「あん?おめーが俺のマスターか?腑抜けたツラしてんなぁ。まあいいや、アシュヴァッターマンだ。戦いに行くぞ、ついてこい」
マスター。
……ああ、カルデアの案内や召喚されたサーヴァントの紹介も受けてきた。
しかしここは本当に奇妙なところだな、英雄だけじゃなくパールヴァティー様のような神霊も居る。それとは逆に反英雄やら魔性やらも居る。
カルナのやつは良くも悪くも変わりねえなあ、アルジュナは……ちょっと変わった気ィするな。カルデアで何かいい影響を受けたんだろうよ。
……。
はぁ、カルナやアルジュナから話聞いてるみてぇだし隠す事でもねえからそんな心配そうな目で見る必要はねえよ。
マスターが気になってるのはエラッタの事だろ?
そうか、カルナの時もアルジュナの時もエラッタについて色々言われたのか。まあそりゃそうだ、アイツらも大概な目に合されてるからな。
……思いのほか冷静で驚いた、だと?
怒りは俺の原動力だが、俺だって怒る意味すら無い事にまでそういう対応はしねえよ。なんなら”それについて”はもう生前散々やりつくした。結論も出ている。
結論を既に出しているのなら、やるべき時にやるだけだからな。
ああ心配すんな、喧嘩吹っ掛けるとかそういう事じゃねえよ。どんだけ生前に因縁があろうが、今は同じ旗の元戦う仲間であり戦力でもあるからな。大体それやったら困るのはマスターの方だろ。
つかそれより気になんのはなんでアイツ女になってんだよ!?声かけられて誰だ?と思ったらエラッタを名乗ってきて一瞬訳が分からなかったぞ!
あ゛?カルデアではよくある事?女性に化けた逸話が反映されただけだからまだ理由が分かる方な女体化だぁ?どうなってんだよカルデア!
……カルナとアルジュナはアレ一発でエラッタだって分かったのか?
まあカルナは察しがいいしな、アルジュナは……アレが逸話反映の結果なら生前女の姿のアイツも見てるから分かるのか。
……とにかくマスターが心配しそうな喧嘩してドンパチするだとか連携が取れねえだとか、そういうことは起きねえよ安心しろ!
本当にどうしようもねえことアイツがやらかしたら、俺も対処するってだけだ。
物語が始まってしまったのはいつの頃だっただろうか……。
アシュヴァッターマンがエラッタと出会ってしまったのは、ドゥリーヨダナがエラッタを自分の宮殿に招き入れてからいくらかの時間が過ぎた後だった。
まさか羅刹をドゥリーヨダナが招き入れるだなんて話をアシュヴァッターマンが知ったのは事が済んでからだったので大変驚いた。
かく言うアシュヴァッターマンも最初は今からでもいいから羅刹を手元に置くだなんて止めておけと進言したりもした。
何か明確な理由があるならまだしも、ビーマへの対抗心だなんて理由で無駄にリスクを手元に置いておくのは良くないと。
元から従兄弟であるパーンダヴァとは仲があまりよろしくないというか、対抗心のようなものを出しがちだったが対抗心出すにしたってもうちょっと別のところだあるだろ。
そういった話をドゥリーヨダナに説いたが、自我の塊のような男には通じなかった。
「まあそうは言うがな、アイツもアイツで大人しい奴だから大丈夫だ!多分……」
「多分ってなんだよ!?」
ドゥリーヨダナは「羅刹だがアイツは大人しいから大丈夫だ」と言っていたが、それでも羅刹は羅刹だ。
人を食う怪物だ。その本性はどんなものか分かったものじゃない。
……そう思っていたから、こっそりとエラッタとやらがどんな奴かを影から見ていた。
それでわかった事は、確かにドゥリーヨダナの言うように大分大人しいというか本当に人にしか見えない奴だという事だ。
あえて羅刹的な部分を挙げるとしたら、口を開けば犬歯なんかが人肉を噛みちぎれそうな程鋭いという点くらいだろう。
なんならドゥリーヨダナの我儘に辟易した者が羅刹だと偽って人間を連れてきたのでは、とアシュヴァッターマンは疑ったくらいだ。
……詳しい者が言うには本当に羅刹らしいが。
そうして影から半ば監視のように見ていたが、ちょっとしたはずみでとうとう顔合わせをすることになった。
「君がアシュヴァッターマン?」
「……おう」
「はじめまして、僕はエラッタ。ドゥリーヨダナから聞いてるかもしれないけど、一応はその……羅刹」
どこか気まずさを滲みだしたはにかみで彼は自己紹介をした。
なんてことはない、特筆すべき点なんて一つもない物語の始まり方。
ぎこちなくも打ち解けていくにつれ、段々とエラッタという羅刹について少しずつアシュヴァッターマンは認識を深めていったような”気がした”。
エラッタは最初こそ周囲の人間から羅刹だなんてと疎まれていたが、段々と無害さが知れ渡るにつれて”まあいいか”と思われるようになっていった。
……あるいは、エラッタがその時点では弱い羅刹だったからというのもあるかもしれない。
ドゥリーヨダナやアシュヴァッターマン自身もそうだし周囲もそうだったが、クル族屈指の強者がエラッタの周りには多くいた。
仮にエラッタが何かしたとして物理的に止める事等容易い。ともなれば、本当にいざとなればどうとでもなる。
……弱かったから、なめられてたから、だから結果論で言うとエラッタは徐々に羅刹でありつつも受け入れられていた。
エラッタは聞き上手というか、あまり自分の事を話さず人の話をよく聞く立場にある。それこそドゥリーヨダナが何かしらあって少し荒れている際の愚痴を聞いてたりだとか、そういうことを良くしていた。
ある時、アシュヴァッターマンはここに来る前はどうしていたのかを聞いてみた。
知りたくなったのだ、エラッタの事を。
「そういえばお前、旦那の我儘でここに連れてこられる前はどうやって過ごしてたんだ?」
「ここに来る前……うーん、あんまり愉快な感じじゃなかったかな」
羅刹だからとあからさまに嫌そうな態度を取られても困惑することはあれど拒絶的な態度は取らないエラッタが、初めてあからさまにあまり話したくないなという拒絶的な態度を取った。
なんだか嫌な事を聞いてしまったようだと、悟ったアシュヴァッターマンはなんと言って話を逸らそうか謝ろうかと一拍分黙り込んだ。
「……あー、話しにくい事聞いちまったみたいで悪かったな」
「ううん、そんなに多分……大した話じゃないから。ただ僕、ほら……あんまり羅刹っぽくないから浮いちゃって。いや僕ちゃんと羅刹なんだけどね一応」
人間の中に居る分には馴染む見た目だが、確かに羅刹の中に居たら悪目立ちする見た目だろう。見た目があからさまに違い過ぎる上、強くもないとなればその扱いがどんなものになるかアシュヴァッターマンにも想像はそれとなくついた。
確かに愉快な話ではない、想像して気分が悪くなりアシュヴァッターマンは思わず顔をしかめた。
「つくづく僕羅刹向いてないのかも……」
「生まれ持った種族に向いてる向いてないもねえし、そうなったのはお前のせいじゃねえ」
「ありがとう。……そんな感じだからちょっと羨ましいね、みんな家族仲よさそうだから」
過ぎ去った話であり、最早今となってはどうともしがたい過去。羅刹であったとしても父母は居る訳だが、この調子だとあまり関係は良くなかったようだ。
羨ましい、という言葉の響きに切なさを感じさせた。
「確かにドゥリーヨダナの旦那は親子仲も兄弟仲もいいな、仲良すぎて問題な部分もあるけどよ」
「アシュヴァッターマンもお父さんと仲良いよね、傍から見ててもお互い大好きなんだなっていうのよくわかるよ」
自分が父の事を愛し敬っているのは当然の話であり知り合いなら誰でも知っている事ではあるが、改めて口に出されるとこそばゆい。
「あ、ありがとよ」
「……昔が何であれ、今は僕楽しいんだ。だからドゥリーヨダナには感謝してるし、大好き」
フフと軽く笑うエラッタは人食いの悪鬼ではなく、ただ少し寂しがりやな人間に見えた。
出自や弱さからナメられる事もあるだろうし、嫌な思いもすることもあるだろうが自分はコイツを少しばかり気にかけておこうとアシュヴァッターマンは思った。
元々エラッタはあんまり争いごとにも向いて無さそうだったし、他人を傷つける事も避けるタイプだったから。普通の羅刹とは違うと、その時は確かにそう思っていた。
……時は更に流れて、クルクシェートラの戦いが始まり、そして終わる。
アシュヴァッターマンは夜襲という罪を負い、血を被り、そしてその罰として額の宝石を外す。
最後に、三千年の贖罪の為の放浪を行う事となる。
その前に、クリシュナに告げられた。
「これから貴様は三千年の間、死すらも与えられず彷徨う事となる。……が、その前に一つ真実を教えておこう。流石に何も知らぬまま行かせるのは情けの無い行いだからな」
真実?
何を?
アシュヴァッターマンの頭の中には疑問が渦巻く。すべてが終わり、そして後日談となる地獄が始まるその狭間の静寂した脳内にクリシュナの言葉が飛び込んでくる。
「父ドローナの死体は見つかったか?」
「……は?」
見つかっていない。
卑怯な手段で殺された父であるドローナの死体を一度は確認したが、その後行方が分からない。
いや、戦場で死体が分からなくなるというのは獣や鳥が食べて損傷してしまったり他の死体と混ざってしまったりと、時たまある事なので悔しく思い焦りもしたが探してる余裕も無かった為今日まで探せなかった。
勿論、弔いはとても大事な行いである。弔わなければ死後の安寧も得られない。
なので本当はこんな事になる前に自分の手でどうにか探し出し弔いたかったが、それもできず。
だがアシュヴァッターマンが何もできずとも、結果的に殺す事となってしまったがドローナを師匠として慕う者はパーンダヴァにも居るので彼らはきちんと死体を見つけ出し弔いをするだろう。
……ドローナの死体が見つかれば、の話だが。
「ドゥリーヨダナの死体はどうだ」
「……それは、もう」
瀕死のドゥリーヨダナをエラッタに預け介抱を託てアシュヴァッターマンは夜襲に赴いた。しかしドゥリーヨダナの望み通りパーンダヴァの首を持ってくるはずがそれは出来なかった為、苦しい気持ちで戻らざるを得なかった。
……しかしそこにはドゥリーヨダナはおらず、打ちひしがれ落ち込んでいるエラッタが居るのみであった。
『エラッタ、旦那は?』
『……ごめん、なんとか傷を塞ごうとしてたんだけど』
苦しい顔でエラッタは無力感と共に一筋涙を流した。そうされれば言葉にされずとも分かる、間に合わなかったのだと。
そして死んだとなれば。
こんな状況だが誰かが安全な場所に遺体を運んだのだろうと、アシュヴァッターマンはそう思い込んだ。
こればかりは天運の傾きの問題であるが、エラッタはドゥリーヨダナを延命させられなかったことを本気で悔い悲しんでいる。アシュヴァッターマンも同じように苦しい悲しみが胸を覆いつくすが、自分がもっと早く戻れれば死に目には間に合った可能性があるしここでドゥリーヨダナが死んだのはお前のせいじゃないと、エラッタの背を撫でた。
「誰かが他の場所に移して、弔ったんだろうよ」
「ははは、そう思ってるんだな。そうかい」
「なにがおかしい」
クリシュナは渇いた笑い声をあげ、そして感情の無い声で告げた。
「お前の父やドゥリーヨダナの死体は、エラッタが食べ尽くしてしまった。故に、弔えない」
……は?
「なっ、何を……何を言ってるんだテメェ!」
「これは嘘ではない、本当の話だ。まあお前たちが勘違いしてしまったのも無理はないか、アレも随分とタチの悪い生態だからな。随分と異常で面倒な進化をしたもんだ、まさか人に紛れ警戒を解いて食らう方向性に進化した羅刹が出るとはな」
「あいつは人を食わねえだろ!アイツにとって初めての友でもあるんだぞ旦那は!」
「”殺して”食べることは確かにしないが、それだけだな。ドゥリーヨダナの死体が食われたのは貴様が夜襲などして、アイツの目の前に置いたせいだ」
静かに語られるそれは、嘘のない真実を揺らぎなく語る。
散々に士道の蹂躙が行われた戦争の後だと、余計にその混じりけの無い言葉を話すクリシュナの声に嘘が見られなかった。
ジワジワとクリシュナが真実を言ってるのだろうという事を悟ると同時に、どうして?という静かな絶望感が心を満たす。
エラッタは、羅刹だけど人食い悪鬼とはかけ離れた優しい友で……ドゥリーヨダナの死にも涙を流した、そんな奴のはずだったのに。
どうして、弔えぬくらいに食い尽くした?騙してたのか、俺やドゥリーヨダナを?
「……さて、話すことはここまでだ。アシュヴァッターマン」
「待て、待ってくれ」
「いいや、これで終いだ。さあこれから三千年の贖罪の旅路に出るんだ。人間社会からは隔離され、傷は痛み、それでも死という情けもない。……父の弔いも、友の弔いも、何もかもを期待できぬまま一人で死なずの者となるがいい」
「頼む、最後にエラッタと言葉を交わさせてくれ……お願いだ……!」
アシュヴァッターマンの懇願もむなしく、三千年の旅は始まった。
エラッタへ、真実を問う機会も与えられず。