鬼討つ鬼は異界より来る 作:ふののも
ナナシが意図せず飛び出した直後に、博士たちもまた里を飛び出していた。
その道すがら、博士の関心はモノノフから見ても
(あの身体能力、異常だ。オマケに、ヒダルとはいえ鬼狩りに使う武器を用いずに蹴り飛ばせるはずがない)
冷静に分析しながら、その怜悧な目が暴れ回る少年へと向けられた。
ナナシは、ヒダルと相対しながら女性を襲おうとするガキや浮かんで燃え盛る鬼の頭蓋骨のような小型の鬼“
迫るオニビを蹴り飛ばし、ガキの醜悪な顔面へと叩きつけられる拳。
恐るべきはその威力。オニビの骨格は蹴り砕かれ、ガキの顔面には拳の跡が刻まれて陥没。
だが、決して優勢という訳ではない。寧ろ、徐々にだが追い込まれているのはナナシの方だろう。
彼は女性を守る為に飛び出したのだ。抱えて逃げる事も視野に入れるべきなのだが、果たして背を向けて逃げたとして逃げ切れるのか、という問題がある。
逃げ切れるのなら、それで良い。だが、逃げきれなかった場合は自分は兎も角救助対象の女性を危険にさらす事になる。
となれば、このままその場で戦う方がまだマシ――――なのだが、ここでネックになるのが守る対象の有無。
どうしても、小型の鬼を振り払わなければならない関係上、この群れの首魁であろうヒダルまで踏み込めないのだ。
結果、じり貧。体力は未だしも、集中力が切れれば怪我に繋がるだろう。
もっとも、その懸念は杞憂に終わるのだが。
「おっ……?」
鎖の音と共に今まさに、ナナシが迎撃しようとていたガキの体が横へと吹っ飛んだ。
同時に、その鎖を伝って娜月が飛んで来る。
「ナナシさん、無事!?」
「お、おお、無事だよ。娜月のそれって、鎖鎌だっけ?」
「はい、そうです……じゃなくて!何で飛び出したりするんですか!?武器も持たずに!」
娜月は咆えた。
彼女は、横浜以前の記憶がない。だが、それは同時に地獄であった“オオマガドキ”の記憶を持ち合わせているという事でもある。
小型、中型のみならず多くの大型の鬼が大挙して押し寄せた。そして、モノノフだけでなく多くの人々が命を落としたのだ。
怒りながら、同時に泣きそうな表情の彼女にナナシは目を瞬かせる。
「娜月……」
「おい!助手二号!奴隷一号!乳繰り合うのは勝手だが、今は後にしろ!」
「アレ見てそれ言うのかよ!?」
何か言わなければと口ごもっていたナナシに、博士からの檄が飛ぶ。
時継が突っ込むが、しかし今は戦闘中。
相手に大型の“鬼”が居ないとはいえ、油断して袋叩きに遭えば手練れのモノノフだって命を落としかねないのだから。
ハッとして、二人は“鬼”へと向き直る。
「ナナシさんはここに居てください!」
「は?いや、俺は――――」
「
「あ、はい」
ゴウッ、と咆えられ大人しくナナシは女性の側で小型の鬼をけん制する事になる。
状況は、人間側の優勢。というよりも、ほぼ一方的な状況となっていた。
(アレ、銃か?スナイパーライフルみたいだ)
ナナシが注目したのは、博士と時継が扱っている武器について。
銃。それも、この時代の日本で使われていたゲベール銃やミニエー銃などとは違う。
古さがありながらも、最新式。時継の銃に至っては、照準器が備えられている。
更に、娜月は娜月でヤバい。
彼女が振るうのは、鎖鎌。左手に鎌を、右手で分銅が先端についた鎖を回す。
勘違いもあるが、基本的に鎖鎌という武器で振り回すのは分銅の方だ。鎌は手に持って相手の攻撃を受け止めたり、分銅で殴って硬直した相手へ接近して切り付ける用途が基本となる。
娜月も、基本から外れる事無く鎖分銅を振り回す。
分銅そのものの大きさは、人の頭と同程度。重量もさることながら、恐ろしいのは長い鎖を振り回す事によって生じる遠心力だ。
これにより、ただ殴りつけるよりも遥かに強い打撃を見舞う事が出来る。当たり所によっては、大型の“鬼”であろうとも昏倒させる事が出来るだろう。
瞬く間に削られた“鬼”の群れ。
その頭目であったヒダルも、頭に複数ある小さな角が砕かれる程度には消耗しており、腕利きのモノノフ三人がかりとなれば一瞬で討たれるしかなかった。
「おいおい、どうなってんだこりゃ」
「それが、“鬼の手”の効果だ。想像を具現化し、物理的な効力を齎す。もっとも、今は巨大な腕の形を基盤とするぐらいだがな。ここからは、用改修だ」
「いえ、ですが便利ですね。私は鎖鎌ですから機動力がありますけど、この鬼の手があれば他の武器を扱うモノノフも動きやすくなりますし。コレは、革新ですね!博士!」
「そうだろうそうだろう?もっと褒めてくれて構わないぞ、助手二号」
「おい、あんまり持ち上げて調子に乗せんなよ。変な実験に付き合わされることになるぜ」
戦勝にそんなやり取りをする三人。
余裕があるのだから致し方ない。ナナシもそう判断して、女性を連れて行こうと顔を上げて、
「…………何か、来る?」
それは、勘。肌が粟立つ様な感覚。
直後、ソレはやって来た。
地盤を突き破り、現れるのは黒。
厳めしい凶悪な鬼の顔に、黒の際立つ蜘蛛の体。
各脚には鋭い爪を揃えており、大きく膨らんだ腹部には三鈷の先端を思わせる二つの突起を背負っている。
“
ソレが今、ナナシの近くに現れた。オマケに、その巨体で足をせわしなく動かして彼の方へと突っ込んでくるではないか。
「油断したか………!」
「クソッ!周りの取りこぼしか!?」
「ナナシさん!!」
博士が眉を顰め、時継が銃口を構え、娜月が叫ぶが間に合わない。
土埃を上げて迫るミフチに対して、ナナシに逃げるという選択肢は無い。
「ぐ…!!ォォォオオオオ!!!」
衝撃音と地面が擦れる音が響く。
歯を食いしばって、しかし決して目を逸らす事無くナナシは大型の“鬼”の突進を真正面から受け止めていた。
ミフチの角を握る形で抑え込み、突っ込もうとじたばた動く蜘蛛足の圧力にも負ける事無く押し留める。
まさかの光景に、娜月と時継の動きも止まる。だが、
「止まるな!時継!娜月!ナナシを殺したいのか!?」
「ッ、分かってる!!」
「部位の完全破壊を狙うぞ!!鬼の手に意識を集中させろ!」
言うなり、博士は左手の甲に付けた装置を輝かせた。
白い外装に、中央には深い青の宝玉が嵌められたソレは博士謹製の発明品。
「強く、意識しろ!鬼の体を破壊する光景を頭の中に強く想像するんだ!後は、鬼の手がやってくれる!」
「意識ってもよ……!ああ、クソッ!!」
「意識、意識……」
時間は無い。ナナシを押し込めないと判断したのか、ミフチは鋭い窯のようになった前足を持ち上げて今まさに障害を切り裂き、刺し貫かんとしてたのだから。
圧縮された刹那、鬼の手の宝玉が輝いた。
現れるのは、三つの巨大な腕。鬼の手一つから、一本ずつ。揃いのエメラルドグリーンの色合いに鋭い黄色の爪先を持つ手は、それぞれにミフチの体を掴みにかかる。
二本は、それぞれの鎌の様に鋭い左右の前足に。残る一本はその丸々と太った腹に。
力強く掴むと、“鬼”の抵抗をあざ笑うかのように力強くその巨体を引き倒して転がしてみせた。
咄嗟に手を離したお陰で巻き込まれずに済んだナナシだったが、その後に続いた光景には彼も頬を引きつらせるしかなかった。
というのも、三人はそれぞれに光るエメラルドグリーンの腕を形態変化させると、博士と時継がミフチの鎌を引き裂くようにして破壊。続いて、娜月が人差し指、中指、薬指を立てた様な形状の手でミフチの足を全て切り払ってしまったのだから。
足が無くなり、だるまのような格好となって地面に転がり呻くミフチ。そんな格好になっても一向に絶命する気配がないあたり“鬼”という存在の異常性が浮き彫りとなる。
とはいえ、後はこのまま畳むだけ。機動力と攻撃手段を根こそぎ奪われたミフチは、最早単なる巻き藁でしかないのだから。
瞬間、一閃が場を横切りミフチの顔面に深々と長物が突き刺さった。
何が、とナナシが思った瞬間には彼の隣を一陣の風が吹き抜けて、突き刺さった長物の柄へと手を伸ばす女性の姿があった。
瞬く間に、細切れにされるミフチ。そして、長物、もと、切っ先が紅く染まった出刃包丁の様な刃を持つ薙刀を振って切っ先の黒い血を払った女性が顔を上げる。
「申し訳ありません。どうやら細く伸ばした戦線の結果、一部を抜かれてしまったようで」
「いや、助かったぜ
「はい。数名が細かな傷を負いましたが既に処置済みです」
そう言って、紅月は嫋やかな笑みを浮かべた。
夕焼け色の瞳に、ボリュームのあるウェーブのかかった髪。浅葱色の装束を纏った彼女は、この場で顔馴染みではない二人へと視線を向ける。
「時継、そちらのお二人は…………」
「ああ?ああ、こいつらは――――」
「私の助手と奴隷だ」
「助手、は兎も角奴隷ですか?」
「もっとも、単なる小間使いのようなものさ。漸く実験が進展するようになった。となれば日常生活の補佐も欲しくなるだろう?」
「やっぱ、俺の扱い悪くね?」
「請求」
「ごめんなさい」
力関係は既に刻まれている。
治療は必要なかったとはいえ、身体検査はしたのだ。そして、ナナシはこの世界の通貨を持ち合わせていない。財布にあった硬貨も紙幣も純度の低い金属と複雑な絵の描かれた紙切れ程度のもの。
くわえて、庇護下にある現状どうしたって反発は出来ない。
時継に背を叩かれて慰められるナナシを尻目に、紅月へと娜月は頭を下げていた。
「は、初めまして!娜月といいます。よろしくお願いします!」
「ふふっ、元気な方ですね。私は、紅月。マホロバの里でモノノフをしています。それからそちらは…………」
「あ、ナナシって呼んでくれ」
「ナナシ……?」
「まあ、そこは突っ込みなしで頼むぜ、紅月。こいつにも色々とあるんでな」
名乗ったナナシに首を傾げる紅月だったが、時継がとりなした事でこの場での追及は逃れた。
かくして、鬼の襲撃は辛くも退けられる。人はまた、明日を享受するのだった。