーターの降りてくる音。言葉を切ってそれを見つめたアナクサゴラス先生と一緒に、僕も音の方向へ振り向いて──見慣れた金髪が目に入った
「噂をすればなんとやら、ですね」
「アムール!」
駆け足で近寄ってくるアグさんの後ろには、サフェルさんにヘレクトラさん、ケリュドラさんもいる。帰ってこない僕を探そうとしてくれたのだろう。ほんと、申し訳ないことをしてしまった
「ご、ごめんなさい。色々あって遅くなっちゃって」
「何があったのですか?トラブルに巻き込まれたりは…」
「別にそんなことは…」
「トラブルと呼んで差し支えない出来事ではあると思いますが」
それはそうだけども
「っ──!やはり何かあったのですね。聞かせてくださいアムール…!」
「ゆ、幽霊がですね…」
「幽霊………?」
「アムっち、オバケとか信じるタイプ?」
「ワタシは信じるタイプだ」
「助けてアナクサゴラス先生ぇ……」
「……少し複雑な話になりますから、まずはゆっくりとアムールの話を聞きませんか」
アナクサゴラス先生が皆を宥めてくれて、何とか色々と説明する暇ができた。先生にも助けてもらいながら、まずは幽霊の存在から長夜月さんまでのことを頑張って話す
その最中も、長夜月さんは笑みを浮かべたまま僕を見つめていて
「これからよろしく、愛しのアムール♭」
僕以外に声が聞こえないのをいいことに、場所を選ばず直球で感情を示してくる
それが何とも恥ずかしくて、多分顔が赤くなった
主人公の名前いる?
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いる
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いらん