とある風紀委員の恋模様   作:若杉優太(テト/teto)

5 / 6
黒子と、お呼びください(後編)

 一連の騒動が終わり、黒子が無事に元の日常生活へと戻って数日後。

 いつものように黒子は放課後の風紀委員(ジャッジメント)の活動に勤しんでいた。

 

「よしっ、まぁ……こんなところでしょうか?」

 

 一七七支部の自身のデスクにて書類仕事をあらかた片づけた黒子は、ドッと疲れた様子で座っていた椅子の背もたれへと寄りかかりつつ、同様に忙しそうに書類仕事を処理している初春に声を掛けた。

 

「はぁ……書類仕事ばかりでは気が滅入りますわね」

「あはは、そうですね……最近はあまり風紀委員(ジャッジメント)が出動するような目立った事件も起きてないですし、そうなると日頃から溜まった活動報告書の整理になっちゃうんですよねー」

「まぁ、これも重要な仕事なのは間違いないですし……早く終わらせてしまいましょう」

 

 普段から事件解決のため現場に出ることが多い黒子にとって、椅子の上に座って淡々と書類仕事をこなすというのは少々退屈だった。

 しかし、数日間の間休ませてもらった以上、書類仕事であっても地道にこなさなければいけないだろう。

 そう考えていた黒子は文句を言うことなく、気合を入れてテキパキと仕事を片付ける。

 

「(休みをいただいた分、頑張りますの……!)」

 

 そうして普段と同じように書類仕事を二人でこなしていると、不意に支部のパソコンをぼんやり眺めていた初春の表情が真剣なものへと変わった。

 

「白井さん、書類仕事の最中で悪いんですけど事件です!」

「……初春、場所と詳細を!」

「場所は支部から数百メートル離れた路地裏……どうやら、スキルアウトに女子中学生が絡まれているようです!」

「……っ!わ、分かりましたの!すぐに現場に向かいますの!」

 

 路地裏、スキルアウト、中学生……

 その単語を聞いて数日前の出来事を思い出すと共に足がすくみかけた黒子だったが、すぐさま気を取り直し風紀委員(ジャッジメント)の腕章を腕に着ける。

 

「では、行ってまいりますの!」

「はい!あ、くれぐれも油断はしないでくださいね!」

「……!?ええ、もちろんですの!」

 

 黒子と同様に数日前の出来事を思い出していたのだろう。

 心配げな表情で見送る初春に笑顔を返した黒子は、テレポートにて一瞬で支部から事件が起こったと思われる現場周辺へと移動した。

 

「(……さっさと、片づけてしまいましょう)」

 

 幸い数日前の出来事はトラウマにはなっていないものの、少し嫌なイメージが頭に残っていた黒子。

 学園都市の風紀を守る者としてスキルアウトや犯罪者に臆せず、常に堂々たる振る舞いをしなければならない。

 そのように風紀委員(ジャッジメント)としての自覚を誰よりも持っていた黒子は、駆け足で現場の路地裏へと向か――

 

「ちっ……!あいつ覚えてろよ……っ!!」

 

 現場に向かおうとした刹那、何やら捨て台詞のようなものを吐きながらガラの悪い青年が自身の脇を走り抜けていった。

 すると、後に続いて数人の少年たちが青年の後を追っていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……っ!リーダー!!」

「なんで逃げちまうんだよ!相手は一人じゃねぇか!」

 

 青年をリーダーと呼ぶことに加え、彼らの不良じみた服装を見た黒子は一瞬で彼らがスキルアウトであることを見抜く。

 同時に彼らが何から逃げていたのか疑問に思った。

 

「(スキルアウト同士で、縄張り争いでもしていたのでしょうか?)」

 

 一瞬そう考えた黒子だったが、このあたりは風紀委員(ジャッジメント)の支部から遠くなく自身が日頃から隈なくパトロールをしている地域。

 そのような場所を、スキルアウトのようなアウトローたちが好き好んで縄張りにするわけがない。

 となれば、先ほどの報告にあったスキルアウトは逃げていった彼らだったということになる。

 

「何やら一人と言ってましたし、とりあえず行ってみましょうか」

 

 一体何が起こったのだろうか?

 困惑を隠せない様子の黒子だったが、もしものことがあってはいけないと思い直し駆け足ですぐ近くにあった件の路地裏へと入っていく。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの!抵抗を止めて、大人しくして――へ……?」

 

 腕章を見せつけ名乗りを上げたのも束の間、黒子の視界に広がったのは数人のスキルアウトに絡まれる女子中学生の姿……ではなく、めそめそ泣く女子中学生を一人の少年が慰めているという光景。

 しかも、女子中学生の傍に居るその少年は数日前に世話になったばかりの彼であった。

 

「(か、上条さん……!?)」

 

 嬉しさ半分、驚き半分といった様子で目を見開きながら当麻へと目線を向ける黒子。

 当麻もすぐさま見慣れた顔に気づき、安堵の笑みを浮かべた。

 

「白井か……!良かった、来てくれたんだな!」

「え、ええ……!このあたりで女子中学生がスキルアウトに絡まれているという通報がありましたので、わたくしが来たのですが……見たところ一人も居ませんわね」

「ああ、スキルアウトならさっき逃げてったよ」

「……っ!やはり、先ほどの彼らはスキルアウトでしたのね……」

 

 薄々察していたものの、既に事件は解決していた。

 しかも状況を察するに、一般人である当麻自身の手によって。

 

「お聞きしますが、上条さんはどうやってスキルアウトを追い払ったのですの?」

「いや、追い払ったというか……何というか、あいつら俺の顔を見たら急に青ざめた顔になったんだよな。ったく、人を幽霊を見るような顔で見ないでほしいぜ」

「は、はぁ……なるほど……?」

 

 曖昧なことを言う当麻の言葉に一応は頷く黒子だったが、やはり納得はできない。

 元より一般の学生を標的にするような外道なスキルアウトが、一見普通そうに見える当麻を見て怯えて逃げ出すとも思えなかった黒子は彼の発言をいまいち信用しきれなかった。

 となれば、いかに大恩人かつ好意を持つ相手とはいえ風紀委員(ジャッジメント)として事情を聞く必要はあるだろう。

 

「(ま、大方上条さんに非はないでしょうけど……)」

 

 彼の溢れ出る善性と優しさを身をもって体感していた黒子は心の中で先に結論を出しつつも、未だに泣いていた女子中学生の方へと歩み寄っていく。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの、申し訳ないのですが支部の方で何があったか聞かせてもらえませんの?」

「は、はい……!ひっぐ、わかり……ました……」

「怖い思いをしましたわね、駆け付けるのが遅くなって本当にごめんなさい」

 

 泣いてしまうような恐ろしい経験をさせたことに深々と頭を下げて謝罪をした黒子は、少女の背中を優しく叩きながら当麻に目線を向けた。

 

「上条さん、申し訳ありませんが貴方にも支部に来ていただきますの」

「え?事情聴取ってことか……?」

「まぁ、そんなところですの。わたくしも事件の詳細を報告をする必要がありますので、ご協力をお願いしたいですわ」

「ぅ……まぁ、白井の頼みなら断り切れねぇよな……」

 

 何やら用事がありそうな当麻だったが、黒子が少し申し訳なさそうに目を下へ向けるや否やあっさり支部への同行を承諾した。

 

「(はぁ……またまた上条さんには迷惑をかけてしまいますが、仕方ありませんわね)」

 

 ここ最近は当麻に何かと苦労と迷惑をかけることが多く、流石に気が重くなってしまう黒子。

 数日前の件といい今回の件といい、彼には少々世話になりすぎている。

 やはり、近日中に何かしら恩返しをするべきだろう。

 

「(やはり、前のように食事をご馳走するのがよいのでしょうか……?)」

 

 恩のある当麻には、どのようなことをしたら喜んでもらえるのだろうか?

 まだ風紀委員(ジャッジメント)の活動中にも関わらず、次に当麻と二人きりになった際にどこで食事をするか・どこであれば彼と楽しい時間を過ごせるかばかりを考えていた。

 黒子自身は気づいていなかったものの、その時の彼女は完全に恋する乙女の顔をしていたのだった。

 

 

**

 

 

「ただいまですの、初春」

「あ、白井さん!お帰りなさ……ん?」

 

 数日前のような出来事もなく無事に帰還した黒子に安堵した初春だったが、彼女の背後に見知らぬ男女二人が居ることに首を傾げた。

 

「えっと、その方たちは……?」

「今回の事件の目撃者ですの。わたくしが現場に向かった時にはスキルアウトが逃げた後でしたので、このお二人に詳しいことを聞こうかと」

「なるほど、そういうことでしたか。お二人ともすいませんね、わざわざ支部まで来ていただいて」

 

 目撃者である二人にぺこりと頭を下げつつ、初春は黒子ら三人を奥の応接室へと案内した。

 

「お二人はこちらのソファーにかけて待っていてください、後でお茶を持ってくるので。それと……白井さん、ちょっといいですか?」

「ん?なんですの初春?今は聴取が先で――」

 

 応接室のソファーへ腰かけ、早速当麻らに事件の詳細を聞こうとした黒子だったが、何やら初春が「いいからこっちへ来い」とばかりに手招きをしている。

 そんな彼女に怪訝な顔をしつつも、手を招く初春に渋々ついていった黒子は隣の物置部屋に移動した。 

 すると部屋に入るや否や、初春が少々興奮気味に黒子へと話しかける。

 

「さっきの男の人って、もしかして大覇星祭の時に御坂さんとフォークダンスしてた人ですか!?」

「……っ!そ、そうですの。それがどうかしたんですの?」

「いえ、あの時の御坂さん……明らかにあの人に気がありそうだったので、『レベル5の御坂さんに好かれる男の人ってどんな人なんだろう』って気になってたんです!」

 

 そう言って、まるで有名人に出くわした時のような反応を見せる初春。

 重要な話かと思えばこんな話か……と呆れた表情をする黒子ではあったが、どうにかして当麻のことを知りたがっている初春の様子を見てか、一転して自慢げな表情で初春に言葉を投げた。

 

「初春は、あの方……上条さんに会うのは今回で二回目ですの?」

「は、はい……!って、白井さん名前知ってるんですか!?」

「名前を知っているどころか、食事にも行きましたの。あとは買い物にも付き合っていただきましたわね」

「……っ!そ、それって……!」

「べ、別に付き合っているわけではありませんのよ!上条さんには色々と世話になっているので食事をご馳走して、服を買ってさしあげただけですの!」

 

 顔を赤くしながら何やら妙な誤解をし始めた初春へ必死に弁解をすると、黒子は一度咳払いをして話を戻す。

 

「ともかく……初春は上条さんのことについて知りたいと、それでよろしいんですの?」

「はい、前から気になっていたので……」

「でしたら、一緒に聴取をしましょう。あの方と話をしていれば、初春も上条さんがどのような殿方なのか分かるはずですの」

 

 言葉だけでは語り切れない上条当麻という人間。

 その魅力を知るためには実際に話をしてみなければ、彼を理解できないだろう。

 そう思った黒子が提案すると、初春は笑顔で首を縦に振った。

 

「そうですね、せっかくですし同席させてもらいます!」

「ええ、結構ですの。ですが、あまり突っ込んだ質問は控えてくださいまし」

「わ、分かってますよ。一応は、事件についての聴取ですからね」

「そういうことですの、くれぐれも失礼なことは聞かないように」

 

 初春が暴走せぬようにと釘を刺す黒子ではあったが、当麻と直接話せることに一番興奮していたのは紛れもなく彼女自身であった。

 

「(まだあの時の礼もできてませんし、次お会いできる日を聞いておかねば……)」

 

 ここ数日、風紀委員(ジャッジメント)の活動で忙しかったこともあり当麻とは直接会うことが叶わなかった。

 そんな中で偶然にも彼と話せる時間が作れたのだから、この機会を利用しない手はない。

 

「(まぁ、仕事は仕事できっちりやらねばなりませんわね……)」

 

 一旦頭を冷静にし改めて思い直す黒子だったが、やはりその顔には隠し切れない程の喜びが表れていた。

 

……

 

 

 黒子ら二人が、部屋の奥へと消えてから数分後。

 応接室のソファーに当麻と女子中学生が腰かけて待っていると、奥から茶碗を乗せた盆を持った初春と黒子が出てきた。

 

「お二人とも、お待たせして申し訳ありませんの。初春、二人にお茶を」

 

 黒子にそう指示を受けた初春が各々の前に茶碗を置いていくと、黒子は改まった表情で当麻らを見つめた。

 

「一応こういう場なので改めて自己紹介を。わたくしは白井黒子と申しますの、ここ一七七支部所属の風紀委員(ジャッジメント)ですの……それと、ここに居る彼女が――」

 

「あっ、えっと……!白井さんと同じ一七七支部所属の初春飾利です!よろしくお願いします!」

 

 以前より話してみたかった人物である当麻が居るせいか、若干緊張した面持ちかつ上擦った声で挨拶をする初春。

 その彼女に対し、当麻はソファーから立ち上がり礼儀正しく挨拶を返した。

 

「上条当麻だ。よろしくな、初春さん」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

 当麻に差し出された手をギュッと握りしめ、若干顔を赤くした初春の様子に不満げな顔を見せた黒子ではあったが、気を取り直しソファーへ腰掛けると早速聴取を始めた。

 

「こほん……それではまず女性の方にお聞きしますが、あなたはスキルアウトに何かされましたの?」

「いえ、幸い何もされませんでした。でも路地裏に連れていかれた時は、本当に怖かったです」

「なるほど、ということは路地裏に上条さんが来て……」

「はい、この人がスキルアウトに怯まず助けにきてくれたんです」

 

 支部に来る道中まで泣きじゃくっていた目の前の女子中学生だが、その彼女に寄り添い平静を取り戻させたのは紛れもなく当麻のおかげ。

 それもあってか彼女は、不自然と思えるほどに当麻の身体に擦り寄り紅潮しきった顔で彼を見つめている。

 以前の黒子であれば、その状況を見ても何とも思うことはなかったのだろうが、当麻を多少なりとも意識している現在は若干の嫉妬心を抱いてしまう。

 

「(ぐぬぬ……!ここまでまじまじと見せつけられるとは……)」

 

 わざとやっているのかと思うほどに当麻へと甘える姿を見せつける女子中学生。

 そんな彼女に掴みかかりたくなる衝動を必死に抑え、黒子は努めて冷静な表情で聴取を続ける。

 

「では、上条さんはスキルアウトをどうやって撃退したんですの?逃げていったスキルアウトの方々を見た限り、喧嘩っ早い感じにも見えましたけど……」

「それはさっき、この人……上条さんが言った通りです。最初は息巻いてたスキルアウトのリーダーが、上条さんの顔を見た途端に逃げ出したんです」

「……ふむ、その理由は分かりますの?」

「詳細は分かりません。でも、リーダーが『こいつ、一人であそこのチームを壊滅させた奴だ』とかなんとか言ってて……」

 

 女子中学生の妙な証言に初春・当麻までもが首を傾げるが、ただ一人黒子だけは動揺した表情を浮かべていた。

 

「(そ、それって……もしかしなくても上条さんのことでは……)」

 

 数日前に自身をスキルアウトのアジトから助け出してくれた当麻。

 その際、彼が数名のスキルアウトと交戦したことは知っていたものの、スキルアウトのチームそのものを壊滅させたことは後に警備員(アンチスキル)の報告書を見るまで知らなかった。

 当然、個人でスキルアウトの集団を一つ潰すなど前例がなく、該当するとすれば当麻しか居ない。

 

「(……このことは、黙っておきましょうか)」

 

 いくらスキルアウトに非があるとはいえ、当麻のやったことは立派な暴行罪。

 風紀委員(ジャッジメント)であるならまだしも、一般人に過ぎない彼は本来なら警備員(アンチスキル)のお世話になってもおかしくない。

 であれば、あの夜の出来事をベラベラと喋るのは軽率な行動だろう。

 

「なるほど、事情は分かりましたの。次は詳細な状況について――」

 

 あの時の当麻の武勇伝を語りたくなる気持ちをグッと抑え込んだ黒子は、その後も聴取を続けた。

 もちろん聴取といっても今回は未遂で終わったために大した時間はかからず、再度当麻や女子中学生に怪我や脅し取られたものがないか確認するぐらいのことであり数分ほどで聴取は終了した。

 そうしてこのままお開きかと思われた時、不意に口を噤んでいた初春が言葉を発した。

 

「あ、あの……!上条さんは、御坂さんや白井さんとはどういう関係なんですか!?」

「ちょっ!?う、初春!」

 

 突っ込んだ質問をするなと釘を刺していた甲斐もなく、包み隠すことなくストレートな質問を当麻へとした初春。

 その質問に対し、当麻は特に顔色を変えることなく平然と答えた。

 

「関係も何も、二人とも友達……ぐらいの距離感かな。というか御坂に関しては、嫌われてるんじゃねぇのってぐらいツンツンした態度を取られるぜ?」

「……!で、でも御坂さんは大覇星祭の時は明らかに上条さんに気がありそうでしたよ!?」

「あいつが?いやいや、ないない。フォークダンスも相手が居なかったから知った顔の俺に頼んだんだろ?」

「そんなわけないじゃないですか!御坂さんは、ずっと上条さんのこと熱っぽく見てましたよ!」

「そ、そうなのか……?」

 

 何かスイッチが入った様子で熱く語る初春とは対照的に、当麻はあまり彼女の言葉がピンときていない様子である。

 それもそのはず、当麻は御坂と一緒に携帯のペア契約をしたことやフォークダンスを彼女と踊ったことすら何とも思っていないほどに鈍感な男。

 その彼が他人から一方的に御坂のことについて捲し立てられても、ただただ戸惑ってしまうだけだろう。

 

「上条さん!もっと真剣に御坂さんのことを考えてあげてください!御坂さんはきっと――」

 

 ヒートアップした初春がさらに当麻に迫ろうとした、その時。

 少々呆れた様子の黒子が、いつの間にやら二人の間へと入っていた。

 そして。

 

「いい加減になさい、初春」

 

「ぁ……」

 

 冷水を浴びせるかのような黒子の鋭い一喝に目が覚めたのか、ハッとした表情になって我に返る初春。

 同時に当麻の顔を見ると、やはりというべきか困った顔をしていた。

 

「ご、ごめんなさい!私、上条さんとはまだ付き合いも浅いのに失礼なことを聞いてしまいました……!」

「あ、いや……!別に謝ることでもないぞ!御坂との関係は、周りからも聞かれることがあるからさ!」

 

 年上であり先輩でもある当麻に相当無礼な物言いをしてしまったことを反省し、初春は即座に当麻へ頭を下げた。

 それに対し、当麻はやはりというべきか特段気にしていない様子を見せたが、黒子は少々ご立腹の様子で書き終わった聴取の紙を手元のバインダーに挟み込んだ。

 

「とりあえず、これで聴取は終了ですの。そちらの方は帰っていただいて大丈夫ですので」

「え?あ、はい……」

 

 会話に完全に取り残されていた女子中学生に退室を黒子が促すと、女子中学生は若干戸惑いながらも自身の荷物をとりまとめ始め、最後に部屋に出る際は当麻に微笑みながら言葉を紡いだ。

 

「か、上条さん!もしも今度お会いした際は、何でもおっしゃってください!私、できる限りのお礼はしますから!」

 

「礼なんて大丈夫だぞー。それより、帰り道は気を付けろよ!」

 

 礼を言う女子中学生に当麻が力強い笑みを返すと、彼女は先ほどまで泣いていたとは思えないほどに嬉しそうな足取りで支部を後にしていった。

 そうして女子中学生を見送り終えた当麻は、聴取も終わった以上このまま帰っていいはずなのだが……

 

「白井、聴取は終わったんだろ?ならここらへんで帰らせてもらってもいいか?」

「……っ!も、申し訳ありませんの!上条さんには個別に話したいことがあるので、もう少し残っていてくださいな」

「そっか……まぁ、白井が言うなら仕方ないか」

 

 風紀委員(ジャッジメント)も色々と報告書を書いたり証言をとったりで大変なのだろう。

 元より黒子に信頼を置いている当麻はそう解釈し、引き続きソファーに腰を預けることにした。

 すると、不意に応接室の外から電話の鳴る音が聞こえてきた。

 

「あれ?誰でしょう……?ちょっと出てきますね」

「ええ、よろしくお願いしますの」

 

 電話対応のために初春が部屋から退室すると、意図せず黒子と当麻は応接室にて二人きりとなった。

 すると、黒子は何も言うことなく当麻の横へと移動すると、頬を赤くしながら恐る恐る口を開く。

 

「あの、上条さん……」

「ん?どうした白井?」

「実は、話したいことというのは数日前のお礼のことでして……上条さんはどのような礼を望まれますの?」

「ああ、確かに言ってたな。うーん、白井にやってほしいことか……」

 

 何か考えておくよと言ったはずの当麻だが、彼の悩む様子を見る限り完全に何も考えていなかったようだ。

 そんなある意味想定通りの様子の当麻に対し、黒子はある提案をする。

 

「思いつかないようであれば、もう一度わたくしと街へ買い物に行きませんか?」

「ということは……?」

「ええ、前のように食事をご馳走いたします。もちろん何か生活用品で困ったものがあれば、わたくしが全てお支払いいたしますので」

「……っ!あ、ありがたいけど……また白井に世話になるのか……」

 

 いかに生活・食・金銭の全てに困っているとはいっても、年下の女の子におんぶにだっこになるのはいかがなものか。

 黒子の提案に一瞬難しい顔をする当麻ではあったが、黒子は彼の手を握りながらクスリと笑みを漏らした。

 

「気にしなくてよろしいんですのよ?わたくしが貴方にしていただいたことを考えれば、これでもまだ足りないぐらいですし」

「お、おう……そっか」

「ですから、わたくしの厚意を素直に受け取ってくださいの」

 

 一瞬断ろうかとも考えた当麻だったが、やはり黒子の想いを無下にはできない。

 そう思い直し、彼女の提案を素直に受け入れるのだった。

 

「ところで、上条さんはこの後用事があるのですわよね?」

「ん?あ、ああ。一応スーパーのタイムセールがあって……っと。わりぃ白井、インデックスから電話だ」

 

 当麻はポケットに入っていた携帯を瞬時に取り出すと、すぐさま電話に応答した。

 すると、通話から十秒も経たないうちに当麻の顔が悲しみに満ちていき、僅か1分ほどでインデックスとの通話は終了した。

 

「ど、どうかされましたの?」

「あ、いや……インデックスが今日は俺の担任の先生の家にお世話になるらしくてな。なんでも焼肉パーティーするらしいぜ……はぁ、俺も肉食いたかったのになぁ……」

 

 大きく溜息をつき、本当にショックを受けた様子で肩を落とす当麻。

 もちろん彼の事情を何も知らない人間からすれば大袈裟なリアクションだと思われるだろうが、彼にとって肉……それも焼肉を食べれる機会はそうそうなく、数か月に一回食べれるかどうかというほどに貴重な機会である。

 そのチャンスを逃したとなれば、悲しいことに当麻の胃には今後数か月は上等な食べ物が入ってこないことになるだろう。

 

「(か、上条さんは……普段どんな生活を……)」

 

 数日前に彼と街へ出た際に、当麻がいかに生活で苦労しているかを知った黒子だったのだが、その苦労は彼の絶望した表情を見るに自身の想像の遥か上をいくようである。

 そんな彼の悲壮感溢れる背中や顔が見るに堪えなくなった黒子は、慌てたように当麻を慰めた。

 

「そ、そんなに落ち込まないでくださいまし……!肉が食べたいのであれば、わたくしが今日にでもご馳走いたしますので!」

「……!ほ、ほんとか……!」

 

「ええ、もちろんですの。ですから、そんな世界が終わったかのような顔をしないでくださいの」

 

 自身の言葉で一瞬で生気が戻った当麻に安心すると、黒子はホッと胸を撫で下ろした。

 

「(……もっと、遠慮なくわたくしに甘えてくださってもよいですのに)」

 

 そんなこんなで当麻と黒子の二人が会話を交わしていると、電話対応を終えた様子の初春が応接室へと戻ってきた。

 すると、黒子は慌てたようにして当麻から離れ、表情を取り繕いつつ初春に目線を向ける。

 

「う、初春……先ほどの電話は?」

「固法先輩からです。何でも『白井さんは今日の活動が終わったら数日休ませて』と……」

「……!固法先輩が?」

「はい……私も不思議だったんですが、特に理由は聞いてなくて……」

 

 風紀委員(ジャッジメント)一七七支部のエースであり心臓とも呼ぶべき黒子を、特段の理由なく休ませてしまう。

 その判断に二人して首を傾げる初春と黒子ではあったが、尊敬する先輩からの指示だ。

 彼女の指示を無視するわけにもいかないだろう。

 

「でも、よかったですね白井さん。数日前は色々あって休むどころの話じゃなかったですし、今度こそしっかりとリフレッシュしてきてください」

「そう……ですわね。少々気が引けますが、固法先輩の指示であれば仕方ありませんの……」

 

 再び非番の日をもらえるということで嬉しさもあった黒子だったが、やはり風紀委員(ジャッジメント)の活動を疎かにしてしまうことへの後ろめたさはどうしてもあった。

 しかし、黒子の良き理解者でもある初春はむしろ彼女の背中を押した。

 

「白井さん、休むことも大事ですよ。しっかり休んで、万全の状態でここに戻ってきてくださいね!」

「……っ!お気遣い、感謝いたしますの……」

「いえいえ。あっ……それと上条さん」

 

 会話の途中で黒子から当麻へと目線を変えた初春は、彼にぺこりと頭を下げる。

 

「白井さんのこと、よろしくお願いしますね」

 

 そう一言だけ当麻にお願いをした初春は、黒子にくすりと笑いかけて応接室を後にするのだった。

 

「(……やはり、あなたにもお姉さまにも隠し事はできませんわね)」

 

 

**

 

 

 事件に関しての調書をまとめ終わった後、黒子は初春に促されるままに一七七支部を当麻と一緒に後にした。

 本当であれば調書を取り終わったのちに大量の書類仕事が待っていたのだが、初春は「書類仕事は私と固法先輩でやっておきますから、白井さんは早めに帰っちゃってください」と言って半ば無理やり黒子を支部から締め出してしまった。

 無論、その行動には初春なりの気遣いがあることを分かっていた黒子は心の中で彼女へ感謝をしつつ、当麻と街へ繰り出していくのであった――

 

……

 

「いやー、悪いな白井。こんないい店に連れてきてもらって」

「いえいえ、お気になさらないでくださいの。これはわたくしからのささやかな礼ですので、遠慮などしないでください」

 

 支部を出て当麻と共に街中の飲食街へと向かった黒子。

 まだディナーには少し早い時間だったものの、腹を空かせた様子の当麻を見かねた黒子は気を利かせて彼の「肉が食べたい」という要望通りステーキ店へと足を運んだ。 

 もちろん前回に続いて普通の飲食店ではなく、お嬢様や富豪が接待で使うような高級店である。

 

「(や、やっぱり白井って……お嬢様なんだな)」

 

 普段お嬢様らしくないビリビリ少女と接しているせいで忘れそうになるが、そもそも常盤台中学はレベル3以上の能力者でなければ入学が許されないというエリート校。

 しかも、そこに在籍する生徒のほとんどが皆大企業や富豪の娘であり、もちろん目の前の彼女も例外ではなく立派なお嬢様なのである。

 

「(ほんと、俺みたいな貧乏高校生がこんなとこに連れてきてもらっていいんだろうか……?)」

 

 現在当麻と黒子が居るのは、VIP専用と思われる和風の完全個室。

 このステーキ店では二つしかない部屋であり、明らかに一般の学生や一般の会社員が予約して入れるような部屋ではないことは、黒子への店員の畏まった態度から見ても明らかであった。

 

「(住む世界が違うって感じだな……)」

 

 そんなことを当麻がしみじみと思っていると、対面に座っていた黒子は改まった表情で話を切り出した。

 

「こうしてゆっくり話ができて嬉しいですの、上条さん。改めて数日前のことで礼を言わせてください、本当にあの時はありがとうございました」

「いやいや、礼を言われるほどのことじゃないさ。白井には最近世話になってることが多いし、何よりあの時無事で居てくれて本当に良かったよ」

「いえ、それでも感謝しておりますの。貴方には何度も危ない所を助けていただきましたし、先ほども嫌な顔をすることなく聴取に協力していただきました……わたくし、もう貴方には頭が上がらなくなりそうですの」

 

 相も変わらず謙遜した態度を貫く当麻に対し、どこまでも真面目な表情で感謝を述べつつ深々と頭を下げる黒子。

 そんな彼女の若干堅苦しい顔と仕草を見かねてか、当麻は早々に話を切り替えた。

 

「そ、そういえば!白井の家って、やっぱり裕福なのか?」

「え?あ、はいですの。一応、わたくしの父がコンビニや輸入雑貨を扱うスーパーを経営しているので、それなりの家庭だと自負はしておりますが」

「なるほど……ちなみに、この店は白井の行きつけなのか?」

「いえ、行きつけではありませんの。ただ、わたくしの父の会社のグループ企業が運営する店でしたので、今回無理を言って特別にこの部屋を使わせていただいたんですの」

「……!そうなのか……悪いな、わざわざ」

「んもう!気にしないでくださいと言っているではありませんか。わたくしが貴方にしていただいたことを考えれば、これでも足りないと思っておりますのに」

 

 いくら財力があるとはいえ、年下の少女に過剰ともいえるほどのもてなしを受けて動揺を隠しきれない当麻だったが、黒子はこれでも受けた恩を返せるほどのことではないと思っているようであった。

 

「(白井は、どうしてここまで俺をもてなしてくれるんだ……?)」

 

 数日前や残骸(レムナント)の一件で深い恩義を感じ、黒子が自分に信頼を置いてくれていることは十二分に理解している当麻。

 そんな彼女を当麻は「友達」あるいは「知り合い」ぐらいの関係であり、それ以上でも以下でもないと考えている……のだが。

 黒子は、そうは思っていないようである。

 

「あ、そういえば上条さん……一つお願いが」

「ん?なんだ?」

「今後わたくしのことは気軽に黒子、とお呼びください」

「え?い、いいのか……?そんなに馴れ馴れしく下の名前を呼んで」

 

 当麻が再度問いかけるように黒子へ視線を向けると、黒子は嬉しそうに首を数回振った。

 すると、当麻は少し気恥ずかしそうにしながら彼女の名前を口にする。

 

「わ、分かった……しら――じゃない。く、くろこ……?」

「……っ!は、はい!黒子とお呼びくださいですの!」

 

 名前を呼ばれただけにも関わらず、目をパッと輝かせて当麻に笑いかける黒子。

 その笑顔に魅せられた当麻は思わず彼女に見惚れ、珍しく顔を紅潮させてしまう。

 

「じゃ、じゃあ……俺のことも下の名前でお願いできるか?」

「……っ!よろしいのですの……?」

「ああ、大丈夫だ」

「で、では――当麻……さん」

 

 そう言って、黒子がボソッと名前を口にすると当麻と同様に一瞬で顔を真っ赤に染め、恥ずかしさと嬉しさから顔を俯かせてしまった。

 

「「(き、気まずい……)」」

 

 互いに恥ずかしい気持ちになりながら下の名前を呼び合った当麻と黒子。

 誰も見ていない完全個室の中であったが、二人が再び元の表情に戻って会話を再開するまでには数十分の時間を要したのであった。




閲覧いただきありがとうございます、これが今年最後の投稿になります。1年間見ていただきありがとうございました、来年もよろしくお願いいたします。

pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26858628
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。