鎮守府決斗録   作:石田零

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艦これ二周年だというのに、どうして暁型には記念ボイスが一つもないのだ! 答えろ、答えて見ろルドガー!
嫁艦に記念ボイスがなくて、さらば友よ虚空に散る想いな感じの電提督です。きっとこれもドン・サウザントってやつの仕業なんだ……。

まぁ、二周年はおめでたいので素直に嬉しいんですけどね。当初はまさかこれほどヒットするとは思わなかった……。
それでは、本編をお楽しみください。


21 逡巡

「ただいま、司令官。暁と響、D型艦の迎撃から帰投したわ」

 

 執務室の扉を開け、暁が部屋に入ってくる。書類仕事をしていた春瀬は、顔を上げて二人を出迎えた。

 

「お帰り。二人とも、怪我はないか?」

 

「ちょっとダメージは受けたけど、このくらい掠り傷よ。合わせて1000ポイントにもなってないし」

 

「私は随伴の敵通常艦と戦闘したけど無傷だよ。被弾、至近弾ともになし」

 

「二人ともお疲れ。一応、暁はドックで休んでこい」

 

「はーい」

 

 答えた暁は、左腕に装着していたデュエルディスク(・・・・・・・・)を外し、部屋を出ていく。

 

「そういえば、天龍さんと龍田さんは? 私たちが出撃する時にはいたはずだけど」

 

 ちゃぶ台の近くに座りながら、響が尋ねる。

 

「あの二人もD型艦の迎撃よ。あなたたちが出ていったあとに、また出現の報告があったの」

 

「そうか……。やはり、徐々に出現頻度も増えてきているね」

 

 雷の答えを聞いた響は、顎に手を当てて呟いた。

 D型艦――それは、新たに出現した深海棲艦に対してつけられた呼び名だ。

 D型艦の外見は、通常の深海棲艦と変わらない。また、駆逐艦から戦艦まであらゆる艦種が存在しており、艦種によって見分けることもできない。

 しかし、外見は同じでも通常の深海棲艦とD型艦の間には、確たる違いがある。それは、D型艦は一切の砲撃、爆撃、雷撃を受けつけず、デュエルによってのみ撃沈できるということだ。「D」の名は、「デュエル(Duel)」の頭文字に由来する。

 先日の駆逐イ級の来襲以来、鎮守府近海ではこのD型艦の出現が相次いで報告されるようになっていた。そのため、鎮守府でもっともデュエル経験のある艦娘として、響たちは対D型艦の専門部隊に任じられ、D型艦の出現報告に応じて緊急出撃する日々を送っていた。

 

「そうね。……あ、そうだ響。よかったら、今から私とデュエルしてくれない? 次は私が迎撃担当だから、腕慣らししときたいの」

 

「いいよ。デュエルディスクも使うかい?」

 

「ううん。ここでいいわ」

 

「分かった。じゃあ、さっそく始めるとしよう」

 

 雷と響がちゃぶ台の上にカードを広げていく。と、二人と同じように床に座っていた電が立ち上がる。

 

「えっと、電はちょっとお散歩に行ってくるのです」

 

「あら、そう?」

 

「ん、いってらっしゃい」

 

「いってきますなのです」

 

 小走りで扉に向かい、電は外へ出る。その数分後、入渠していた暁が執務室へと戻ってきた。

 

「ただいまー。あれ、電は?」

 

「電なら、散歩に行ったよ」

 

「どうしてまた急に……って、ああ」

 

 首を傾げた暁は、ちゃぶ台の上にあるものを見て合点がいった顔をする。

 

「またいつものね。もう、二人とも分かってるんだから、わざわざ電の前でデュエルしちゃダメじゃない」

 

「それはそうなんだけど、デュエルしたい気持ちを抑えられなくて……」

 

 暁の言葉に、雷が言い訳気味に答える。

 

「それならそうで、外でやるとか方法はあるでしょ」

 

「でも、そうすると今度は、私たちに気を遣わせてしまったと思うだろうから……難しいところだね」

 

「あの子は優しいからねえ……。私たちは姉妹なんだから、そこまで気を遣わなくてもいいのに」

 

 末妹の顔を思い浮かべ、暁は溜息を漏らす。

 

「かれこれ一週間、ずっとあの調子よね……。心配だわ」

 

「無理もないよ。この間のデュエルを、間近で見たんだから」

 

 妹を案じる雷に響が言葉をかける。

 

「遊びだと思っていたゲームが、突然命懸けの戦いになったんだ。ショックを受けるのは当然さ」

 

 先日発生した、駆逐イ級の鎮守府単艦襲撃。この事件は、D型艦出現事例の一番目となっただけでなく、トラック泊地に籍を置くすべての者に巨大な衝撃を与えた。

 たった一隻の駆逐艦に懐まで攻め込まれる――そのことも十分に衝撃的だったが、何よりも人々を驚かせたのは、敵艦にまつわる様々な信じがたい現象だった。

 D型艦に通常の攻撃手段が無力であることは、既に述べた通りである。しかし、それと同じく、あるいはそれ以上に人々を驚愕させたことがあった。それはD型艦とのデュエル中に確認された現象――デュエルでのダメージが、実際に発生するという現象である。

 デュエルディスクを使用したデュエルでも、多少の衝撃は発生する。しかし、それは人間や艦娘を負傷させるほどのものではない。トラック泊地では多数の艦娘がデュエルディスクを使用したデュエルをおこなっているが、デュエル中の負傷報告はこれまで一例もない。いわんや、デュエルの敗北によって命を失うことなど、考えられたことさえなかった。

 しかしその常識は、響がもたらした報告によって打ち砕かれた。デュエルとはあくまで娯楽の一つ、勝っても負けても楽しいもの――その認識をこれまで当然のものとしてきた彼女たちにとって、この一件はまさに青天の霹靂であった。

 

「あの事件から約一週間……。電を含めて、鎮守府にはまだ心の整理のついていない艦娘が大勢いる。しばらく、この状態は続くだろうね」

 

「そう言う響は、随分と冷静ね」

 

 感心した様子の雷に、響は首を振って答える。

 

「表に出してないだけさ。本音を言えば、命を懸けたデュエルなんて御免だよ。でも、D型艦に対抗できるのは、デュエルができる艦娘だけ。それなら、私たちが戦うしかない」

 

「雷はどう思ってるの?」

 

 雷の横に座りつつ、暁が尋ねる。

 

「響と同じ。正直ショックだし、こんなことがあるなんていまだに信じられないけど……私たちの他にいないのなら、やるしかないわ」

 

 答えた雷は、「暁は?」と問い返す。

 

「あなたたちと一緒。本当は怖いけど、やるしかないもの」

 

「へぇ……」

 

「ほう……」

 

 暁の返事を聞いた二人は、揃って感嘆の声を漏らす。

 

「な、なによ?」

 

「いや、なんとうか……意外だなぁって」

 

「うん。もっと見栄を張ると思ってた」

 

「一人前のレディーがそんなことするわけないでしょ! 失礼しちゃうわ、もう!」

 

 ぷんすか、と暁は頬を膨らませる。

 

「ごめん、ごめん」

 

「まったく、雷も響も……。まぁともあれ、電もこのことは分かっていると思うわ。ただ、さっき響が言ったように、まだ心の整理がついていないだけなのよ」

 

「心配ねぇ……」

 

「大丈夫よ。なんてったって、私たちの妹なんだから」

 

「暁の言う通り。だから私は、電が自分で答えを見つけるまで待っているつもりさ」

 

「ええ。暁もそのつもりよ」

 

「やれやれ……お姉ちゃんも大変ね」

 

 二人の言葉に、雷は微苦笑を浮かべる。

 

「そうよ。特に、長女は一番大変なんだから。雷の妹は電一人だけど、私はあなたたち三人が妹になるもの」

 

「あとは、妹のような姉をもつ妹もけっこう大変だよ」

 

「ちょっと、響! それどういう意味!?」

 

 深刻な空気から一転、暁たちはわいわいと騒ぎ始める。吼える暁を響と雷がなだめる、いつもの光景だ。

 

「……でも確かに。電のこと、気にはなるわよねえ」

 

 騒ぎが一段落したところで、話がもとに戻る。しかし、彼女たちの方針は先ほど自ら宣言した通りだ。

 

「電って、どことなく放っておけない雰囲気があるのよね。ああ見えて、しっかりした子なのは分かってるんだけど」

 

「だから、どうしても手を貸してあげたくなるのよ」

 

「ダメよ雷。あなたの気持ちはよく分かるけど、今回だけは私たちが手助けしちゃいけないわ。あの子が自分自身で答えを探し出さないと。そうしないと、意味がない」

 

「分かってるわ」

 

 そう言いつつも、雷の顔には電を案じる色が濃く浮かんでいる。口では彼女をたしなめている暁も、表情は同じだ。

 それを見て取った響は、一瞬考えを巡らせたあと口を開いた。

 

「そうだね。確かに、この件は私たちが手出しすべきものではない。だから――」

 

 響は、視線を右に――執務机に向かう春瀬へと向ける。

 

「私たち以外の人に、様子を見に行ってもらおう」

 

「えっ?」

 

 響の提案に、暁と雷、そして春瀬が驚きの声を上げる……が、前者二人はすぐに「いいわね」と同意した。

 

「いいアイデアね、響!」

 

「それ採用!」

 

「いや、ちょっと待ってくれ。三人とも、さっきまでこれは電本人が解決すべき問題だと言ってなかったか?」

 

「それはそうなんだけどね。けど司令官も、家族に相談できない問題を、友達の力を借りて解決した経験ってあるんじゃないかな? この件も、それと一緒さ」

 

「つまり、実の姉である響たちは駄目だが、そうでない俺なら手助けしていい、と……?」

 

「まぁ、そういうこと」

 

 それに、と響は春瀬を見つめる。

 

「司令官も、電のことが心配なんじゃないかい? 机の上の書類、さっきから全然片づいてないよ」

 

「提督~、バレバレだったねぇ」

 

 春瀬の隣で秘書艦業務中の鈴谷が、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「けど、今は課業の時間の真っただ中よ。非番の私たちはともかく、司令官が勝手に出歩いてたら長官に怒られちゃうわ」

 

「それは問題ない。鈴谷さん」

 

「ん、なあに?」

 

「確か、秘書艦には自分の判断で司令官に休憩を与える権限があったよね。根を詰めすぎて倒れる司令官が出ないようにって」

 

「うん。あとで上に詳しい報告書出さないといけないから、あまり使いたくないんだけどねー」

 

「悪いけど、それを使ってもらえないかな? どうやら、司令官は日頃の疲れが溜まって仕事の能率が落ちているみたいだ」

 

「フムン……なるほどねぇ」

 

 ニヤリと笑った鈴谷は、「いいよ」と頷く。

 

「いやー、提督の調子が悪いのを見落とすなんて、鈴谷もまだまだだね。響の言う通り、提督にはゆっくり『休憩』してもらいましょう」

 

「……と、いうことで。司令官」

 

 響が春瀬に微笑を向ける。その微笑の意味が分からない春瀬ではなかった。

 彼は鈴谷から休憩時間中を示す札を受け取ると、駆け足で「休憩」に出ていった。

 

◆◇◆◇

 

 暁たちが執務室で電のことを心配している頃。当の電は、鎮守府の敷地内を海岸沿いに歩いていた。

 視界を流れる海は、蒼い。蒼く穏やかな海面が、陽光を反射してきらきらと輝いている。普通ならば思わず笑みをこぼしたくなる綺麗な情景だが、それを眺める電の表情は優れない。

 彼女の脳裏をよぎるのは、先週の出来事。理解を超えた状況で突如として始まった、命懸けの戦い。その戦いが、あの凪いだ海面でおこなわれたとはとても信じられなかった。

 

「はぁ……」

 

 何とはなしに、電は溜息を吐く。と、どこからか不意に彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あれ、電?」

 

「はい?」

 

 自分と同年代の少女の声。電がきょろきょろと周りを見回すと、行く手に二人の少女の姿が見えた。

 

「陽炎ちゃんに、黒潮ちゃん」

 

 電に声をかけたのは、陽炎型駆逐艦一番艦の艦娘、陽炎だった。陽炎の横には、彼女の姉妹艦である黒潮もいる。

 

「二人とも、こんにちはなのです」

 

「電は非番?」

 

「はい」

 

「なら少し、話して行かへん? うちらもちょうど、話し相手が欲しかったとこなんや」

 

「そうですね。では、お言葉に甘えて」

 

 芝生に座る二人の隣に、電は腰を下ろす。その動作が終了するなり、黒潮が口を開いた。

 

「何かあったんか? えらい暗い顔しとったで」

 

「えっ?」

 

 唐突な指摘を受けた電は、目を丸くして黒潮を見る。

 

「私、そんなに分かりやすい顔してましたか……?」

 

「そりゃもう、完全に顔に出てたで。電の周りだけ夜みたいな暗さやったわ」

 

「はう!?」

 

「……電、今のは黒潮の冗談よ。でもまあ、曇り顔だったのは事実ね」

 

「そうですか……」

 

 視線を落とした電は、「でも」と二人の顔を見る。

 

「二人も、どこか浮かない顔をしているのです」

 

「あー……」

 

 電に言われて、陽炎と黒潮は顔を見合わせる。

 

「なにか悩み事でもあるのですか? 電でよければ相談に……って、さっきまで暗い顔してた私が言うのも変ですけど」

 

 電の申し出に、二人は思案顔をする。自分たちの抱えているものを話すかどうか、悩んでいる様子だった。

 

「陽炎、どないする?」

 

「うーん……」

 

 黒潮に意見を求められた陽炎は、腕組みをして考える。

 

「そうね……せっかくだから、電に話を聞いてもらいましょ。このことは、私たちだけじゃ結論が出そうになかったし。その代わり、私たちも電の相談に乗ってあげるのはどう?」

 

「あっ、それいい考えやな。そうしよ、そうしよ」

 

「というわけで、電。私たちの話を聞いてもらえるかしら。この話をあなたにするのは、少し気が引けるんだけど……」

 

「どうしてなのです?」

 

 首を傾げる電に、黒潮は「実はな……」と切り出す。

 

「うちら、デュエルやめようかって話しとったんや」

 

「えっ……?」

 

 電の様子を気まずそうに窺いつつ、陽炎と黒潮は言葉を続ける。

 

「電たちがデュエルしているのを見て私たちも始めたんだけど……D型艦が出てきてから、デュエルするのが怖くなって……。決して、デュエルが嫌いになったわけじゃないんだけど」

 

「普段から深海棲艦とドンパチしてるのに、なに言ってるんやと思うかもしれへんけど……どうしても、なぁ」

 

「私たちも、普通の海戦で沈む覚悟はできてるわ。もちろん沈みたくはないけれど、もしそうなることがあったとしたら、それは相手の方が一枚上手だったということ……。だから、悔しいけど、どうにか納得することはできる」

 

「でも、カードゲームは違うやろ? そりゃ、デッキの構築とかに力の差は出るかもしれへんけど、最後にものを言うのは運や。うちも、電の前でこんなこと言いたくはないけど……運任せの勝負で沈むのは、嫌なんや」

 

「陽炎ちゃん、黒潮ちゃん……」

 

「ごめんな。電の好きなデュエル、否定するようなことゆうてしもて」

 

 黒潮は、心底申し訳なさそうな顔を電に向ける。電はゆっくり首を左右に振ると、二人に答えた。

 

「気にしなくていいのです。実は、電も二人と同じこと考えていたのです」

 

「なんでや?」

 

「電は、この鎮守府でも最初からデュエルをしていた一人じゃない」

 

 電の言葉に、黒潮と陽炎とは揃って驚きの表情を浮かべる。

 

「それが、どうしてデュエルをやめようと思うのよ?」

 

電は「二人と同じなのです」と答える。

 

「これまでずっと、電にとってデュエルは楽しいものでした。でも、D型艦が現れるようになってから、急に、デュエルが怖くなったのです。デュエルに負けたら沈む……そのことを考えると、今まであんなに楽しかったデュエルが、すごく恐ろしいものに感じられてきて……他人のデュエルを見ることすら、できなくなってしまったのです」

 

「電……」

 

「だから、電は二人の気持ちがよく分かるのです。電には、二人の考えを否定する気はまったくありません。電も、同じ側ですから」

 

「もしかして、さっき暗い顔してたのって」

 

「このことなのです。私の司令室では、姉妹艦のみんなは平然としているのに私だけがこんな状態で……。そんな情けない自分が、嫌になっていたのです」

 

「そうだったの……」

 

 陽炎が同情を含んだ声音で相槌を打つ。互いの話によって重くなってしまった空気を払うように、黒潮が明るい声を発した。

 

「大丈夫や、電! そう思っとるのは電だけやない。少なくとも、ここに二人は同じ気持ちのやつがおるで」

 

「そうそう。他の司令室にも、同じように思ってる艦娘は多いはずよ。情けなく感じる必要なんてないわ」

 

 黒潮に続いて、陽炎も力強く言い切る。二人の励ましを受けた電は、俯き気味だった顔を上げて頷いた。

 

「……そう、ですね。二人とも、ありがとうなのです」

 

「私たちこそ、話を聞いてもらってありがとね」

 

「ほな、話も一段落したし、景気づけに間宮さんのアイスでも食べにいこか!」

 

 立ち上がって酒保へ行こうとする黒潮を、陽炎が呼び止める。

 

「待って黒潮、もうそんな時間ないわ。定時哨戒の時刻まで、あと十分よ」

 

「うそ、もうそんな時間!?」

 

 懐中時計を取り出した黒潮は、文字盤を見て目を丸くする。

 

「ほんまや! ごめん、電。うちらもう行かなあかんわ! 急ぐで陽炎!」

 

「分かってる! 電、またね!」

 

 脱兎の如き走りで、二人はその場から去っていく。二人の背中が見えなくなると、電は海に視線を向けた。

 陽炎と黒潮の二人は、現状に戸惑っているのは電だけではないと言った。

 二人の話は間違っていないだろうし、少なくとも、彼女たちがそうであることは事実だ。電が抱いている感覚は、決して異端者のものではない。もしかすると、この状況でも平静を保っている響たちの方が少数派なのかもしれない。

 

「でも……」

 

 電の頭にあるのは、三人の姉の背中。今も昔も、彼女がともに戦い、慕ってきた姉の姿だ。

 彼女の中で、三人の存在は極めて大きい。人間でいえば肉親に当たる関係に生まれ、常にともに歩んできた姉たちは、彼女にとってかけがえのない相手だ。そんな姉たちの振る舞いは、時として電本人が自覚しているよりも遥かに強い影響を彼女に与えることもあった。

 

「こんな状況でもみんなはしっかりしているのに、電は……。もっと、みんなのように強くなりたいのに」

 

 自分と同じ感覚をもつ艦娘は大勢いる。それが分かってもなお、電の心のかげりが晴れることはなかった。

 自分の考えが異端でないと知れば、普通は胸を撫で下ろして終わることだろう。しかし、電の場合は違った。電にとって姉の存在は非常に大きなものであるために、彼女の中では姉と同じ土俵に立てないことに対する不安が、自分が異端でないことへの安堵を上回っていた。

 

「……電も、強くなりたいのです。でないと、みんなに置いていかれてしまうのです」

 

 不安と焦燥を滲ませた声で電は呟く。と、彼女は誰かが芝生の上を歩いてくる気配を感じた。

 

「司令官さん」

 

「よ、電。隣いいか?」

 

 相手の姿を認めて、電はその名を呼ぶ。片手を軽く挙げて彼女に答えた春瀬は、電が頷くと彼女の隣に腰を下ろした。

 

「あの、司令官さんはどうしてここに? 執務中のはずでは……」

 

「そうだったんだけどな。疲れて仕事の効率が落ちてるからって、鈴谷に執務室を追い出されちまった。今は強制休憩中だ」

 

 もちろん、これはただの建前であって真意ではない。本題に入る前に、春瀬はまず当たり障りのない話題を電に振る。

 

「今日は天気もいいし、絶好の散歩日和だな。まあ、ここは真夏の熱帯だから気温は高いが……。こんな中を歩き回って、電は熱中症になったりしてないか?」

 

「平気なのです。私たち艦娘は、人間よりも丈夫にできていますから。というよりも、このくらいで体を壊していたら海上で行動できないのです」

 

「それもそうだな。この炎天下で海戦して帰ってくる体力があるんだから、散歩くらいどうってことないか」

 

「なのです」

 

「散歩の発見はあったか? なにか面白いものを見つけたとか」

 

「んー……そういったことはないですけど、陽炎ちゃんと黒潮ちゃんとはお話したのです」

 

「ほう。どんな話をしたんだ?」

 

「それは……」

 

 そこで、電は言葉を止める。数秒の間を挟んで、彼女はあとを続ける。

 

「えっと、相談をしていたのです。お互いに少し悩み事があったので」

 

「そうか」

 

 電は詳細を伏せて答えているが、その内容はおおよそ見当がつく。しかし、自分から話さないということは、これは彼女にとって明かしたくないことなのだろう。それを無理矢理聞き出す趣味は春瀬にはない。そのため彼は、電の言葉に対して頷き返すだけにとどめ、それ以上の追及はしなかった。

 春瀬と電がともにこの話題への深入りを避けたため、二人の会話は一度途切れる。このような形で訪れた沈黙は、えてして気まずい。その沈黙を取り払おうと春瀬が別の話題を探していると、不意に電が口を開いた。

 

「……すみません。司令官さん」

 

 電の声を聞き、春瀬は海面に向けていた視線を彼女に戻す。彼の目の前で、電は顔を俯かせたままぽつりぽつりと言葉を接いだ。

 

「電も、分かってはいるのです。自分にしかできないことがあるのなら、それをしないといけないということは……。でも……でも、怖いのです。深海棲艦と、デュエルすることが」

 

 春瀬は答えない。その沈黙が促しとなり、電は先を続ける。

 

「敵艦と砲火を交える覚悟は、電もできています。昔も、そして今も、それは変わりません。だけど……カードの引きだけで生死が決まってしまう、そんな戦いに対する恐怖は、どうしても拭えないのです。姉妹艦のみんなは全然平気なのに……電は、弱いのです」

 

 電の独白が終わったことで、その場に再び沈黙に覆われる。静寂の中で、春瀬は俯く電の横顔を見つめていたが、しばしのあとで彼女に問いかけた。

 

「……なあ、電。俺たちが初めて出合った時、お前が俺になんて言ったか、覚えてるか?」

 

 突然の問いに、電は「えっ?」と少し驚いた表情を浮かべる。が、すぐに首肯してそれに応じた。

 

「はい。忘れるわけがないのです。戦争には勝ちたいけれど、命は助けたい……電は、そう言ったのです。もちろん、その時の司令官さんの返事も覚えているのですよ」

 

 電は顔を上げると、自分を見つめる春瀬の目を見返した。

 

「司令官さんは、電の頭を撫でながら、『分かった。思うようにやってみろ』と言ってくれました。その言葉は、電にとってとても嬉しい言葉だったのです」

 

「……確か、前にいた所では否定されたんだよな」

 

「はい。最初に配属された部隊の司令官さんには『何を馬鹿なことを言っている』と怒られました。二人目は、ここの長官さんでした。あの人は『そうか』と頷いてくれましたが、その顔は困り顔でした」

 

 でも、と電は言う。

 

「司令官さんは違いました。司令官さんは初めて電の言葉に正面から向き合って、受け止めてくれました。だから、電は嬉しくて……つい、泣いてしまいました」

 

「そうだったな。あの時は何も知らなかったから、急に泣き出されて驚いたもんだ。てっきり、嫌われたのかと思ったぞ」

 

「そんなことないのです!! 司令官さんのことは、今までの司令官さんの中で一番好きなのです!」

 

「……そうやって面と向かって言われると、案外恥ずかしいな」

 

「はわわっ……た、確かにそうなのです」

 

 頬を赤くしてあたふたとする電を見て、春瀬は微笑を漏らす。彼はそんな電の頭に片手を乗せると、優しく彼女の頭を撫でた。

 

「司令官さん……?」

 

「今回も同じだ、電。お前は、お前のやりたいようにやれ」

 

 電の頭を撫でながら、春瀬は言葉を続ける。

 

「さっき電は自分のことを弱いと言ってたが、そんなことはない。お前は十分強いよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ。考えてもみろ。心の弱い奴が、二度も自分の信念を否定されて、なおそれを持ち続けていられると思うか? もし本当に電が弱かったら、俺と出会った時にあの言葉を口にしてはいないはずだ」

 

「でも暁ちゃんたちは、電と違ってD型艦との戦いにも怖気づいていないのです」

 

「あいつらだって、何も感じてないわけじゃない。ショックは受けているが、それを表に出していないだけだ」

 

「……やっぱり、みんなは電よりも強いのです」

 

「そうだな。けど、強さは人それぞれだ。暁たちのように自分の心を抑えることができるのも、もちろん強さだ。だが、電のように自分の信念を曲げずにいられることも、また一つの強さだ」

 

 それに、と春瀬はさらに続ける。

 

「暁は暁、電は電だ。姉妹艦だからって、まったく同じ場所に立とうとする必要はない。お前は、お前に合ったやり方でいけばいい」

 

「私に合ったやり方……」

 

「暁たちも、お前が悩んでいることは知っている。そして、お前なら必ず自分で答えを見つけられるということも……。だから思う存分考えて、自分が納得できる答えを見つけろ。たとえそれがどんなものであっても、俺はそれを支持する。もちろん、お前の姉さんたちもな」

 

「ただし」と春瀬は付け加える。

 

「一つだけ条件がある。それは、必ずここへ帰ってくること。どんなにボロボロでもいい、何があっても絶対に帰還するんだ。決して、沈没だけはするな。それが約束できるなら、どんなものだろうと、俺は電の意思を尊重する」

 

「司令官さん……」

 

 いつになく真剣な春瀬の声に、電は彼に対して普段とは異なる気配を感じる。

 春瀬という人物は基本的に真面目といってよい性格をしているが、これほど真摯な眼差しを誰かに向けるところを電は目にしたことがなかった。そのことに、電は彼の言葉の重要性を悟る。

 

「……分かりました」

 

 少しの間を置いたあと、電は微笑して頷いた。

 

「約束します。たとえ何が起きても、電は司令官さんのところへ帰るのです」

 

「ああ、約束だ」

 

 春瀬が差し出した小指に、電は自分の指を絡める。

 

「……っと、少し話しすぎたな。まったく我ながら柄にもないことを……。今のはお節介な司令官の戯言だ。忘れてくれ」

 

 堅苦しくなった空気を払うように言い残し、春瀬は庁舎の方向へと歩き去る。しかし当然ながら、今の一連の会話は、電にとって忘れようにも忘れられるものではなかった。

 再び一人になった電は、熱帯の風に吹かれながら自問する。

 

「私に合ったやり方って、なんでしょうか……。そもそも、電は何をどうしたいのです?」

 

 手がかりを求めて、電はこれまでのことを振り返る。

 自らの「前世」に始まり、艦娘として生を受けてから現在に至るまで。自分がどんなことを考え、なにを思って戦ってきたのか……その答えは、拍子抜けするほどあっさりと見つかった。

 

「……そうでした、そうだったのです」

 

 くすり、と電は笑う。

 

「さっき自分でも言ってたことなのに、どうして忘れていたんでしょう」

 

 それは、彼女が常に胸の内で持ち続けているもの。彼女の中に確固として存在する、柱ともいうべきものだ。

 

「デュエルで沈むのが怖くて、今まで気づいてなかったけど……海戦もデュエルも、結局変わらないのです。戦い方の違いなんて、関係ないのです」

 

 電は勢いよく立ち上がると、芝生の上で力強く宣言した。

 

「決めたのです! 電は、電のやり方で戦うのです。海戦でも、デュエルでも!」

 

 表情を晴らした電は、みんなに自分の答えを伝えようと執務室へ足を向ける。だが、彼女が一歩目を踏み出したまさにその瞬間、鎮守府の敷地内に警報が鳴り渡った。

 この警報は、先日発令された敵襲警報とは異なる音調のものだ。これは、数日前に設定された新たな警報。その意味は――

 

「D型艦の、出現警報!?」

 

 警報の意味を理解して、電はさっと顔色を変える。彼女は踏み出した一歩でそのまま地面を蹴ると、駆け足で執務室へと向かった。

 




雷「よかったわ、電がちゃんと立ち直れて。これで一安心ね」

電「みんな、心配かけてごめんなさいなのです」

暁「なに謝ってるのよ。姉妹の間で、そんなこと気にする必要ないわ」

響「まぁ、覇王化ならぬぷらずま化も少し見てみたかったけどね」

雷「響は黙ってて!」

響「ぐはっ!!」

電「響ちゃん!?」

響「雷……錨で殴るのは、反……そ、く……」

雷「大丈夫、急所は外してあるわ。あなたは少しそこで寝てなさい」

暁「それで、電が見つけた答えってなんなの?」

電「あの、響ちゃんのことはいいのですか……?」

雷「平気よ。どうせ5分後くらいには平気な顔して起きてるわ」

暁「で、答えって?」

電「それは、次のお楽しみなのです。次回『戦う理由』。デュエル・スタンバイ、なのです!」
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