白井黒子の親愛なる先輩ことお姉さま、常盤台の
学園都市に7人しか存在しないレベル5という実力者かつ、高レベルの人間にありがちな傲慢な態度や振る舞いもなく誰とでも分け隔てなく穏やかに接する人格者である彼女。
そんな御坂に、黒子は同じ女性でありながら恋に近い感情を抱いていた。
『お姉さま……!今日は、黒子と熱い夜を……っ!』
『過ごすかっつーの!大体、あんたは毎回ね――って唇をすぼませるな!!』
『あああん!お姉さま、恥ずかしがらなくても黒子は優しくしますから!』
時には情熱的に、時には変態的に御坂にアタックを仕掛け、周りに人が居てもなりふり構わずに彼女を求める姿は最早恒例行事と化していた。
そのようにして本気で御坂を狙っていた黒子だったが、
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「よし、大体これで今日の仕事は終わりですかね白井さん」
「はぁ……意外と、量が多くて疲れましたわ」
いつものように
仕事にとりかかり始めた当初は昼頃だったはずなのだが、気付けば夕方どころか夜になりかけている。
「(むぅ、せっかく今日はお姉さまと買い物する予定でしたのに……何もできませんでしたわ)」
いくら年中忙しい
しかも数日前にようやく足のケガが完治し、車椅子生活から抜け出せたばかりの今日は愛するお姉さまが退院祝いをしてくれる予定だったのだ。
だが、その予定は急遽やってほしいと頼まれた書類仕事のせいで消滅。
日にちを改めるにしても当分
「(ほんと、ついてないですわ……)」
「災難でしたね、白井さん。まさかよりにもよって、退院祝いをやる日に仕事が入るとは私も予想してませんでしたよ」
「まったくですわ……結構、楽しみにしておりましたのに」
「……私も、せっかくなら佐天さん・御坂さん・白井さんの3人で食事でも行きたかったです」
ため息をつきながら顔を俯かせる黒子に続くように、初春も肩を落としつつ大きく息を吐いた。
「どうします?もし良かったら、退院祝い代わりで帰りに何か奢りますけど……」
「いいえ、大丈夫ですわ初春。今日はもう遅いですし、早く帰らなければ寮監様にとっちめられる可能性もあるので、よろしければ今度……お願いしますわ」
「そう、ですか……分かりました。じゃあ、今度街に出たときは絶対に何か奢りますよ白井さん!」
退院祝いをやるはずだった日に何もないというのは流石に寂しいだろう。
そんな思いで何かを奢ろうとしてくれた友人の優しい気遣い。
改めて自分は本当に良い友人でありパートナーを持ったものだ、そう感じつつ黒子は彼女に穏やかに笑いかけた。
「ありがとうございますわ、初春」
**
初春と少しばかり言葉を交わした後、黒子は177支部を一人で出た。
本当は夜道を一人歩くのも寂しいので、初春と一緒に帰りを共にしたかったのだが「調べものがあるので」と言われてしまってはどうしようもない。
「はぁ……良いことがありませんわね」
今日何度目かも忘れてしまった特大のため息を吐き、足を引きずるようにして常盤台の寮へと続く道を歩む黒子。
仲良く喋りながら帰る相手も居らず、一人孤独に帰る道のりはいつもよりも長く感じた。
「(寮に帰ったら、存分にお姉さまを補給しないといけませんわね……それだけで今日は報われる気がしますわ)」
いつもお姉さまに甘える際は身体に触れる前に電撃を浴びさせられるが、今日だけは愛しき彼女も少しは身体を許してくれる……気がする。
「早く、お姉さまの胸で存分に甘えたいですわ……」
本当であればテレポートを使って一瞬で寮に帰りたい所だが、丸一日書類仕事をしていたせいか演算すらできないほどに脳が疲弊しているため歩くしか帰る方法がない。
幸いにも177支部から寮までは遠くないものの、テレポートでの移動に慣れている黒子にとっては若干の苦行である。
「どうしてこんな時に限って歩きなんですのー……」
そうして誰も居ない夜道をぼやきを呟きつつ足を進めていると、ふと黒子の視界に見覚えのある公園が映り込む。
「ここは確か、お姉さまがよくいらっしゃる公園でしたわよね?」
特筆して何かがあるという公園ではないものの、ぽつんと1台だけ設置されたとある自販機を見ればすぐさま姉さまの
「(まったく……いくら自販機が不具合を起こしているからといって、自販機を蹴ってタダで飲み物を持っていくなど言語道断ですの。常盤台のエースなのですから、そんなみっともないことしないでほしいですわ)」
幸運といっていいのか、まだ自販機蹴りを警備ロボに発見されていない。
とはいえ、もし見つかれば寮監どころかアンチスキルあたりに彼女が世話になる可能性も0ではないのだ。
近いうちに厳重注意しておかねば。
と……黒子が普段の破天荒な御坂の行動を憂いていると、そんな彼女に声をかける人物が居た。
「あれ?こんなところで何してんだ?」
「……っ!こ、この声は」
声を聞いた瞬間にびくりと身体を反応させた黒子がゆっくりと振り向くと、そこには自分の想像した通りの男――黒髪ツンツン頭の類人猿こと上条当麻が立っていた。
「確か、白井……だったよな?ビリビリの後輩の」
「ええ、白井黒子ですの。それより、お姉さまを変なあだ名で呼ばないでくださいまし」
「悪い悪い、ついいつもの癖でな……気に障ったなら謝るよ」
当麻にとっては何気ない言葉ではあったもののムッとした顔で黒子に睨まれたこともあり、苦笑いを溢しつつ頭を軽く下げた。
「まったく、常盤台のエースをそのような雑なあだ名で呼ぶ方など貴方ぐらいですわ。以後、気を付けてくださいの」
「ああ、なるべく気を付けるよ白井。ところで、さっきはなんでそこの自販機を見つめてたんだ?」
「はぁ……あの自販機を日常的に蹴る方に、
「なるほど、それでか……お前も苦労してるんだな」
溜息をつきつつ黒子が愚痴るように話すと、当麻は納得した様子で顔を頷かせる。
「それより、貴方こそどうしてここに?」
「いや、ただの買い物の帰りだよ。何気なく帰ってたら偶然白井が居たから声を掛けただけだ」
特段用があったわけでもなく、当麻からすれば本当に偶然の出会い。
手に持った買い物袋を持ち上げつつ、そう笑って話す当麻であったが対する黒子には彼に積もるほどの用があった。
「(近日中にお姉さまを通じて会わせていただこうと思っていましたが、まさかこのような場所でお会いするとは……)」
あの騒動にて、自分は結標に殺されかける寸前にまで追い込まれた。
本当であれば結標の座標攻撃によりビルの倒壊に巻き込まれ、確実な死が自分を待っていた。
はずなのだが……その窮地を愛するお姉さま、そして目の前の
「(いくら敵視している方とはいえ、こればかりは素直にお礼を申し上げなければいけませんわね)」
彼との関係性は浅く、正直どのような男性であるかも分かっていない。
とはいえ、同様に関係の浅かった自分のために行動を起こしてくれた彼に礼の一つでも言えないようでは
そう思い至った黒子は、気恥ずかしい気持ちを押し殺しつつ話を切り出した。
「あ、あの……少しよろしいですの?」
「ん?どうしたんだ白井?急に改まった顔になって」
「改まらないといけないほどに真剣な話だからですのよ。とりあえず真剣に聞いてくださいまし」
当麻の瞳をまっすぐに見つめ、今一度自分の中で彼に伝える言葉を整理する黒子。
そんな様子の彼女を見てか、当麻はすぐさま黒子と同じく真剣な表情でその瞳を見つめ返す。
「まず、お礼を言わせてください。あの
「いや、別にあのビンタに関しては気にしなくていいよ。偶然だったとはいえ、着替え中に病室に入っちゃったわけだしさ」
「いえ……私は気にしますので謝らせてください」
手をひらひらと振りつつ、本当に何も気にしていない様子で深々と頭を下げてくる黒子を宥める当麻だったが、当の彼女は依然として曇った表情を崩さない。
「(ほんとにどうしたんだ、白井は......?)」
ある程度自分を敵視していたはずの黒子が、何故ここまでしおらしく物腰が低いのだろうか?
過去に飛び蹴りとビンタを容赦なくお見舞いされるなど、容赦のない攻撃や言動を散々されてきた当麻にとって今の彼女の行動にはどうしても疑問符がついてしまう。
「(ぅ……めちゃくちゃ気まずいな)」
いくら周囲が真っ暗になった夜とはいえ、女子中学生が男子高校生に深々と頭を下げている絵面はあまり見栄えのよいものではない。
何よりも彼女との間に漂う重苦しい空気が、当麻には息苦しく思えたのだが黒子は気にすることなく言葉を紡ぐ。
「本当に感謝していますの。貴方に助けていただかなければ、あの時わたくしは確実に死んでいました……この恩はしっかり返させていただます」
「別に返さなくてもいいさ、上条さんはこうやって直接礼を言ってくれただけで満足ですよ」
口に出した言葉の通り、当麻は本心からそう思っているのだが黒子は納得のいかない様子で彼に詰め寄る。
「そういう訳にはいきませんの。命を救っていただいたのですから、それ相応の恩返しをさせてください」
「いや、だけど――」
「できる範囲であれば、わたくしは何でもします。だから、何か申し付けてください……上条さん」
「……っ!?」
買い物袋を持っていない彼の片方の手をぎゅっと握りしめ、より一層真剣かつ真っすぐな瞳を当麻へと向けた黒子。
「何でもする」、そのある意味告白のような決意の籠った言葉に流石に当麻も動揺を隠せなかった。
「し、白井……流石に何でもするってのは言わない方がいいんじゃないか?仮にも男を前にして……」
「わたくしは冗談で言ったわけではありませんのよ。何でもすると言ったからには、貴方の望むことなら何でもいたしますの……たとえどんなことでも」
「ぅ……」
握った手を離さぬまま、ぐいぐいと当麻に詰め寄り回答を求める黒子の姿。
一見すると困った顔をする彼をからかっているようにも見えるのだが、黒子はいたって真剣な表情で当麻を見つめ続ける。
おそらく、何事か願いを言わなければ夜が明けようとも傍から離れようとしないだろう。
そう察した当麻は複雑な表情をしながらも、とある一つの願いをボソッと口にした。
「じゃあ、上条さんのお願いを一つだけでも言ってもいいか?」
「ええ、もちろんです。どんなことでも、受け入れますの」
一度何でもすると言ったからには、彼がどんなことを望んでも受け入れる。
無論、この身体を望んでも。
そうして覚悟を決めていた黒子だったが、彼の口から出た願いは拍子抜けするほどの小さな願いだった。
「……実は最近着るものが減ってきててな、それでできればでいいんだが服を何着か買ってほしいんだ。もちろん、安いやつでいいんだけど……」
「へ?」
「……っ!や、やっぱり駄目か!?悪い白井、やっぱ別の――」
「ぃ、いいえ!もちろん大丈夫ですの……!ですが、本当にそんなことでよろしいので?」
命を救うほどのことをしてくれたのだ、もっと欲しいものを口にしてくれてもいいのに。
ついそんな言葉を口に出してしまいそうになった黒子だが、当の彼はそんな些細な願い事でも嬉しそうな笑みを見せながら顔をこくりと頷かせた。
「(欲のない方、なのですのね……)」
「分かりました。でしたら、今度また都合のよい時を教えてください……携帯は持ってらっしゃいますよね?」
「ああ、持ってるよ。じゃあ、連絡先交換しとくか」
「ええ、お願いします」
類人猿改め、自分を救ってくれたヒーロー・上条当麻。
過去には自分だけでなく敬愛するお姉さまの危機を何度か救った彼。
そんな彼にお姉さまが密かに想いを寄せていることを薄々察していたが、黒子はその理由が今日分かったような気がした。
「(何の見返りもないのに、自分が傷つくことも厭わず他人のために全力で動いてくれる……そのような素敵な方を好きにならないはずがありませんわね)」
決して恋愛感情を持っているわけではないものの、少しだけ当麻にときめきを覚えてしまった黒子。
携帯の明かりだけが目立つ暗闇の中であったために彼女の顔ははっきりとは見えなかったが、当麻と別れる最後の瞬間までその頬はほんのりと朱色に染まっていたのだった。
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