「まったく……昨日は酷い目に遭った」
執務室の机に突っ伏し、春瀬が呻く。
「憲兵たちめ、俺が覗き魔だと決めてかかって。少しはこっちの話も聞けよな。無事に釈放されたからいいものの……」
精神的疲労のせいか、春瀬の顔は青い。そんな春瀬を気遣って、電が緑茶を淹れてくれる。
「司令官さん、お茶なのです」
「すまん。電」
電が置いた湯呑みを手に取り、春瀬はそれを一口飲む。
「それにしても、よく一日で戻ってこれたねー。話を聞いた時には、数日は提督不在になるかと思ったよ」
鎮守府内の酒保――売店で買ってきた菓子を頬張りながら、水色の髪の少女が言う。最上型重巡洋艦三番艦、鈴谷。彼女も、春瀬の麾下の艦娘の一人である。
「私も、司令官さんがどうなるか心配だったのです。それにしても、憲兵さんたちも無茶苦茶なのです。デュエルに負けたら営倉入りだなんて……」
「それを受ける提督も提督だけどね。負けたらどうするつもりだったの?」
「あー、それは考えてなかったな」
「えぇっ!?」
春瀬の答えに電は持っていた茶盆を落としそうになる。
「まあ、そのあと明石さんも憲兵隊に俺の無実を証言してくれたそうだから、万が一負けてたとしても大丈夫だったはずだ」
「明石さんが、ですか?」
「あの時、俺たちと一緒にドック裏に行くのを誰かが見てたみたいで、参考人として呼ばれたらしい。明石さんは事情聴取で憲兵の誤解を解いてくれただけでなく、デュエルディスクも自分が開発を依頼したことにしてくれたそうだ」
「え? でも、あのデュエルディスクは司令官さんが……」
「そう。実際に工廠妖精さんに開発を依頼し、作らせたのは俺だ。しかしそれを、明石さんは自分が新商品として開発したと証言したそうだ。俺が開発依頼を出していたのは、仕事が忙しいから俺に手続きを代行してもらっていた、とね」
「司令官さんをかばってくれたのですか?」
「それもあるかもしれないが、それだけではないと思う。デュエルを見終わった後で『これは売れる』みたいなことを言ってたから、新しい商売のタネを失いたくなかったというのもあるんだろう」
「純粋に司令官さんのためではないんですね……」
「まあ、あの状況で助け船を出してもらえただけでも十分ありがたいさ。正直、デュエルディスクの件は言い訳が難しかったし。かなり助かった」
「てことは、今回の問題は一件落着?」
「ああ」
鈴谷の問いに春瀬は頷く。
「よかったのです……。あとで、明石さんにお礼をしに行かないといけませんね」
安堵の息を吐き、電は胸を撫で下ろす。
「あとは、広がった噂をどうやって処理するかだねー。今は鎮守府中が提督の覗き疑惑でもちきりだもん」
「鈴谷……せっかく前向きになりかけたところを挫くのはやめてくれ」
「と、とにかく! 司令官さんがすぐに帰ってこれてよかったのです!」
その場を取り繕うように言った電に、ちゃぶ台で雷とデュエルしていた暁が同意する。
「そうね。私も司令官がずっといないと寂し……じゃなくて、任務に支障が出るから心配だったわ!」
「暁、本音が漏れてるわよ。はい、ホープでアメジスト・キャットを攻撃して私の勝ち」
「ああっ、よそ見してる間に!? ちょっと待って、私のフィールドには伏せカードがあったんだから!」
「私が伏せてたのは『魔宮の賄賂』だったから、なにを発動してもどっちみち私の勝ちよ。これで私の三連勝。約束通り、あとで間宮さんのアイスおごってもらうからね」
「うぅ……」
悔しげな表情で拳を握る暁。その横から、鈴谷が顔を覗かせる。
「そういえば、さっきから二人して何やってんの?」
「デュエルモンスターズよ」
「何それ?」
「それはね――」
雷が説明しようとした時、執務室の扉が開き、二人の艦娘が入室した。
一人は、頭の左右にネコミミのような艤装をつけた艦娘。もう一人は、頭上に天使の輪のような艤装を浮かべている。
「天龍さん、龍田さん。おかえりなさい」
二人の姿を認めた電が出迎えの言葉をかける。「おう」とそれに答えたネコミミ艤装の艦娘――天龍は、春瀬の顔を見て報告する。
「敵のはぐれ駆逐艦の迎撃、終わったぜ。まったく、このくらいオレ一人で十分だってのに。なんで龍田もつけたんだよ」
「念のため、だ。万が一、はぐれ艦が敵の囮だった時、単艦だと厳しい。龍田もいれば撤退するのも少しは楽になる」
「たとえそうでも、オレ一人で大丈夫だっつーの」
春瀬の言葉に、天龍は強気な返事をする。それを聞いたもう一人――龍田は、泣きそうな顔で天龍を見る。
「ぐすっ。天龍ちゃんは、私がいると足手まとい?」
「なっ……べ、別にそうは言ってねーよ。提督がオレの実力を分かってないから、ああ言っただけで、お前が足手まといってわけじゃ……えっと……」
龍田の泣き顔に不意打ちを食らった様子で、天龍は狼狽する。春瀬からは、その様子を盗み見て微笑む龍田の顔が見える。
「ああ、もう! まずは補給を済ませるぞ。こい!」
泣いている(ふりをする)龍田の手を引っ張り、天龍は部屋を出ようとする。しかし、その途中で足を止める。
「ん……?」
天龍が目を向けたのは、ちゃぶ台の上に散らばったカード。それを見た鈴谷が「天龍も気になる?」と反応する。
「これね、デュエルモンスターズって名前のゲームなんだって」
「なんだそりゃ?」
「さあ? 私もまだ名前しか知らないから分かんない」
「ふーん」
「気になるなら聞いてみたら~?」
「おわっ。龍田、お前泣いてたんじゃなかったのかよ?」
「天龍ちゃんの顔を見てたら、元気が出てきたから大丈夫」
「けど、オレたちはこれから補給……」
「それなら、補給を済ませてから聞きましょ? 私も少し興味あるし」
「おい、オレは別に気になるなんて」
否定する天龍の言葉を遮るように、龍田は天龍の背を押していく。ものの数分で二人が部屋に戻ってくると、龍田はちゃぶ台の横に座って雷を促した。
「お待たせ~。それじゃあ、雷ちゃん。そのゲームのこと、教えてくれる?」
「いいわよ」
龍田、天龍、鈴谷を前に、雷がデュエルモンスターズの説明を始める。まずはカードの種類を教え、ゲームの流れや各種の召喚方法などを実際のカードを見せながら教えていく。時折、響たちや春瀬が彼女の説明に補足を加える。
「――とまあ、こんなところかしら。司令官の受け売りだけど、使いたいカードや戦術を決めるとデッキが作りやすいから、もし龍田さんたちもデッキを組むなら試してみるといいわ」
「なるほどな。だいたいの内容は分かった。ありがとな、雷」
「あれ、天龍ちゃん。デッキ組まないの?」
腰を上げた天龍に、龍田が尋ねる。
「遠慮しとく。今さら、ガキの遊びをするつもりはない」
「そう? 面白そうだけど」
「お前はやりたきゃ、やってていいぞ。とにかく、オレはやらな――」
立ち去ろうとした天龍の視界の端に、一枚のカードが映る。それに目をとめた天龍は、踏みだそうとしていた足を止め、そのカードを手に取った。
「これは……」
天龍の手にあるのは、黒色の枠を持つカード。イラスト欄には、白と金の鎧で身を固めた戦士が今まさに剣を振り下ろす瞬間が描かれている。
「希望皇ホープ。私が使ってるモンスターの一体よ」
カードを見る天龍に、雷がその名を伝える。
「強いのか?」
「うん。最強ってほどじゃないけど、使い勝手がよくて便利なの」
「それだけじゃないぞ」と春瀬がつけ加える。
「そのカード……ホープには、幾つもの進化形態がある。二刀流、三刀流、果てはドラゴンにまで。一つのカードからそれだけ多くの姿に進化できるのは、そいつくらいだ」
「ふーん……」
相槌を打ちつつ、天龍はホープのカードをじっと見つめる。そんな彼女の横から、龍田が声をかける。
「天龍ちゃん。もしかして、そのカード気に入った?」
「んなっ!?」
ぎょっとした天龍は、カードを慌ててちゃぶ台に置いて首を振る。
「ば、バカ言え! さっきも言ったろ。子供じゃあるまいし、今さらカードゲームなんてやらねえよ」
「でも、いま熱心に雷ちゃんのカード見てなかった?」
「見てない。お前の見間違いだ」
「そうかしら?」
「しつこい! 見てないったら、見てねえんだ!」
天龍と龍田のやり取りを、春瀬は机越しに見つめる。そして、不意に「龍田」と声をかけた。
「悪いが、これから買い物につき合ってくれないか?」
「お買い物……?」
突然の誘いに龍田は怪訝な顔をする。が、すぐに何かを理解した様子で快く頷いた。
「えぇ。いいですよ~」
「司令官さん。買い物なら、秘書艦の私が……」
「ありがとう。けど、今回は電は留守番だ。普段から秘書艦の仕事を頑張ってもらってるし、昨日は心配かけたからな。せめて、俺たちが買い物に行ってる間はゆっくりしておくといい」
「ねえ、提督。鈴谷ちゃんも一緒に来てもらったらいいと思うんだけど、どうかしら?」
龍田が春瀬に提案する。春瀬は即座に頷き、鈴谷にも声をかける。
「そうだな。鈴谷、お前も一緒に来てくれ」
「えぇー。どうせ荷物持ちさせる気でしょ」
「あとで間宮さんのアイス奢ってやるぞ」
「ううむ……そう言われると、心が揺れるねぇ。……分かった、提督につき合ってあげる」
立ち上がった鈴谷を連れ、春瀬と龍田はさっそく買い物へ出発する。
「と、いうわけで。これから買い物に行ってくる。二、三時間は戻らないだろうから、
「おい、ちょっと待て――」
「では、行ってくる」
天龍の制止を無視し、春瀬は執務室を出る。残された天龍は深い溜息をついて部屋を見回した。
「ったく、何なんだよいきなり……。暇つぶししろっつわれても、何時間も間が保つものなんて……」
執務室内にあるものは、春瀬の執務机に、各種書類を収めた書棚、部屋の中央のちゃぶ台、電が書いた掛け軸、そして……壁際に箱詰めされたカードの山。それが、室内にあるものの全てだ。
「二、三時間かあ……どうやって暇をつぶそうかしら。みんなで昼寝でもする?」
「昼寝なんてもったいないわよ。一人前のレディーなら、もっと有意義に時間を使わないと」
「たとえば?」
「えっ? えっと……」
天龍と同様に、暁たちも春瀬がいない間の過ごし方について悩んでいるようだった。そんな彼女たちに天龍が話しかけようとした時、響がおもむろに口を開いた。
「みんな。デュエルはどうだい?」
「デュエル?」
鸚鵡返しに訊く雷に、響は「うん」と頷く。
「私たちは、まだ数えるほどしかデュエルの経験がない。この空き時間を使って、練習試合をするのはどうかな?」
「そうね。繰り返しデュエルすれば、デッキの問題点も見つけられるし。賛成よ」
「司令官さんが出かけてる間に特訓して、帰ってきたらびっくりさせるのです!」
「デッキを強化したら、今度こそ響に勝つんだから!」
あれよあれよという間にデュエルの流れとなり、四人は二組に別れる。一組はちゃぶ台、もう一組は床の上にデッキを置き、デュエルを始める。
「炎王炎環を発動。来い、ガルドニクス!」
「速攻魔法、地獄の暴走召喚! 電池メン単三型を特殊召喚なのです!」
「いっけぇ、レインボー・ドラゴン!」
「残念、オネスト発動よ!」
完全に蚊帳の外となった天龍をよそに、四人はデュエルに興じる。楽しげな声が部屋に響く中、天龍は四人を見て、視線を外し、再び四人を見る。そして――
◆◇◆◇
「戻ったぞー」
数時間後。予告した通りの時間を買い物に費やし、鎮守府に帰ってきた春瀬たちが見たものは、
「とどめだ、ホープで電にダイレクトアタック! ホープ剣・スラッシュ!!」
「はにゃああっ!」
「よっしゃあ! これで四人抜き達成だぜ!」
「……楽しそうだな、天龍」
「はっ!?」
春瀬の声を聞き、ガッツポーズをしていた天龍の顔が青ざめる。
「て、提督!? いつの間に帰ってたんだよ!?」
「たった今だが……。それにしても、随分と賑やかにやってたな」
「天龍ちゃんも、やっぱりデュエル始めたんだ~」
「いやっ、違う!」
手を顔の前で激しく振り、天龍は龍田の言葉を否定する。
「これはだな、えっと……そう! 他にやることもなかったし、ガキどものお守りをするには同じ遊びにつき合った方がいいと思って――」
どうにかその場を取り繕おうと言葉を並べる天龍。しかし、
「それなら、私とデュエルしようよ~」
天龍の手を握り、龍田が言う。天龍は思わず「は……?」と龍田を見つめる。
「デュエルって。お前、デッキ持ってないだろ?」
「実はね。お買い物の途中で提督にカードを買ってもらって、私もデッキを作ったの。そうしたら、天龍ちゃんも私が出かけてる間にデッキを作ってたなんて。偶然ねぇ」
天龍に発言の隙を与えず、龍田はその腕を引いて戸口へと誘導する。
「天龍ちゃんはデュエルしないと思ってたから、私、嬉しいなぁ。せっかくだから、私とデュエルしよう? 提督が明石さんに作ってもらったデュエルディスクも使って」
「お、おい……!」
「提督、デュエルディスクを使ってもいいですか?」
「ああ。ただ、室内は狭いから使うなら外でな」
「はーい。さあ天龍ちゃん、行きましょ~」
「ちょっと待て! オレはまだ、お前とデュエルするとは……」
龍田に牽引され、ずるずると天龍が部屋から引っ張り出される。その後に春瀬たちも続いていく。
「ん、鈴谷は留守番か?」
部屋を出ようとした春瀬は、室内で動く気配のない鈴谷を見て尋ねる。
「うん。鈴谷は部屋でくつろいでるよ」
「そうか。もし俺の留守中に何かあったら呼んでくれ」
「はいはーい」
鈴谷に見送られた春瀬は、先に廊下に出ていた電たちと一緒に龍田のあとを追う。龍田を先頭とする一行は、二度目の屋外デュエルのために庁舎の外へと向かった。
電「と、いうわけで。前回の予告でお話しした新しいデュエリストは、天龍さんと龍田さんだったのです」
雷「もしかしたら、読者さんの中には、誰が出てくるか予想してた人もいるかもしれないわね。予想は当たったかしら?」
暁「龍田さんは、どんなデッキを使うのかしら? 天龍さんのデッキは、司令官が出かけてる間にデュエルしてるから知ってるけど」
響「確かに、気になるね。ああ、それから。今回は作者から読者の皆さんにお知らせがあるそうだよ」
雷「なにかしら。やっぱり毎週更新は厳しかった、とか?」
響「幸い、それではないよ。本文の表記を少し変えたことの報告らしい」
電「どう変えたのですか?」
響「作者によると、これまでカード名には【】を、チェーン順序の表示には《》を使っていたけれど、今回からそれを逆にする……と。これまでに投稿している話も、すべて置き換えを完了しているとのことだよ」
暁「……なんか、すごくどうでもいい報告ね」
響「それは否定できない……。あと、他にもいろいろと第一話のあとがきに追記したらしいから、気になる人は確認してください、って」
雷「そこまで気にしてくれている人っているのかしら……? うちの作者、細かすぎない?」
電「ね、念を入れているのですよ。きっと」
響「ここは、作者のためにもそういうことにしておこう。……さて、これ以上続けると冗長になるから、そろそろ終わりにしないとね」
暁「予告は暁に任せなさい! 次回は天龍さんと龍田さんの姉妹対決よ。二人が使うデッキは……? 次回『剛と柔』。デュエル・スタンバイ!」