「おう、ビーマだ、よろしくな。
いや、最初ぐらいはきちんとしねぇと駄目か?兄弟たちが見てるかもしれんしな。
…私はパーンダヴァ五王子の一人にして風神の子、ビーマ。貴殿の力となるべく参上した。以後よろしく頼む。…なーんてな。さて、なんか食うか?」
おーいマスター、カルデア内の案内とサーヴァントの紹介ありがとな!
事前に聞いてたとは言え、生前の知り合いと顔合わせになるとなんだか不思議な気分になるな。
アルジュナのやつは元気そうで良かったぜ、マスターの人柄が良いからだろうな。
カルナとアシュヴァッターマンも居たのには驚いたけどな、まあこんな状況だ。
争ったりは余程の事が無い限りしないよう、俺も気を付けるさ。
……ドゥリーヨダナの奴は俺と少しの差でここに来たんだな、まさかそれだけで先輩面してくるとは思わなんだが。
しかしまあ、ここにはあのエラッタも居るとは……カルデアも中々に闇鍋だな。
女性の姿って事は、俺らがあいつを討伐した時のあの逸話あたりがベースになってんだろな。あの女の姿には見覚えがある。
……。
ん?ビーマはエラッタについて何か言わないのか、だと?
ああ、先に来た奴らは言及したのか?エラッタの事を。
……あいつも大概おかしな奴ではあるし物騒な逸話持ってるしなあ。
俺も羅刹については博士様って程じゃないにしても多少は詳しいつもりだ。
その上で言うのなら、少なくとも今はある程度折り合い付けて生活してるってんなら特別に何か言う程でもねえよ。元は大人しい気質だしな、あいつ。
……そうか、そうやって今エラッタがあれるのはマスターの歩みのおかげだ。
ハハッ、まあそれでももしあいつが問題を起こしたら俺に言え、二つ折りにしてやるから。
しかしまあ、そうなるとドゥリーヨダナの奴がマスターと話した後にあんな風になってたのは……はぁ、あいつも面倒な性分だからな。
……いや、マスターは気にしなくてもいい事だ、ありゃ。ドゥリーヨダナ自身が抱えて考えたりした方がいい事だからな。
ビーマは羅刹に関しては少しばかり他の兄弟と比べても接点が多い。
ヒディンバーという羅刹を娶った事もだし、それとは逆に羅刹退治の逸話も多い。
それ自体はビーマが歴戦の戦士であるが故にそういった沙汰が回って来やすい事を背景としたただの偶然みたいなモノだろうが、ただの偶然だとしてもそういった接点が多くあったが故に少しばかり羅刹については他の者よりも詳しかったりする。
そのビーマをして滅茶苦茶だと思わされた、戦場の死体という死体を弔えぬ程に綺麗に食らいつくしたエラッタという怪物。
戦後に戦場をよく見れば、何もそこには無かったのは忘れられぬ程に怖気が走った思い出だ。
今まで見てきた羅刹と比べても底なしの食欲がそこから伺い知れたし、そんなヤバい羅刹が今の今まで潜んでいて今もなお逃亡しているという事にもだ。
だが怖気が走ったという思い出だけで済まされないのは、自分たちの息子の死体もエラッタに食い尽くされているので弔えない。
弔えなければ死後の安寧を導けない。
だから早くに捕まえなくてはとあっちへこっちへとビーマやその兄弟、そしてその臣下は戦後様々な事が混乱の最中であったが奔走していた。
その奔走の最中、ふと思い出す。確か、エラッタという羅刹の男の顔を見た覚えがあったなと……。
大した話ではないドゥリーヨダナの宮殿に赴いた際に、少しばかり見かけた程度だ。
一対一で話した事も無い。
ただ、その遠目で見てもほとんど人間と見分けがつかない程度であったし、羅刹らしさというものは見られなかった。
だからこそ、今回こんな事が起きたのが信じられない。
……いや、ドゥリーヨダナ達は大した悪党だったがその悪党を騙しきるレベルの悪党であったのかもしれないなと、改めてエラッタへの警戒レベルを引き上げた。
しかしそれでも中々見つからなかった為、しびれを切らしてサハデーヴァが自分が囮になると言い出して、危険だと言い募ったがもう方法も思いつかなかったのでそれに賭けた。
結論から言うとおびき寄せることができたのだが、その見た目があまりにも普通の女で羅刹らしさが無かった為ビーマも困惑しながらとにかく話を聞くためにその細い腕をつかんだ。
その瞬間、ビーマの手を力づくで振りほどいた。怪力無双で知られるビーマに対して、力づくで、だ。
……この瞬間、ビーマは恐ろしく思った。
今こうしてその人外の膂力を目の当たりにするまで、ただの人間が何かしらの間違いで迷い込んだだけだと思い込んでしまった自分に。
こいつはダメだ、絶対に逃がしてはならない。
散々に人の死体を食べつくしたせいか、兄弟総出であったというのに追い詰めるのに苦労させられた。あくまでエラッタは逃げるのに徹してたというのにだ。
「あなたを焼く前に一つ聞きたい事がある」
「んぇ……なんですか」
「……私達からすればドゥリーヨダナを始めとしたあの人たちは敵でした。悪でした。でも、あなたからすれば親しい友人であったと聞いています。違いありませんね?」
「はい。僕の……初めての友達でした。ドゥリーヨダナは」
アルジュナが問いかける、それはビーマも知りたかった事の一つだ。
どうして?
「ならばなぜ、死体を貪ったのです。ああされては弔えません、死後の安寧も得られません。何故あなたはそれを行ったのですか?」
エラッタはドゥリーヨダナの友だと言う。
……ビーマからしたらドゥリーヨダナは幼いころの付き合いではあるが散々に煮え湯を飲まされた相手であり戦争を招いた元凶であり、色々な複雑な感情はありつつもまさか死後をこんな形で汚されるのなら流石に思うところはある。
しかも友とも呼んだ羅刹の手によって、ともなれば。
誰もがこの一連の事件に対して「どうして?」を抱かざるを得なかった、それはビーマも例外ではない。
「……?だって、死んだらただの肉でしょう?死体は、友達だったただの肉です。死んだあとも何も……それはただの、残りモノでしょう。骰子を振るように、偶然は僕にそれをさせてくれた」
なんてことはないという風にそう言い切った顔を見て、恐ろしさと同時に不気味さが這い出てきた。
ビーマは羅刹の嫁が居るし、そして先の大戦で戦死してしまったが半人半鬼のガトートカチャという息子も居る。
彼らもまた人食いの性を持つが、仮に自分が死んだなら嫁と息子は己の死体をなんてことはなく死んだらただの肉と食らう事はあるだろうか?
……いや、違うだろうよ。
他の相手ならまだしも、情のある相手ならば決してそんな風にはならないはずだ。
きっと嘆き悲しむだろうことはビーマには分かっていた。
だからこそ不気味で、まともな人間らしさのガワを被った羅刹よりも悍ましい者に見えていた。
きっとコイツの人と寄り添う交じり合う姿勢は嘘ではない。
ドゥリーヨダナが得意とするような人を誘導するための道具だとか、そういう訳ではない。
だがそれとは別に羅刹らしさは残っており、しかもそれがまるで影響しあわない独立したものとしてあるからこんな異様な精神状態になってるのだろう……。
「羅刹であり、羅刹よりも悍ましい者め」
ビーマはそうエラッタを呼んだ、皮肉な事にこれが契機となりエラッタは後の世に伝わる悪名を授かる事となる。
それ故、座にも刻まれた。
だから、カルデアにも召喚された。
ビーマはこうして生前の思いを振り返えりながら、今目の前でマスターとドゥリーヨダナが会話をしている様子をこっそり伺っていた。
どうも自分よりほんの少しの差でドゥリーヨダナが先にカルデアに着ていたようで自分とは入れ違いになるような形でカルデア内の案内や紹介が終わり、それでマスターと話していたようだった。
そして、こちらで聞いているビーマにも気づかずマスターと何か話しているようだったがその内容はエラッタについてだったらしい。
……話を聞いている限り、どうもエラッタはカルデアでは色々とあの厄介な性質に折り合いを付けながらやっていけてるらしい。
こんな状況下だ、息子をことごとく食われたとは言え一応後始末はついたし全て終わった後となった今で今更エラッタの行いをどうこう言う事をビーマはしない。
だが、もし今カルデアにおいても何か問題を起こすのならその限りではないが……まあ、聞いてる限り大丈夫ではないかとビーマはあたりをつけた。
何も決して投げやりな感想ではなく、そもそもエラッタ当人は異常な精神構造ではあるがそれでも素直で大人しい気質であるのも確かだ。
なので、マスターとエラッタの間に絆があってかつ逸話を知っているのならそこに突っ込んだ話をすることで何かしらの落としどころをつけさせたりすることは決して不可能な話ではないとビーマは思っている。
それに、カルデアも数奇な戦いを繰り返してきたようだから何か特別なめぐり合いをきっかけに生前とは違った何かを得たとしたってそれはおかしくない。
マスターが居たから、カルデアだったから、羅刹であり羅刹より悍ましき者から少し離れた可能性はあり得る。
……だが、まあ、こういった状況ともなればむしろ気になるのはドゥリーヨダナがそれをどう思うかについてだ。
では何故、自分の時にそう変わってくれなかったのかだとか思っているのかもしれない。
ドゥリーヨダナとカルデアのマスターの差はなんてことはない、単純な差だ。
エラッタの本質を知っていたかどうか、その差だろう。
カルデアに召喚されたというのならある程度逸話のチェックはされていただろうから、そのあたりを最初から分かっていた上での交流になるからそもそも前提が違う。
その上で、もしドゥリーヨダナも一介の愛玩動物的扱いからもっと突っ込んだところにまで手を伸ばせばもしかしたら違う結末もあったかもしれないが……今となってはどうしようもない事だし、確かめようが無い。
元々、あの人間的な挙動のせいで深い所にまで知ろうとは誰もしなかっただろうから。
しかしながら、今更なタイミングでもっと違う道があったかもしれない事を目の前に例示を持って示されるドゥリーヨダナも大概な目に逢ったもんだと、因縁こそあれどビーマはふと思った。
ドゥリーヨダナは大概な悪党ではあったが、こういった裏切りと言うべきか……本質的には裏切りともまた違うだろうが、便宜上そう定義するならばそういった事柄にはあまり耐性が無い。
あんなんでも、あんな男を愛してしまう者には愛されていたし同じように愛を返していたのだからドゥリーヨダナは。
エラッタの事も同じようにそう対応してたし、同じように返されるだろうとドゥリーヨダナはきっと思っていた。だがそれは、怪物性により壊された。
……でも、その怪物性により惨事は避けられるものだとしたら?そしてそれを今になって知らされたとしたら?
ビーマは初めて、ドゥリーヨダナの事を憐れに思った。
「……お前、エラッタか?」
「あっ、ビーマ?久しぶりー、焼かれた時ぶりだね」
「返しにくい事を言うなお前、まあそうだけどよ」
「アルジュナも居るよここには、もう会ったの?」
「会ってきたぜ、元気そうだったしマスターの人柄が良いんだろうな」
「……ふふ、マスターは良い人だよ、本当に」
「!」
「とにかく、同じマスターの元に居るんだし生前色々あったけど……とりあえずここでは何もしないように、ね?」
「分かってるさ。そういや、ドゥリーヨダナもここに居るのか?」
「ビーマとは少しの差で先に来てたよ!本当に十分も差が無いくらいじゃないかな?」
「……お前はもう会ったのか、ドゥリーヨダナに」
「カルナとアシュヴァッターマンと話してるのは見かけたんだけど、僕を見かけたら慌ててどっか行っちゃった」
「あー……」
何かが変わったらしい羅刹のエラッタを見て、カルデアとそのマスターは中々どうしてとんでもない場所なのかもしれないなと、いい意味で更に見直す事にした。
何もかもが終わった後だ、だったら少しでも良い方向に向かうかもしれないのならそれを受け入れよう。