鬼討つ鬼は異界より来る 作:ふののも
空を見上げれば、昼をまあまあ過ぎたころ合いだろうか。
「悪いな。お前の装備はボロボロで、修理のしようも無くてな。廃棄しちまってよ」
「いえ、大丈夫です。寧ろ、その分の補填をしていただいて感謝します」
時継に対して、娜月は深々と頭を下げた。
彼女の元々の装備は、大破してしまっていた。残念ながら、修理をしようにも材料となる素材も無ければ、必要な加工賃も無い。無いない尽くしで、結果的に廃棄する他なかった。
小屋を出た三人。最初に向かうのは、斜め前にある鍛冶屋。
「ここは、鍛冶屋だ。素材をもってくりゃ、装備の製造や鍛造強化が出来るぞ」
「いらっしゃい。ああ、時継さんこんにちは。今日はどうしたんです?」
「なに、新入りへの里案内って所だな」
「成程。そちらのお二人ですね。初めまして、若輩ながらこの里の鍛冶を任されている者です。よろしくお願いします」
そう言って、爽やかな笑みと共に年若い青年が二人へと頭を下げる。
「どうもっす。俺は、ナナシ。
「はい。よろしくお願いします、ナナシさん」
得体のしれないであろうナナシに対しても、鍛冶屋は爽やかな笑み。人が出来ているのか、或いは別の理由か。
自己紹介を終えた二人に追従するように焦ったのは、もう一人の方。
「あ、あの!私、娜月といいます!よ、よろしくお願いします鍛冶屋さん!」
「はい。よろしくお願いします、娜月さん。お二人は、モノノフでしょうか?」
「あー、娜月はそうだがナナシの方は違うな。つっても、包丁とか農具の修繕、改良もやってんだ。何処かしらで関りは必ず出てくる」
「そう言えば、時継は鍛冶屋さんと何か関りがあるのか?親しげだけど」
「俺か?ふっ、こう見えても俺は一流の鍛冶師でな。まだまだひよっこのこいつを面倒見てやってんのさ」
「まだまだ修行中の身ですが、精一杯やらせてもらいます」
さわやかな笑顔の青年と幼少の子供程度の大きさしかないカラクリ人形の組み合わせ。
冗談か揶揄われているような光景だが、ナナシは突っ込まなかった。
既に自分の状況が冗談のような夢物語の様なものなのだ。他人を揶揄する資格はない。
鍛冶屋との顔合わせを終えて、一行が次に向かったのはその隣。
「ここは、よろず屋だ。食材から鍛錬素材その他諸々。いろんな物を売ってくれる」
「いらっしゃい!ああ、時継さんじゃないですか。今日は、何が御入り用で?」
「いや、今日は違うぞ。新入りの案内だ」
「ナナシっす。よろしくお願いします」
「な、娜月です!は、初めまして!」
「ええ、初めまして。あっしは、こうしてマホロバの里で商店を営んでいるんでさ。といっても、お客さんの要望を聞いてたらどんどん売り物の範囲が広がっちまいましてね」
「今じゃ、駆けだしモノノフ用の装備も扱ってるんだったか?」
「そうですな。もっとも、素材を取引しない分割高とはなっていますが」
「全部、里の中で賄ってるんですか?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。野菜なんかは里の物もありますが、外から隊商が運んでくるものが殆どです」
「そもそも、里のが完全に独立して運営される事がまずねぇからな。結界に区切られた安全圏から出られない以上、どうしたって土地の限りがある…………それがまた、厄介なんだが」
ぼそりと時継が呟く。
能天気とまではいわないが、どこか軽い印象のある彼にしては珍しい重い雰囲気に、しかし二人は突っ込まなかった。
お人好しの嫌いがある娜月は兎も角、現代人としての知識があるナナシからするとある程度の予想がついたからだ。
限られた土地と、そこに密集して住む人々。
言ってしまえば、この世界の里とは文字通りの陸の孤島なのだ。そして、そこから人類の生存圏を広げられなければ待っているのは――――想像に難くない破滅。
思ったよりも危機的状況に、ナナシは閉め口する。
そんな少年の内心は漏れる事無く、三人は続いての場所へ。
「ここは、祭祀場だ。久遠!」
「おや?これは、時継様。こんにちは」
「おう。こっちの新入り二人の案内ついでにな」
「新入りに御座いますか?」
首をかしげるのは、左目を白い髪で隠し、右半分は黒い髪で、白黒入り混じった三つ編みを垂らした女性だ。
巫女服の様だが、腰に前掛けを巻いており外に並べられた机といすにはチラホラと食事をとっている客の姿も確認できる。
「ナナシっす。よろしくお願いします」
「な、娜月です!よろしくお願いします!」
「ナナシ様、娜月様ですね。私は、久遠。ここで小料理屋と祭祀場の巫女を務めさせております」
「祭祀場?」
「はい。私は、ミタマの巫女を務めておりますので」
「…………ミタマ?」
「過去の英雄たちの魂の事です。モノノフは、その身にミタマを宿し“鬼”を討ちます。私は、そんなミタマとモノノフの間を取り持つ巫女なのです」
「へぇー…………じゃあ、時継や娜月にもミタマ?が宿ってるのか?」
「まあな。俺のミタマは、勇者のソレだぜ?」
「私は……えっと、源義経だね」
「!源平合戦の英雄じゃん。ミタマっていうのは、そういうのばっかりなのか?」
「そうですね。連綿と続く歴史という帯の中で、一際輝いた綺羅星こそがミタマとなる場合が多いでしょう」
「綺羅星、ねぇ」
「ふふっ、この混沌の時代を生きるミタマを宿したモノノフの方々もまた
微笑む久遠。不思議な雰囲気を纏っている彼女は、しかし悪人ではないのだろう。
「それはそうと、こちらではお食事も提供しています。如何でしょうか?」
「あー、久遠。まだ案内が残ってんんだ。飯は、また今度にしてくれ」
「然様でしたか……では、またの機会に」
時継が会話を打ち切らせて、三人は祭祀場を離れた。
その道中で、ナナシが首を傾げる。
「何か彼女にあるのか?」
「ん?まあ、気付くか。久遠の腕は良いぜ?俺は、こんな成りだがそれでも食ってる奴を見ればそれ位分かる。実際話も聞いたしな。ただ――――」
そこで言葉を切り、三本指の金属の手が被った傘を弄る。
「アイツの創る料理は、“鬼”を使う。生半可なヤローが食べれば腹下しちまうのさ」
「おい、それ料理屋として不味いだろ」
「大丈夫なんですか?食べてる人もチラホラ居ましたけど……」
「モノノフなら、な。寧ろ、久遠の料理を食うと腹の底から力が漲って鬼の討伐に役立つらしい。まあ、食うのは本当に一握りだ。どうしたって、“鬼”を食う事に抵抗のある奴の方が多い」
「まあ……でしょうね」
横浜のオオマガドキを思い出しながら、娜月が頷いた。
この里のみならず、この世界で“鬼”に対して負の感情を抱いていない者を探す方が難しいだろう。どれ程淡白でも、冷めていても、心の澱には“鬼”が居る。
話を変える様に、時継は振り返ると里の奥に位置する長い石階段を示した。
「あそこが、岩屋戸。神垣ノ巫女が居るぜ」
「神垣ノ巫女?」
「各モノノフの里に一人居る、結界の要さ。鬼の侵入や瘴気の流入を防いでる。オマケに、今のマホロバの里の頭になってるのも彼女だ」
「ん?普通は違うのか?」
「ああ。本来なら、お頭っつうモノノフの纏め役がそのまま里の一番上に据えられる。要は、里長みてぇなもんだな。だが、今の里にはお頭は居ない。二年前に死んで、それっきりだ」
「纏め役が居ないって事か」
「そうなる。巫女もまだまだ幼い。政に関しては、今は近衞が取り仕切ってる」
「近衞っていうのは……」
「近衞部隊とサムライ部隊つってな。この里の様は実働部隊さ。それぞれの隊長が今の所次のお頭候補に挙がってる。ついでだ、まずは顔合わせを――――」
時継がそう言った所で、不意に警鐘が鳴り響く。
「その前に、こっちを片付けるか」
「な、なんだよ、急に……」
「鬼の襲来だ」
瞠目するナナシの言葉に答えたのは、いつの間にやって来たのか博士である。
「如何に結界で守られていても、限度がある。里に在中するモノノフは、里を襲う“鬼”を討つ義務があるんだ」
「まあ、大型が襲う何て事はそう多くはねぇさ」
「ちょうど良い。ナナシ、お前も見ておけ。“鬼”の脅威というものを生で見る機会だ。結界の内に居れば観察には事欠かないだろう」
「お、おう…………博士たちも、戦うのか?」
「当然だろう。私も、そして時継もモノノフなのだから」
ナナシの言葉に答える博士。
その背には、一丁の得物が日を浴びて輝いていた。