とある風紀委員の恋模様   作:若杉優太(テト/teto)

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わたくしのヒーロー

『俺も白井みたいな可愛い子と一緒に買い物なら喜んで行くからさ』

 

 喫茶店にて言われた嬉しくも恥ずかしい気持ちになった彼の言葉。

 その言葉は会計を済ませ、店を出た後も黒子の脳内に留まり続けていた。

 

「まったく……いきなり女性の頭を撫でるなど、デリカシーがなさすぎますの!」

 

 むくれた顔でここには居ない当麻へと怒る黒子であったが、そのリアクションに反して彼女の表情はどこか嬉しそうであり、頬にはまだじんわりと熱が残っていた。

 

「(……っ、しっかりしなさいな白井黒子!ちょっと褒められたぐらいで、取り乱してはいけませんの!)」

 

 いかに殿方の中では一番好意を持つ相手とはいえ、別に彼とは恋仲でもなんでもない。

 あくまで年上の親しい知人というだけで、ここ数日間の間交流があったのみの関係。

 そう、ただの知人なのだ。

 

「はぁ……まだ時間はありますけど、寮に帰りましょうか」

 

 友人も連れずに一人で街を回っていても、ただ退屈な時間が過ぎるだけ。

 それなら早く寮に帰り、身体を休めた方がよいだろう。

 黒子はそう決め、街灯を頼りにすっかり暗くなった道をのんびりと歩いていこうとした……その時。

 

「やめてください!お金なんか持ってませんよ!」

 

 少し離れた路地裏から聞こえる少女の叫び声。

 それは何かしらのいざこざが起きたことを意味した。

 

「(今日は非番ではありますけど、見過ごすわけにもいきませんわね……)」

 

 大きく溜息をつきつつも、瞬時に表情を風紀委員(ジャッジメント)のものへと切り替えた黒子は声のする方向へと走っていく。

 その行動が、あのような結果を招くとも知らずに……

 

 

**

 

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの!全員大人しくしてもらいますわよ!」

 

 黒子が高らかに名乗りを上げつつ現場へと駆け付けると、やはりというべきか……そこには複数人のスキルアウトが自分と同じ年ほどの少女を壁際へと追い詰めている姿が目に入った。

 

「(わざわざ女性を狙うとは……下劣ですわね)」

 

 怒りと軽蔑を覚えつつ目の前のスキルアウト達と対峙した黒子は、早速太もものホルスターに忍ばせた鉄矢に手をかざす。

 

「ちっ、風紀委員(ジャッジメント)か。今いいところだったのによぉ、邪魔すんのか?」

「ええ、大いに邪魔させていただきますの。今すぐその女性から離れなさい……大人しく帰っていただければ、今回に限っては見逃してさしあげますわよ?」

「へっ、随分な自信だな。だが、その申し出は却下させてもらうぜ……」

 

 風紀委員(ジャッジメント)である黒子を前にしても動じることなく、余裕の表情を浮かべるスキルアウトのリーダーらしき若い青年。

 パッと見る限り青年も周りの取り巻き達も一切武器らしきものは持っておらず、ただ黒子に対して不気味な笑みを浮かべるだけ。

 普通に考えてレベル4の黒子にかかれば、今まで通り一瞬で制圧可能だ。

 しかし。

 

「(……嫌な予感がしますわね)」

 

 相手が丸腰に見えたとしても、突然拳銃等を取り出してくる可能性も十分あり得る。

 もしく自分を油断をさせるために、能力者であることを彼らが隠していることも考えられなくはないだろう。

 そうなれば話は早い、先手必勝だ。

 

「おいおいどうしたんだ風紀委員(ジャッジメント)?早くかかってこいよ……!」

 

「ええ、遠慮なくそうさせてもらいますわ……よっ!」

 

 調子づいた取り巻き達へ返事を返すようにスタンバイしておいた鉄矢をテレポートさせると、いつの間にやら取り巻き達の目の前に鉄矢があり……

 

「「なっ……!?どうなって――ぐはっ!!」」

 

 ものの数秒で3人の取り巻き達は鉄矢によって壁に打ち付けられた上で拘束され、全く身動きが取れない状況になった。

 流石、数々の修羅場をくぐってきた風紀委員(ジャッジメント)でありレベル4の実力者といった所だろう、その場から動くことなく余裕で4人中3人を無傷で拘束してしまった。

 となれば後は、リーダー格と思われる目の前の青年一人だけだ。

 

「ちっ……!まさか、てめぇ空間移動(テレポート)の高位能力者か……!?」

「ええ、わたくしレベル4のテレポーターですので」

「レベル4だと……っ!?くそっ、聞いてねぇぞ!」

 

 黒子の見た目が少々幼いことから、大した能力を持っていない見習い風紀委員(ジャッジメント)だとでも思ったのだろう。

 リーダーの青年は分かりやすく狼狽しつつも、それっぽくファイティングポーズをとってみせる。

 おそらく、格闘戦なら華奢な身体をした黒子に勝てると踏んだのだろう。

 だが、残念なことに白井黒子は能力一辺倒の人間ではない。

 もれなく格闘も、日々の風紀委員(ジャッジメント)の活動によって磨かれている。

 

「くっ……!調子に乗るんじゃねぇぞ高位能力者!」

 

 やけくそになって黒子へと殴り掛かろうと一直線に彼女へと向かっていった男だったが、黒子は余裕の表情を浮かべて放たれたパンチを躱す。

 そして、お返しとばかりに黒子は男の頭部へとハイキックを浴びせるのだった――

 

「あが……っ!?ぐぉ……ぉ!!いてぇ……っ!」

 

「はっ……!素直に退いていただければ、こんなことにならずに済みましたのにね……?自業自得ですの」

 

 黒子の嘲るような言葉に言い返す余裕もないのか、蹴られた後頭部を抱えてのたうち回るリーダーの男。

 おそらくこれで、制圧は完了と見ていいだろう。

 

「(全く、口だけ達者な方たちでしたわね)」

 

 スキルアウト達が武器もないまま笑みを浮かべていた時は少しヒヤリとしたが、終わってみれば彼らのはったりであった。

 拳銃の使用や未知の能力を持っている可能性などを考えていたものの、全てそれは杞憂に終わった。

 後は177支部に事の顛末と状況を報告すれば、とりあえずは落ち着け……

 

「ぁ……!ぅ、ぐ……っ!?」

 

 黒子が一息つこうとした刹那、頭に得体の知れない頭痛が走った。

 それは過去にも経験したことがある、少し妙な頭痛だ。

 

「……っ!あ、頭が痛くて……動けませんの……っ!」

 

 直接脳に響いてくる不快なノイズ音にやられ、頭を抱えたままうずくまってしまう黒子。

 そんな黒子とは対照的に、のたうち回っていたはずのリーダーの男はいつの間にやら平気な顔をして立ち上がり、苦しみの表情を浮かべる黒子をにやにやと笑いながら見下ろしていた。

 

「くくっ……随分と苦しそうじゃねぇか、風紀委員(ジャッジメント)さんよ?」

「ぅ、ぐ……!もしかして、これは……キャパシティダウンですの……っ!?」

「ご名答、よく知ってるじゃねぇか。それならこいつの効果はよく知ってるよな……?」

 

 能力者の演算を狂わせ、能力の行使を阻害する音響兵器キャパシティダウン。

 テレスティーナ=木原=ライフラインによって開発された兵器の威力は、自分はもちろんのことレベル5の御坂でさえ能力が不安定・最悪行使自体ができなくなるほどに凶悪なものだ。

 だが、周囲にキャパシティダウンの装置らしきものは何もない。

 

「(どうやって、このノイズを出しているんですの……っ!?)」

 

 動きが鈍くなるほどのノイズがどこから出ているのか?

 黒子が探そうと視界を凝らすまでもなく、目の前の男は発信源と思われるものを懐から取り出した。

 

「りも、こん……ですの?そんなもので、わたくしの演算を乱していると……?」

「ああ、これがキャパシティダウンを小型化したものだ。効果範囲はかなり限定されちまうが、こんだけ距離が近けりゃ効果抜群だな……っと!!」

 

「うぐ……ぅ!?」

 

 身動きの取れないまま、まともに腹に蹴りを浴びてしまう黒子。

 能力が使えないだけならよいが、身体を満足に動かせない黒子は避けることもできずに、その後も一方的に暴行を受け続けた。

 

「おらっ!おらっ!どうした風紀委員(ジャッジメント)!!」

「うごっ……っ!がっ……!ぁ、ぁ……がっ!!」

「いつもいつも、邪魔しやがってよ!うぜぇんだよ、おめぇらは!!」

「やめ、が……っ!ぁ、おご……っ!!」

 

 何か風紀委員(ジャッジメント)に恨みでもあるのだろうか?

 男は蹴りを受けて膝をついた黒子に暴言を吐きながら更に追い打ちをかけ、ボロ雑巾が如く自分の気が済むまで彼女の腹や顔付近を蹴り続ける。

 そうして黒子の反応が薄くなったタイミングで、男はおもむろに壁に固定されたままだった取り巻き達の方へと向かい、刺さった鉄矢を抜いて彼らを解放し始めた。

 そして、醜悪な笑みを浮かべつつ取り巻き達にとある提案する。

 

「よし、決めた……こいつはアジトに連れて帰ろう」

「え?いいんですか、リーダー?」

「いいって、何がだよ?」

風紀委員(ジャッジメント)を攫っちまったら、流石にやばくないですか?絶対に他の風紀委員(ジャッジメント)の奴らがアジトを嗅ぎつけてきますよ」

「大丈夫だよ、少しばかり身体で遊ばせてもらうだけだ。遊んだら今晩中にどっかに捨てときゃバレねぇだろ?」

「くくっ、それもそうですね……」

 

 誘拐して、身体を弄んで捨てる。

 物騒な会話が聞こえてくる中、黒子は暴行された痛みとキャパシティダウンによる頭痛から意識を朦朧とさせ、逃げることすら困難な状態になっていた。

 できることなら、そこに居る女性に逃げてもらった上で誰かに助けを求めてもらいたいのだが……

 

「ぁ……ぁ……そんな……」

 

 風紀委員(ジャッジメント)である黒子が一方的にいたぶられる所を目撃してしまったことで、女性は完全に怯えてしまい、腰を抜かしたまま地面に座り込んでしまっていった。

 そうなれば最早どうすることもできない。

 黒子は彼らに、このまま攫われるのを待つことしか道がないのだ。

 

「(こ、こんな……下劣な殿方に、わたくしが……)」

 

 容赦なく女性の顔付近を蹴り、挙句の果てには誘拐して身体すら弄ぼうとしている野蛮で下種な男たち。

 普段なら彼らを一方的に屠ることができる実力と能力を兼ね備えた黒子も、キャパシティダウンの前ではただのひ弱なお嬢様でしかない。

 

「お、おねぇ……さま……」

 

 心より愛し、尊敬していても縋ることはしないと決めていた黒子だったが、今日だけは心の底から彼女に縋りたい。

 助けてほしい、と。

 

「……かみじょう、さ……ん……」

 

 意識を失う直前、頭に思い浮かんだヒーローの名を呟くと、そのまま黒子の意識は暗転した。

 

『じゃあ、さっさと運んじまいましょうか』

『そうだな……おいお前!ここでの出来事を誰かに言いふらすんじゃねぇぞ?言いふらしたら、分かるよな……?』

『ひっ……!分かり、ました……』

 

 最後にそんな会話が聞こえた気がすると、黒子は完全に意識を手放すのだった。

 

 

**

 

 

「(いやー、今日は助かったな)」

 

 年下の女子中学生に奢ってもらうという後ろめたさはあったものの、当分は困らないほどの衣料品を買ってもらった当麻。

 黒子は「今後困ったら遠慮なく頼ってください」と言ってきてはいたが、お嬢様とはいえ年下の女の子に甘えてばかりはいられない。

 

「(まぁ、本当にやばくなったら頼らせてもらいますかね……)」

 

 今日一日の出来事を振り返りつつ、スーパーで買った食材がみちみちと詰まった袋を片手に寮へと帰っていた……その時。

 不意にポケットから、携帯の着信音が鳴り響く。

 その音に驚きつつも当麻が携帯を取り出して画面を見ると「白井黒子」と表示されていた。

 

「(ん?ああ、白井か……)」

 

 別れてから1時間ほどだが、何か用事でもあるのだろうか?

 少し首を傾げつつ電話に出ると、そこから聞こえた声は黒子ではない別の少女の声であった。

 

「あっ、すいません!白井黒子さんのご友人の上条さんでしょうか……!?」

「……っ!あ、ああ……そうだけど、君は?」

「わたし、花山律子って言います……!実はさっきスキルアウトの人たちに絡まれたところを、白井さんに助けていただいて……でも、でも――っ!」

 

「……っ、白井に何かあったのか?」

 

 鬼気迫る声で当麻へと訴えかける花山と名乗る少女。

 その声色から察するに、黒子が危機的な状況に置かれているのは間違いない。

 そうなればすぐにでも彼女の元に行きたい……のだが。

 

「(落ち着け上条当麻、まずは状況を整理しねぇと……)」

 

 一瞬冷静さを失いかけたことを反省した当麻は、一旦心を落ち着かせて電話先の少女から話を聞くことにした。

 

「えっと、ごめんなさい。上条……当麻さんでよかったですよね?」

「ああ、そうだ。花山さん、白井に何があったか落ち着いて詳しく話してくれるか?」

「わ、分かりました」

 

 そうして花山という少女から事の詳細を聞いていくと、当麻の表情はみるみるうちに動揺と怒りに満ちたものへとなっていった。

 無論、声に怒気を含ませることはせず淡々と話を聞いていた当麻ではあったが、気付けば彼は血が滲み出るほどに拳を握りしめていた。

 

「(くそっ……!白井に暴力を振って、おまけに誘拐までしたのか……っ!)」

 

「誘拐される際、たまたま白井さんが携帯を落としていって……それで通話履歴の上にあった上条さんに……」

「電話をかけた、と。なんにせよ……連絡をくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ急に電話をしてしまい失礼しました。私はこれから警備員(アンチスキル)の詰所に行ってくるので、これで……」

「花山さん、そのスキルアウトがどこに行ったか分かるか?」

 

 本来であれば、このような事件は警備員(アンチスキル)か黒子の仲間の風紀委員(ジャッジメント)に任せるのが正解であるのは間違いない。

 しかし、大切な友達に手を出されたというのに指をくわえて黙っているわけにはいかないのだ。

 一刻も早く、彼女のところに行ってやらねばいけない。

 

「確か、第一〇学区のアジトに戻ると言っていました。はっ……!もしかして――」

 

「止めないでくれ……俺は行かなきゃいけないから」

 

 記憶が正しければ黒子は御坂とかなり親しい関係であり、なおかつルームメイト。

 そんな彼女が暴行を受け、その上でスキルアウトに身体を弄ばれたと聞いたら御坂はどんな顔をするだろうか?

 きっと、あの夜(・・・)に見た悲しい顔を再びさせることになるだろう。

 

「(あいつと周りの世界を守る。約束……したもんな)」

 

 たとえ自分自身は黒子との関係が浅かろうと、彼女には飯と服の恩がある。

 それに加えて御坂美琴の大切な後輩であり、「御坂美琴の世界」にとって大事な存在の一人となれば迷う理由は一つもない。

 

「じゃあ、ありがとう花山さん。念のため警備員(アンチスキル)には連絡しといてくれ」

 

「えっ、上条さんっ!ちょっと待っ」

 

 覚悟を決めた当麻は何かを言おうとしていた花山からの電話を一方的に切り、おもむろに近くにあった公園へと足を運んだ。

 すると、公園のベンチにスーパーの袋と黒子に買ってもらった服の入った袋を置いたかと思うと、次の瞬間には全力疾走で公園を飛び出していた。

 もちろん、向かう先は第一〇学区である。

 

「(とりあえず、手当たり次第に探すしかねぇよな!)」

 

 

**

 

 

 風紀委員(ジャッジメント)になった時から、白井黒子はある程度覚悟は決めていた。

 軽傷・重傷などを含んだ怪我、時には命にかかわる怪我をすることも日頃から想定している。

 実際、黒子は最近まで車椅子生活を余儀なくされるほどの怪我を負っており、それ以前も何度も病院の世話になるほどの怪我をし続いていた。

 それでも黒子は学園都市の治安維持のため、風紀委員(ジャッジメント)のために自分の身体が傷つくことも厭わず、今日まで全力で活動を続けてきた。

 だが、そんな高潔で立派な精神を持つ黒子にスキルアウト達の魔の手が迫っていたのだった――

 

…………

 

………

 

 

「ぅ……」

 

 身体中が暴行を受けて痛む中、黒子はゆっくりと意識を浮上させていった。

 あれから自分はどうなったのだろうか?

 そんな疑問を頭に浮かべつつ目を開けると、瞳には真っ白な天井が映った。

 この時点で、スキルアウト達にリンチを受けた路地裏ではないことが一瞬で分かる。

 つまりは。

 

「(本当に攫われてしまった、ということですわね……)」

 

 自身の置かれた状況を一瞬にして理解した黒子は、更に状況を理解するためにざっと周囲に目をやった。

 

「(ベッドの上に寝かされた上で、ご丁寧に手錠で拘束してますわね……どこで手錠など入手したのやら)」

 

 両手にしっかりと手錠をはめられ、誰も居ない狭い個室で一人ベッドの上に寝かされていた黒子。

 手錠が安物である可能性を信じて何度か壊そうと試みてはみたものの、どうやら手錠は警備員(アンチスキル)が使うようなしっかりとしたものであり、破壊するには何かしら道具を使わねば難しいだろう。

 無論、能力さえ使えれば黒子にとって手錠などテレポートで飛ばしてしまえば済む話なのだが……

 

「くっ、また……あの音が聞こえますわね……」

 

 この部屋ではない下の階のどこかから聞こえる不快なノイズは、紛れもなくキャパシティダウン。

 先ほど経験した身動きが取れなくなるほどの強力なノイズを発してはいないものの、能力者の演算を乱すには十分な音である。

 

「(どういたしましょうか……このままここに居るわけにもいきませんし……)」

 

 着ていた制服に乱れ等はないことから、気を失っている間に身体を弄ばれたわけではなさそうだが、能力も使えず手も満足に使えない状況では無理やり何かをされてもおかしくない。

 その恐怖が付き纏う以上、一刻も早くここから抜け出さなければいけない。

 とりあえずは、鍵のかかっていなさそうな部屋の扉へと向かえば何か――

 

「よー!お目覚めか?風紀委員(ジャッジメント)さんよ?」

 

「……っ!あなたは……!」

 

 黒子がベッドから身を起こそうとしたのも束の間、自分を攫った張本人であるスキルアウトのリーダーが部屋へ入ってきた。

 当然、黒子は明確な敵意をもって彼を睨みつけたが、リーダーの男は動じることなくニヤリと笑い返す。

 

「あれだけ散々リンチしてやったのに、随分と元気そうじゃねぇか。やっぱり風紀委員(ジャッジメント)は頑丈にできてんのか?」

「ふん!当たり前ですの、あの程度で心が折れるほど風紀委員(ジャッジメント)はやわではありませんから」

「ふっ、気のつええ女だな。普通はあんだけボコボコにしてやれば、心も折れるんだがな……?くくっ、どうやらおめぇは前の風紀委員(ジャッジメント)とは違うようだ」

 

 そう言ってゲラゲラと笑う男の言葉に苛立ちつつも、黒子は男の話した内容に引っかかる点があった。

 それは「前の風紀委員(ジャッジメント)」という点だ。

 黒子は嫌な予感を感じながら、男に問いを投げてみることにした。

 

「前の風紀委員(ジャッジメント)とはどういうことです?以前にもこのような蛮行を働いたと?」

「ああ、前も女の風紀委員(ジャッジメント)をリンチしてやったぜ。レベル2の奴だったから、お前と違ってやりやすかったがな……!」

「っ……!なんということを……っ!」

 

 少し前から度々起こっていた風紀委員(ジャッジメント)襲撃事件。

 今回自分が受けたように路地裏にて風紀委員(ジャッジメント)が暴行され、時には性被害に遭う事例もあったと聞いている。

 それにより、顔見知りではないが何名かの仲間が被害を受けたトラウマから風紀委員(ジャッジメント)を辞めてしまったことを小耳にはさんでいただけに黒子は動揺と怒りを隠すことができなかった。

 

「(この輩のせいで、風紀委員(ジャッジメント)の仲間が……っ!!)」

 

 図らずも以前から気にかけていた事件の主犯格と相対し、歯を軋ませながら憎悪と憤怒の瞳を向ける黒子。

 しかし、いくら睨もうとリーダーの男は黒子に怯えることはなく、むしろ楽しげな笑みを浮かべながらベッドの上へと上がり、彼女の目の前まで顔を近づける。

 

「前の風紀委員(ジャッジメント)の身体も中々よかったが、お前はどうかなー?んー?」

「……っ、調子に乗っていられるのも今のうちですわ!あなた方如き、すぐに警備員(アンチスキル)のお縄につくのがオチですのよ!」

「へいへい、そうやって喚いてろよ。どうせお前は、このまま俺に好き勝手に遊ばれるしかねぇんだからよ」

「くっ……!!」

 

 実際、今の黒子には状況を打開する力はない。

 いかにレベル4といっても能力が使えなければ華奢な身体の女子中学生に過ぎないだけに、男の言う通りこのまま身体を蹂躙されるしかないのだ。

 しかし、黒子にも意地はある。

 このまま黙って男の好き勝手にさせるわけには風紀委員(ジャッジメント)の誇りが許さない。

 

「(足を拘束していないのが、運の尽きですの……!)」

 

 もしも身体に少しでも触ろうものなら、無防備な股間部あたりを蹴り上げてやろう。

 そう思い、足を動かす準備をしようとした……のだが。

 不思議なことに足が全く言うことを聞いてくれないのである。

 それどころか全身から力が抜けていくような感覚に陥ってしまい、黒子は起こしていた半身をベッドに横たわらせた。

 

「なん、ですの……?これ……?」

 

 身体を支配する謎の感覚に戸惑いを隠せずにいると、リーダーの男はいつの間にやら手に持っていた白い錠剤を黒子へと見せた。

 

「さっき寝てるとき飲ましたが、どうやら効き目は上々のようだな」

「何をわたくしに、飲ませたのです……の?」

「ああ、安心してくれ麻薬なんかじゃねぇぞ。今から数時間ほど身体がちょっとばかし麻痺する薬だ、それ以外の効能はないぜ」

 

 大したことねぇだろ?と言いたげな男だったが、黒子にとっては一大事どころか死刑宣告にも等しい。

 それもそのはず、身体が麻痺してしまっているということは抵抗の一つもできず、隙を見て逃げ出すことすらできないということだ。

 

「(能力も使えない、身体もまともに動かせない……では、わたくしはどうすれば……っ!)」

 

 パニックになる黒子に追い打ちをかけるように、男はついに黒子の身体へと触り始めた。

 

「まずは、服から脱がしていくか……!くくっ、たまんねぇな常盤台のお嬢様を汚すっていうのはよ!」

「やめ、やめて……くださいまし……!」

 

 身体がまともに動かないために必死に身をよじらせて抵抗を試みる黒子ではあったものの、その程度では当然ながら抵抗にすらならず、べたべたと首から腰の部分を念入りに触られてしまう。

 

「胸はまだちっせぇみたいだが、なかなか良い身体してるじゃねぇの。今夜はじっくり楽しませてもらおうか?」

「下種な手で、わたくしに触らないでください……っ!いや、いやですの……!」

 

 愛する御坂に触られるならまだしも、女性を女性として扱わないような最低な男に触られるなど最悪の気分だ。

 黒子は顔をしかめながら左右に頭を振り、全力で嫌がる素振りを見せたが、それはむしろ男の興奮を更に高めてしまうだけであった。

 

「くくっ……気の強い女が嫌がる姿は絵になるな。お前は少々強引にいった方が面白そうだ……!」

 

 そう言って男はベッドの傍に無造作に置かれていたカッターナイフを手に取る。

 そしてすぐさま刃を出すと、その刃先を黒子へと向けた。

 

「一枚ずつ脱がしていこうと思ってたが、たまには一気に行くか!」

「……っ!まさか、やめ――」

 

「おらっ……よ!!」

 

 黒子の制止を聞くことなく男はカッターナイフを縦に一閃させ、彼女の制服を胸元から切り裂いた。

 すると、一瞬にして制服で隠れていた黒子の素肌、特に胸のあたりが露わになってしまう。

 

「くっ、ぅ……!よくもやってくれましたわね……っ!」

「いいねぇ、その反応。もっと恥ずかしがってくれよ、その方が興奮するからな」

「……どこまでも、下種な人ですのね……っ」

 

 全身が麻痺しているため腕で胸元を隠すこともできず、まじまじと自身の下着を見つめられる黒子。

 舌を噛み切ってしまいたくなるほどの屈辱に悔しさを滲ませていたのも束の間、男は制服のみならずスカートにまでカッターナイフの刃を向け、一切の躊躇なく乱暴に布を裂いていく。

 

「(もう、いっそ殺してほしいですの……)」

 

 制服もスカートも見る影がないほどにボロボロにされ、お姉さまぐらいにしか見せたことのない自身の肢体や素肌を殿方……平気で犯罪に手を染める外道の目に晒すなど一生の恥。

 だが、これから自分が受けるであろう仕打ちを考えれば、肌を晒すことなど些細なことに思えるだろう。

 黒子は依然として麻痺で動かない身体に歯がゆさを感じつつ、自身の辿る運命を受け入れる他なかった。

 

「(お姉さま、汚されてもどうか黒子のことを嫌わないでくださいまし……)」

 

「さてさて、じゃあそろそろ下の方も見せてもらおうかぁ……?」

 

 きっと、このまま自分はこの男に女性としての尊厳を全て奪われてしまうのだろう。

 泣き喚きたくなる心を必死に制御し、黒子が覚悟を決めていた……その時。

 

「リーダー!大変だぜ、下に変な奴が!」

 

 

**

 

 

 ノックもなく部屋の扉を勢いよく開けて叫ぶのは、先程路地裏に居た取り巻きの一人。

 どうやら何か良からぬことが起きたようだが、その血相を変えた表情を見るに相当なことが起きたと察することができた。

 

「んだよ?いいとこだったのによ」

「す、すんません……だけど一大事なんだよ!すぐに下に降りてきてくれ!」

 

 不機嫌な顔を見せるリーダーの表情に怯えつつも、必死に彼へと訴えかける取り巻きの男。

 しかし、リーダーは一切取り合うことはなく、黒子の方へと目線を向けた。

 

「誰が来たか知らねぇが、どうせ他のスキルアウトの連中だろ?そんなもん、てめぇらで対処できるだろ!」

 

 風紀委員(ジャッジメント)及び警備員(アンチスキル)が駆けつけてくることなど有り得ないと高を括っていたリーダーは、いつものように他に縄張り争いをしている弱小のスキルアウトが攻めてきた。

 そう考えて怒鳴り散らしたのだが、その考えを取り巻きの男は首を激しく左右に振って否定した。

 そして、怯えながら矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

 

「ち、ちげぇんだよ……!スキルアウトじゃなくて、ただの一人のガキで――」

 

『なん、だよ!こいつ、バケモンだ……!』

『くそっ!もう俺たちしか残ってねぇぞ!』

 

 取り巻きの声を遮ったのは下の階から聞こえた仲間のスキルアウトの声。

 その声色を聞く限り何者かと対峙しているようだが、震えた声の様子からして彼らはかなり押されているようだ。

 

「(一体、誰が来たというんですの……?)」

 

 一人ということから風紀委員(ジャッジメント)でも警備員(アンチスキル)でもないことは分かる。

 となれば御坂が単身で助けにきてくれた可能性を信じたいが、今ここはキャパシティダウンが常時発動している能力者にとって地獄のような空間。

 いかに御坂といえども、能力を発動して無双するのは難しいはずだ。

 そうなるといよいよ誰がここまでやってきたのか、黒子には皆目見当もつかない。

 

「おい、下には何人居た!?」

「に、二十人は居たと思うぜ。だけど、数分で半分片付けられちまって……!」

「馬鹿野郎!相手は能力者でもねぇ、ただのガキなんだろ!?なんで楽勝で制圧できねぇんだ!」

「そうは言われても、ほんとに歯が立たねぇんだよ!」

 

 それなりに腕っぷしには自信のあるスキルアウトの集団だったのだろう。

 リーダーは自身のチームが一人の所業により瞬く間に壊滅しかけていることが信じられず、取り巻きの彼の胸倉を掴んで怒りをぶつけた。

 

「ちくしょう……っ!何がどうなってる……!?どうなってんだ……!!」

「そんなの俺に分かるわけが……!」

 

『ぐぁぁああああっ!!誰か、来てくれ!誰か――』

 

 そうしてリーダーの男が取り巻きと言い合いをしている合間に、最後の一人の叫びが下の階から木霊し、やがて何も聞こえなくなった。

 それが意味するのはつまり。

 

「ぜ、全滅したっていうのかよ……?」

 

 戦闘訓練を受けているわけではないものの、他のスキルアウトと縄張り争いができるほどには喧嘩慣れしている面々があっさりと殲滅された。

 その事実を受け止めきれず、リーダーの男と取り巻きは呆然とした様子で顔を見合わせる。

 同様に彼らの会話を聞いていた黒子も、今起こっていることが全く飲み込めずに唖然としていた。

 

「(何が起こってるんです……の?)」

 

 御坂、あるいは風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が助けにきてくれたという線が限りなく薄い中、わざわざ一人でアンチスキルのアジトを襲撃するのは一体どこの誰なのか?

 そんなことを熟考する時間もなく、次の瞬間には静まり返った下の階から階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 

「ちっ……!このままやられっぱなしで終われるかよ!俺が直々に相手してやるぜ……ッ!!」

「り、リーダー……止めといた方が……」

「馬鹿野郎!このまま逃げるわけにはいかねえだろ!俺たちのアジトを襲撃したことを、後悔させてやるぞ」

 

 そう言って自身を奮い立たせたリーダーは乗り気ではない取り巻きの男を連れ、勢いよく部屋を飛び出していった。

 

 

**

 

 

 リーダーと取り巻きの二人が廊下へと出ると、既に襲撃者は階段を登り終え、こちらへとゆっくり足を進めていた。

 当然、自身の率いるチームをあっという間に壊滅させた張本人と対面するということもありリーダーは気を引き締める。

 

「どんな奴が来るんだ……?」

 

 キャパシティダウンをこの廃ビル全体に張り巡らしているため、能力ではなく純粋な腕っぷしで仲間達を蹴散らしたのは明らかであった。

 となれば、格闘技に精通した筋肉隆々の少年でも来るのだろうか?

 警戒感を強めてファイティングポーズを取っていると、ようやく廃ビルの電球に照らされて襲撃者の姿が映った。

 すると、その姿を目にしたリーダーは途端に目を丸くする。

 

「て、てめぇが……俺の仲間をやりやがったのか?」

 

「……ああ、遠慮なくやらしてもらった」

 

 軽く質問に答えつつリーダーの男の目の前に現れたのは、ブレザーを着たツンツン頭の一見何の変哲もなさそうな少年。

 外見を見ても、決して強そうには見えないほどに平凡な高校生である。

 それを見て安堵したリーダーだったが、取り巻きの男は手を震えさせて少年を指さす。

 

「リーダー、こいつ……素手で二十人を相手取りやがったんだ。な、舐めてかからない方がいい……」

 

 そう怯えながら忠告した取り巻きではあったものの、リーダーは相手がただの少年と分かったことで警戒感を解いてしまった。

 それどころか余裕の表情を浮かべて、襲撃者である少年を見つめる。

 

「おい、ちょっとばかし喧嘩が強いからって、よくも俺のチームに殴り込みかけてくれたな?一応聞いてみるが、目的はなんだ?」

「白々しいぞ、スキルアウトの親玉。てめぇ、風紀委員(ジャッジメント)の女の子を攫っただろ?」

 

「さぁ、何のことかさっぱりだなぁ。それより、覚悟はできてんだろうなガキぃ!ここから無傷で帰れると思うなよ!」

 

 相手はただの高校生のクソガキ。

 そんな先入観のまま完全に少年を侮ったリーダーは、無策のまま目の前の少年へと殴り掛かる。

 しかし、少年の頬へ向けて放った右ストレートは不思議と空を切った。

 すると。

 

「なっ、避けられ――ぐぇ!?」

 

 代わりに飛んできたのは腹へのキツイ左ストレート。

 もちろん、それを放ったのはツンツン頭の少年である。

 

「くそがっ……!舐めんじゃ……ぐほっ!?うが……!!おごっ!!」

 

 腹に加えられた重い一撃に苦しむ暇もないまま、次々と少年から飛んでくる拳打。

 どうにかリーダーの男が反撃をしようと試みるが、一切の反撃を許さぬとばかりにみぞおち・横腹・顎などを的確に殴打し、一方的な展開で事は進んでいった。

 

「あがっ!うご、ぅ……っ!ぅ、が……っ!」

「……」

 

 辛うじて立ってはいるものの、サンドバックのように殴られ続けるリーダー。

 それに対して少年は地獄の悪鬼のような憤怒に包まれた表情で、ただひたすら怒りの赴くままに殴り続けた。

 そんな恐ろしい光景に取り巻きは止めに入ることもできず、自分のリーダーがタコ殴りにされる様を最後まで眺めるしかないのであった。

 

「ぅ、ご……ぉ……」

 

 数分の間、絶え間ない暴力を受け続けたリーダーは遂に白目を向いて気絶し、そのまま地へと伏した。

 そうなると、ここに残ったスキルアウトは傍に居た取り巻き一人だけである。

 

「ひっ、ぃ……!ぃ……!」

 

 リーダーが目の前で無慈悲に殴られ続ける様を見ていた取り巻きは完全に腰を抜かし、戦うまでもなく戦意喪失していた。

 しかし、そんな彼に対しても少年は詰め寄っていき、凄まじい気迫で彼の胸倉を掴んで無理やり立たせてしまう。

 

「おい、てめぇ……風紀委員(ジャッジメント)の女の子をどうした?」

「ぇ、いや……あの、それは――」

「どうしたんだ……っ!!」

「は、はい……っ!そこの部屋に、閉じ込めてます……!」

 

 恐怖のあまり取り巻きの男が歯をガチガチと震わせながら部屋のある方へ指をさすと、少年は続いて質問をした。

 

「聞いてみるけど、風紀委員(ジャッジメント)……白井は無事なんだろうな?」

「無事です!さっきも普通に意識がありました……!」

「本当だな?嘘だった時は、覚悟してもらうぞ……?」

「本当です!嘘なんかじゃないです……っ!」

 

 怯えながら涙を流し、許しを請うように知っている限りの情報を一通り少年へと話すと、ようやく少年は取り巻きの男の胸倉から手を離した。

 すると、手を離したと同時に少年の渾身のストレートが取り巻きの男の頬へとめり込んでいたのだった。

 

「お、ご……っ!?が、ぁ……なん、で……ぇ……?」

 

 突如として自身を襲った痛みに疑問を覚える間もなく、男は数メートル先まで吹き飛ばされ、そのまま意識を暗転させた。

 

「……白井、待ってろよ」

 

 殴り飛ばした男に目もくれず、黒子が居るという部屋へ歩みを進めていくツンツン頭の少年改め上条当麻。

 その顔は高校生と思えないほど険しく、般若のような怒りに満ち満ちた表情をしていた。

 

 

**

 

 

「どうなったんですの……?」

 

 リーダーと取り巻きが部屋を飛び出して行って10分ほど経つが、未だに彼らは帰ってくることはなく、黒子はただ一人拘束されたまま監禁部屋に取り残されていた。

 

「(結局、ここで監禁されておくしかないのでしょうか……)」

 

 外の様子を知ろうにも身体は未だに麻痺で動かず、能力もキャパシティダウンで封じられている今は寝転がっているしかないのが現状。

 ここを単身で襲撃したという者が居るとは聞いたが、それが黒子の味方とは限らない。

 となると、やはりここで身体を弄ばれてしまう運命に変わりはないのだろう。

 誰かが助けに来ない限り――

 

「……っ!?」

 

 何の前触れもなく部屋のドアノブが回される音が聞こえ、びくりと身体を震わせた黒子。

 得体の知れない襲撃者、もしくはリーダーか取り巻きが入ってきた。

 咄嗟にドアの方へ目線を向けると、次の瞬間……黒子はその瞳を大きく見開かせる。

  

「白井……?白井か!?」

 

「かみ、じょう……さん……?」

 

 ドアより現れたのはスキルアウトではなく、数時間ほど前に街で別れたはずのヒーロー・上条当麻。

 その彼がどうしてここに居るのか?

 黒子が動揺と疑問を感じていたのも束の間、当麻は安堵した顔を見せつつも急ぎ彼女の元へと駆け寄っていった。

 

「白井、無事でよか……っ!?」

 

 制服とスカートをズタズタに引き裂かれ、下着だけを身に着けているという状態で手枷をはめられ、苦しそうに息を吐きながら自分を見つめる黒子の姿。

 それは一見すると性暴力を受けてしまった後にも見えた。

 

「(遅かった、のか……っ!?)」

 

 当麻は思わず言葉を途切れさせると同時に怒りに支配されそうになるが、どうにか気持ちを落ち着かせつつ黒子へ話を聞くことにした。

 

「助けにくるのが遅れちまって、すまん……白井」

「謝らないで、くださいの……来ていただいただけでも感謝してもしきれませんのに……」

「けど、もっと早ければ……その身体に傷もなかっただろ……?」

 

 素肌を大きく晒している状態の黒子から目を逸らし、悔恨の思いを口にする当麻。

 そんな彼の言葉に、黒子は大きく首を横に振った。

 

「上条さんのおかげで、何もされてませんの」

「……!ほんとか!?」

「はい、本当ですの……あともうちょっと遅かったら、汚されていたかもしれませんが」

 

 自責の念に囚われかけた当麻を安心させるため、黒子がにっこりと笑みを浮かべると、ようやく当麻の顔から険が取れていき普段通りの心優しい顔になっていった。

 

「(わたくしのために、ここまで……)」

 

 たかだか知人、多く見積もっても友人程度の関係にしかなっていない自分を、どうしてスキルアウトのチームを壊滅させるほどのことまでして助けてくれたのか。

 黒子は感謝と共に、当麻の行動原理について詳しく知りたくなった。

 

「上条さん、お聞きしたいことが……」

「ん?いいけど、とりあえず……ここから出ようぜ。外で気絶してるスキルアウトの連中も、いつ起きるか分かんねぇしさ」

「そ、それも……そうですわね」

 

 敵陣の真ん中に居ることを失念していた黒子は己の無知を恥じると、質問しようとしていたことを一旦胸の奥にしまいこんだ。

 

「よし、じゃあ早速脱出しようと思うんだけど……立てそうか?」

「申し訳ありませんの、奇妙なノイズのせいで能力も使えない上に何やら変な薬を飲まされてしまって手足が麻痺していて……」

「分かった、それなら俺の背中に乗ってくれ。ついでに病院までおぶっていくからさ」

「……!ありがとう、ございますの」

 

 一瞬断ろうかとも思っていたが、麻痺で身体が数時間は動かせない以上は彼におぶってもらうぐらいしか移動手段がない。

 無論、殿方の背中に身を預けることに対して抵抗と恥じらいはあったものの、目の前のヒーローであれば安心して自分の身を預けれる。

 

「あっ、そういえばスキルアウトの親玉がカギを落としてたんだが、もしかして手錠のカギかな?」

 

 そう言って、当麻が懐から小さいカギを取り出して黒子の手錠の鍵穴に挿して回すと、当たりだったのか手錠は驚くほど簡単に外れた。

 となれば後は彼と共に脱出するだけだが、一瞬黒子の身体に目線を移した当麻は唐突に自身の着ていたブレザーを脱ぎ始める。

 

「上条さん、何を?」

「いや、流石に白井も下着の恰好で外に出たくないだろうし、裸の部分を人目に晒したくないだろ?」

「ええ……できる限りは」

「じゃあ、俺のブレザーを羽織っててくれ……多少はマシになると思うからさ」

「……っ!!感謝いたしますの」

 

 さりげない当麻の気遣いに思わず心を奪われそうになりながらも、平静を装いつつ返答を返した黒子。

 直後に黒子を背中におぶるために当麻が腰を屈めて背中を向けたので気付かれてはいないが、一瞬だけ黒子は愛する御坂に向けるような蕩けた瞳を彼に向けていた。

 

「どうにか俺の背中まで来れるか?」

「は、はい……ですの。どうにか、行きますの……!」

 

 身体が麻痺しているといっても、全く動かないわけではない。

 黒子はどうにか気合を入れながら這うようにして当麻の背中へ到達すると、何とか彼の肩に掴まりおぶってもらうことができた。

 少々恰好は不細工だが、病院に着くまでの辛抱だ。

 

「よい、しょっと……!んじゃ、行くぞ白井?俺のブレザーも、しっかり羽織っておけよ」

「はい、お言葉に甘えさせていただきますの……」

 

 若干重たそうにしながらも、黒子を背中にしっかりとおぶったまま早々に監禁部屋を発った当麻。

 一応、黒子には病院に連れていくと言ったはいいが、このまま第一〇学区から第七学区のいつも世話になっているカエル顔の医者の病院まで行くとなれば気が遠くなりそうな距離を歩く羽目になる。

 自身の体力の限界も迫っている以上、途中で自腹を切ってタクシー等を使うしかないだろう。

 

「(ただでさえ、お金に困ってるのに……不幸だー)」

 

 そうして心の中でボヤキを溢しつつも、当麻は死屍累々と転がる数十名のスキルアウト達を改めて鋭い瞳で睨んで彼らのアジトを後にするのだった。

 

 

**

 

 

 1時間以上の間、黒子を背中におぶって歩いた当麻はようやくタクシーの通りそうな駅の周辺にまで足を進めた。

 ここまで来れば、とりあえずはどうにか病院に行くことはできるだろう。

 

「白井、もう少し辛抱してくれ。ちゃんと、俺が責任もって病院に連れてってやる」

「はい、お願いしますの……」

 

 命に関わるような怪我ではないが、未だにスキルアウト達に暴行を受けた上半身全体が痛む以上は骨が何本か折れている可能性も有り得ない話ではない。

 黒子は迷惑をかけることに申し訳なさを感じつつも、身体が動かない今は当麻を頼るしかなかった。

 

「(本当に……上条さんが居なければ、今頃わたくしはきっと……)」

 

 制服とスカートを刃物で裂かれ、危うく処女すら散らされてもおかしくなかった先ほどの恐ろしい出来事。

 これまで御坂お姉さまにしか見せていなかった下着姿をまじまじと見られ、下劣な殿方の性欲の捌け口にされかけたことを思うと恐怖で今後男性を相手取れなくなりそうだ。

 それほどまでに、今回の体験は黒子にとってトラウマになりかねない恐怖の時間であった。

 

「(もう、二度とあんなこと……経験したくありませんの……)」

 

 能力が使えず一方的な暴力を受け、挙句女性としての尊厳を踏みにじられ・汚されかけたとなれば風紀委員(ジャッジメント)でなくても普通の女性ならば心が折れてしまうだろう。

 しかし、誇り高き風紀委員(ジャッジメント)である黒子は心が折れることはなく、当麻に救出されてから今に至るまで気丈に振る舞い続けてきた。

 だが、そんな痩せ我慢にも限界はやってくる。

 

「上条さん、今回は本当にありがとうございました……あなたが居なければわたくしは、もっと酷い目に遭わされていたかもしれませんの」

「礼なんていらないさ、とにかく無事で良かったよ」

「ええ、感謝してます……の。ほんとう、に……してます、の……でも……!」

「……?白井……?」

 

 急に言葉を詰まらせ始めた黒子に当麻が首を傾げていると、次の瞬間……彼女はすすり泣く声と共に心のうちに溜まった本音をぶちまけた。

 

「怖かった、ですの……!わたくし、犯されるって……思って、覚悟したんですの……!」

「……!」

「誰も、来てくれなくて……不安になりました……の!」

 

 レベル4かつ、日々スキルアウト達を相手取るイケイケの風紀委員(ジャッジメント)である白井黒子。

 その彼女が、敬愛する御坂の前ですら見せない涙を流しつつ、ひたすらに心中を吐露する姿には当麻も驚いた顔を見せた。

 しかし、当麻は決して彼女を笑ったりはせず、ただじっと黒子の言葉に耳を傾け、その落ちる涙を背中にて受け止めた。

 

「(やっぱり、白井も女の子なんだな……)」

 

 お嬢様らしい上品な振る舞いと、大人な言動に騙されて忘れそうになるが黒子はまだ中学1年生。

 ついこないだまではランドセルを使っていた少女だ。

 その少女が風紀委員(ジャッジメント)としてスキルアウト及び犯罪者と時には命をかけて対峙しているのだから、少しぐらいは弱音を吐いても許されるはずである。

 

「(守って、やりたくなるな……)」

 

 背中で泣きじゃくる黒子を終始黙って見守った当麻は、彼女の涙が止まるまでタクシーを呼び止めることはなかった。




若干オリキャラ混ぜてるのでご注意を!後から加筆する、かも?次回はR-18気味になる……予定です。

pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25817494
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