僕の名前はエラッタ。羅刹のエラッタ。
僕という羅刹は生まれた時から同胞の羅刹に小首を傾げながら見られては軟弱だとか薄気味悪いだとか、そういう風に言われる存在だった。
僕は他の羅刹と比べたら人間らし過ぎた……と言う事らしい。
僕は力が他の羅刹よりとんと無く、非力だった。
普通の人間と比べたら多少なりとも強かったけれど、それでも羅刹基準で見るなら僕は弱かった。
その上、見た目だって他の羅刹のような感じじゃなく、人間にとても近かった。
他の同胞からしたら外れ値もいいところである僕は、羅刹らしくもないのに人間だと言い切るには彼らの目からすると違和感があり、気持ち悪かったそうだ。
まるで似てないものより、半端に何かに似せてしまっているものの方が気持ち悪いと彼らは言う。
見た目が人間のようで力も弱い、ともなれば実は僕は羅刹ではなく人間ではないか?
だなんて、そんなことはない。僕は正真正銘の羅刹から生まれた羅刹である。
それは父母が羅刹であるからという意味でもそうだし……僕もまた人肉を見ると、お腹がすくからだ。人間はそうならないはずでしょ?
ただ、僕は誰か人間を殺してまで食べようという心持ちになれなかった。
強いものはより多くの選択肢を得るこの時代で僕は強くなかった。
だからか、痛い思いをすることが僕は多かった。
そういった経験則のせいかそれを他人にしたいという気分にあまりなれなかった。
勿論、相手が殴ってきたら抵抗くらいはするけども。
もっと言えば、そもそも誰かを殺せるほど力強くも無かったから。
だから羅刹としてはそもそも食べる機会が無いから強制的に食が細くなりがちで、他の誰かのおこぼれにもあずかったりとかそういう事が出来るほど他の羅刹に好かれても無かったもんだからいつしかコイツは人を食べられないのではないか?だなんて噂まで出てきた。
別にそんな事はない、単にそういう巡り合わせじゃなかっただけで正真正銘僕は羅刹だし、食べようと思えば食べられるのに……。
しかし、物事とはどう転ぶか分からないものだ。僕の噂を聞きつけて、ある日どこぞの高貴な人間の使いらしき者が僕を訪ねた。
人間と敵対する羅刹は時折討伐される。僕は人間と敵対するようなことはできるだけ避けてきたが、それでも何かしらの誤解等でそういう対象に認定されることだってあるかもしれない。
もしやそれか?と訝しみ、逃げようかとも思ったがそれも難しそうで困った。
何が何だか分からぬまま、死を覚悟しつつその高貴な人間の使いの言われるまま僕は連れていかれた。
連れて行かれた先で、僕はドゥリーヨダナという人間に出会った。
「ふぅん、貴様が人を食べないと噂の羅刹か?噂通り羅刹らしくない見た目をしておるな」
「え、えぇ……?いや、僕は人を食べないわけじゃ」
「なんだ食べるのか」
「いえ、食べないというか食べられないというか……人を殺して食べるなんて、どうあれ強さが必要でしょう?そんな強さを僕が持っていないだけです」
「なんだ、つまらん理屈だな」
勝手に連れてこられて勝手に色々言われてなんなんだとも思ったが、これがドゥリーヨダナとの初めての邂逅だった。
「……まあいい、名前はなんだ」
名前、名前を聞かれたのは本当に久しぶりだった。
何故なら同胞からは気味の悪いアレといった扱いで、名前なんてどうでもよかったし呼ばれることも聞かれることも無かったから。
だから少し面喰らった。
「僕はエラッタ……羅刹のエラッタです。あなたの名前は?」
「わし様はドゥリーヨダナ、クル族の正統後継者である!ワーッハッハッハ!羅刹のエラッタよ、お前今日からわし様のものになれ!」
「んぇ……?」
名前を知り、その口調から人となりをなんとなく知り、そうして多少なりとも相手の事を把握し始めたところで唐突にそんな宣言をされたものだから何が何だか分からなくなった。
僕が何がなんだか分からなくなってるうちに何故か歓迎を受けた。
見た事もないような豪華な料理を出され、出されて食べないのもちょっとどうかと思ったので食べた。
とても美味しかった、食が細い……もとい、食事に中々ありつけなかったからか、久しぶりに食べた食事は美味しかった。まあ、僕は羅刹だから普通の人間の食事を食べたところであまりお腹が膨れるような感じにはならない。
美味しいけどなんというか……例えるのなら、味のある靄を食べているようなものだった。味わえても腹は膨れない。
元々、常にそんな感じではあったからそれが辛いとかではないけど。
「どうだ、こんな見事な宴など招かれた事などないだろう!」
「こんな事……初めてです」
「そうであろうそうであろう、わし様の友になればもっとお前の人生を面白くしてやるぞ!」
それは宴というものに招かれた事が……という意味でもあったが、何よりも誰かに求められたりだとか、誰かと何かをするだとか、そういった集団に属すかのような行動を僕が今取っている事にもかかっている。
友になれだなんて初めて言われた。
僕は羅刹という集団において外れ値で、誰かから求められたりだとか、あるいはもてなされたりだとか、そういう事は無かったから。
だから、こういう事をしてくれたのはドゥリーヨダナが初めてだった。
初めてだけど、楽しかった。
出された料理を残すのはよくないので残さず食べた。
食べたところでお腹は膨れないけど、楽しかった。のだと、僕は思う。
何分初めて過ぎて、自分で自分の事もあまり分かってない。
だけど、僕にとってドゥリーヨダナは初めて楽しい事をしてくれた相手だった。
こうして僕は、ドゥリーヨダナの傍に居る事になった。
友達になった。
これは後々に知った話だけど、そもそもどうして僕は唐突にドゥリーヨダナの元に招かれたかと言うと……彼がご執心の従兄弟であるパーンダヴァへの対抗心だという。
ドゥリーヨダナは従兄弟のパーンダヴァの五王子と折り合いが悪いらしいが、ビーマが羅刹を手なずけたという話を聞きそれなら自分だって同じことができる!と対抗心を燃やしたからだという。
もっとも、周囲の人間は不用意に羅刹を手元におくなど!と諫めたがどうしても譲らなかった。
そんな折、人を食べない羅刹が居るという僕の噂を聞きつけ「どうせ止められないのなら、少しでも安全な羅刹を」という事で僕が招かれたらしい。
人を食べられないのではないか、と疑われた僕の噂が巡り巡ってこんな縁に結ばれるなんて世の中は分からないものだ。
そんな下心ありありの経緯だったけど、僕としてはそれも運命だと思った。
なるようになったという話。
脳みそ焼かれてるようでそこまで焼かれてない、普通にわし様を友達として大好きな羅刹