鬼討つ鬼は異界より来る   作:ふののも

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「門を閉めろォー!急げーッ!」

 

 里を守護する近衞の隊員の指示と共に、門が閉じられる。

 そこに迫るのは、醜悪な“鬼”である。

 異様に長い両腕に、肋骨が浮き出た胸部。一方で腹はまるで球体と見紛う程の肥大化しており、萎えた両足は立ち上がるという役目を果たせず投げ出されている。

 “餓鬼(ガキ)”と呼ばれる最下級の“鬼”が多くの魂を食らい年月を経ると至るとされる“ヒダル”と呼ばれる中型の“鬼”だ。

 ヒダルはじたばたと長い腕を振り回して地面を勢いよく這うと、その勢いのままに里へと飛び掛かる。

 だが、コレを阻むのが神垣ノ巫女が司る結界だ。生半可な鬼では突破する事はまず不可能。

 “鬼”は魂を食らう。故に、人の多い里を狙う者も少なくないが、基本的には結界に阻まれて成功する確率は低くなる。

 

 だがそれは、あくまでも()()()()()()()()()

 

 その女性が里の外に出ていたのは、偶然だった。

 里の中で生活を完結できない以上、どうしたって結界の外へと足を踏み出す必要がある。

 幸いなのは、マホロバ周囲に広がる“マホロバ丘陵地”が瘴気汚染がそこまで深刻ではなく出現する鬼も大型は基本現れない点か。

 それでも、小型中型の“鬼”と出くわす事は珍しくない。その結果として不幸に見舞われる事もまた、ありふれていた。

 

「ひっ……!」

 

 腰が抜け、しかしどうする事も出来ない。

 薬草取りをしていた彼女の自衛手段など、精々が草取りに使っていた手鎌程度。それにしたって、小型の鬼に辛うじて通じるかどうかという話だ。中型以上の鬼には痛痒を与える事すら出来ないだろう。

 ヒダルが迫る。その魂を食らわんと長い舌を垂らして這いより、

 

「――――ギッ!?」

 

 その巨体が横っ飛びに、吹っ飛んだ。

 もんどりうって転がったヒダル。そして、そんなヒダルと女性の間に割り込むようにして滑り込むのは、一人の少年。

 

 黒髪を揺らし、この時代にはそぐわない化学繊維の衣類に身を包んだ彼は真っすぐに倒れる“鬼”を睨みながら拳を握る。

 

 ここで、時計の針を少し戻すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 警鐘が響き、博士に率いられた面々は里の出入り口に直通した大きな建物へとやってきていた。

 モノノフ本部。マホロバの里に所属するモノノフを統括する施設だ。ここで、主に任務や指南を受ける事が出来る。

 施設内に足を踏み入れて、博士は目当ての人物を見つけて声を掛けた。

 

主計(かずえ)、状況はどうなってる?」

「ん?やあ、博士。そうだね、毎度の事ではあるが……うん、今回はまだマシだろう」

 

 主計と呼ばれた、メガネをかけた壮年の男性は穏やかな笑みと共に頷いた。

 そんな彼に、ナナシは隣に居た時継へと身を屈めながら小声で問う。

 

「なあ、あの人は?」

「アイツは、主計。モノノフの事務官で、この本部の統括を担ってる。物資調達から任務の受付まで、モノノフが“鬼”の討伐に専念できるのはああいう裏方が居るお陰だな」

「へぇ……」

 

 柔和な笑みを浮かべる主計に対して、ナナシは頷く。

 物資が無ければ、戦えない。コレは、古今東西の戦地に身を置く者にとって当然の事であり同時に常識でもあった。

 裏を返せば、補給が滞れば一騎当千の兵であろうともそこらの素人に敗北を喫する。

 歴史の授業の際に、過去のやらかし犯を文面越しに見た事があるナナシは改めて現在が戦争状態であると理解させられていた。

 少年の内心は、周りに悟られる事無く話のすり合わせは続いている。

 

「現状、近衞、サムライ両隊は異界の調査に出払ってしまっている。その他のモノノフ達も隊商護衛や周辺の“鬼”の掃討。後は、里の防衛に数名かな。君達には、今迫っているヒダル含めた鬼の群れを討伐してほしい」

「了解した。得た素材は、こちらで処理して構わないな?」

「ああ、勿論。骸を処理してくれるのなら、それに越した事はないからね」

「言質は取ったぞ。やっかみはそちらで処理してくれよ」

「ああ、任せておいてくれ」

 

 大らかな笑顔を崩さない主計に送り出され、博士が戻って来る。

 

「良し、娜月、時継。出る前に、手を出せ」

「はあ?何だよ、急に」

「“鬼ノ手”の実証実験を行う。ほら、早くしろ」

「いや、待て待て待て待て!実験つったか!?また、爆発するような代物じゃねぇだろうな!?」

「ば、爆発!?」

 

 時継の言葉に、娜月はギョッとしながら差し出そうとしていた手を引っ込める。

 だが、一歩遅かった。がっしりと博士に手を握られて差し出した左手を引き戻せなくなってしまう。

 

「そう邪険にするな。実証実験とは言ったが、既に耐久試験などは合格済みだ。後は実戦での動作を見ておきたいだけだ」

「実験体には変わらねぇじゃねぇか!?カラクリ人形にも人権を認めやがれ!」

「人形に、人権は無い」

「バッサリ言いやがる!?」

 

 ギャンギャン煩い二人に、娜月はオロオロと状況に取り残されるばかり。

 そんな三人から視線を外して、ナナシは外を見た。

 

「アレが鬼、か……」

 

 無意識のうちに、彼は腕を擦っていた。

 醜悪な怪物だった。同時に、そこに人間的な理性を期待するだけ無駄である、という事も分かった。

 とはいえ、状況は結界に阻まれているのだ。言ってしまえば、動物園や水族館で肉食獣や肉食魚を檻や分厚いアクリル板を挟んで観ているようなもの。

 だからだろうか。広がった視界は、思った以上に多くのモノを見つける。

 

「…………は?」

 

 ずらした視線の先に居たのは、一人の女性だった。

 和服に身を包み、背負子を背負って頭には手拭いを巻いた女性。

 鬼を見て真っ青になった彼女に対して、腹が異様に大きい鬼(ヒダル)の目が向いた。

 長い舌が涎を垂らし、女性に向かって動き出す。

 これから何が起きるのか。誰が見ても、想像に難くない事だろう。

 

「ッ……!」

 

 気付けば、少年の体は駆けだしていた。

 

「ナナシさん!?」

 

 突然の突風に娜月が叫ぶが、少年の足は止まらない。

 一歩進むごとに残像を引くように加速していく肉体。その増していく勢いのままに、彼の体は閉じられた門を一息に飛び越える。

 門といっても、そこまで大きくはない。ないが、しかしそれでも人の往来を完全に遮断できる程度の高さはあった。

 その門を飛び越えて、ナナシは着地。勢いを殺す事無く、弾丸のような速度で疾駆する。

 

「やらせるかァァァアアアアアアッッッ!!!」

 

 絶叫と共に放たれるのは、速度の全てを乗せて放つ渾身の跳び蹴り。

 突き出された右足が、今まさに女性へと襲い掛からんとしていた鬼の痩せた肋骨の浮かぶ右脇腹へと突き刺さった。

 

「――――ギッ!?」

 

 本来、たかが人間の体術など“鬼”には通用しない。どれ程鍛え上げても、鬼を素材としたモノノフの振るう武器が無ければ小型すら痛打を与える事は難しいだろう。

 だが、その通説を今、その跳び蹴りは覆した。

 体重差100キロは下らないであろう相手を、ナナシは思いっきり蹴り飛ばしたのだから。

 もんどりうって転がる“(ヒダル)”。

 蹴りの勢いから着地したナナシは、そのまま女性を守る様にして“鬼”の群れへと向き合った。

 勢いのままに出てきてしまった。だが、ここまで来て逃げる選択肢を採る事は彼には出来ない。

 

「ふぅー…………」

 

 息を吐き、拳を握る。体術の心得など無い。強いて挙げても不良に絡まれた際に、喧嘩した位か。

 故に、構えなどろくに知らない。知らないが故に、拳を振りやすそうな程度のスタンスを取って僅かに腰をとして半身となる。

 

 初めての闘争が、今始まろうとしていた。

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